怨霊の話   作:林屋まつり

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十七話

 

 武装類はすべて横須賀海軍基地から東京湾をはさんだ富津岬に用意してある。

 鉄蛇が海を越えられるかは不明だが、ネウロイは水を嫌う。陸地に置くよりは安全だろう。

 そして、そこには無数の軍船も停泊してある。

 そこに向かう途中。

「宮藤さんは、本当にすごいのですね」

「う、……ん?」

 不意に静夏に言われた言葉に芳佳は首を傾げた。

「あの、蛇型ネウロイ。……ええと、鉄蛇です。

 とても強力なネウロイだと思います。それと戦えるなんて、凄いです」

「あ、……ええと、みんなの協力もあったから」

 きらきらとした視線を向けられ、芳佳は困ったように応じる。

「はい、さすがは《STRIKE WITCHES》ですっ」

「うーん、……けど、結局勝てなかったし、私たちもまだまだ訓練が足りないよね」

 芳佳は困ったように応じる。丁寧に、深い悔恨を隠す。

 あの時、もっと自分が頑張っていればエイラまで危機にさらすことはなかった。豊浦が出てくる必要もなかった。そして、もちろん彼が倒れることも、……そのことを思い出し、力不足を改めて実感する。

「けど、そんなネウロイなんてそうはいないでしょう」

「そ「ま、それはそーだけどな」」

「きゃっ」「シャーリーさんっ?」

 並んで話していた二人を後ろからまとめてシャーリーが抱きしめる。

「といってもいたんだし、まだ見つかってないだけで他にも世界中にとんでもないネウロイがいるかもしれないからな。

 だから、これも例外ってだけじゃあ終わらないかもしれないぞー」

「あ、……う」

 よく見かけるタイプのネウロイさえ、一人で撃ち落とせるか、その自信はない。

 言葉に詰まる静夏。シャーリーはぱんっ、と彼女の背中を叩いて、

「ま、なんにしても訓練あるのみだ。期待してるぞ、次期エース」

「へっ? えっ? は、はいっ」

 尊敬するウルトラエースから笑顔でそういわれ、静夏は反射的に姿勢を正した。

「うん、静夏ちゃん。訓練は大切だよっ」

「はっはっはっ。服部もそろそろ扶桑皇国を出て実戦経験を積んだウィッチと模擬戦をするのもいいかもしれないな。

 どうだ? まずは宮藤とでも」

「おっ、少佐っ」「坂本少佐っ」

「よお。宮藤、シャーリー。

 今回の件、なかなか難儀そうだな」

「あはは、いや、本気できついです」

「私も聞いたことがないタイプのネウロイだな」

「いやー、やたらと飛びにくいし、正直二度と戦いたくないです」

「強いですからねー」

 芳佳も同意。静夏は首をかしげて「飛びにくい?」

「ああ、そうそう。あの砲弾やたらとでかくてさー、回避しようとするとものすごい大回りになるわけ。

 そんなでっかいのばかすか撃ってくるから全然近寄れないんだよ」

「なるほどシャーリーは苦手そうだな」

「ま、といってもあと七体。何とか頑張りますよ」

「ああ、期待しているぞ。宮藤もな」

「はいっ、最善を尽くしますっ」

「はっはっはっ、頼もしいな。

 こっちの事は気にするな。お前たちはお前たちの最善を尽くせ」

「「はいっ」」

 そして、富津岬の港に到着。さっそく駆け降りるシャーリーとルッキーニ、そして、

「こらっ、あまり走るなっ!」

 トゥルーデが慌てて二人を止める。

「相変わらずだな」

 美緒は苦笑。「なにも、変わりませんわよ。少佐」と、傍らを歩くペリーヌも頷く。

「まあ、迷子になっても困るからあまり離れないようにしてくれ。

 それでは、武器庫まで案内しよう」

 淳三郎が先頭を歩きだす。シャーリーとルッキーニを捕獲したトゥルーデが一礼するのに軽く手を上げて応じ、

「こっちだ。ついてきなさい」

「…………あ、うん。……けど、賑やか、だね」

 リーネは不思議そうに呟く。眼下、おそらく扶桑皇国のウィッチだろう。少女をはじめ多くの人が集っている。

 溜息。

「まったく、……それぞれの仕事があるというのに」

 淳三郎は軽く頭を抱えた。

 

「ようこそ、《STRIKE WITCHES》の皆さま。

 このたびは扶桑皇国の危難に駆けつけていただき。誠にありがとうございましたっ」

 声、とともに敬礼。ウィッチたちも敬礼を返す。

「さて、それでは行こうか。

 皆も、すぐに仕事に戻れっ!」

 淳三郎の言葉に敬礼をしていた整備兵たちは駆け足で仕事に戻る。例外は、

 そわそわと、何か言いたそうに視線を投げかける少女たち。……まだ、訓練中のウィッチにとって、欧州最前線で戦うために世界から集められたエースが集う部隊。《STRIKE WITCHES》はまさしく憧れの対象だ。

 何より同郷の出である芳佳には特に多くの視線が向けられる。

 えーと、と慣れない注目に困る芳佳。けど淳三郎は強いて無表情で歩き出し、

「宮藤、相手をしたいかもしれないが、先に仕事をこなせ。

 明日への準備を怠るな」

「はい」

 美緒が軽く背を叩いて促す。ある程度注目に慣れている他のウィッチたちは興味津々とあたりを見ながら一緒に歩いていく、と。

「杉田大佐」

「む?」

 書類をもって駆け寄る壮年の男性。彼は芳佳たちに一度敬礼し淳三郎に書類を見せる。ふむ、と。

「服部軍曹。武器庫の場所はわかるか?」

「はいっ、把握しております」

「そうか、すまないが、私は少し席を外す。

 《STRIKE WITCHES》の皆を案内してやってくれ」

「はいっ」

「仕事か?」

「弾薬の追加発注だ。内地の陸軍基地にも発注をかけなければならんな。

 ミーナ中佐のレポートは国内でも有効活用させてもらう」

「そうか」

「さて、徹甲榴弾はどこで手に入るか」

「大佐、ネウロイ相手ですと榴弾よりは打撃と衝撃力を重視した方がよろしいかと思います。

 自分は高速徹甲弾の検討を上申します」

「ふむ、……確かにそちらの方がよいかもしれないな。

 承認しよう、海軍管理の砲弾はありったけ持って来い。陸軍には私が直接打診する」

「了解しましたっ」

 二人は言葉を交わしながら歩いていく。そちらを見送って、

「皆さま、こちらです」

 静夏は先頭を歩いていく。

「う、……ちゅ、注目されてる、ね」

 注目に慣れてないのは芳佳だけではない。サーニャは小さく呟く。

「気にしない、……って言っても気になるよなー」

 悪意は感じられない。けど、それでも集まる注目にサーニャは小さくなる。エイラは苦笑。

「エイラは、気にしないの?」

「ま、慣れているからな」

 欧州の貧しい寒帯国スオムスが世界に誇る国内最強のエース、国の英雄としてエイラは有名だ。今以上に注目を集めていたことも一度や二度ではない。

 対し、サーニャはブリタニアで腕を磨いたがもとはオラーシャの出身。エイラのように国の英雄、という扱いを受けたことはなかった。他国のウィッチという事で注目されること自体ほとんどない。

 だから、堂々と歩くエイラをサーニャは羨ましいな、と思い。「あの、エイラ」

「んー?」

「手、……つないで、いい?」

「うぇっ?」

「あ、…………あの、だめ?」

「ぜ、全然いいぞっ、うんっ」

 エイラからの許可が出て、サーニャは手を握る。一息。

「ありがと、……注目されるの、慣れてないから」

「ま、まあそのうち慣れるから、それに大丈夫だっ、何かあったら私が守ってやるからなっ」

 何があるとは思えないが、ともかくエイラの言葉にサーニャは微笑。

「ありがと」

「全部終わったら少しくらいは相手をしてやってくれ。

 特に宮藤、皆お前とは話をしたがっていたぞ」

「わ、私ですかっ?」

 なぜ自分が、と。声を跳ね上げる芳佳。近くにいる静夏はふと思う、この人、自分に向けられる評価に頓着しているのだろうか、と。

「自国のエースならそれくらい当然だって、胸張りなよっ! 扶桑皇国のエースっ」

 すぱんっ、とカールスラント四強の一角に背を叩かれる。「…………えーす?」

「うん?」

 不意に、こぼれた声。

「……私、そういう風に思われてたんだ」

 ぽつりとこぼれた声にエーリカは動きを止めて、

「ふ、……くっ、あ、あははははっはっ! なんだっ、そういう自覚全然なかったんだっ!

 なんだー、宮藤がエースじゃないのなら世界中のエースは随分減しちゃうんじゃない?」

「え? え? そ、そんなにっ? だ、だって私、撃墜数全然少ないですよっ? ハルトマンさんの十分の一くらいですっ」

「…………え? そだっけ?」

「宮藤の公式撃墜記録は三十程度だったな」

「あ。……あれ? なんで?」

 なぜか首をかしげるエーリカ。なんでか? 「……実力、不足?」

「出撃機会が少ないからだ。まあ、他の評価など気にする事はない」

「そうそう、そんなの気にしても面倒なだけなんだから。

 宮藤のやりたいようにやればいいさ。周りからなんて言われても気にしなくていいってっ、私だってトゥルーデに何言われも気にしないからっ」

「お前は少しは気にしろっ! まったくっ! なんでジークフリード線の維持にあんなに苦労するんだっ!

 第一、カールスラント軍人たるもの、もっときり「だが私は気にしないっ!」しろーっ!」

「…………まあ、はい、宮藤さんは扶桑皇国のウィッチたちの間では伝説的存在です。

 お時間がありましたら皆さんとお話をしてみてください。きっと喜んでくれます」

「はあ、そうですか」

 どうにも実感がわかないらしい。芳佳は曖昧に応じる。

「そうだな。それに、後輩との話もいい刺激になるぞ」

 美緒にも告げられて「じゃあ、時間があったら」と、応じておく。

「大丈夫ですの? この軍規を突き抜けたじゃじゃ馬とお話なんて。混乱させてしまうのではなくて?」

 ペリーヌが横目で見るのは静夏。正しく、彼女の軍人らしからぬ行動で混乱をした被害者。

「なに、宮藤の事は服部がよく話していたからな。大体みんな知っている」

「さ、坂本少佐っ!」

 いきなりな発言に美緒につかみかかる静夏。美緒は首をかしげて「どうした? あんなに胸を張って話していたではないか? 訓練で好成績出した時より誇らしそうだったぞ」

「あ、うえっ? え? ……い、いえ、そ、そんなことはありませんっ! 私は、ただ請われたから宮藤さんの武勇を伝えただけですっ!」

 忍び笑いするペリーヌとわかってなさそうに首をかしげる芳佳。ともかく、静夏は武装類が格納されている倉庫へ鍵を開けて戸を開く。

 明かりをつけた。そして振り返る。広い倉庫一杯に持ち込まれた銃火器を背に、

「こちらです。それぞれ、必要なものを見繕ってください」

 

「あの、バルクホルンさん。

 相談に乗ってもらえますか?」

 さっそく武装を物色し始めたトゥルーデにかけられる声。

 顔を上げる。「リーネか? 相談とは武装についてか?」

「はい。私、対装甲ライフルと機関銃をもって飛びますけど、機関銃はおろそうかって思ってます」

 何せ相手は凄まじく硬いネウロイだ。早期撃破には少しでもコアが露出したらそこに銃弾を叩き込む狙撃能力も重要になってくる。

 それを成すのは自分である、その自覚はある。だから対装甲ライフル以外の装備を選択するつもりはない。

 問題は、副武装として用意してある機関銃。

「下ろして、別の武装でも持っていくのか?

 リーネの出力でもう一丁対装甲ライフルをもっていくのは難しいと思うぞ」

「あ、いえ、そんなことはしませんっ」

 一度、対装甲ライフルを二丁構える自分を想像して慌てて首を横に振る。

「機関銃を下して、銃弾を多めに持っていこうって思ってます」

「そうだな、鉄蛇の硬度を考えれば悪くない選択だ」

「はいっ、……けど、機関銃を持っていた時より、攻撃の手数は減っちゃうんですよね」

 対装甲ライフルの銃弾はほかの銃弾と比較して重く大きい。副武装として機関銃を持っているのは手数を補うためにある。

 銃弾はぎりぎりまで持ち込むつもりだが。それでも手数としては随分落ちるだろう。故の相談に、ふむ、とトゥルーデは首をかしげる。

「あ、あの、」

「サーニャ、もか?」

「はい、……私のフリーガーハマーも、装弾数少なくて、どうしようか迷っています」

「そうか。…………ああ、いや、リーネ。お前の意見には賛成だ。

 お前の、対装甲ライフルによる銃撃は有り難い。そちらに集中してくれていい。…………が、そうだな」

 ふむ、と首をかしげるトゥルーデ。

「バルクホルンさん?」

「ああ、いや、さすがにフリーガーハマーのロケット弾をもっていく事は出来ない。

 どうにか給弾の方法も考えなければな」

「そうですね」

 うーん、と三人並んで首をかしげる。

「補給艦を一つ用意してもらうか。装弾の手間もかけられないしな」

 交戦中。銃弾が切れたら一時離脱、軍船の上にある代わりの銃を手に取り戦線復帰。

 交戦中に装弾するよりは安全かもしれない。それに、それならフリーガーハマーの弾数も気にする必要はないだろう。

「そうですね。そこにフリーガーハマーの代わりのを置いてもらえれば、それと取り換えて戦線復帰できます」

「そういう事だ。……その場合の行動についても詰めなければならないな。……はあ」

 溜息をつくトゥルーデ。首をかしげる二人に苦笑。

「いや、これで私もいろいろ対ネウロイ戦の経験を積んできたつもりだが。今回はいろいろ初めてのケースが多いな」

「私も、です。あそこまでの硬度を持つネウロイは、初めてです」

「そうだな。それと、補給艦については杉田大佐に話しておく。

 装弾済み、すぐに使えるようにな」

「「はいっ」」

 トゥルーデの言葉に二人は頷く。「……と、そうだ。リーネ」

「はい、なんですか?」

 サーニャと並んで歩きだそうとしたリーネは動きを止める。

「徹甲弾だが、口径が合えば高速徹甲弾か徹甲榴弾にしておけ。

 カールスラントにも要請しておこう。……次戦では徹甲榴弾も使うようにして、どちらが効果があるか試してくれ」

「はいっ」

「バルクホルンさん、相談に乗ってくれてありがとうございました」

 ぺこり、頭を下げるサーニャと、彼女に続くリーネ。

「ああ、相談したいことがあったらいつでも声をかけてくれ。私も知恵を貸そう」

「「はいっ」」

 笑顔で返事をする二人。…………不意に、頬が緩みそうになり、慌てて口元を抑える。辺りを見る。

 エーリカはいない。もし見られたら確実にからかわれる、と。そうならなかったことで安堵の吐息。

 ただ、やはり頼られるのは嬉しいものだな、と。そんなことを思いながら倉庫の中を歩き、ふと、目に留まったもの。

「パンツァーファウスト、か」

「お、それ持っていくのか?」

「…………リベリアン。……ん?」

「ああ、」シャーリーは大きなベルトを示して「これ、持って行ってみようかなって思ってな」

「手榴弾か」

「機関銃よりは一撃の威力あるだろ?」

「そうだが、暴発には気を付けろよ。そんなの装備して暴発したら死体も残らんぞ」

「うげー、それもそうだな。……うーん、これで上から爆撃とかいいと思ったんだけどなー」

「火炎を吐く相手に爆発物を落としたところで暴発させられるのがオチだ」

 鼻で笑うトゥルーデにシャーリーは口をとがらせて「じゃあ、それは何だよ?」

「ああ、遠距離からなら、と思ってな。

 皆に足止めしてもらって、軍船から順次砲撃していけば、機関銃よりは火力があると思うのだが」

「あー、それもそうだな。

 私たちで地面に押さえつけて、艦橋辺りから片っ端から撃っていくか」

「そうなるな、荒っぽい戦術だが。……と、いうわけだ。使い方は覚えておけよ。リベリアン」

「って、はあっ? 私がやるのかっ?」

 面白そうだな、と思っていたシャーリーはトゥルーデに肩を叩かれて声を上げる。トゥルーデは笑う。

「当然だ。そんな使い捨て戦術に時間をかける余裕はない。せいぜいかっとべ。リベリアン」

「…………へいへい、善処しますよー」

 にやー、と笑うトゥルーデにシャーリーは舌を出し、けど、

「ま、面白そうだけどな」

 頷いた。

 


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