怨霊の話   作:林屋まつり

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十八話

 

「すいません。こんなにいろいろいただいて」

 家まで送り届けてくれた軍人に芳佳は頭を下げる。彼は気にしない、と軽く笑って会釈を返し、車を出す。

 もらったのは食材一式。武装類の確認の後、一緒に食事を、という流れになったが、芳佳たちはそれを辞退した。

 こっちにはミーナと豊浦もいる。特に豊浦は一日安静なのだから、自分たちで料理を作ってあげないといけない。

「さて、それじゃあ、頑張ってお昼ご飯作っちゃおうねっ」

「うんっ」

 芳佳とリーネは笑顔を交わし、サーニャも頑張ってお手伝いを、と奮起。エイラも面倒だなー、と思いながら彼女たちに続く。

「そっちは任せたぞ」

 補給艦についての報告をミーナにしようと思っていたトゥルーデはそんな彼女たちに微笑。そして、「ただいまーっ」

 玄関から中へ。「おかえりなさーい」と、ミーナの声

 板の間を抜け襖を開けると炬燵に入ってレポートを作成するミーナ。仕事中ゆえのきりっとした表情。

 ただ、炬燵に体を突っ込み綿入れを着こみ目の前にみかんと湯呑があるので威厳はない。

「ミーナ、そのスタイル、あまり気にいるなよ?」

 カールスラント軍人としてそれでいいのか、軽く頭を抱えるトゥルーデにミーナは唇を尖らせる。

「少しでもリラックスした状況で仕事をした方がいいと思わない?」

「まあ、……そうかもしれないが」

「それじゃあ、ミーナさん。私たちはお昼ご飯作ってきちゃいますね」

 芳佳たちはそういって歩き出す。「ええ、お願いね」とミーナ。

「こったつっ、こったつっ! シャーリー、一緒に座ろー」

「そうだな」

 シャーリーは炬燵に潜り込み彼女の膝の上にルッキーニが座る。

「ぬくぬくー」

「それでミーナさん。武装類ですが、…………何ですのそれ?」

「ああ、座椅子ね」ミーナは背中を預ける座椅子のひじ掛けを軽く叩いて「豊浦さんが作ってくれたの」

「…………彼は安静じゃないんですの?」

 胡散臭そうなペリーヌ。ミーナは溜息をついて「仕方ないじゃない。仕事してたら唐突に持って来たんだもの」

「それも楽そうだねー、体重を預けられて」

 羨ましそうにペリーヌの隣に座るエーリカ。「ええ、楽よ」とミーナは笑って返す。

「けど貸さないわ」

「ちぇー」

 エーリカももぞもぞと炬燵の中へ。会議の場がこれでいいのか、とトゥルーデは思うが今更この面々を引きずり出すのも困難だろう。諦めて炬燵に潜り込む。

「このままだと、基地の会議もこんなことになりかねませんわね」

 ペリーヌが頭を抱えた。ミーナは難しい表情で「欧州に報告を入れたとき、炬燵を補給物資に含められるか聞いたけど、そもそも炬燵が何なのかわかってなかったみたいね」

「ま、当然だよねー」

「っていうか、本気で導入しようとしないでくださいっ」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ、こういう時のためのウルスラだから」

「お前の妹は大工仕事までできるのか?」

 シャーリーは首をかしげる。兵器開発と家具作成は別物な気もするが。

「なに言ってるの? ウルスラに作れないものなんてないっ!」

「あ、ああ」

 意外な剣幕で迫るエーリカ。思わず引いた、が。不意に笑う。

「な、なんだよ?」

「そうだよなー、何せ、自慢の妹だもんなー」

「う、うるさいなー」

「ハルトマンは妹の事が大好きだもんねーっ」

「うるさいっ!」

 シャーリーとルッキーニに怒鳴る。が、この二人は聞かない。けらけら笑ってエーリカが頬を膨らませる。

「まあ、炬燵の導入はともかくだ。

 ミーナ、杉田大佐に頼み、装甲空母《大鳳》の甲板に我々の武装を置いてもらうよう頼んでおいた」

「武装? ああ、銃弾とかね」

「いや、装弾済みの銃そのものだ。特にサーニャのフリーガーハマーは装弾にも時間がかかる。が、そんなことを言っていられる相手ではないだろう?」

「それもそうね。ええ、今回はそれが必要かもしれないわね」

「これが大まかな置き場所だ。一応、皆には目を通すように伝えておいた」

「ええ。ありがとう」

「……はあ、固有魔法があるから必要ありませんわよ、と胸を張れればいいんですけどねえ」

 ペリーヌは溜息。銃弾がなくなってもいざとなれば雷撃で周囲一帯をまとめて撃破できる。けど、今回の敵にその慢心は危険だ。

「そうだよー、あー、なんか悔しー」

「…………コアさえ破壊できなかった。……あうう。撃破できるまで固有魔法やったら魔法力なくなっちゃうよー」

 同じく攻撃型の固有魔法を持つエーリカとルッキーニも不満そうに頬を膨らませる。が、

「自重ね。自重」

 仕方ない。まだどれだけ耐久性があるか分からない。それなのに固有魔法を乱発して飛べなくなった、では話にならない。

 それはわかる。だから三人は不満そうに押し黙った。

 

 芳佳とリーネ、サーニャとエイラ、そして豊浦が居間へ。それと、

「はい、座椅子。みんなの分あるから使っていいよ」

「…………なんで豊浦さん。お休みしているはずなのに大工してるの?」

 じと、と。芳佳が豊浦を睨む。豊浦は決まり悪そうに視線を背ける。

「いや、…………ひまだし」

「寝てないとだめですっ!」

「……そんな、せっかく人形劇用の人形も整備したのに。…………よ、芳佳君。……ほら、僕は大丈夫だから、ね?」

「だーめーでーすっ! 病み上がりなんだから大人しくしててくださいっ!」

 ぴしゃりと応じる芳佳と小さくなる豊浦。「病み?」と、不意に聞こえた疑問は聞こえないふり。

「人形?」

「そ、そうだよルッキーニ君っ、何せミーナ君も凄いって大絶賛したものなんだっ」

「…………えー?」

 凄いのは認めたが大絶賛をした覚えはない。勝手なことを言うな、とミーナは豊浦を睨むが彼は無視。

「人形だってっ、芳佳っ! あたし見てみたいっ!」

「そう、それにね。これは扶桑皇国古来からの伝統芸能なんだ。

 どうだい、ペリーヌ君? 他国の文化に触れることは、貴族として有意義だと思うよ? 文化交流文化交流」

「へ? ……え、ええ、そうですわね。他国の伝統文化を学ぶのも大切なことですわ」

 国交の場ではその知識あるなしで相手国の事をよく学んでいるか印象が大きく異なる。ペリーヌにはまだ経験がないが、いずれ貴族として扶桑皇国の執政者とも相対する事があるかもしれない。そうなったときの事を考えれば知っていて損はない。

 損はない、が。

「豊浦さんっ!」

「…………はい、すいません。大人しく寝ています」

 ルッキーニとペリーヌが慄く剣幕の芳佳に押されて、豊浦はしぶしぶ両手を上げた。

「まあ、僕の部屋に人形はあるからね。

 ルッキーニ君、ペリーヌ君もよければ見に来なさい」

「お人形さん、可愛いですか?」

 お人形といわれればサーニャも興味が出てくる。可愛ければ見てみたい、と。二人は問いかける。対し、

「可愛くないよ」「可愛くないわね」

 豊浦とミーナは正直に応じる。「え?」と、疑問。

「まあ、それよりご飯を食べようか。せっかくみんなが頑張って作ってくれたんだしね」

「そうだな」

 トゥルーデも頷く。メインは焼いた鶏肉に大根おろしのソースをかけたもの。

「どれも旨そうだな。

 これは、芳佳たちが作ったのか?」

「うん、あ、……えへへ、今日のメインはサーニャちゃんにお願いしましたっ」

「あう、……あ、あの、…………お料理、あんまりしたことないから、自信ない、ですけど」

 自分の手料理を誰かが食べる。そんな事初めてで、小さくなるサーニャ。「どれ」と、トゥルーデが一口。

「……ん、ああ、美味いな。上出来だ」

 そういってトゥルーデはサーニャを撫でる。サーニャは意外そうに目を見開いて、心地よさそうに目を細める。

「…………って、なんでバルクホルンまでサーニャ撫でてんだっ!」

「……へー、トゥルーデ、…………へー?」

「む、……な、なんだ」

 エイラに怒鳴られエーリカに睨まれる。けど、ミーナは微笑んで、

「あら、らしくなってきたわよ。お姉ちゃん」

「ふぁっ?」

「そうですね。バルクホルンさん頼りになるから、お姉ちゃんっていう感じです」

 リーネの肯定になんとなく嬉しさを感じ、けど、そうじゃない、と思い直す。

「な、……べ、別にそういうのはいらないぞっ!

 カールスラント軍人たるもの、常に精進を怠らない部下を労わずしてどうするっ」

「そのやり方が頭なでなでか? カールスラント軍人としてどうだよ? それ」

「うるさいっ! これは撫でられたときに存外心地よかったから慰労に向いていると判断したからであって、別に妹云々は関係ないっ!」

 にやにや笑うシャーリーに一発怒鳴る。

「私も、頭撫でてもらえると嬉しいです」

 そして、ほっこりと同意するリーネ。ペリーヌは、にやー、と笑う。

「バルクホルンさんも、そういうの、お好きだったんですわねー

 豊浦さん、また撫でて差し上げたら?」

「いや、ここは現地妹の芳佳君がいいと思うよ。さぁ芳佳君っ! 普段の感謝の気持ちを込めて撫でるんだっ!」

「はいっ! バルクホルンさん、撫でさせていただきますっ!」

 いろいろな方向から攻撃されるトゥルーデを珍しいな、と見ていた芳佳は不意に話を振られて立ち上がる。

「結構、だっ!」

 

「きゃははーっ、うわーっ、なにこれ変なのーっ?」

「へー、確かに変なやつだな。可愛くないなー」

 情け容赦なく爆笑するシャーリーとルッキーニ。けど、

「変なのですけど。……見事な作りですわ。

 服もしっかりしていますし、面も、…………ううん、改めてみると相当いいつくりですわね」

「「えっ?」」

 真面目に褒めるペリーヌに驚くシャーリーとルッキーニ。二人には何がどう見事なのかよくわからない。

「ぬう、……貴族めー」

「目が肥えている、という事ですわ」

 事実貴族であるペリーヌは謎の抗議を送るシャーリーをさらりとかわす。

「はあ、……可愛くなかったです」

 で、豊浦の側で緑茶を飲みながらしゅんとするリーネ。

「可愛くないって言ったでしょ。……うん? リーネ君は可愛い人形が所望かな?」

「あ、……ええと、所望、……っていうか、見てみたい、です」

 思い起こせば彼にはたくさんお世話になっている。それなのにさらに我侭を言う事なんてできない。

「豊浦。可愛い人形とか持ってるのか?」

 エイラも緑茶を啜りながら聞いてみる。男性で人形、というのはあまり結びつかないが。

「ああ、持ってるよ。市松人形ならね」

「へー、意外。どんなのだ?」

 興味津々とエイラ、サーニャとリーネも可愛いのなら見てみたい、と。豊浦に視線を送る。…………つと、芳佳は市松人形という言葉を聞いてさらりと嫌な予感。

「ええと、写真が「検閲しますっ!」芳佳君?」

 どこぞから取り出した写真を三人が見る前にかっさらう。不思議そうな視線を背に、まずは覚悟を決めるために深呼吸。…………見る。……………………口元が引き攣る。絶対に今夜はリーネと一緒に寝ようと決心する。一人で眠れる自信は、今消し飛んだ。

「サーニャちゃん、エイラさん、リーネちゃん。

 これ、絶対に、見ちゃ、だめ、だから、ね」

「う、…………うん」

 芳佳の剣幕に思わず頷くエイラ。意地悪、ではない事は芳佳の表情を見ればわかる。

「いい? 絶対、絶対だからね?」

「うん」「わ、わかったよ。芳佳ちゃん」

 念押しの言葉にリーネとサーニャは気圧されるように頷く。興味はあるが、不安を感じて大人しく引き下がる。

「むう、……こっちも不評かな。

 じゃあ、…………羽織狐と、玉乗り兎、あと、撫牛ならいいかな? はい、芳佳君」

 また写真を取り出して今度は最初に芳佳に手渡す。芳佳は市松人形の写真を置いてみて「あ、可愛い」

 思わずつぶやく。なら問題ないだろうとサーニャたちも覗き込む。

 丸いテーブルにちょこんと乗った動物の人形。兎と狐は服を着ていて愛嬌がある。

「実物は持ってないんだ。ごめんね」

「あ、いえ、いいです。ありがとうございますっ」

 ぺこり、頭を下げるリーネ。豊浦は彼女を丁寧に撫でて「その写真でよければあげるよ。芳佳君も、市松人形の写真、欲しいよね?」

「いらない」

 きっぱりと言ってのける。だって、「やっほーっ、例の人形見に来たよー」

 さっ、と襖が開く。ミーナとトゥルーデと話をしていたエーリカは豊浦の部屋に乗り込んで、ふと、

「お、何の写真?」

「って、ハルトマンさん、それ見ちゃだめぇっ!」

 慌てて止めるが時すでに遅し。…………そして、

 

「何事だっ?」「ハルトマンっ?」

 耳をつんざく絶叫。直撃した部屋の面々は悶絶し、ミーナとトゥルーデは部屋に入る。そして、

「トゥルーデっ!」

「うわっ?」

 誰かが胸に飛び込んできた。抱き留める。と。

「あ、あう、あうう」

「は、ハルトマンか? ど、どうした?」

 涙目で見上げる彼女。思いきり抱きしめたい衝動に駆られるが。必死に抑える。

「あ、あれ、あれえ」

 震える指で示すのは裏返しになった一枚の写真。

「これ?」

 ミーナが手を伸ばすが「ごめんなさいっ、ミーナさんっ!」

 芳佳はその上に滑り込む。

「きゃっ? ちょ、宮藤さんっ?」

「これは絶対に見ない方がいいですっ! いいですかっ! もし見るなら覚悟してくださいっ!

 私、責任とれませんからっ!」

 結構な剣幕の芳佳。とはいえ悲鳴を上げて今もトゥルーデに泣きつくエーリカがいるので冗談とは思えない。

「え、……ええ、気を付けるわ」

「うーむ? そんなに怖いかなあ?」

「ば、ばかーっ! あんな気味悪い写真怖いに決まってるよっ!」

 首をかしげる豊浦に涙目で怒鳴るエーリカ。「ふむう?」と、彼はよくわからなさそうに応じる

「うう、扶桑皇国はあんなので人形遊びとかしてるの? …………宮藤怖いー」

「私っ?」

 

 そして、夜。トゥルーデは布団に潜り込む。

 明日、また鉄蛇との決戦だ。あれだけ猛威を振るったネウロイ相手に戦う。けど、仲間たちに強い緊張は見えない。各々リラックスしているように見えた。

「ああ、いい雰囲気だな」

 ぽつり、呟く。

 少し、緩すぎる気もするが、強敵を前に委縮するよりはずっといい。…………ふと、その理由を考えてみる。

 背中を任せ、命を預けるに足る仲間たちと一緒に戦う。彼女たちと一緒ならどんな強敵でも倒せる。そんな信頼がある。

 あるいは、豊浦の存在もあるかもしれない。のんきな性格やらいろいろ言いたいことはあるが。彼の穏やかな態度は安心も感じる。

 …………それと、……耳を澄ます。外の音。それに調和して響く、不思議な音色。

 この家も、あるのかもしれないな、と。

 囲炉裏や炬燵などの温かさを共有し、障子や大きな窓は陽の光を、そして、月の光を柔らかく室内に届ける。

 家、とするには少し脆い気もする。……けど、

 休むのには、……そう、戦場を離れ、休憩をするにはいいかもしれない。

 カールスラント軍人にはあるまじき怠惰な考え。……けど、ここの穏やかさはそれさえ肯定してしまいそうになる。

 と、

「と、トゥルーデ、お、起きて、る?」

 障子の向こうから、遠慮がちな声。

「ん? ああ、ハルトマンか?」

「う、……うん、はいって、いい?」

「ああ、構わないぞ」

 頷く、明日の相談だろうか? と、障子が開く。…………目を、見開いた。

 

 紅潮した頬。羞恥で微かに潤む瞳。遠慮がちに開く口元を隠す枕。

 障子越しの月光は金糸の髪を微かに輝かせ、闇夜と藍色の浴衣が白い肌を引き立てる。

 

 思わず、見とれるトゥルーデに、少女は小さなおねだりをした。

「トゥルーデ。…………一人は、怖いから。……今夜、一緒に寝て、いい?」

 


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