怨霊の話   作:林屋まつり

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十五話

 

「ん、……ふぁー」

 家に運び込む。彼を寝かせてから避難している清佳を呼ぶために連絡をしようとしたところで、豊浦が目を覚ました。

「豊浦さん、……大丈夫?」

「ん、……う、んんん。」軽く目をこすってあくび。軽く頭を振って、微笑。「僕は大丈夫だよ。疲れただけ」

「そう」

 ミーナは安心したように微笑む。他のウィッチたちも、力が抜けたように一息つく。

 けど、中には、……………………「そうだね。僕は大丈夫だから、ハルトマン君、エイラ君、芳佳君、ルッキーニ君、少し部屋に戻ろうか」

「え?」

「あ、あの、それ「戻ろうか」」

 それより、自分の事より、彼に言わなければいけないことがある。だから身を乗り出した芳佳を豊浦は制する。他の彼女たちもそれは同様。けど、強いて言われれば逆らう事は出来ない。

 肩を落として部屋に戻る。…………苦笑。

「ごめんね。リーネ君。なんでもいいから食べ物を持ってきてくれないかな? ああ、うん、お団子がいいな。

 お腹空いたから、たくさんお願いね」

「あ、はいっ」

 ぱたぱたと厨房に向かうリーネ。彼女を見送って、

「ミーナ君は僕の話に付き合ってね。それと、ペリーヌ君、バルクホルン君、サーニャ君、シャーリー君、君たちに頼みたいことがあるんだ」

 

 す、と。トゥルーデは襖を開く。びくっ、と小さな肩が震える。

「ハルトマン」

「なんだ。トゥルーデか」

「あ、ああ」

 沈んだ声。それを聞いてトゥルーデは豊浦に言われた事を思い浮かべる。必要なことかもしれないな、とも。

 最初に彼が寝室に向かわせた者たち。彼女たちは勝利した後も気落ちしていた。何か、交戦で不手際があったのかもしれない。

 その結果が倒れた豊浦だ。気に病んでいる可能性は十分にある。……………………が。

「なに? 今、私ひゃっ?」

 背中を向けながら何か言いだしたエーリカ。その小さな背中を、後ろから抱きしめた。

「な、なな、なにっ? いきなりっ? えっ? トゥルーデ、だよ、ね?」

「う、……む」

 困惑した声。ついでに頭を撫でる。腕の中のエーリカがさらにびくっ、と跳ねたが。

「……………………なに、それ。豊浦の差し金?」

「…………黙ってろ」

 その通りだがはいそうです、というのも癪な気がしたので素っ気なく応じる。少しずつ、エーリカから力が抜ける。

「あー、……あいつ、気が利くなー

 うん、悪くないや」

「そうか」

 それならよかった、と。トゥルーデは一息。そろそろいいか、と思ったところで、

「ごめん。ちょっと愚痴に付き合ってくれない?

 あ、このままでね」

「ああ」

 小さな、声。

「あの時、……さ。

 宮藤が墜ちたの、私のせい、なんだ」

「そう、だったのか?」

「ほら、小さい砲弾。ばら撒かれてたじゃん。物凄く」

「ああ」

 思い出す。弾幕といった方がいい莫大量の弾丸。

 一撃の威力は低いが、それでも視界を覆うほどの密度があった。自分もその弾幕を抜ける方法を考えることで手一杯だった。

 それに対して、

「私さ、固有魔法でまとめて吹き飛ばす事にしたんだ。

 シールドばっかりだと切りなかったし」

「ああ、そうだな」

 エーリカと同じ固有魔法が使えれば自分もそうしただろう。シールドに隠れていては押しつぶされる。そういう状況だった。

 けど、

「それが、……失敗。だった。礫の後ろに、でっかい砲弾があって、固有魔法を使った直後で、回避も、シールドも出来なかった。

 直撃しなかったの、宮藤のおかげだったんだ。……けど、それで宮藤も、追撃回避、出来なくなって。

 あいつも、私守るため、頑張ってくれたけど、耐えられなくて。…………それで、……………それでえ」

 ぎり、と拳が強く握りしめられる。それで、芳佳は力負けして撃ち落とされ、エイラともども窮地に陥った。運よく豊浦が駆けつけて事なきを得たが、そのために彼は倒れた。

「あの時、私がもっと巧くやってれば、……宮藤にシールド任せてないで、私ももっと早くシールド展開できれば、」

「ハルトマン」

 自分の失敗で大切な友が危機に瀕した。助かったのは、運がよかったからでしかない。

 もし、一つ間違えれば、…………死んでいた。

 死んでいた。言葉を吐き出しながらその意味を意識する。だから、

「ご、……め、ん」

 震える声。そして、力任せにトゥルーデは引き寄せられた。自分を抱きしめてすすり泣く。腕の中にすっぽり収まるエーリカ。

 カールスラント四強の一角に数えられるウルトラエース。……けど、

「ああ、大丈夫だ。

 宮藤も、エイラも、豊浦も、誰も死んでいない。生きてる。だから大丈夫だ」

 自責に涙をこぼす小さくて弱々しい少女を抱きしめ、丁寧になでる。もう大丈夫、そう、言葉を紡いでいった。

 

「あむっ、……ん、む。もう大丈夫かな? はむっ」

「まったく、あれは豊浦の差し金か。

 倒れたんだから私たちに気遣いなんてしてないで寝てろよ」

 サーニャと手を繋ぎ、微かに赤くなった瞳のままそっぽを向くエイラ。傍らのサーニャは微笑。小さく頭を下げる。そんな二人を微笑ましそうに見ながら豊浦は団子を手に取って口に放り込む。

「はむっ、いや、正直泣きそうな女の子に囲まれてると非常にいたたまれない。

 あむっ、まあ、僕の居心地改善と思ってくれればいいよ。あむっ」

「あのー、豊浦さん。

 その、気を遣ってくれたのは嬉しいのですが。せめて食べるのやめませんの?」

 口の中に団子を放り込みながらしゃべる豊浦に、ペリーヌは溜息をつきながら口を開く。

「うむっ、いや、リーネ君のお団子が、あむっ、美味しくて、はむっ、止められ、…………」

 こくん、と飲み込む。豊浦は真面目な顔でペリーヌを見る。

「いいかいペリーヌ君。僕は大規模な魔法を行使した。回復にはお団子を食べることが必要なんだ」

「…………なに、いいかけましたの?」

 じと、と見据えるペリーヌ。ほどなく豊浦はきまり悪そうに視線をそらした。

「これも美味しいお団子を作るリーネ君が悪い。

 リーネ君、ペリーヌ君に謝りなさい」

「はいっ? あ、あの、美味しいお団子を作ってごめんなさいっ」

「なんでリーネさんが謝るんですのっ?」

「はっ、…………そうですっ! なんでお団子を作っただけなのにペリーヌさんに謝らなくちゃいけないんですっ?」

「リーネ君はいい娘だねえ。……さて、お団子についてはともかく、ごめんね皆。明日はお休みでいいかな?」

「ええ、そうね。無理はさせられないわ。

 私たちも鉄蛇との戦闘情報を整理したいし、こちらの事は気にせずゆっくり休みなさい」

「ん、……そうさせてもらうよ。

 君たちも、今日は一人じゃなくて誰かと一緒に寝た方がいいよ。……まあ、これは経験談だけど、意識してなかったとしても、自責を抱えて一人で眠る夜は、結構きついからね」

「経験談?」

 自責を抱えて、という事はシャーリーも解かる。豊浦にそそのかされてルッキーニの所を訪ねたとき、固有魔法を使って鉄蛇を仕留めきれず芳佳とエイラの危機を防げなかったこと。その自責に涙をこぼしたのだから。

 なら、豊浦がかつて抱えた自責とは?

「そ、……僕も、軍を率いて戦ったことがあったんだ。

 その相手がね。……ああ、うん、彼は正しくて強かったんだ。どうしようもないほどね。今でも、憧れてるな、あの強さには。

 そんな彼を政治的な理由で、逆賊と決めつけて、数十倍の戦力を用意して、彼の仲間を事前に暗殺して、そして、殺したんだ」

 苦笑。その時の事を思い出して、ぽふん、と起こした身を倒す。

「正しい彼を、必要だったからっていう理由で、徹底的に追い詰めて殺した。

 あの時は僕も子供だったからね。その時は意地はって一人で寝たら、怖くて一睡もできなくて、数日間は食事もろくに手に付けられなかったよ。だんだん罪悪感が強くなって、挙句殺した相手に呪い殺されるなんてとんでもない事を思いついて、大慌てで弔ったなあ。

 いや、情けない思い出だけどね」

「そう、……か」

 思わず、沈黙。だから豊浦は苦笑。

「ま、そういうわけ、僕の経験談だから信じて欲しいな」

 

 ウィッチたちは早々に夕食と入浴を済ませ、豊浦の忠告を受けて誰かと一緒にいることにした。

 だからエイラはサーニャに軽く抱きしめられて目を閉じる。

 胸に抱きしめられる。柔らかな感触と暖かな体温。そして、優しい鼓動を感じる。

 いつもなら恥ずかしいと感じるこの状況も、疲労で半ば眠りについている意識は単純に心地よさを受け入れてゆっくりとまどろんでいく。

 ふと、声。

「……豊浦さんの言ったこと、ほんとなのかな?」

「さあな」

 サーニャの言葉に、エイラは適当に応じる。サーニャはこんな返事に怒るかもしれない。けど、

「けど、…………ん、なんでも、いいよ。

 あいつは、世話焼きの、変なやつだ。……それで、いい」

 どんな悲劇を背負っていようと、たとえ、彼が自称する通り、古くから存在する怨霊であろうと。

 それでも、ここで世話になった自分たちを子供扱いする変な青年だ。エイラはそれだけでいいと、微睡ながら呟く。

「うん、そうだね。私も、それでいいかな」

 眠りにつく。大切な友達の寝息を感じ、サーニャは優しく彼女を撫でる。……ふと。

「ん?」

 聞こえてきたのは、細やかな音。

 聞いたこともない音。けど、何かの演奏であることはわかる。その音は虫の音、風の音、夜の音と調和し、心地よく響く。

「豊浦さん?」

 借景、という言葉を思い出した。自然の音色に溶け込み、自然の音とともに一つの演奏として成立する。そんな音。

「すごい、……なあ」

 ピアノ奏者である自分に出来るとは思えない。長く自然の中でともにいたからこそできる演奏。子守唄のような心地よさを感じる。

「ん、…………ううん」

 限界、意識が眠りに落ちる直前、サーニャは優しく胸の中のエイラを撫でた。

「お疲れさま、エイラ」

 

「やあおはよう。朝食の準備はできたけど、……………………どうしたの?」

 朝、たまたま会ったトゥルーデ、ミーナ、エーリカと朝食の配膳を終えた豊浦は首を傾げた。

 その先、不機嫌そうにそっぽを向くペリーヌとおろおろする芳佳。

 そして、不機嫌そうにそっぽを向くサーニャとめそめそするエイラ。

「あうう、……だ、だって仕方ないじゃないかあ。

 さ、サーニャに抱きしめられてたんだぞ、おっぱいに頬擦りしたくなってもいいじゃないかあ」

「エイラっ!」

 男性の前でいきなりな告白に顔を真っ赤にして怒鳴るサーニャ。エイラは小さくなる。

「そうそう、仕方なーい仕方なーいっ」

 ルッキーニは上機嫌にシャーリーの胸に後頭部を埋める。シャーリーはルッキーニを撫でながらけらけら笑って、

「そうだそうだ。サーニャ。こういう時は快く胸を貸してやれ、胸だけになっ」

「…………」

 どや顔で告げたシャーリーに一同沈黙。

「あ、あれ? ……私、変なこと言ったか? お、面白くなかったか?」

「……………………」

 表情豊かなルッキーニが見せた完全な、無、の表情。すべてを察したシャーリーは立ち上がり、部屋の隅で膝を抱えて俯いた。

「と、ともかくっ! も、もうあんなこと、絶対にダメなんだからっ! じゃないと、もうエイラと一緒に寝てあげないんだからっ!」

 よほど恥ずかしかったらしい、サーニャは顔を真っ赤にして怒鳴る。一緒に寝るといっても半分眠ったサーニャが勝手にエイラのベッドに潜り込んでいるのだが。いっぱいいっぱいな二人がその現実を認識できるはずもなく。

 改めての拒絶宣言を受けてエイラはめそめそとシャーリーの隣で膝を抱えた。

 みんなで静かにエイラを見送り、豊浦は芳佳に視線を向ける。

「……………………で?」

「あ、あれは、……べ、別に他意があったわけじゃなくて、ね、寝相だから仕方ないんですっ」

 芳佳がペリーヌを見ておろおろする。ペリーヌは、じと、と芳佳を睨んで、

「だからって、ああもあからさまに避けられると腹が立ちますわ」

「避けた?」

「あ、……えーとね。

 昨日の夜、芳佳ちゃんを中心に三人で手を繋いで並んで寝たの。けど、起きたら芳佳ちゃん、私に抱き着いてて」

 ペリーヌも芳佳のリーネの友情は知っているし微笑ましくも思ってる。けど、ああもあからさまに離れられては面白くない。拗ねている、と自覚はあるが面白くないものは面白くない。

「あ、あれはねっ、……ええと、あ、あの、…………リーネちゃんのおっぱいの抱き心地がよくて、ねっ、そっちが慣れてるからっていうだけで、ペリーヌさんを避けたっていうわけじゃないよっ!」

「…………宮藤」

 妹分と思っていた少女の意外な性癖を聞いてトゥルーデは遠い目。

「あ、あのさ、宮藤。それだと、リーネは」

 エーリカは恐る恐る呟く。芳佳は、はっ、と視線を向ける。

 笑み、という表情分類は変わらない。かもしれない。

 ひきつったその表情を笑みといえば、笑み、といえるかもしれない。

「あの、ね。芳佳ちゃん。

 それは、私の体が目的だったの?」

「ひううっ?」

「宮藤さん?」

「あ、あう、……あう、あうう」

 右と左から睨まれ、芳佳は半泣きでおろおろして、不意に立ち上がる。

「反省します」

 エイラの隣で膝を抱えて座った。

「……………………ミーナ君、僕は間違えていたのかな?」

 誰かと一緒に寝るように提案したのは彼だ。《STRIKE WITCHES》内部分裂の、元凶は彼になる。

 けど、ミーナにとって昨夜はいい夜だった。真ん中にエーリカ、彼女を中心にトゥルーデと三人、手を繋いで寝た。

 子守唄のような優しい音と大切な友の体温、そして、戦闘の疲労が重なり心地よく熟睡出来た。豊浦の提案には感謝をしている。

 だから、ミーナは部屋の隅で並んで膝を抱える三人を見て、満面の笑顔。

「豊浦さんは悪くないわ。悪いのは全面的に私の部下よ」

 

「朝食準備してもらってなんだけど、もう大丈夫なのか? 豊浦」

 復活したシャーリーが朝食をとりながら問いかける。

「体調自体はね。まあ、今日はおとなしく寝てることにするけど、この程度なら問題ないよ」

「そう。……けど、豊浦さん。お昼とかは私たちが準備するから、安静にしててね」

 リーネの言葉に芳佳も頷く。豊浦は微笑して「ありがとう、お願いね。リーネ君」撫でる。リーネはくすぐったそうに目を細める。

「けど、豊浦凄いねっ、あんなに硬い鉄蛇を真っ二つだもんっ!」

 ルッキーニが拍手。そして、改めてその異常さをミーナは認識する。

 何せ、コアでさえ銃撃ではほとんど傷つかない常識外れの硬さを持つネウロイだ。それを両断した。ミーナの知る現存するあらゆる兵器、魔法を含めてあれに比肩するのは、芳佳が魔法力の枯渇と引き換えに放つ真・烈風斬くらいか。

「ん、ああ、あれは世界そのものを斬ったからね。斬撃っていう意味じゃあインチキだよ。硬度はほとんど関係ないんだ」

「それも、……ええと、陰陽とか風水の力?」

「その両方。…………興味あるかな? その、かなり難しい話だけど」

「ええ、お願い」

 難しい話でも構わない。豊浦の使う魔法はここにいるウィッチにとって無視は出来ない。

 けど、

「食事が終わった後でいいか?」

 興味津々と身を乗り出すミーナを制してトゥルーデ。豊浦は「それがいいね」と請け負った。

 


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