ミーナは仲間たちとともに《大和》の甲板に到着。そこには豊浦がいる。淳三郎もいる。……そう、だから、軍人として敬礼しなければならない。
ならない、けど。
「あ、れ?」
ふらり、とへたりこんだ。
「緊張が解けたのかな?」
「いや、皆、ご苦労だった。
敬礼はいい。まずは一息ついてくれ」淳三郎は振り返り「誰か、彼女たちに飲み物をっ! それと、椅子、座る場所をっ!」
「茣蓙ー」
「茣蓙だっ!」
エーリカの間延びした声を淳三郎は復唱。それを聞いてミーナはあたりを見渡す。少し、安心。
へたりこんだのは自分だけではなかったらしい。トゥルーデも腰を落として眉根を寄せている。他、みんな座っているか寝ているか。
ここにきて、戦いが終わって、安心して力が抜けたらしい。……みんなそうなんだ、と、そう思うと、なんとなくくすくすと笑みがこぼれる。
「あ、あはは、あ、安心したら力抜けちゃった」
リーネも困ったように呟く。「私もー」と、芳佳。
「うん、みんなよく頑張ったね」
そんなへたりこんだリーネを豊浦は撫でる。リーネは心地よさそうに目を細めた。
「そうだな。皆、よく頑張った。
あれだけの強敵を相手によく勝利をおさめられたな」
「はい、これも坂本さんのご指導のおかげですっ」
立ち上がろうとしたが、無理だったらしい。中途半端に立ち上がって腰を落とし、芳佳はバツが悪そうに笑う。
「いや、いい。今は休め」
ご指導、といったが。さてどうだったか。
自分の指導で、これだけの戦いが出来るようになるか。……正直言えば、自信がない。
ともかく、茣蓙と飲み物が持ってこられた。エーリカはさっそくもぞもぞと茣蓙の上へ。寝転がる。ルッキーニもそれに続き、
「うあーっ」
シャーリーが倒れこむ。「…………あ、あはは、生きてるなー」
「なに言いだすんだお前は」
変なことを言い出したシャーリーの側に座るトゥルーデ。彼女は呆れたような表情で寝転がるシャーリーを見下ろす。
「いや、……なんか、こー、寝転がって太陽見てたら眩しくてな」
何言ってるのか、自分でもよくわからない。ただ、
「ああ、……そうだな」
トゥルーデもシャーリーと同じく空を見る。燦々と輝く太陽を見て、
「生きてる、な」
「だろー」
シャーリーはけらけら笑う。トゥルーデも笑って頷く、そして、
誰から、というわけでもなく、笑い声が弾けた。
「…………ええと、いいだろうか?」
「あ、……はい。杉田大佐」
笑っていたミーナは慌てて表情を正す。立ち上がろうとするが制されて座りなおす。
「まず、欧州からだが、連合軍第501統合戦闘航空団。《STRIKE WITCHES》へ、蛇型ネウロイの撃滅完了まで無期限の出向を許可するそうだ」
「は?」
その言葉を聞いて、ミーナはきょとんとした。
言うまでもないが激戦地、欧州では常に人手が足りていない。自分たちの派遣を認めるだけでもかなりの負担になるだろう。
とはいえ、仲間たちに無理をさせるつもりはない。派遣期間を短くさせられたら徹底抗戦するつもりだったが。
「無期限っ?」
思わず声を上げるシャーリーに淳三郎は頷く。
「そうだ、代わりに、確実に鉄蛇を撃滅し、扶桑皇国を守るように、という事だ」
「そうですか、……よかったあ」
自国を守るために譲歩してくれた。芳佳はそのことを聞いて嬉しそうに声を上げる。
「ん、芳佳君。これは政治的な意図もあるからね。素直に喜ぶのはまだ早いかな」
「政治的?」
不意の、豊浦の声。
「おそらくはね。……いずれ、軍備が整ったら、欧州、扶桑皇国、アフリカ、オーストラリアあたりを拠点にしての、ユーラシアのネウロイに対する世界規模の大包囲作戦。
それを見越しているんじゃないかな? 扶桑皇国があれば太平洋を横断しないといけないリベリオンは特に戦いやすいだろうからね。そのためにも扶桑皇国の存続は大切だと思うよ。
ファラウェイランドも近いけど、包囲戦をするのなら侵攻経路は分けた方がいいだろうからね」
「世界規模の、…………なるほど、あり得るわね」
欧州との戦線維持にやっとな現状から考えれば、遠い話だろう。
けど、いずれ、ネウロイを殲滅するのなら、豊浦の仮定は十分にあり得る。
けど、それでも、…………不満そうな芳佳を豊浦は丁寧に撫でた。
「芳佳君はいい娘だね。
けど、よく考え、よく教えてもらいなさい。利害関係が存在しない政治はない。好意は損得への布石と思った方がいいよ」
「……はあい」
不満そうに、それでも芳佳は頷く。政治の話なんて全然分からないのだから。
「まあ、豊浦さんの想定には信憑性も高いけど、どちらにせよ扶桑皇国は守らなければいけないし、そのために鉄蛇の撃滅は必要よ。
素直に時間が取れたとだけ思っておきましょう」
ぱんっ、とミーナが軽く手を叩いた。
《大和》で昼食を済ませ、家に戻る。居間でミーナは淳三郎から受け取った書類を放り投げた。
「ま、案の定だけどこっちの資料は役に立たないわね」
期限の無期限延長と一緒に送られてきたのは欧州に出現した地上型ネウロイとの戦闘記録。……けど、対鉄蛇に役立つ情報はなかった。案の定、でもあるが。
「ま、それはしゃーないな。
それで、ミーナ、明日はどうする?」
シャーリーの問い、豊浦は「任せるよ」とだけ応じ、
「みんなは、大丈夫かしら?」
「…………すいません。ちょっと、魔法力に不安がありますわ」
おずおずとペリーヌは手を上げる。枯渇でもしない限り回復はしていくが、すぐに全快になるわけではない。今回は随分魔法力を使った。明日までに回復しきれるとは思えないし、万全の体制で挑まなければ鉄蛇への勝利は難しいと思っている。
ほかの皆もそれは同様。それと、
「あの、…………その、ごめんなさい。ちょっと、肩が痛いです」
リーネが手を上げる。「肩?」とミーナが首を傾げ、
「対装甲ライフルの反動、だと思います。
あんなに連射したの、ほとんどなかったから」
「そう」
「リーネちゃん、大丈夫?」
「うん、…………あ、けど、芳佳ちゃん。あの、お風呂の時に診てもらえる?」
「うん」
心配そうに問いかける芳佳にリーネは安心させるように微笑んで応じる。ミーナは時計を見て、
「それに、今回、最後のやり方は特に無茶がありすぎます。反省会をします」「それと、明日は勉強会もしようか」
特に無茶をした自覚があるペリーヌはミーナの言葉に肩を震わせたが。
「勉強会?」
サーニャは首をかしげる。豊浦は欧州から送られてきた地上型ネウロイの資料に視線を落としながら、
「ネウロイって、ビームを放つらしいね。
けど、鉄蛇は火を吐いたり雷撃をしたりした。なんでかな、って思ってね」
「それは、……確かにそう、だけど?」
ただ、ネウロイだからそういう事もあるかもしれない、みんなそう納得していた。
「僕たち、……陰陽の領分からいうと、雷は木気なんだ。
そして、蛇も木気。……その視点で言うと、鉄蛇が雷撃をするのは自然な事なんだ」
「なんで雷が木なんだ?」
結びつかない、とエイラが首をかしげる。豊浦は頷いて、
「雷が落ちるのは、木、だね?
特に、今みたいに高層建築物がない時代は」
「ん、…………ああ、そうだな」
確かに、ビルとかの建築物がなければ一番高いのは木々だろう。そうなれば落雷の対象は木が多くなる。
だから頷く。
「だからね。雷は木にひかれる。木と同種のもの、あるいは、近いものと判断されていたんだ」
「ふーん?」
「そして、蛇をまっすぐに立てると木の形に近くなる。そういう理由で木気に当てはめられているんだよ。
陰陽、に関連した話だからネウロイとは関係ないかなって思ってたけど。攻撃方法が雷撃であるならそういう可能性もあるかなって思ったんだ」
「そうかもしれないわね。
それに他にも鉄蛇は残っているのだし、関連する情報は少しでも得ておきたいわ」
「えーっ、お勉強ーっ?」
そして、勉強会の言葉にぐったりするルッキーニ。苦手。
「ルッキーニさん、これもみんなが生き残るためよ。
駄々をこねないの」
「…………はーい」
「まあ、お勉強が苦手なルッキーニ君でも出来るだけわかりやすいようにするから、ね」
ぽん、と頭を撫でられてルッキーニは不満そうに膨れた顔から一転、緩んだ笑顔。
「はーい」
頷くルッキーニに豊浦は微笑。「面倒をかけてごめんなさいね」とミーナ。
「いいよ。それに、ルッキーニ君くらいの女の子はお勉強より外で遊んでいた方がいいからね」
「うんっ」
ルッキーニは笑顔で同意。ミーナは微笑。
「みんな、夕食が終わったら今日は早く休みましょう。
いくら期間の制限がなくなったって言っても、欧州をいつまでも空けるわけにはいかないわ。明後日にはまた鉄蛇と交戦するから、それまでに体調を万全に整えておきなさい」
「はーい」
というわけで反省会。居間で上座にミーナが陣取る。
誰も死ぬことなく大きな怪我を負う事もなく、鉄蛇を撃破し、また、ここに帰ってこれた。これはミーナにとっても嬉しい事。
けど、鉄蛇はまだ六体残っている。次も、確実に帰って来れるかは分からない。…………それは、わかっている。それが戦場に立つという事なのだから。
ならどうするか。大切な家族と、また、ここに帰ってくる。そのために出来ることは何でもやっておく。だからミーナは安堵に緩みそうな表情を強いて厳しく保ち、口を開く。
「それでは、反省会を始めるわね」
「…………ミーナ、いいだろうか」
「なに?」
「…………その綿入れ、脱げないか?」
きりっ、とした表情のミーナ。座布団を敷いた座椅子に座り綿入れを着こみ、傍らには緑茶。
せめて、綿入れくらいは脱いでもらえないだろうか? と、トゥルーデ。対して、
「いやよ。寒いもの」
「…………ああ、そうか」
「今回の交戦で鉄蛇は巨大な砲撃したわね。……正直、あれには驚いたわ」
「自分の砲弾を自分で砕いて大爆発って、どうなんだよもー」
でたらめだよー、と。エーリカはぐったりする。
溜息。
「そうでしたわね。わたくしが一番近くで受けましたけど、礫? ええと、散弾? みたいなのが無数に直撃して、……結構きつかったですわ。
それと一緒に発生した爆風で吹き飛ばされて、……ええ、何とかシールドで防げましたけど、失敗したら地面に激突、シールドで防御しても意識が飛びましたわ」
「私が怪我の確認をしたとき、聞こえた?」
「いえ、……意識がもうろうとして、聞こえませんでしたわ」
「そう、全方位に対する散弾と爆風の二段構え。厄介な攻撃ね」
「前兆はわかりやすいから、ま、それが出たら逃げるしかないな」
「全方位に飛んでくる爆風なんてどうすれば逃げられるんですの?
というか、皆さんはどうやってしのいだんですの?」
「私はサーニャと合流できたからな。二人でシールドを張って何とかこらえたぞ」
「一人だったら、危なかったと思う」
エイラの言葉にサーニャも続く。「私は、距離があったから、散弾を防ぐだけで暴風は、驚いたくらいでした」と、リーネ。
「はあ、……それだと距離を取るしかなさそうですわね。
あるいは、誰かのそばで二重に防御するか」
「理想は後者ね。まあ、戦闘中だし、誰かと一緒に防御。それが無理なら逃げる、が適当でしょう。
逃げる先まではその時その時になるでしょうけど、散会したらすぐに連絡を入れるわ。私から連絡がなかったらトゥルーデ。確認とその後の指揮をお願い」
「了解した」
「居場所が把握できなくなったらすぐに連絡入れた方がいいんじゃないか」
ふと、シャーリーが口を開く。だって、
「あれ、ペリーヌってすぐに鉄蛇に見つかったんだろ? 運よく見つけられたのかもしれないけど、結構索敵能力高いかもしれないぞ」
「かも、知れませんわね」
シャーリーの言葉に頷く。ペリーヌは地上にいた。障害物のない空より発見は困難だろう。
けど、鉄蛇の動きに迷いは見えなかった。
「そうね。もしかしたら何らかの方法で私たちの位置を把握しているのかもしれないわね」
ミーナの言葉にサーニャが手を上げる。
「私の固有魔法で、……ええと、豊浦さんの、封印の中を探ったとき、妨害されました。
もしかしたら、私の固有魔法と似たような能力を持っている、かもしれません」
「そうかもしれないわね。
で、一人になったら鉄蛇は一人を集中して狙ってくる。ね」
「ええ、そうですわ。……あの時も、私を追撃してきましたわね。
宮藤さんがいなかったら危なかったですわ。…………って、なに笑ってるんですの?」
「え? ……えーと、えへへ、ペリーヌさんに頼ってもらえたの、嬉しくて」
手を繋いで一緒に逃げたとき、危ないからと遠ざけるのではなく、一緒に戦おうと、危険でも、自分を信頼して頼ってくれた事。
それが嬉しい。
「べ、……別にそういうつもりではありませんわよ。
まあ、宮藤さんのシールド強度は高いですし? 鉄蛇からも逃げられると判断しただけですわよ」
つい、とペリーヌはそっぽを向いて応じる。にこにこと芳佳の笑顔と、にやにやとエイラとシャーリーの笑顔から逃れる。
「あ、……あの、あの時、無茶言って、ごめん、ね」
おずおずと、リーネが声を上げる。その声音は申し訳なさそうなもの、対してペリーヌは微笑。
「いいんですわよ。おかげで、鉄蛇への決定打を打てましたわ」
「そうだよっ、岩を使って鉄蛇の動きを止めるなんて、リーネちゃん凄いっ、私、全然考えつきもしなかったよ」
安心させるように微笑むペリーヌと、笑顔の芳佳にリーネは安堵。
二人には負い目があった。囮なんていう危険な役割を押し付けてしまったのだから。
「そうね。戦術としては悪くないものだったわ。
ただ。まだ鉄蛇が戦闘可能だったらこっちはやられていたかもしれないわね。トゥルーデが鉄骨まで突き刺したからそうそう動けなかったでしょうけど」
「そうですわね。……少し、考えが攻撃に偏りすぎていましたわ」
固有魔法による雷撃ではなく、まだ見えたコアに集中銃撃してもらった方が安全だったかもしれない。けど、
「といっても、鉄蛇の耐久性は一応未知数だったし、何より動きを止めているうちに早期の撃破はいい判断よ。
ペリーヌさん。全力で固有魔法を使う場合は一言いいなさい。最悪、シャーリーさんに抱えてもらって《大和》に退避するという選択もあるわ」
ペリーヌは頷く。戦線離脱をすれば皆の負担は増える。けど、足手まといを戦場に残すよりはましだろう。
一息。
「今回の戦闘に関して、もう少し連携を密にするべきね。お互いの位置を把握し、必要と判断したらすぐに連絡。
鉄蛇は高い索敵能力を持つ、という前提で考えましょう。一対一で戦うのは危険すぎるわ」
「というか、あんなのを一人で倒せる実力者なんて存在するんですの?」
ぽつり、ペリーヌが呟く。呟いて、少し考えてみる、自分はどうだろうか、と。
仮に、魔法力と銃弾が無制限に続くとすれば、あるいは勝てるかもしれない。けど、
「……豊浦さんなら、あり得る、くらいね」
問われたミーナは自信なさそうに応じた。