怨霊の話   作:林屋まつり

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十六話

 

「世界は五つの要素で構成されている。……そんな話は知っているかな?」

「ええと、化学元素ではないわね?」

 ミーナも化学に詳しいわけではないが、聞いたことがある、という範囲なら現代科学の話ではないだろう。

「あの、四大元素、ではないのですか?」

 古代、そんな話が欧州であった。サーニャは首をかしげる。

「欧州はそうなのかな。ただ、扶桑皇国では五行が有名でね。僕のもそれの応用なんだ。

 陰陽、の考え方だね」

 豊浦はメモ帳にペンで文字を書いていく。それは五つ。

「火、水、土、木、金。五行説、なんて言われているよ」

「ん、四大元素と似てるな。

 土と水、火は一緒だ。こっちだと木と金はなくて代わりに空気なんだけどな」

「そう、……まあ、ここは欧州とも離れてるし、考え方の乖離があったのかもね。

 それで、あの時は鉄蛇の通り道を、金、で満たしたんだ。金は金属、切断する刃物だからね。あそこの空間そのものが切断力を持つ刃物になったんだよ。

 刃物なんて言っても概念上の刃物だから、物質的な強度は関係ない」

「うー、難しー」

 ルッキーニはぐらぐら揺れる。豊浦は微笑。「説明も難しくてね。ごめんね」

「はあ、……案の定だけど、私たちの魔法体系とはかけ離れているわね」

「そういえば、豊浦。そもそもお前はあの場にいて大丈夫だったのか?」

 ふと、トゥルーデは首を傾げた。確か、彼には彼の役割があったはずだ。

 封印の維持。確かに自分たちを助けに来てくれた事には感謝をしているが、それを疎かにされても困る。

 問題が発生していないことは外部からの連絡がない事で分かっているが。

「ああ、うん、あの時は封印の安定が確定したんだ。だから動けたんだよ」

「そうか」

 ならいいか、と。トゥルーデは溜息。ふと、豊浦は意地悪く笑う。

「まあ、そういうわけだから、こっちも手が空いたらまた助けてあげるよ?」

「…………いらない。感謝はしているがそもそも民間人の貴様がネウロイとの戦場に立つこと自体が間違えているんだ。

 民間人は安全な場所で大人しくしていろ、戦うのは我々軍人の役割だ」

 強がり、の自覚はある。民間人が大人しくしていなかったから芳佳とエイラは生き残れたのだから。

 けど、誇り高きカールスラント軍人、……否、一人の軍人として、民間人を戦場に立たせるなど許されない。民間人に自分たちの守りを期待するくらいなら、この場で軍人であることを辞めた方がましだ。

 ふむ、と豊浦は頷く。

「って、こらっ! 私まで撫でるなっ!」

「バルクホルン君もいい娘だね」

「やめろっ! 撫でるなっ! 放せっ! はーなーせーっ!」

「よしよし、いい娘いい娘」

「いい娘いい娘じゃないっ! やめろっ! 貴様っ、カールスラント軍人を何だと思ってるっ!」

「いい娘いい娘」

「いい娘いい娘じゃないといっているだろうがぁあっ!」

 じたばた暴れるトゥルーデ。豊浦はけらけら笑って手を放し、

「いーこいーこ」

「ふんっ!」

 にやにや笑って頭を撫で始めたエーリカの腕を打撃して払いのけた。

「そうそう、いい娘いい娘」

「ミーナーっ!」

 

「さて、鉄蛇の話ね」

 家に来た美緒と静夏、淳三郎を含め改めてミーナが口を開く。

「豊浦は?」

 美緒の問いにミーナは困ったように溜息「魔法力の過剰行使で安静よ」

「む? ……そうか、いきなり飛び出したから何かと思ったが、魔法による援護か」

「…………それは後で話すわ」

 とりあえずそれだけ口にしておき、一息。

「まず、鉄蛇ね。防御能力が桁外れよ。

 コアにルッキーニさんの魔法を直撃させても動いてたわ」

「…………コアも抉れただけだった。壊せてない。……あーもーっ! 悔しーっ!」

 その時の事を思い出したのか暴れだすルッキーニ。そして、美緒は目を開く。

「コアに、ルッキーニの固有魔法を直撃させて、だと?」

 単純な破壊力ではルッキーニの固有魔法がこの中では最強だ。けど、コアだけでその一撃に耐えきった。

 尋常ではない防御能力を持っていることになる。ミーナは溜息。

「外殻はそれ以上ね。ええと、私とエーリカ、宮藤さんとペリーヌさん、ルッキーニさん、エイラさんとサーニャさんの銃撃。コアのあった頭部一点に集中させて、十数分、やっとコアが少し見えたわ。

 復元しないのが本当に救いよ」

「それで復元までし始めたら手に負えないな」

「もちろんそのコアだって、ルッキーニさんの固有魔法だけじゃなくて、リーネさんが威力重視で魔法力を込めた狙撃も撃ち込んだし、銃撃も続けたわ。

 それに加えてルッキーニさんの固有魔法にも耐えきった。硬度、耐久能力は今まで戦ってきたネウロイの中でも段違いね」

 はあ、とミーナが溜息。バルクホルンは「それと、」と、口を開く。

「攻撃方法は炎の砲弾だ。それもかなり連射が効いた。威力は」

「私のシールドでも、連続三発が限界です」

「ああ、はたから見てて随分と派手だったな。威力も相当高いか」

「はい、それに、一撃一撃の範囲が大きいうえ、高熱をまとっています。

 回避がかなり大回りになるので、近寄るのも難しいです」

「う、……む。そうか」

 その攻撃は離れた位置から見ていた美緒も見ている。遠目からさえそれとわかる巨大な炎の砲弾。その光景を見ていた新人のウィッチたちは顔を真っ青にしていた。

「おまけに尻尾を振り回して薙ぎ払う。突撃して食らいついて来たり、挙句には自分の周囲に雷撃。

 火炎の砲弾だって自分で噛み砕いて散弾にしてたわ。ネウロイの研究している連中が知ったら発狂するわね」

「…………かもしれないな」

「そんなのと、戦っていた、のですか」

 呆然と、静夏が呟く。

「いやさ、それはいーんだよ」

 エーリカは一息。

「まあ、そりゃあ硬いだけならいいさ。削っていけば何とかなるし。

 砲弾だってきついけど防御できないことはないし、回避も無理じゃない。…………問題なのはさ」

 世界指折りのウルトラエースが問題視する事。それは、

「あいつ、散弾ばら撒いて目くらましにして、その向こうから隙見せた私に本命の砲撃してきた。

 攻撃と離脱だけじゃない。いろんな攻撃方法を牽制やら本命やら使い分けるんだ。それも、こっちの動きまで把握して、……腹立つくらい頭回るよ。あいつ」

「同感だ。近づいてコアに銃撃してたけど、あのバカでかい尾で私だけ狙って叩き落そうとしてきた。自分のサイズもわかってるし空間把握能力も高い」

「動物的かもしれないが、知恵も相当回るか」

 淳三郎の呟きに相対したウィッチたちは頷く。

「そんな化け物、どうやって倒したんだ」

 呆然とつぶやく美緒に、ミーナがうんざりと肩を落とした。

「結局、とどめを刺したのは豊浦さんよ。

 彼固有の魔法でコアを両断していたわ。……それで、彼は今日動けない。今日の交戦はなしね。まあ、対策も考えないとならないからどちらにせよ交戦は控えたでしょうけど」

「……両断」

「それについては彼の固有魔法、陰陽の領域よ。

 けど、彼は鉄蛇の封印を担う役割があるわ。民間人がこんなところで軍事活動に従事している時点で大問題なのに、それ以上を期待するわけにはいかないわ」

「…………そうだな」

 美緒は頷く。もし仮に、豊浦に何かあれば、そんな外れたネウロイが残り七体まとめて暴れだすことになる。扶桑皇国の存続は絶望的だろうし。最前線の欧州にまで来られたら、想像さえしたくなくなるような惨状が始まるだろう。

「ともかく、豊浦さんの様子を見てまた明日交戦するわ。

 杉田大佐、銃弾の用意は過剰なくらいお願い。何にせよあの硬いのを削るには銃弾が必要だわ。鉄蛇のレポートは欧州に送るから、向こうも必要性はすぐに納得してくれるでしょう。海蛇みたいに海を渡るとでも書いておけば融通してくれるわ。

 戦闘映像記録は?」

「とってある。レポートの説得力追加に一役買ってくれるだろう。

 了解した。それと考えられる火器は揃えておこう。現物を見るなら来てくれるか?」

 淳三郎の問いに「私はレポートの作成をするからいいわ」とミーナ。

「そうだな。私は見させてもらおう。何にせよ火力が必要だ」

 バルクホルンは応じ、他のウィッチも同様に頷いた。

 

「…………で、貴方は何やってるの?」

 武装類を見に出かけたウィッチたちを見送り、豊浦と話をしようかと彼の寝室に入ったミーナはジト目。

「ん、……いや、ルッキーニ君とか喜ぶかなって思って」

 猿面に煌びやかな赤い服を着た等身大の人形を整備していた豊浦。

「………………………………これ、なに?」

「山神、ちょっと見てて」

 胡散臭そうな視線を隠そうともしないミーナを前に、豊浦は上機嫌に人形の背中に手を入れる。かた、と音。

「動いたわね」

「僕も傀儡師をしていた時に使っていたんだ。整備を欠かさなかった甲斐があったよ」

 かたかたかた、とぎこちなく肩、肘、手首、手指が動く。首も動く、足も膝も動く。…………とりあえず、凄い物のような気がする。

「ふふ、どうだい」

「ああ、ええ。…………まあ、凄いと思うわ」

 どや顔の豊浦。凄いと称しながら視線は尊敬ではなく胡散臭いものを見るようなものだが。

「…………まあ、改めて感謝をさせてもらうわ。

 助けてくれてありがとう。次は貴方に頼らないように勝利できるよう、全力を尽くすわ」

「うん、僕も君たちが好きだからね。喪わなくてよかったよ」

「え、…………え?」

 好き、と。その言葉を聞いてミーナの顔がじわじわと赤くなる。

「ミーナ君?」

「だ、だめよっ、だ、誰に気があるのかは知らないけどっ! そ、わ、私たちはウィッチなの、そういうのはだめなのよっ!」

 大慌てで後退するミーナ。豊浦は首を傾げ、……不意に苦笑。

「僕が君たちに恋愛感情を持つことはありえないよ。

 そうだね。…………可愛い孫と遊ぶおじいさんかな、気分としては」

「あ、……え、ええ、そ、そうよね」

 はー、とミーナは溜息一つ。そして、じ、と豊浦を見る。

「なにかな?」

「千三百歳の貴方なら別に他意はないんでしょうけどね。

 けど、貴方は見た目三十歳くらいなんだから、す、好きとか、気楽に年頃の女性に言ったら誤解されるわ。慎みなさい」

 生真面目に告げるミーナに豊浦は噴き出す。「真面目に聞きなさいっ!」と、ミーナは顔を真っ赤にして怒鳴るが。豊浦はけらけら笑う。

「ああ、うん、ごめんごめん。そうだよね。多感な年ごろの女の子じゃあ誤解するね」

「そういう事よ。まったくっ」

 そっぽを向く。豊浦は忍び笑い。

「それで、その多感な女の子たちは大丈夫だった?

 真面目でいい娘たちだし、僕が倒れたことを気に病んでいなかったかい?」

「…………そうね。一応みんな、大丈夫そうだったわ。

 悪いわね、フォローまで気を遣ってもらっちゃって」

 大丈夫だった、とはいえ、確かに豊浦のいう通り、多感な年ごろの少女だ。軍人としての責務を果たせず民間人が倒れたことを気に病むだろう。もし、豊浦のフォローがなければ朝もずっと暗い雰囲気だったかもしれない。

「いい娘たちは余計に、甘えられる誰かが必要だからね」

「…………そうね」

 甘えられる誰か、頼りたくなる誰か。…………ふと、ミーナはこんなことを考えた。

 陰陽とか風水とかそんなことは関係ない。ただ、ただ、みんなの遊び相手として、彼は基地に来てくれないだろうか、と。

 そんな内心の大半を押し隠し、ほんの少しだけ表に出す。

「ええ、豊浦さんにはいろいろとお世話になっているしね」

「ん、芳佳君と仲良くしてくれているからね。このくらいはお安い御用だよ」

「宮藤さん?」

 確かに彼は芳佳と仲がいいが、他のウィッチたちも分け隔てなく接している。あえてここで彼女の名前を上げる理由。

「そうだよ。芳佳君は僕の遠い親戚だろうからね」

「そう、……なの?」

 もちろん、芳佳の身元は調べてある。いくら芳佳が優秀なウィッチであったとしても身元不明の少女を前線に引っ張り出すなんてことはしない。

 けど、当然その中に『蘇我豊浦』の名前はない。芳佳も彼とは初見だったように見えたが。

「ん、ミーナ君も認めたじゃないか。僕が千三百年前の人だって。

 僕に子供はいないけど、親戚はいたし、芳佳君はその親戚の子孫だろうからね。この国はそのころから続く単一国家。血はずっと受け継がれていくよ」

「…………なるほど、そう、かもしれないわね」

 自分の血縁。自分に縁のある人が千年も後にまだ生きている。胡散臭いうえ、随分とロマンチックな話だ。けど、長大な歴史を持つ扶桑皇国。そういう事もあるかもしれない。

 だから、微笑。

「豊浦さんは案外ロマンチストね」

「ろ、……まん? ミーナ君、それ、どういう意味?」

「秘密よ」

 首をかしげる豊浦の姿を見て意地悪く笑い襖を閉める。一つ伸びをしてレポートに取り掛かった。

 


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