怨霊の話   作:林屋まつり

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二十三話

 

「おーい、何やってんだーっ」

 シャーリーは草履を足に引っ掛けて外へ。何か作っていた豊浦に声をかける。豊浦は顔を上げる。その手には縄。足元には鋸と金槌。

「いや、僕の寝床をね。

 ここに居座ることにしたけど、……まあ、どうも、…………それに、ハルトマン君の部屋を占領し続けるのもね」

 トゥルーデの反応が面白くて彼女の部屋に押しかけたようだが、やはり気まずさがあったらしい。

 律儀なやつだなー、とシャーリーは内心で苦笑。

「別に気にしないし、ハルトマンの部屋使うのが気になるなら私の部屋使っていいよ」

 それならそれ、ルッキーニの部屋に転がり込めばいい。もともと作業場で寝ることもよくあるし、寝床にこだわることはない。

 シャーリーの返事に豊浦は眉根を寄せる。

「…………ペリーヌ君とか、ミーナ君は気にすると思ったのだけど。

 というか、君たちはもう少し気にした方がいいと思うよ?」

「そんなものか。……で、小屋作ってるのか?」

「そ、まあ、簡単なものだけどね」

 簡単。と、言葉通り細めの丸太を四本、円錐形に組んで縄で縛り、その下には茣蓙の敷かれた簀子。傍らには、

「干し草?」

「藁だよ」

 豊浦はせっせと藁を縄で編んでいたらしい。「これで周りを覆って完成」

「へーっ、ほんと器用なやつだなー」

 豊浦の講義のあと、扶桑皇国の海軍と話をしに行くミーナとペリーヌの事もあり、早めに昼食をとった。

 その後にウィッチたちで作戦会議をしてからすぐだから、ずいぶんと手早く作っているらしい。それに、

「いいなっ、こういうの、秘密基地みたいでっ」

「そうだね。山でよく作って簡単な拠点にもしてたし、それは間違いないね」

「なんか手伝おうか?」

 善意というよりは好奇心からの言葉。豊浦は縄でぶら下げた藁を手に取って、

「んー、あと藁をのせるだけだからね。……あ、じゃあ乗せてってくれる?

 周りぐるっと囲う形で」

「はいよー」

 脚立に乗り、上からぐるりと藁をかける。……どうも、木組みに使われる丸太も調達してきたらしい、ところどころ枝があったと思われるでっぱりがある。

「これに縄をかけてけばいいか?」

「うん」

 でっぱりに藁を結んだ縄をかけて、最後に藁の周りをもう一度縄で巻いて固定。

「シャーリー君は器用なんだね」

「ん、まーな」

 大工仕事なんて初めてだが、機械いじりはよくやっている。器用だとは思うし、慣れればそれなりにスムーズに作業をこなし「よし、完成っ」

「お疲れ様、ありがとう」

 ぽん、と。頭を撫でられる。案外悪くないかもな、とシャーリーは笑ってそれを受け入れる。

「で、さっそく入ってみていいかっ?」

「…………何もないのはわかってるよね? なんでそんな楽しそうなの?」

 

 炬燵に潜り込み難しい表情で戦闘プランの推敲をするトゥルーデ。エーリカはあくびをしながら気分転換のために外へ。

 と、

「…………何あれ?」

 ちらりと見えた庭先で、干し草の集合体がもごもごと動いていた。そして、干し草で出来た謎の小屋とぽかんと突っ立っている豊浦。

 なーんか面白いことがよく起きるなー、と。ともかく行ってみようと草履を足に引っ掛けて外へ。

「豊浦ー」

「ん? ……ああ、ハルトマン君」

「がおーっ、お化けだぞーっ」

「ルッキーニか」

 干し草の集合体がのそのそとエーリカに近寄ってくる。その顔には「確か、能面、だっけ?」

 豊浦の作った奇妙な仮面。大きな口と、牙、角を持つ怪物の面。

「うん、鬼の面。なかなかよくできてると思うよ」

 胸を張る豊浦。だが、相変わらずエーリカにその価値はよくわからない。作り手の腕はいいと思うけど。

「いろいろあるんだねー」

 のそのそと干し草の集合体が家に向かうのを見送って呟く。

「欲しいかい? 翁面以外なら作ってあげるよ」

「おきなめん?」

「そ、」豊浦は難しい表情を浮かべ「翁、お爺さんの事だね。お年寄りを模したお面だけど、これだけは気軽に作ったり譲渡したりしてはいけないんだ」

「なにそれ?」

 縁側で踊る干し草の集合体を見ながら曖昧に応じる。伝統芸能がどうのこうの言っていたからそういうものなのかもしれない。

「それで、これは?」

 干し草で出来た小屋に視線を向ける。今朝はなかったはずだが。

「ああ、僕の寝床だよ。…………まあ、なんていうか、やっぱり女の子たちが寝ているところで男一人っていうのは、……まあ、…………ちょっと、ね」

「そんなもん?」

 よくわからなさそうに応じるエーリカ。対して豊浦は不満そうな表情。

「君たちも女の子なんだから、少しはそのあたり気を遣った方がいいよ。

 あれかな、女の子ばかりで暮らしているとそのあたりが鈍くなるのかな?」

「……………………」

「なに?」

「いや、……まあ、そうかもね」

 頷く、とはいえエーリカは別の事を考えていた。

 まるで、久しぶりに再会し、風紀の乱れを心配する親戚のようだ、と。

「ハルトマン君?」

「はーい、気を付けまーす」

 気のない言葉にむっとしたらしい、咎めるような豊浦の声にエーリカはひらひらと軽く手を振って応じ、小屋を見て回る。

 窓からちらちら見える干し草の集合体が少し気になるが、「…………これ、扉はないの?」

 ぐるり、小屋を見て回ったが特に扉らしいものはない。

「単なる寝床だからね。そんなに凝ったものは必要ないよ」

 そういって軽く下の方にある干し草を持ち上げる。どこからでも入れるらしい。

「手作り? なんというか、器用だねー」

「山で暮らしているとね。狩りで拠点確保する必要が出来るから。それでね」

 妹、ウルスラが彼に劣るとは思えないが、ウルスラにはこうしたものを即興で作る事は出来ないだろう。二人、会わせたら面白そうだなー、と。なんとなく思う。

「で、中だけど」

「ん、…………」

 中、干し草に遮られて薄暗い小屋は大人一人が余裕で寝転がれる程度のスペースがある。……が、逆に言えばその程度の広さしかない。

 それで問題はないのだろう。寝床といっていたし、が。

「……なに、やっているのこいつら?」

 胡散臭そうなエーリカの呟き、大人一人が余裕で寝転がれる程度のスペースに、少女が三人詰め込まれていた。

 具体的には右にリーネ、左にシャーリー、そして、中央に芳佳が寝ていた。

「あの仮装をルッキーニ君に作ってあげている途中で、寝心地確認とか三人で言いだしてね」

「あ、そ」

 あの仮装、と示した先。窓の向こうで踊る干し草の集合体。

 家の中にはトゥルーデとサーニャ、エイラがいたが、……まあいいかと、エーリカは視線を戻す。

「それにしても、芳佳君。幸せそうな寝顔だね」

「……幸せ、そうだね」

 その割には妙に緩んだ幸せそうな寝顔だが。……リーネとシャーリーの胸に挟まれる位置に顔があるのは偶然か故意か、エーリカは考えないことにした。

 友人の性癖は考えないようにして、…………ふと、

「そーいえば、豊浦」

「ん?」

「前に戦った男の事について、聞いていい?」

 以前、鉄蛇と戦った夜に聞いたこと。強くて、正しい、彼の敵の話。

「ああ、…………まあ、面白くない話だと思うけどね」

 豊浦は困ったように応じた。

 

 縁側に並んで座る。後ろを干し草の集合体が通過した。どうも家の中をあてどなく徘徊しているらしい。

「えーと、ごめんね。嫌なことを思い出させるようで。……けど、」

 強い、と。彼はそう語った。彼の語る強さ、というのには興味がある。

 軍人として、ウィッチとして、ネウロイを撃破する強さ、か。

「ううん、いいよ。

 ハルトマン君は軍人のようだし、そういう事に興味を持つのは間違えていないよ」

 そういって撫でられる。

「そうだね。…………ハルトマン君。この国の神様について、知っているかな?」

「えーと、サーニャから少し聞いた。

 恩恵と、災厄の両方をもたらす、だっけ?」

 火の神。と。

「うん、そうだよ。……ああ、そうだ。言い忘れてたけど、その時はまだ祭政一致の時代だったんだ」

「祭政一致?」

「そうだね。宗教が政治がとても近い時代だね」

「昔はそんな感じだったんだね」

 ずっと、ずっと昔。……古代、と言われる時代。

 欧州にもそんな時代があったと聞いている。もっとも、分裂や侵略による消滅、併合などが繰り返され、当時の国はどこにも残っていないが。

「そ、……もう、ずっと昔だよ。……人は神様の恩恵に支えられて生きてきた。そうやって、人は生きて、国を作ってきた。

 災厄もあったけど、それでも必死に人は神様の恩恵を糧に生きてきた。……そんなある日、別の宗教が入ってきたんだ。

 そうだね、こっちは神じゃなくて仏、と言おうか」

「ええと、…………ん、聞いたことがある気がする。

 宮藤が言っていた。……ああ、えーと、あのお地蔵様、だっけ?」

「うん、こっちは災厄なんてない、ただ、ただ人を受け入れてくれる仏様。

 だからね。僕はこうしたんだ」

 豊浦は、寂しそうに微笑んだ。

「神様じゃなくて、仏様を祀ろう、ってね」

「それ、……は?」

「そう、神様から仏様に切り替える。宗教改革、っていうのかな、今風に言えば。

 もちろん、政治目的だよ。その時は特に天災とかがひどくてね。民も随分疲弊していた。けど、災厄はもとを辿れば神様に行きつく。最初から神様は縋る対象じゃないんだ。

 けど、疲弊した民には縋る対象が必要だった。そうでないと募った不満がどこに爆発するかわからないからね。僕たちに暴動という形で来るなら、……まあ、いい。けど、民同士で奪い合い、殺し合いなんて始めたら目も当てられないよ」

「そうだね」

 確かに、それは政治目的だろう。……けど、

「それは、民の事を考えて、でしょ?」

「…………そう、かもね。

 あるいは、不満を治められなかった僕たちの政治力の欠如かもしれない。まあ、今となってはどっちか、僕にもわからないよ。落ち度を認めたくないから、民のため、なんて言ったのかもしれないしね。

 苦い言い訳だよ」

 困ったように告げる豊浦。エーリカは、不意に後悔する。

 彼の古傷を抉るような問いをしたこと。謝ろうとして、彼の言葉を止めようとして口を開き、

「けどね。それを僕の敵、守屋は認めなかった」

 ぽん、と。撫でられる。開きかけた口が反射的に閉ざす。

「守屋は強いから、疲弊してもやり直せると思ってた。災厄を、乗り越えられるって解かってた。……彼は、そう信じてた。

 そして、正しいから、今まで、ずっと人を育み、国を支えていた神様を蔑ろにする選択はできなかった。仏様を受け入れられなかったんだ。

 だから、僕たちは守屋を殺した。彼の仲間、勝海を先に殺して、孤立無援にして、先帝の后を抱え込んで、彼女に傀儡を押し付けて、守屋を逆賊扱いして、他の、同じ地位にいた者たちに号令を出してもらって、数倍の軍を用意してね。

 それでも守屋は最後まで僕たちのやり方を否定して戦い続けたよ。それで三回くらい攻め込んで、全部敗走。結局予め守屋の軍勢に潜り込ませておいた部下に暗殺してもらった。……っていう、情けない終わり方だったな。

 だからね、ハルトマン君」

 呼びかけられて、エーリカは見上げる。豊浦の、少し困ったような微笑。

「守屋の、……僕の敵の強さは自分の大切だと思ったことを貫き通した信念なんだろうね。

 たとえ、仲間を殺されても、逆賊として扱われても、…………そして、周り中敵だらけになっても、ね。たった独りになっても、誰からも違うと否定されても、それでも、彼は自分の正義を信じて戦い続けた。事かな」

「そうだね。……ああ、それは、」

 強いね、と。……思う。けど、

「けど、豊浦には豊浦の考えがあったんでしょ? 民を思うってのは、間違ってない」

 彼の困ったような微笑。それがなぜか面白くなくて、エーリカは口を尖らせて強い口調で告げる。と、

 撫でられる。視界には困ったような表情の豊浦。

「ありがとう、ハルトマン君。そういってくれると嬉しいよ。そうだね、僕は選択を誤ったとは思っていないよ。

 もし何度同じ選択肢を突き付けられても、僕は同じ選択をしただろうね。…………いろいろ、あったけど、それでもその最先端、この国の今に芳佳君のようないい娘がいるのは嬉しい。ハルトマン君のようないい娘が芳佳君の友達でいてくれて嬉しいよ」

「そ、…………まあ、宮藤はいいやつ、だからね」

 微笑み頭を撫でる豊浦から視線を逸らし、ぽつり、呟く。

 一通り撫でられ、豊浦は手を放した。一瞬、物足りなさを感じたのは気のせいだと思う事にする。

「ま、といっても守屋は僕を許さないだろうね。怨まれている、とは今でも思ってるよ」

「ずっと昔の話でしょ?」

 寂しそうに呟く豊浦にエーリカは応じる。怨まれているとしても、それは過去の事。

 そんな事、彼に引きずってほしくない。

「そ、ずーっと昔の話だよ。

 けど、守屋には彼の正義が、……ああ、違うな。譲れない思いがあった。だから、彼は僕を怨む。僕は怨霊として、彼の怨みを忘れることはできないし、絶対にしない」

 今まで、見たこともないほど強く言い切る豊浦にエーリカは言葉を挟めなかった。

 それは辛くないか、とも、彼が怨霊を自称している事も、「……………………って。なに?」

 不思議そうにエーリカを見る豊浦。エーリカは眉根を寄せる。

「僕が千三百年前からあるっていったの懐疑的だったのに、信じてくれたんだねえ」

「う、…………ぐ」

 祭政一致の時代。扶桑皇国にもそんな時代があったのだろうが、それは間違いなくずっと昔だろう。扶桑皇国の歴史にそこまで詳しくないエーリカもそれはわかる。

 そして、それは、目の前の青年が本当にそれだけ昔から存在していたという前提に基づいた話であり、

「うそ、なの?」

 結構真面目に話を聞いて、真面目に語った。だから、不機嫌と照れくささから睨みつけるエーリカ。対して豊浦は両手を上げる。

「そんなわけないよ。誓って本当。

 っていうか、僕は最初から嘘なんてついてないよ。ただ、みんなが信じていないだけじゃないか」

「あ、……そ、それはそうだけど。ううん?」

 彼の言葉に嘘があるとは思えない、けど、彼の自称する年齢は信用できない。

 思わず考え込むエーリカ。そして、

「ハルトマン君は真面目だね。…………ほんと、いい娘だ」

「撫でるなーっ!」

 今度はからかわれている気がして、けらけら笑って頭を撫でる豊浦の手を払いのける。「まったく、」と不満そうな声。

「ま、話に付き合ってくれてありがと」

「どういたしまして、ま、話ならいくらでも付き合うよ。

 山で暮らしていると会話に飢えるからね。…………そうそう、老人は幼子と話をするのが楽しくてね」

「なんだよ幼子ってー」

 確かに、ウィッチたちの中では年少だけど、彼に幼子呼ばわりされるのは面白くない。

 膨れるエーリカに豊浦は楽しそうに笑う。また何か言ってやろうか、と思ったけど、

「きゃっぁぁああああああああああああああああああああああっ!」

 トゥルーデの悲鳴が響く。二人は顔を見合わせる。そして程なく、

「きゃははっははっ!」

「まてーっ!」

 干し草の集合体と涙目のトゥルーデがどたばたと追いかけっこをしているのを見て、溜息。

「なにやってんだあいつ?」

「おそらく、居眠りしていたところであのルッキーニ君に起こされたんだろうね」

「なるほど」

 確かに、目が覚めてみればあの不気味な仮面をかぶった干し草の集合体があれば驚くだろう。それに、トゥルーデの悲鳴という非常に珍しいものを聞いた。

 ふと、豊浦と顔を見合わせる。どたばたと賑やかな音。それを背景に、ふと、二人で笑みを交わした。

 


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