怨霊の話   作:林屋まつり

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二十八話

 

 木蛇が砕ける。あの尋常ではない再生能力は発揮されず、コアがぼろぼろと砕ける。

 やった、と。シャーリーは思い。ルッキーニに駆け寄ろうとして、

「え?」

 飛ぶことなく、落ちるルッキーニ。……そして、

 

 見えたのは、赤色。

 

「ルッキーニっ!」

 

「すぐに清佳さんたちに連絡をしてっ!」

 《STRIKE WITCHES》の生還。新たな鉄蛇の撃破。

 それに沸き立つ甲板はミーナの鋭い一言により一瞬で鎮静。そして、その意味を悟る。

 シャーリーとトゥルーデに支えられ、芳佳が必死に治癒の魔法を施すルッキーニ。

 意識はないように見える。目立つのは服を赤く染める腹部からの出血。

「通信、確立しましたっ。そのまま行けますっ」

 軍人の一人が大型の通信機を台車に乗せてやってきた。そして、そこから声。

『状況は?』

 清佳の声。芳佳は治癒魔法を施しながら、

「ルッキーニちゃん、腹部に、刺傷。意識、は、なし。

 今、私の治癒魔法で、止血中っ」

『応急処置はわかるわね、すぐにそっちに向かうわっ』

「お願いっ」

「病院だろっ、私が運んで行ってやるっ」

 急いで、最速で自分が送り届ける、と。シャーリー。対して、

『止めなさいっ!』

 傍らにいたミーナが竦むほどの、怒声。

『ウィッチの飛行なんて振動の多い方法で搬送して、傷口が広がったら大変なことになるわ。

 すぐに行くからっ、貴女たちはそこで応急処置だけしていなさいっ』

 

 担架に乗せ、清潔な布で止血し、芳佳は必死で治癒を続ける。

「もう少し、だから、頑張ってね。ルッキーニちゃん」

 励ますようにかける声にも、返事はない。……ただ、荒かった呼吸が少し、落ち着いたか。

 と、

「救急車、来ましたっ」

 甲板から双眼鏡で下を見ていた軍人が声を上げる。救急車はそのまま軍船に乗り入れる。

 ドアが開く。そこから清佳が飛び出してきた。

「お母さんっ」

「彼女ね? 止血はしてある。……いいわ、このまま搬送しますっ!

 衛生兵を借りていくわっ」

「ああ、任せよう」

 淳三郎は頷き、あらかじめ待機させていた衛生兵は敬礼。そして、

 芳佳は運ばれる担架とともに駆け出して「お母さんっ、私も行くっ」

 必死についていく。けど、清佳は娘を一瞥して淡々と告げる。

「貴女は休んでなさい」

「どうしてっ! 私だって治療魔法使えるよっ!

 ルッキーニちゃんを助けられるよっ! 私、だ」

 

 ぱぁんっ、と。甲高い音が響いた。

 

「え?」

 そこにいる誰もが目を丸くする。芳佳は目を見開いて、叩かれた頬に触れる。

 呆然とする芳佳に突き刺さる、清佳の鋭い視線。

「貴女はっ、戦って守るためにそっちに行ったのでしょうっ!

 それなのにそんなに疲れ果ててまた治療して疲弊してっ! その間にネウロイが動き出したら誰が戦うのっ! 誰がこの国を守るというのっ!」

 いつも穏やかな母の見せた烈火のような怒声。ミーナやトゥルーデさえも身をすくませる。

「貴女まで動けなくなって、それで戦う事になっても、誰も傷つかずに勝利が出来るのなら、来なさい」

「そ、……れ、は、」

 無理だ。交戦している芳佳にはわかる。

 ルッキーニが欠け、さらに自分もいない状態で鉄蛇に勝利できるか。……間違いなく、不可能だ。

 芳佳は言葉に詰まり、清佳はそれだけで十分らしい。ミーナに一度視線を投げ、背を向ける。

「友を助けるためについて来るのなら、ここで軍は辞めなさい。皆を守るために戦いたいのなら、彼女は任せなさい」

 芳佳は答えられず動けず、……そして、担架を収容した救急車は発車した。

 

「宮藤さん」

「あ、…………ミーナさん」

 声には、微かに泣いているような音が混じる。

 芳佳の部屋。布団の上で膝を抱え、芳佳は俯く。

 

 泣いている。

 

 こういう時にどうすればいいか。…………ミーナは、以前豊浦の言ったことを思い出した。

 だから、そっと、彼女を抱きしめる。

 何も言わず、胸に抱きよせて、優しく、彼女を撫でる。

「ず、…………るい、よ」

 ぎゅっと、抱きしめられる。強く、痛いくらいに、強く。

「ずるい、……よ、あんなの、選べない、よお」

 清佳は問うた。友を助けるなら軍を辞めろ、と。……その決断は、辛いだろう。

「私、……私っ、はっ!」

 ミーナに抱きしめられて撫でられて、ぼろぼろと、芳佳は涙を流す。大きな声で、泣いた。

 

「ねえ、宮藤さん」

 しばらく泣いて、少しずつ、泣き止んで、その時を見計らってミーナは優しく呼びかける。

「貴女のお母さんは、素敵な人ね?」

 かけられた言葉に芳佳はミーナの胸に抱かれながら、小さく、頷く。

 例え怒鳴られても、拒絶されても、それでも、芳佳にとって清佳は自慢の母なのだから。

 …………だから、

「なら、ルッキーニさんの事は任せても、大丈夫ではないかしら?」

「…………はい。……けど、わた「宮藤さんも、いい娘ね」」

 遮るように伝え、頭を優しく撫でる。こんな事初めてだけど、思いが伝わればいいな、と。出来るだけ丁寧に、優しく。

「優しくて、責任感もあって、私の自慢の部下よ。

 けど、何でも自分で背負いすぎよ。ここにいるのは貴女だけではないわ。皆、いるの。

 私たちも、貴女のお母さんも、豊浦さんも、扶桑皇国のみんなもね。……だから、全部一人で背負う事はないのよ。宮藤さん」

 呼びかけられ、芳佳は涙にぬれた顔を上げる。ミーナは微笑み。

「みんなで、戦いましょう。

 絶対に、大丈夫よ。……だから、今は、貴女の戦いのために、休みなさい」

 

「ミーナ、宮藤はっ?」

「大丈夫よ」

 よほど気を張り詰めていたのだろう。あれから、芳佳は崩れ落ちるように眠ってしまった。

 それでいい、と。ミーナは芳佳に掛布団をかけ居間へ。そこにいるウィッチたちを見て眉根を寄せる。

 足りないウィッチは三人、入院しているルッキーニと、部屋で眠りについた芳佳、それと、…………「豊浦さんは?」

「知らなーい。あいつふらふらどっか行っちゃった」

 エーリカは投げ遣りに応じる。ミーナは溜息。まあいいか、と。

「それで今後の事だけど、ルッキーニさんの回復待ちね。こちらの状況は欧州に送っておくわ。

 ウィッチの追加派遣はあまり期待できないけど、期間に関しては問題ないでしょうね」

 欧州の軍上層部も馬鹿ではない。無理に交戦を要求し《STRIKE WITCHES》全滅。という選択はしないだろう。……仮にしたとしたら追放を覚悟で反逆するが。

 そしてウィッチたちにも否定はない。ルッキーニ抜きで勝利できるほど鉄蛇はたやすい相手ではない。高い確率で全滅する。それは扶桑皇国の壊滅的な被害に直結する。扶桑皇国もそれはわかっているだろう。

 つまり、ルッキーニの回復待ちになる。……それを受け入れ、不意の沈黙。その中で、

「芳佳ちゃんのお母さん、……凄かった、ね」

 サーニャはぽつり、と呟く。

 穏やかで優しい女性という印象があった。一緒に夕食を取ったときは楽しかったし、面倒も見てくれた。

 たぶん、普段はそうなのだと思う。母と一緒にいる芳佳はとても楽しそうだったから。……けど、

 けど、……サーニャはあの時の事を思い出し、…………やっぱり、怖い、とは思わなかった。

「そうね」

 ミーナは頷く。……そして、改めて思う。敵わないわね、と。

 ウィッチとして高い戦闘能力を持っていても、隊長として《STRIKE WITCHES》をまとめ上げ、必要なら軍上層部とも真っ向から対峙できるとしても、

 それでも、彼女には敵わない、と思ってる。

「あれが宮藤のお母さんなのか。……なんていうか、…………うん、やっぱり凄いよなー」

 エイラもサーニャの言葉に頷く。やっぱり、怖い、という言葉は出てこない。

「お母さん、だからなのかな」

 リーネの言葉に「そうだな」と、トゥルーデ。

「清佳さんのいう事も一理ある。もし鉄蛇が動き出したら、宮藤とルッキーニを欠いた状態では万が一にも勝ち目はない。…………とは、わかっているのだが、」

「あの場で宮藤引っ叩いて諫められる自信はないよねー」

 エーリカの言葉にトゥルーデも頷く。もし、自分が清佳の立場なら芳佳を同行させただろうから。

 友のため、と。泣いて縋る少女を諫め止められる自信はない。ましてやそれが可愛い娘なら、なおさら。

「ああ、……それを冷静に状況を把握し、最善の判断をした。

 おそらく、医師とはそういう人なのだろうな」

「そうですわね。一分一秒を争って、命を預かる人ですもの。

 どんな状況でも冷静に判断が出来ないといけませんわ。…………それが、たとえ娘に手を上げる事だとしても、」

 ペリーヌは溜息。清佳も芳佳の事を大切に思っているのだろう。二人の会話を聞いていればそれはすぐにわかる。

 それでも、ああいう行動が出来たこと。

「ええ、凄い、……強い人、ですわ。憧れてしまうほどに」

 ペリーヌの言葉に皆が頷く。

「芳佳ちゃん、大丈夫かな」

 リーネは心配そうに寝室の方に視線を向ける。……溜息。

「まあ、宮藤さんにもいい薬になったわ。

 あの娘、何でもかんでも一人で背負って突っ走ろうとするからね。たまには誰かに頼ることも覚えた方がいいのよ」

「あの、清佳さんの厳しい態度は、芳佳ちゃんの性格を解かってたから、でしょうか?」

「おそらくね。……でなければあんな意地悪な事を言ったりしないと思うわ」

「凄いよなー。友を助けるなら軍を辞めろ、皆を守るなら友は任せろ、って。

 こんなの、宮藤が選べるわけないのに」

「うん、……けど、大切な事だと思う。

 芳佳ちゃん、医学校に行かないで、こっちに来たのだから、…………芳佳ちゃん、戦って守ることを選んだのだから。それなら、戦えるようにしておかないと。

 助けてくれる人がいるなら、なおさら」

「そして、それは我々も覚えておかなければならないな」

 トゥルーデの言葉に、ミーナは頷く。

「ええ、そうよ。……私たちはチーム。それに、今回の扶桑海軍のように多くの人に助けられているわ。

 その事を忘れないようにして、自分たちだけで戦い続けているという慢心は捨てましょう」

 そして、思うのはこの場にいない、もう一人のウィッチ。

「シャーリーさんは、大丈夫かしらね?」

 

「そこ、一応僕の寝床として作ったんだけどね。……何ならもう一つ作ろうか? シャーリー君用」

 呆れたような声に、シャーリーは目を開ける。

「豊浦?」

「そんなところで寝てていいの?」

 問いに「放っておいてくれ」と、手を振って応じる。……頭にあるのは、もちろん、

「ルッキーニ君が気になるかい?」

「当たり前だろ。……だって、ルッキーニは」

 あの時、彼女の固有魔法での攻撃を提案したのはシャーリーだ。……つまり、

「私のせいで、ルッキーニは」

 ぎり、と。拳を握る。豊浦は、意地悪く笑った。

「それじゃあ、彼女の回復を早くする術があるけど? も「やる」」

 シャーリーは即答。豊浦は苦笑。シャーリーを撫でて、

「僕は怨霊、悪い存在だ。

 そんな《もの》の提案を軽はずみに受ける、意味わかってるの?」

「知るか。私はルッキーニを助けるんだ。…………何もできないのは、いや、なんだ」

 わかってる。自分が病院に行っても意味がない事は、わかってる。ここで休み、次の交戦、あるいは、不測の事態に備えて休むのが正しいのは、

 わかってる。…………わかってる。けど、

 それでも、

「休むのが、正しいのはわかってる。…………けど、辛いんだよ」

 撫でられて、涙がこぼれた。

 

「ほんと、木が好きだな。扶桑皇国って」

 一通り撫でられ、顔を赤くして手を払いのけた後、シャーリーは豊浦の運転する軽トラックへ。

 その荷台に乗っているのは根が付いた苗木が四本、ロープで固定されている。何の木かは、わからない。

「あ、シャーリー君は荷台の方に乗って。

 それが落ちないように見てて、ロープがほどけそうになったら呼んでね」

「ああ、わかった」

 何に使うんだ? とは思うが。それはいい。これでルッキーニが助けられるならなんだって協力してやる、と。意気込んでシャーリーは荷台に乗り、

「君、誰?」

「え?」

 荷台には、一人の少年がいた。年齢は、おそらくルッキーニより年下。

 車が発車し、彼が面倒くさそうに目を開ける。

「誰、だと聞いてるんだよ。答えてよ」

「あ、ああ、シャーリー、だ」

「舎利? 遺骨? ……変な名前だね」

「シャーリーっ!」

 なぜ名前が遺骨になるのか、ともかく訂正するシャーリーに彼は興味なさそうに「ふぅん」と、応じる。

「で、お前はなんてんだよ?」

「お前っていうか、不敬な小娘だね。……まあいいや。

 僕は言仁。そこの性悪な朱砂の裔に呼び出されてきたんだ。なんとか、っていう小娘を助けるためだってさ。あの性悪、年取りすぎて頭がおかしくなったのかな」

「そ、……うなのか? 朱砂の裔って豊浦の事だよな? ……その、ありがと」

 助けてくれる、と。だから告げた感謝に「別に感謝する必要はないよ。朱砂の裔に頼まれたんだ。シャーリーは関係ない」と、彼は素っ気なく応じ、

「いや、少し興味あるな。

 ねえ、シャーリー、いい機会だから話をしてよ。聞きたいことがあるんだ」

 興味ある、と言いながら、いまいち興味のなさそうな視線で言仁はシャーリーを見る。

「なんだ?」

「友達が重傷を負ったらしいね。君のせいで」

「ぐっ、…………あ、ああ、」

「辛い?」

「当たり前だろっ!」

 辛い現実を抉られ、怒鳴る。怒鳴ってから八つ当たりみたいになってしまい、溜息。

「悪い」

「なにが? ……まあいいよ。それで、それなら逃げる?

 戦わない、っていう選択肢を取れば辛い思いをせずにすむとは思うけど?」

 逃げるか、問われシャーリーは鼻で笑う。

「そんな卑怯な事、出来るわけがないだろ」

 告げて、……感じたのは、寒気。

 

「死んで楽になることを拒絶して、死ぬより辛い逃亡を選んでまで生きようとした《もの》を卑怯と嗤うか。

 ――――殺すよ」

 

「あ、……あ、」

 幾多のネウロイと戦ってきた。鉄蛇、という規格外れのネウロイとも戦った。

 けど、そのどれよりも、……今まで、感じたことのないほどの、悪寒。目の前にいる少年が、ネウロイなどよりよほど凶悪な存在である、そんな、意味不明な事を感じ、

「まあいいや、とはいえ山はすべてを受け入れる。君のいう卑怯な逃亡者もね。……ああ、と。そうじゃないな。

 別に、故郷に逃げ帰ったっていいんじゃないの? それで、後進の育成にあたるっていうのも意義がある。リベリオンの事情は知ってるよ。

 君みたいな経験豊富なウィッチが教官になって後進の育成に専念すれば、それは十分にネウロイとの戦闘に貢献したことになるんじゃないかな?」

 問われて、シャーリーは頷く。リベリオンは扶桑皇国同様、ネウロイとの戦闘は比較的少ない。ゆえに、ウィッチたちの練度、特に実戦経験は欧州のウィッチ達に劣る。

 もちろん、ウィッチの育成には力を入れているが。そこにシャーリーのような実戦経験豊富なウィッチが教官として入れば、……あるいは、長期的に見れば彼女自身が最前線で戦うよりも多くの成果をあげられるかもしれない。

 リベリオンは大国だ。実戦に耐えられるウィッチが少ないというだけで、ウィッチの候補生は欧州諸国より多くいるくらいだ。訓練方法の見直しと実戦経験を積む機会が増えればリベリオンは最前線で主力を担えるかもしれない。

 それに、

「そもそも、なんで君は命を懸けて戦っているの?」

「…………それ、は、」

 なぜ、か?

 ペリーヌのように故郷を奪われたから、……ではない。

 サーニャのように両親と離れ離れになってしまい、再会のためには戦うしかないから、……でもない。

 ミーナ、トゥルーデやルッキーニ、エイラのように激戦地である故郷の平穏を取り戻すため、……でもない。

 リーネのように故郷の平穏を守り抜くため、……でもない。

 ……………………芳佳のように、命を懸けてでも誰かを守りたいから、…………でも、ない。

「戦う理由はない。けど、帰る場所も意義もある。それを卑怯なんて言うけど、僕はそう思わないし、あそこの朱砂の裔もそうは思わないだろうね。

 それとも、君の仲間たちは卑怯だって嘲るの?」

「そんなことはない」

 わかる。仮に自分がそれを選択したら、みんな、笑顔で見送ってくれるだろう。励まし、その後もやり取りを続けてくれるだろう。

「それはとても幸せな事だよ?

 仲間が殺されていく中、自分たちだけが生き延びた罪悪感を抱えて、逃げ伸びて生き恥をさらしたなんて嘲られて、追撃の恐怖に怯えながらぼろぼろに疲弊して、それでもなお生き延びなければいけなかった《もの》に比べればね」

「そう、だな」

 淡々とした彼の言葉を聞いて、不意に、さっきの、彼の言葉を思い出した。

 戦って死ぬよりも辛い、逃亡しての生存。……きっと、彼はその辛さを乗り越えて必死になって生き延びた誰かを知っているのだろう。死ねば楽になる。けど、誰かに託された生きる意味を抱えて、辛い生を選択した誰か。

 そんな生き方を選択した人たちに尊さを感じたから。卑怯といったシャーリーを許せなかった。

 頷くシャーリーに言仁は首をかしげる。

「ふうん。……それでも戦うんだ。

 命を懸けて、仲間が傷ついたらそんなに失意を抱えて、…………なんで?」

 なぜ、戦うの? と。彼は問う。

 帰る場所はある。歓迎してくれる人もいる。優しく見送ってくれる人もいる。戦えば命を懸けることになり、自分が傷つけば辛い、仲間が傷つけば失意を抱え、…………それでも、……それでも?

「あー、そうだよなー」

 シャーリーは問う言仁から視線を逸らし、空を見上げる。

 まだ日は高い。

「そうだよな。……実際、私がウィッチになったのだってスピード極めるためで、ネウロイとの戦いは、……二の次、だったのかもな」

 もしかしたらトゥルーデが自分に突っかかってくるのはそんな理由だから、かもしれない。

 けど、

「戦う」

 告げる。「なぜ?」と。促す言仁に、溜息。仕方ないよなー、と。頭を掻いて、

「だって、あそこにいるのが楽しんだからさ。

 みんなと、一緒にいたいんだよ。私は、さ」

 だから、戦う。……だから、いま、ここにいる。

 ただ、…………それだけ。

 たった、それだけ。……けど、決して譲れない、大切な理由。

「……………………ふぅん、あの朱砂の裔がこんなところにいる理由がわかったよ」

 納得したのか、興味を失ったのか、言仁は曖昧に呟く。それはいい、けど。

 シャーリーは首を傾げた。

「あいつだって扶桑皇国を守りたいから私たちに協力してるんじゃないのか?」

 彼は鉄蛇の封印をはじめいろいろなところでサポートしてくれた。自分たちに好意もあるかもしれないが、根本はそれだと思ってる。

 けど、シャーリーの言葉に言仁はきょとんとして、

「あ、……あははははっ、ははははっははっ」

 文字通り、腹を抱えて笑い出した。

「なんだよ?」

「はは、……あははははははっ、……ちょ、お腹いたっ、ほんと、面白い事いうねーっ、あははっはっ! これはまたっ、面白い冗談だっ! あははははははははっ!」

 ひとしきり笑って、シャーリーが眉根を寄せ始めたあたりで言仁は笑いの発作から復帰。くつくつと笑いながら、

 

「なに言ってるの? 彼は扶桑皇国の滅びを望む《もの》だよ」

 

 当たり前のように、そう、告げた。

 


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