怨霊の話   作:林屋まつり

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十四話

 

「さて、みんな。準備は万端ね」

 必要十二分に休養を取ったミーナは意気軒昂。気合十分に告げる。応じるのは同じく必要十二分に休養を取ったウィッチたち。

「すごい。戦意高揚してるね」

「…………炬燵の導入が是か非か。あとで相談していいか?」

 トゥルーデは芳佳に問いかける。芳佳は「はい」と応じる。結論は難しそうだが。

 ともかく、艦隊の布陣も完了した。あとは、

「さて、それじゃあ始めるよ」

 鉄蛇の封印、その要となる鉄剣を手に豊浦。それを抜いたらすぐにシャーリーが《大和》まで送り届ける事になっている。

 抜いたら、交戦開始だ。豊浦の言葉にそれぞれの武装を手に、ウィッチたちは頷く。

 ミーナは息を吸う。インカムを操作。チャンネルを展開した扶桑皇国の軍船にも届くようにして、手を上げる。

 

「交戦、開始しますっ!」

 

 シャーリーは豊浦を抱えて飛び出す。鉄剣が抜けて、黒く染まった一角からそれが形を表す。

「確かに、蛇ね」

 大型ネウロイに匹敵する巨大な蛇。鉄蛇という名は的を射ている。そして、トゥルーデとルッキーニが飛び出す。直前。「宮藤っ! 防御っ!」

「はいっ」

 ウィッチたちは初撃に備えて集まっていた。だから、その一撃が来る場所にはおおよそ見当がつく。

 自分たちめがけて迫るのは火炎の砲弾。ビームとは異なる一撃。芳佳は息を呑むが脅威であることには変わりない。

 展開したシールドが一撃を受け止める。重い、殴りつけるような一撃。

 けど、ビームのような持続する攻撃ではない。一撃受けきれば砲弾が砕けて終わりだ。展開は一瞬でいい。

「一撃は結構重いですっ! けど、砲弾は脆くて、弾速は遅いですっ!」

「回避優先ってことね。……うっしっ、いっくぞーっ!」

「いっくよーっ! バルクホルンっ!」

「わかってる、後れを取るなよっ。シャーリー、ルッキーニっ」

「「了解っ」」

 シャーリーも合流し、三人で前線、突撃。その後ろをエーリカとペリーヌ、芳佳とミーナが続く。

「来たっ!」

 火炎の砲弾が放たれる。基本的には口から放たれるらしい。見慣れたネウロイより射線が読み易い。

 が、

「くそっ、面倒だなこの攻撃っ」

 シャーリーは苛立たしそうに呟く。遅い、が。一撃の範囲が大きい。おまけに近寄っただけで熱を感じる。ぎりぎりで回避してもその熱で火傷するかもしれない。

 そして、連射も効くらしい。空を睨む鉄蛇は火炎の砲弾を無数に吐き出す。そのたびに大回りで回避しなければならず、思うように速度が乗らないシャーリーは歯噛み。

「散会するっ!」

 三人はそれぞれの方向へ。前が空いた。だから、

「先手、行きますわよっ!」

「ペリーヌは下がって、私が先に行くっ! 合わせてっ!」

 手を向けようとしたペリーヌは声に動きを止める。エーリカは手を広げて「宮藤っ!」

「はいっ!」

 シールド展開。砲弾を弾き、その隙に、声。

「シュトゥルムっ!」

 竜巻が射線上の砲弾を吹き飛ばす。鉄蛇との間に障害物がなくなる。

 雷撃単体では砲弾に相殺されてろくに届かないだろう。それを察したエーリカのセンスに改めてペリーヌは感嘆するが、今は、

「感謝しますわ」

 それだけ呟き、声。

「トネールっ!」

 鉄蛇を雷撃する。一点集中させた落雷は文字通り鉄蛇を貫く。が、

「硬い」

 雷撃に焼かれた痕がある。けど、それだけだ。

『強度確認、砲撃します』

 サーニャの声。放たれたロケット弾は確かに鉄蛇に直撃して爆発する。「なんて硬さ」

 並みのネウロイならその体の一部を吹き飛ばせる。そんな一撃を受けてもわずかに抉れただけ。

「こりゃあ、かなり銃撃しないとコア出てこないな」

 シャーリーも銃撃を加えながら呟く。

「再生しない。……か、これだけは救いだな」

 銃撃してわずかに削れる。けど、再生の兆候はない。

『シャーリーっ! 上に飛べっ!』

 不意にエイラの声が聞こえた。疑問よりも先に体が動く。シャーリーは急上昇。その足元を巨大な何かが薙ぎ払った。

「何だあれっ?」

『尻尾の薙ぎ払いよっ、気を付けて、かなりの速度だったわっ』

「わ、かって、るっ」

 シャーリーは高速で飛び回りながら銃撃する。が、眼前に迫る巨大な壁。急降下、頭上を巨大な尾が薙ぎ払う。

 ぐんっ、と。薙ぎ払った尾はトゥルーデにも迫る。彼女も急上昇して回避。

 回避しながら銃撃を続けるが。移動速度はともかく鉄蛇の挙動は速い。集中的な銃撃が出来ず体のいたるところに小さな傷を作っていく。

 らちが明かない、と。トゥルーデは内心で舌打ち。

『固有魔法、行くっ?』

 ルッキーニの声。提案するという事は迷いがあるのだろう。その理由はわかる。だからトゥルーデは声。

「行くなっ!」

 ルッキーニの固有魔法は魔法力の消費が激しい。下手に魔法力を消費して速度を落とせば、尾の打撃を受ける。直撃すれば骨折では済まないだろう。最悪、人としての形も残らない。

 地道な銃撃を続けてコアを露出させて撃破するしかない。が、

「くそっ」

 比較的近くにいる自分たちは振り回される尾により集中的な銃撃が出来ず、……空を見る。

 放たれる火炎の砲弾。エーリカの固有魔法や芳佳のシールドで防ぎ、回避を重ねながらミーナやペリーヌ、エイラが銃撃を重ねているが。一撃の規模が大きい。思うように距離が取れずにてこずっている。

「ああもうっ、硬いってのがこんなに厄介とは思わなかったっ」

 シャーリーの怒声が聞こえる。まったくだ、とトゥルーデは内心で頷き、銃撃。飛翔。下から振り上げられる尾を回避してさらに上を目指す。

「シャーリーっ! ルッキーニっ! 頭部を狙うっ!」

『『了解っ!』』

 巨大な鉄蛇に沿うように飛翔。頭部に向かって距離を詰める。と、

『バルクホルンさんっ! 直上注意ですっ!』

「わかったっ!」

 その意味は、トゥルーデもわかる。ぐん、と鉄蛇の巨大な顔が自分を睨みつける。そして、

「ちっ」

 火炎の砲撃、それを警戒していたトゥルーデは舌打ちして直角に強制進路変更。トゥルーデが飛んでいた場所を鉄蛇の巨大な頭が通過。

 地面を打撃する。巨大な飛空艇が高空から叩き付けられたような、激震。

『地中潜行警戒っ!』『ウィッチは上昇っ! 艦砲っ!』

 サーニャとミーナの声が重なる。けど、トゥルーデは自分に迫る牙を確認。

「いや、私を追撃してきているっ! 艦砲中断っ! 悪いがシャーリーは私に付き合ってくれっ! 他ウィッチは対地銃撃っ!」

「それじゃあ、バルクホルン、しばらくは追いかけっこかっ?」

「それがいいだろうな。火炎の砲弾は気を付けろよ」

 隣を飛ぶシャーリーと言葉を交わし、飛翔に集中。背後から地面を削り砕きながら鉄蛇が突撃する音を感じる。

「こりゃあ、外に出すわけにはいかないな」

 案の定だが、飛翔するネウロイよりは遅い。けど、確認した光景は巨大な基地の残骸が紙屑のように吹き飛ばされるもの。この突撃に直撃したら自分たちの拠点である軍事基地さえ粉砕される。これが町に解き放たれたら何も残らない。建物の修繕どころか地均しから始めなければならないだろう。

 そして、その光景を空から見ながらエーリカは銃撃を重ねる。鉄蛇が這い進んだ上には巨大な残骸が空を舞い。そのあとには抉れた地面が残る。

「削岩機かこれ」

「けど、狙いやすくはなったわね。総員、頭部への集中攻撃っ!」

 どこにコアがあるかわからない。けど、ここまでの硬さだと全身をくまなく削っても埒が明かない。なら、一点集中させてコアのある場所を少しずつ絞っていった方が効率がいい。

 そして、その場所。火炎の砲撃を行う頭部がいいだろう。ウィッチたちは銃撃を頭部に集中させる。

 削る穿つ、銃撃に慣れたウィッチたちはその射線を一点に集中させる。例外は一人。

「みえ、たっ!」

 銃撃の中、かすかに見えた深紅の輝き。見間違えるはずもない、ネウロイのコア。

 リーネは引き金を引く。銃撃とは比較にならない重い銃声。近づくことで射程の延長は行わない。直進だけする鉄蛇の動きを読んで弾道安定も魔力の割り振りを最低限にする。

 代わりに、その威力に重きを置く。中型のネウロイさえ貫通可能な一撃。それが微かに露出したコアに直撃。

 

 咆哮。

 

「こっち来たわっ!」

 リーネの銃撃を受け、鉄蛇が空を睨む。

「痛がってるって感じかな。リーネ、どんなもんだ?」

「威力に集中して銃撃しました。けど、ごめんなさい。撃破できませんでした」

「直撃しただろ。謝るんじゃなくて硬さの報告だ。

 コアもがっちがちだってな」

 撃ち抜けなかった。申し訳なさそうに報告するリーネの肩をエイラが叩く。

「コアの位置を確認したわ。リーネさんは引き続きコアを狙撃。

 他ウィッチはコアに届く周囲を銃撃して、コアに至る疵を広げるわ」

 頭部のコアを攻撃するために空に集まるウィッチたち。対して鉄蛇は口を開く。そこから、火炎の砲撃が始まる。

「だあああっ! 面倒だなほんとにこれはあっ!」

 頭部に射線を集中させたい、が。ばらまかれる巨大な砲弾は接近を許さず、鉄蛇から距離を取ることを余儀なくされて頭部への銃撃も難しくなる。

 当然、それはリーネにも言える。けど、

「これなら、どうかしらね」

 リーネに向けられる砲撃。ミーナはその前に飛び出しシールドを展開。

 それは面での防御ではなく、

「受け流せる、わね」

 リーネから見て斜めに、防ぐのではなく進路に干渉するようにシールドを展開。シールドにより進路をそらされた砲弾は空に抜け、リーネは銃撃。

 銃弾はコアに突き刺さる。鉄蛇が苛立たしそうな声を上げる。

「すごい」

「固有魔法の補助があってね」

 弾道は固有魔法で読み取れる。そこから逸らすための角度、位置は判断できる。

 この方法なら自分のシールドでも十分に対処できる。だから、

「サーニャさんっ! 鉄蛇頭部に接近します。

 私の後についてきてっ!」

「はいっ!」

 ミーナとサーニャは飛び出す。火炎の砲弾が放たれるが固有魔法が伝える弾道を読み取り砲弾を逸らして前へ。

 真っ直ぐに迫るミーナとサーニャに脅威を感じたのか、鉄蛇は二人への砲撃を集中させる。それはつまり、

「隙ありーっ!」

 散会した先、そこで深紅のコアを確認したルッキーニはここぞとばかりに引き金を引く。銃弾はコアを穿ち、小さな疵を少しずつ広げていく。

 それを見ながら、声。「シャーリーっ!」

「あいよっ!」

 返事を聞いてルッキーニは銃撃中断。空域離脱。彼女がいた場所を地面からつきあがった尾が薙ぎ払う。

 そして、尾と並走して飛翔していたシャーリーがその空域へ。ルッキーニと交代するようにコアに銃弾を叩き込む。

「ここにコアがあるっ! なんかやるならさっさとしてくれっ! って、うおおっ?」

 尾が迫る。巨大な割には器用に近くを飛び回るシャーリーを叩き落そうと動く。

 高速で離脱。回避。尾の動きに意識を割いたからか、砲撃の手が弱まり、

「道を開くよっ! シュトゥルムっ!」

 エーリカの放った疾風が砲弾を吹き飛ばす。そして、

「行きます」

 コアの周囲にロケット弾を叩き込む。爆撃の音が重なり疵が広がる。

 疵口が開いた。ゆえに、ウィッチは鉄蛇の周囲を飛翔しながら頭部を目指す。ちり、と。

 微かな違和感。それがなんなのか、理解したのは一人。

「総員、シールドを展開しながら離脱っ!」

 違和感、その正体は自分の固有魔法を使ったときに感じる静電気。そして、その兆候が意味するものは、

 鉄蛇の周囲、すべてを雷撃が薙ぎ払う。

「ひゃうっ、びりびり来たーっ」

「シールドなかったらやばかったな。さんきゅペリーヌ」

「にしても、近寄るのも危険か」

 トゥルーデは歯噛み。理由は不明だが雷撃は鉄蛇周辺にしか届かなかった。範囲は狭い。

 けど、雷撃を目視で対応することは不可能だ。シールドによる減衰で命は助かったが感電死の危険性は十分にある。

「ほんと、洒落にならないネウロイだなこれ」

「そうね。ともかく、地道にコアを削るしかないわ」

 

 咆哮。

 

 鉄蛇は苛立たしそうに空に向かって吼える。そして、口を閉じる。

「いっ?」

 放たれるのは炎をまとった無数の礫。一撃の威力は低いが。

「散弾っ? 砲弾を自分で砕いて飛ばすなんて」

 それも連射が効くらしい。あっという間に眼前は炎の礫で覆われる。

「う、っとうしいっ! シュトゥルムっ!」

 業を煮やしたエーリカが固有魔法でまとめて吹き飛ばす、が。

「え?」

 その眼前に迫るのは、炎の砲弾。

「ハルトマンさんっ!」

 芳佳は飛び出して砲弾を受ける。重い一撃、が。

「あ?」

 砲撃、二撃目。直撃して弾き飛ばされた。

「宮藤っ!」

 シールドを、と思ったが。次に迫るのは砲撃ではない。次は、

「鉄蛇っ!」

 鉄蛇そのものが突撃する。もし食らいついたらシールドなど関係ない。人なら丸呑みできる。その先は、……考えたくもない。

「宮藤っ!」

 エーリカが飛翔して救出に向かう、が。すでに見越されていた。鉄蛇は突撃しながら炎の礫を吐き出す。ばら撒かれた炎弾がエーリカをシールドごと弾き飛ばす。けど、芳佳の動きを先読みしたエイラがぎりぎり間に合った。辛うじて彼女を拾い上げる。が、

「やうっ?」

 一人ひとり抱えての飛行だ。さすがのエイラも砲撃を回避できずシールドごと叩き落される。鉄蛇はウィッチたちを炎の礫で牽制しながら執拗に二人を追撃。

「エイラさんっ、わた「黙ってろっ!」」

 余計なことを言わせるつもりはない。エイラは建物への激突さえ覚悟して低空。高速の飛翔を選択。

 鉄蛇はウィッチたちの攻撃を無視してエイラに迫る。エイラは舌打ち。芳佳を手放せない。彼女を放り出したら初速の乗ってない状況からの飛行になる。そうなれば芳佳は轢き潰される。

「芳佳に、近寄るなーっ!」

 ルッキーニは露出したコアに接近。己の固有魔法を叩き込む。コアが大きく欠けるが、鉄蛇はそれさえ無視して追撃を選択。そして、

「え?」

 いないはずの、彼がいた。

 

「我が祖神、朱砂の雄の尊名により命ず、金気、空間展開。金域、構築。金剋、出力超過。金乗、――――世界切断」

 

 斬っ、と。鉄蛇が両断された。

 

「あー、…………お、わ、……た」

 豊浦は倒れた。純白に散る鉄蛇の残骸の真ん中、ばったりと倒れる豊浦。

「豊浦さんっ!」「豊浦ーっ!」

 近くにいた芳佳とエイラが真っ先に駆け寄る。豊浦は手を上げる。

「よ、……しか、君、エイラ、君」

 芳佳はその手を取る。その瞳に勝利の喜びはない。あるのは、心配と、

「豊浦さんっ、鉄蛇は倒しましたっ。もう大丈夫ですっ」

「大丈夫かっ? 痛いところはないかっ?」

「…………寝る、あとは、任せた。…………ぐう」

 そのまま目を閉じて眠り始めた。エイラと芳佳は顔を見合わせて、

「おーいっ、みんなーっ!」

「さっきの、何だったんだっ! 鉄蛇の頭が両断されたぞっ?」

「宮藤さんっ、エイラさん、……って、豊浦さんっ?」

「豊浦さんっ、大丈夫ですのっ?」

 ウィッチたちが戻ってきた。それぞれ地上に降り立つ。そのころには芳佳はざっと全身を診て、

「寝ているだけ、みたいです。

 たぶん、魔法力の使い過ぎによる一時的な疲労、だと思います」

「そ、……う。けど、」

 ミーナの視線が困ったように揺れる。男性で、すでに三十歳程度に見えるが、今の一撃。魔法力の枯渇には十分な威力だった。

 それに、……………………それ以上は考えないようにし、他、すべての思考を振り払う。おそらく、自分と似たような思いがあるであろう彼女たちを無理にでも動かすために、声。

「ともかくっ! 彼を家に運びましょうっ!」

 


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