怨霊の話   作:林屋まつり

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十三話

 

「はい、お茶とお菓子」

「…………扶桑皇国のお菓子、可愛いから食べるの、ちょっともったいないです」

 純白にうっすらと餡子の黒。色合いも見事なお団子を見てサーニャは小さく呟く。

 他に、練り切りや羊羹、金平糖など一口大に作られた彩鮮やかで繊細な和菓子の数々に、お菓子の到来に両手を上げて喜んだルッキーニさえ手を伸ばすのも躊躇った。

 とりあえず写真を撮り始めたエイラを見て、豊浦は苦笑。

「気にしなくていいよ。僕の手作りだし、あとでまた作ってあげるよ」

「…………くっ、食べ物に見た目を気を使う必要はない。……が、ここまで見事だと考えを改めたくなるな」

 軍人ゆえに食事には効率を最優先すべきだと考えるトゥルーデは自分の考えに疑問を持ちはじめ、ペリーヌは「素晴らしいですわ」と素直に感嘆。

「異国の人には珍しいかな、こういうのは?」

「そうですわね。あまり見たことありませんわ」

 貴族であるペリーヌは奇麗に形作られたケーキ類も見たことがある。けど、それとは趣の異なる美しさの菓子。とても興味深い。

「ねー、豊浦ー、お菓子に人形が混じってたけど」

 小さな白い犬の人形をつまんでエーリカ。豊浦はそれを見て「ああ、それは米粉のお菓子だよ」

「なんでお菓子まで人形にするの?」

「…………さあ?」

 うん、と豊浦は頷いて、

「後でレシピをあげよう。きっと賄賂に役立つよ」

「レシピだけ、受け取るわ」

 提案ははねのける、とミーナは告げて一口。

「ん、美味し。……これは、お茶が合うわね」

「コーヒー党のミーナも緑茶を認めたか」

「うん、美味しい。

 私も緑茶の淹れ方、お勉強しないと」

 レシピをもらえる、と内心で喜んだリーネは緑茶を飲んで決心。確かにこれには緑茶が合う。いつか家族で扶桑皇国風のお茶会とかしたいな、と。そんなことを思ったから。

 甘味を楽しみ、一息ついて、

「それじゃあ、私たちの交戦についてね。

 基本は空から直下に向けての銃撃になるわ。全員で飛び回りながら全身に向けての銃撃ね。コアが発見されたら、リーネさんの狙撃で撃ち抜く。

 だから銃撃にはリーネさんは加わらなくていいわ」

 狙撃を得意とするリーネはコアを露出したら即座に一撃入れることに集中してもらった方がいい。リーネも頷く。

「それと、サーニャさん。

 鉄蛇が私たちと交戦しているとき、砲撃は控えていいわ。代わりに地面や、離脱に意識を割いたような兆候があったらすぐに砲撃をお願い」

「はい」

「ねえねえ、蛇なんだし毒とかあるんじゃないの?」

 ルッキーニが身を乗り出して手を上げる。元々ネウロイは瘴気をまき散らす。単体のネウロイはそこまでひどくないが、蛇を模しているなら毒の存在は無視できない。毒を模して瘴気の出力強化もあり得る。

 ゆえにミーナは頷いて、

「そうね。エーリカの固有魔法がそれには有効でしょうけど。

 逆に、ルッキーニさんやトゥルーデのように隣接する必要がある戦術は危険かもしれないわ。ある程度の安全が確認できるまでは不用意な接近は控えなさい」

「「了解」」

 ルッキーニとトゥルーデは頷く。近寄ってそのまま毒に当てられて墜落したなど笑い話にもならない。

「鉄蛇ってやっぱり速いのかな。蛇行だと飛行より速度は遅そうだけど」

 シャーリーの言葉に「そうでしょうけどね」とミーナも同意。だから、

「適度な距離を維持しながら張り付くわ。

 最悪は仕留めそこなって逃がすことよ。そのためにも射線は集中、迅速かつ確実な撃滅を最優先。上は鉄蛇の情報を欲しがっているけど無視していいわ」

「了解」

 動きが遅いならそれだけ全身にくまなく銃撃できる。自分の持ち味、速度はそこで活かせる、とシャーリーは頷く。

「では、わたくしは固有魔法中心で攻めようと思いますわ」

「私もー、遠くから範囲優先で吹き飛ばした方がよさそうだね」

 雷撃と疾風の固有魔法、銃撃よりも広範囲を薙ぎ払える。ペリーヌとエーリカの提案にミーナは頷き、

「それと、宮藤さん。序盤は攻撃より防御を意識して。

 想像以上の大威力の攻撃を行う可能性もあるわ。その場合、貴女のシールドが要よ」

「はい」

「ヤバそうなのが見えたら私も通信飛ばすから、その時は宮藤の後ろに避難な」

「そうね。お願い」

 それぞれの役割を割り振る。その会話に逡巡はない。ウィッチたちは個性を認め、役割を自認し、最適の位置を確認していく。

 凄い、と。静夏は内心で呟く。苦笑。

「そんなに不思議なものではないわ。彼女たちとはそれなりの付き合いだし、役割分担は見当つくわ」

「あ、…………あ、い、いえっ、未知のネウロイに的確な配置、御見それしましたっ」

 ミーナの苦笑が言葉を失っていた自分に向けられたと気づき、静夏は慌てて声を上げる。「経験の差ね」とミーナは応じる。

「さて、方針も確認したし、あとは明日に備えましょう。

 各自必要とも思われるものは準備をして、銃弾は、明日、交戦前に扶桑海軍に必要分届けてもらいましょう」

「すでに予備の銃弾や銃火器は準備してある。扶桑皇国の危機でもあるし、出し惜しみをするつもりはない。

 必要なものを提示してもらえば明日持っていこう」

 淳三郎も頷き準備を請け負う。そして、お開き、となった。

 

 みんなで昼食を終える。今回決まったこと、そしてさっそく提示された補給物資の準備や告知のために飛び出した美緒と淳三郎を見送る。

 静夏は残った。彼女も一緒に豊浦の護衛を務めるウィッチたちと話をしておきたいが、《STRIKE WITCHES》と話が出来るせっかくの機会だ。気を利かせた美緒が残るように指示を出した。

 久しぶりに会ってすぐに会議だった。だからやっと雑談もできる。芳佳は静夏と居間に戻りながら口を開く。

「静夏ちゃんも来てくれたんだね」

「はいっ、坂本少佐の助手として同席するように指示を頂きました」

「会議って、面白くなかったでしょー」

 綿入れを着て炬燵に潜り込んでごろごろし始めたエーリカ。ごろん、と横になって問う。

「はい、ハルトマン君。みかんだよ」

「剥いてー」

「ちょっと待っててね」

 みかんを剥く。一つまみ。

「あむ、……はあ、…………うまいー、…………あ、もうだめ。動きたくない。

 豊浦ー、食べさせてー」

「はい、あーん」

 ごろん、と寝転がって口を開ける。豊浦は一つ取って口に放り込む。

「あむー」

「ハルトマン、…………というか、お前は何をやっているんだ豊浦っ!」

 甲斐甲斐しく怠惰な部下の世話を焼く豊浦にトゥルーデは吼え、豊浦は真顔で頷く。

「バルクホルン君。ハルトマン君は明日戦わなくてはいけない。

 そのためにも今は英気を養うべきだと思う。…………あ、はい、あーん」

「あーん」

「ぐ、」

「さあ、バルクホルン君も明日の戦闘のために炬燵に入って英気を養うんだ」

「そーだー、せんいこーよーだー」

「そうだよ。さあ、バルクホルン君も怠惰空間でだらけ始めるといいよ」

「そーだそーだー」

「…………た、確かに明日のためにも、……………………豊浦、さっき、英気とは違う言葉を口にしたか?」

「…………はい、ハルトマン君。あーん」

「あーん」

「ごまかすなっ!」

「…………え、ええと、会議、参考になったかな?」

 不思議な光景を背中に隠して問う芳佳。静夏はそちらに視線を向けないように集中して「はい。特にミーナ中佐の采配の見事さには感服しました」

「やはり、炬燵と畳は基地に導入すべきね。……いえ、ちょっと待って、ここで書類仕事をしたら居眠りをしてしまうわ。

 これは専用のコーヒーメーカーと、頭の活性化のために糖分。……お菓子も必要ね。あと、体調を崩さないように綿入れも、……………………あ、もうだめ、ここで仕事とか出来な、……戦意高揚ね」

「ミーナっ!」

「はい、ミーナ君。お茶だよ」

「ええ、ありがとう。…………ふう。美味しい。

 やっぱり炬燵ならコーヒーじゃなくてお茶ね。緑茶メーカーってあるのかしら?」

「ウルスラに開発させればいいよ。大丈夫、これもせんいこーよーのための必要経費だよ」

「それもそうねえ」

「はい、ミーナ君。お茶菓子だよ」

「ええ、ありがとう。…………はあ、甘くて美味しい。炬燵に入って緑茶を飲みながら甘いお茶菓子を食べる。……戦意高揚するわー」

「…………感服、し、ました」

 だらけた声の主を極力意識しないように静夏。

「あははは、し、静夏ちゃん。お、お部屋でお話ししよっか。ねっ」

「そ、そうですね」

 静夏の背中を押して芳佳。視界の隅に向かい合ってだらけ始めるミーナとエーリカが見えたが、二人は優秀な軍人だ。炬燵が見せた幻と思い込んで部屋へ。

 部屋へ、と。障子越しに並んで座る影。芳佳は静夏の手を引いて障子を開ける。

「あ、ペリーヌさん。リーネちゃん」

「リネット曹長、ペリーヌ中尉」

「あ、こんにちわ、静夏ちゃん」「お久しぶりですわね」

 二人とはガリアで会っている。だから静夏は一息ついて二人と並んで腰を下ろす。

「参考になりまして? まあ、作戦会議は部隊によって千差万別でしょうけど」

「はい。特にミーナ中佐の采配の見事さには感服しました」

 炬燵の惨状を考えないようにしながら静夏。「そうですわね」と炬燵の惨状を知らないペリーヌは頷く。

「チームを組んで、みんなでいろいろ戦っていくと、自分や仲間の癖もわかってくるからね。

 あとは、自分がどうすれば一番みんなの役に立てるか、それを考えていければいいと思うよ」

 リーネが優しく微笑む。「はいっ」と静夏は頷く。

 自分に実戦経験が足りないことはよくわかっている。マニュアルを大切にするのが悪いとは思わないが、実戦経験を多く積み少しでも応用を利かせられるようになりたい。

「それに、みんなで一緒にいると楽しいからね」

「はいっ」

 以前なら、……彼女たちと知り合う前なら、それも余計な事と思ったかもしれない。

 けど、今は、そんなチームもいいと、そう思う。彼女たちが羨ましいと思うくらいには、

「まあ、ここは癖というか、仲間たちの個性が少し強すぎる感じもしますわね。

 服部さん。見習うのは結構ですが全部が全部真似をしてはいけませんわ。じゃないと、」

 ふと、ペリーヌは意地悪く笑う。

「どこぞの誰かさんのような。無鉄砲な事ばっかりしていると仲間としてはハラハラして仕方ありませんのよ?」

「あ、あはははー」

 どこぞの誰かさんは気まずそうに視線を逸らす。やるべき事をやっている。その行動に後悔はない。けど、心配させているのも事実だから。

「それは、……はい、わかっています」

 そして、ペリーヌにまったく同感な静夏は苦笑して頷いた。

 

「…………そして、こういうところを見習ってはいけませんわ」

「はい」

 

「……で、皆さんは何をやっているんですの?」

 静夏を送り出し、ペリーヌは頭痛をこらえた表情で呟く。

「む、ツンツン眼鏡か、言っておくが頼まれたってここは譲らないぞ。土下座しても無駄だ」

「しませんわよっ!」

 炬燵に下半身を押し込みうとうとするサーニャ。そんな彼女に膝枕をしていたエイラは威嚇する。別の一角ではシャーリーとルッキーニが下半身炬燵、上半身綿入れ、頭座布団の完全装備で眠りについている。

 天板には綿入れを着こんだミーナが頭をのせて睡眠中。エーリカはもそもそとみかんを食べながら真顔で告知する。

「ペリーヌ、連合軍第501統合戦闘航空団。《STRIKE WITCHES》の半数は炬燵の猛威で無力化したよ。……あとは、まかせ、た。…………ぐー」

「こ、炬燵の猛威恐るべし、だね」

 リーネはとりあえず言ってみる。

「えーと、バルクホルンさんは?」

 こういう時一喝してくれそうな彼女はどこに行ったのか? 問いにエーリカは復活。

「みかん剥いてくれたりお茶淹れてくれたりお菓子食べさせてくれたりでせんいこーよーに一役買ってくれた豊浦を追いかけまわしてどっか行っちゃった。

 庭で追いかけっこしてるんじゃないかな?」

「あ、そうですか」

 彼は何やっているのか。芳佳にはよくわからない。

「言っておくけど、もう炬燵にお前たちの入る余地はない。

 いいか? サーニャを引っ張り出したら怒るからな」

 大切な少女の穏やかな寝顔を堪能していたエイラは徹底抗戦の構えを示した。引っ張り出される可能性を示されたエーリカは物理的に炬燵にしがみ付く。

「そんな事しませんわよっ! リーネさん、宮藤さん、行きますわよっ」

 歩き出したペリーヌにリーネと芳佳は首をかしげて「どこへ?」

「わたくしたち《STRIKE WITCHES》の半数を無力化した炬燵の手先、豊浦さんを捕縛しますわ」

「…………豊浦さん、炬燵の手先なんだ」

 

 捕縛したら暗くなった。

 

「ま。……まったく、ちょこまかと、大人の男がどうしてあそこまで飛んだり跳ねたりできるのだ」

 トゥルーデが憤り一割呆れ九割の溜息。少女四人と暗くなるまで追いかけっこに興じた大人の男はけらけら笑って「獲物を見つけたら即対応。これが山家の基本だよ」

「山家ってすごいんですね」

「そうだよ。リーネ君。見習っていいよ」

「え、……えーとお」

 少女四人と暗くなるまで追いかけっこに興じた大人の男の何を見習えばいいのかわからない。

「さて、それじゃあおゆはんを作っちゃおうか。

 芳佳君、リーネ君、疲れているなら休んでていいよ」

「あ、いえ、お手伝いします」「私も作りますっ」

 芳佳とリーネはぱたぱたと豊浦に続く。古い作りの台所は不便も多いが、目新しいものばかりで面白い。

 というわけで三人は台所へ。そして、ペリーヌとトゥルーデは第二回戦を意識した。つまり、

「起きろーっ!」

 炬燵の猛威を吹き飛ばすトゥルーデの怒声。ペリーヌは抵抗すれば雷撃さえ厭わない覚悟で炬燵の猛威に屈した仲間たちを引きずり出した。

 


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