怨霊の話   作:林屋まつり

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十二話

 

「バルクホルン君は、半殺しにしようか、皆殺しにしようか」

 朝、ふらりと立ち寄った台所でそんなことを言われて、トゥルーデは挨拶を忘れて動きを止めた。

 沈黙。割烹着と三角巾を着た豊浦は首をかしげる。

「バルクホルン君、半殺しがいい? 皆殺しがいい?」

「…………それは、私に対する挑戦か?」

 割烹着姿の男性に問われ、敵意より困惑が先立つ。が、豊浦は首を傾げた。

「朝食の事だよ?」

 

「はい、これが半殺し、で、こっちが皆殺し」

「扶桑皇国って、ずいぶんと物騒な名前の料理があるのね」

 朝食、並べられた牡丹餅を見てミーナは首をかしげる。トゥルーデは溜息。

「紛らわしい、朝食のメニューに皆殺しやら半殺しと書いてあったら誰も注文しないぞ」

「それもそうだねー」

 メニューに書かれた半殺しの文字、少なくともエーリカはこれを食べ物とは思わない。

「半殺しでお願いします。なんてねー」

 ともかく、お茶と牡丹餅を並べて朝食開始。

「そうだ。みんな、今日、美緒や杉田大佐と鉄蛇に対しての作戦会議をするわ。その時は皆ここにいること、いいわね?

 当然、豊浦さんにも参加をしてもらうわ」

「ん、了解」

 牡丹餅を食べながら豊浦は応じる。作戦会議、と。それを聞いてウィッチたちは表情を引き締める。

 つまり、

「準備は終わった、という事か?」

「そうね。明日には鉄蛇との交戦になるわ。一応、予備の銃弾とかは持ってきてもらうけど、特に豊浦さん。必要なものがあったら言っておいてね」

「う、……ん。ん、うん。

 大丈夫、七星剣は四天王寺から持ってきてるから」

「……あ、そう」

 七星剣、というものについてはわからないが、おそらく豊浦の使う魔法に関係のある道具、とミーナは納得しておく。

「それに、僕の事は皆が守ってくれるみたいだからね。大丈夫でしょ」

「まあ、その信頼には応えさせてもらうわ」

 気楽ね、と。ミーナは苦笑。とはいえ信頼されていて悪い気はしない。

「だいじょーぶっ、豊浦はちゃーんと守ってあげるからねっ」

 ルッキーニも笑顔で応じ、「頼もしいね」と、豊浦は笑って彼女を撫でる。

「まあ、そのあたりの配置も含めてね。みんなも、交戦方法の相談もするから、それぞれのプランを考えておいてね」

「「「はいっ」」」

 生真面目な返事が重なり、ミーナは満足げに頷いて牡丹餅を一口。

「あら、美味し」

「皆殺しは気に入ってくれた?」

「…………美味しいけど、その呼称はやめてくれないかしら?」

 

「宮藤さんっ」

「あっ、静夏ちゃんっ、久しぶり」

 謹直に敬礼する静夏に芳佳は笑顔を向ける。その笑顔を見て、静夏も自然笑みが浮かぶ。

 それと、

「はっはっはっ、懐かしいなっ」

「坂本さんっ」

「懐かしい、というほどでもないでしょ、美緒」

 堂に入った高笑いの美緒。ミーナは苦笑。が、そんな彼女に美緒は拗ねたような視線を向けて、

「私一人で扶桑皇国中を駆け回ったのだぞ。そうも感じる」

「ああ、ごめんなさいね」

 随分忙しい思いをさせていたらしい。それと、

「彼が、その、豊浦か?」

 淳三郎と軽く挨拶を交わしていた豊浦。彼は頷く。

「やあ、初めまして、蘇我豊浦だよ」

「ウィッチ、ではないのだな?

 鍵を握る人物だと聞いているが?」

 豊浦について美緒と静夏はそれしか聞いていない。今回の作戦における重要人物である、と。

 ミーナが適当なことを言うとは思えないが、意味が分からない以上不信は残る。

「ええ、……そうね、そのことも含めて、作戦会議をしましょう」

 

 静夏は緊張していた。

 広い居間、そこに集まっているのは胡散臭い一名を除き、格上の存在ばかりなのだから。

 淳三郎はウィッチでなくとも海軍の大佐。下士官である軍曹にとってはるか雲の上に位置する階級であり、軍人の家系に生まれ、その基本を叩き込まれた静夏にとって会話するだけで緊張を強いられる位置にいる人。

 そして、欧州でも最上位の部隊。世界中のスーパーエースが集う《STRIKE WITCHES》。憧れ、あるいは、崇敬に近い思いがある。

 そんな人たちに囲まれての会議。これも経験だから同席しろ、と。美緒の言葉に頷いて同席したが。

「さて、それじゃあまずは現状の確認をしましょう。

 横須賀海軍基地は現在、蛇型ネウロイ、通称、鉄蛇が八匹封じ込めてあります」

「…………ああ、」

 美緒は頷く。その光景は確認した。けど、

「あれがどういうものかはわからないが」

「あれは豊浦さんが封印したらしいわね。……ええと、風水、だったわよね?」

「風水?」

「彼固有の魔法らしいわ。あと、陰陽、だったわね。

 美緒、それと、……ええと、服部さん。二人は聞いたことがある?」

 問われて二人は首を横に振る。

「固有の魔法でしたら、しかるべき調査機関に報告する必要があります。

 豊浦さん、ネウロイ討伐後、同行を」

「え? いやだよ」

 生真面目に告げる静夏に豊浦はあっさりと応じた。まあ、そんなところでしょうね、とミーナ。

 報告など考えもしなかったのんき者たちはともかく、

「なっ、……今この世界は「僕たちを化外に追いやった者たちのために働くつもりはないという事だよ」」

 豊浦は、嗤う。

「言ってなかったね。僕は魔縁、怨霊だ。今更人の世の助けになりたいとは思わないよ」

「わけのわから「ま、当人がそういってるならいーじゃん」」

 不意に割り込むやる気のない声。静夏は反射的にそちらに視線を向ける。

「ハルトマン中尉?」

「鉄蛇封印してんのは豊浦の魔法なんだから。機嫌損ねたら大型ネウロイ八体同時に暴れだしちゃうかもよー」

 彼がそんなことをするとは思えない。けど、こんなところでいがみ合っていても無駄でしかない。

 ゆえに話を切り上げる。静夏はまだ不満そうだが、それでもエーリカの言葉、頷いた。

「そうね。まずは鉄蛇の事に集中しましょう。

 それと、服部軍曹、彼は軍人ではありません。彼の意思を無視して軍に強制連行するなんて、それこそ人道を無視した言語道断の行いです」

「し、失礼しましたっ」

 ミーナも苦笑して告げる。静夏は慌てて謝る。

「さて、今回の鉄蛇は地下から出てきた、つまり、地下を潜行する可能性があるわ。

 地下に潜ったネウロイを補足する術はありません。もし取り逃がしたら最悪、補足もできないまま扶桑皇国は破壊されつくされかねないわ」

 ネウロイの脅威はここにいる皆が知っている。だから、一国を滅ぼすというその言葉に異を唱える者はいない。

「だから、取り逃がすことなく、確実に撃破することが前提よ。

 そのために、一体ずつ撃破していくわ」

「鉄蛇は八体いるのだろう? そんなことが可能なのか?」

 美緒の問いに応じるのは豊浦。

「出来るよ。それは僕が解除、制御する」

「そうか」

「ええ、それで、……まず、扶桑皇国のウィッチたちは豊浦さんの護衛を頼みたいのよ。

 豊浦さんの制御が失敗したら鉄蛇が八体同時に解放されるわ。そうなれば取り逃がす可能性はずっと高くなる。当然、交戦そのものも危険になるわ」

「そうだな」

 美緒は頷く。それに、戦力配分としてもちょうどいいだろう。

 扶桑皇国に残っているウィッチは経験不足の者が多い。優秀な者は最前線である欧州に送られるのだから当然のことだが、それはつまり集めたウィッチたちはここにいる《STRIKE WITCHES》よりはるかに格下ということになる。

 世界でもスーパーエースと呼ばれる者たちとそんなウィッチたちが一緒に戦えるとは思えない。それなら全員でシールドを張り一人の護衛に集中した方がいい。

「それと、海軍には横須賀海軍基地の敷地外に出ようとする鉄蛇の牽制と足止めに注力をお願い。

 集中砲撃をすれば動きを止めるのに十分でしょう」

「了解した」

 淳三郎は内心の安堵を押し隠して頷く。

 超高速で飛び回るウィッチたちの戦闘に艦砲で援護をするのは非常に気を遣う。彼女たちはネウロイとの戦闘に集中しているのだ。後ろからの艦砲にまで気を遣う余裕はない。必然としてこちらでウィッチに当たらないように砲撃することになるが、動きの遅い艦砲でそれは至難の業。けど、タイミングを絞ってくれるならやりやすい。

 頷く淳三郎にミーナは頷いて、

「その二つの指揮は美緒に任せるわ」

「わかった。任せろ」

 そして、《STRIKE WITCHES》の呼吸を誰よりも知る美緒がそれらの指揮を執るのが一番確実だ。

 それに、防御のタイミングも誰かが指揮を執って合わせた方がいい。未熟なシールドではネウロイの攻撃で簡単に砕かれる。ゆえに何層も重ねて防御をしなければならないが、扶桑皇国に残っているウィッチたちにシールドを重ねて張れるような連携が可能かは不明。連携が期待できないのなら指揮官を置く必要がある。ネウロイとの交戦経験が豊富な美緒が指示をするのが確実だろう。

「それで、豊浦さん。

 その制御はどこからなら可能?」

 出来るなら、横須賀海軍基地から離れて欲しいが、それは彼の都合次第。

「海上からでも出来るよ。ただ、屋外で、視認可能な場所の必要があるね」

「そう、なら、杉田大佐」

「わかった。《大和》の甲板に豊浦さんと、ウィッチ隊を配置しよう。

 艦隊の配置は?」

「それは任せるわ」

 そちらはミーナより艦隊指揮をこなしていた彼の方が効率よくできるだろう。ミーナの言葉に淳三郎は頷く。

「わかった。豊浦さんの護衛、および戦線離脱を試みた際の足止めとして艦隊の配置をする。あとで布陣をまとめた資料を送るが。……そうだな、交戦区域外への足止めだから、豊浦さん護衛のための中央艦隊と、足止め用に東と西の三艦隊を想定する」

「ええ、それでお願い。

 それで、鉄蛇への交戦ね。……美緒や服部さんもいることだし、仮説も含めてわかっている鉄蛇の話もしましょう。みんなもおさらいね」

 一息。

「まず、数は八ね。移動方法は蛇行。飛行型ネウロイよりも移動速度そのものは落ちるでしょうけど、これは移動するだけで家屋が踏み潰されることを意味するわ。ネウロイが通った跡は廃墟ではなく更地となるでしょう」

「蛇型のネウロイか、聞いたことはないな」

「それは我々も視認した。……いや、全容までは無理だったが、被害状況の航空写真や遠目から見た限りではそれで間違いない」

 淳三郎の言葉に豊浦も頷く。

「確かに聞いたことはないわね。けど、ネウロイも進化しているわ。

 服部さんも、人型ネウロイは聞いたことあるかしら?」

「トラヤヌス作戦で接触を試みた個体ですね。資料には目を通しました」

 静夏の言葉にミーナも頷く。

「それと、サーニャさん」

「あ、はい。……ええと、一昨日、封印地に近寄って私の固有魔法で内部を探ろうとしました。

 その際、内部を探ることに失敗して、意味不明な、断片的な映像を押し付けられました。ええと、森とか、山の映像です。ネウロイの電波妨害とは全然違うやり方でした」

「公式ではないとはいえ、伝承の怪物はネウロイである可能性が指摘されているわ。

 例を見ない形状や、サーニャさんの受けた映像妨害を統合して、ずっと昔に扶桑皇国に降りて、独自に進化したネウロイである可能性があるの。形状の基となった蛇の生態まで模倣している可能性もあるし、どんな攻撃をしてくるかも未知数で考えているわ」

「なるほど」

 美緒も頷く。ネウロイの多様性はこの目で見ている。ミーナの言葉は笑い飛ばせる類のものではない。

「とすると、海中に近づいたらすぐに牽制した方がいいかね?」

 淳三郎は問い、ネウロイは水に近づかない、と。その知識のある静夏は首をかしげる。苦笑。

「蛇の生態を模倣しているといったね? 海蛇という存在もある。

 可能性としては低いかもしれないが、水中潜行を始めたらやはり捕捉は難しくなる。ここで取り逃がした鉄蛇が数か月後に欧州、最前線の背後から強襲する可能性もある。…………その危惧だよ。服部軍曹」

「はっ、……り、理解しましたっ」

「そうね、お願いしたいわ」

 単純な打撃力なら大口径の砲撃を行う艦砲の方がウィッチの銃撃よりも高い。装甲を貫くことはできなくても足止めには有効だ。

 もちろんウィッチも追撃するが、艦砲があることが前提ならそれに応じた戦術も取りやすい。

「それと、蛇には地下に潜行する種もある。それはネウロイも同様だな。現に、鉄蛇は地下から現れたと聞いている」

 トゥルーデが不意に口を挟む。淳三郎は頷く。

「その場合の足止めも、艦砲は有効だと思うが?」

「そうね。……その場合、兆候を確認したら合図をするわ。私たちは上昇して高空から直下への銃撃をするけど、その位置に向かって艦砲の集中砲撃も頼みたいわ」

「了解した。合図があればウィッチたちの直下に向けて砲撃を集中させよう」

「ええと、つまり、横須賀海軍基地から出そうになったら艦砲で足止めして、それ以外は私たちで攻撃っていう事ですか?」

 挙手する芳佳にミーナは頷く。

「大まかにそれでいいわ。もちろん艦砲砲撃中も私たちは追撃するけど、……そうね。範囲外に近づいたら艦砲の足止めメインで、私たちは高空からの遠隔銃撃。そうでなければ艦砲は気にせず鉄蛇の相手に集中ね。

 鉄蛇の装甲や攻撃方法によって変わるけど、一先ずこの方針で行きましょう」

 ミーナの総括に異議はない。皆は頷く。

「さて、次は私たちウィッチたちの戦い方についてだけど、……杉田大佐や豊浦さんは?」

「よければ聞いておこう」

 ウィッチの戦術について、今回、直接は関係ないかもしれないが知っていれば後の援護方法の参考になる。連動について出来る限り学んでおきたい。

 ゆえに淳三郎は頷き、豊浦も頷く、が。

「さっきの話を飲み込む時間もあるだろうし、少しお茶にするかい?」

「そうね」

 話の区切りでもあるし、一息つけば別の意見も出るかもしれない。だからミーナは頷き、豊浦は立ち上がる。芳佳とリーネも反射的に立ち上がるが「二人は皆と一緒にいなさい。今はそれが大切だよ」

「「はい」」

 それがウィッチとして必要なこと。それを指摘されれば手伝うわけにもいかない。

 大人しく腰を落とした二人に豊浦は微笑を向け一人台所へ。

 ほう、と一息。

「それで、あの豊浦とやらは戦えるのか?

 随分と妙な魔法を使うようだが」

 豊浦がいなくなったのを見計らって美緒が口を開く。好奇心に満ちた彼女の問いにミーナは苦笑。

「どうでしょうね? 確かにネウロイを封印しているという実績は欲しいわ。正直に言うとね」

「それに、……ええと、陰陽、だっけ?

 火力アップとか便利だよねー」

 エーリカは羨ましそうに言う。お風呂の準備とかちょくちょく使っていたらしい。生活を便利にする魔法は戦力とは別の意味で憧れる。

「ただ、純戦力になるかは分からないわね。制御が難しいらしいし。今回みたいに出現場所を特定。あらかじめ準備が出来ているならともかく、不意を打って出てくるネウロイ相手に突発的な対応が取れるかは、正直難しいと思うわ」

 確かに、応用発展させ、さらに使いやすく、突発的にでも展開できるのなら対ネウロイ戦で非常に有益だ。

 とはいえ、いくつか考えた結果としてそれは非常に難しい。そもそも星そのものの魔法力を制御するなど一朝一夕で可能とは思えない。長期的な、……それこそ、数年単位での研究と発展が必要だろう。

 ゆえに、現在の戦闘で役立てるのは難しい。

「出現場所を特定? 彼にもエイラのような魔法があるのか?」

 すなわち未来予知。対しエイラはひらひらと手を振って「星占いだって」

「…………ああ、そうか」

 もはや御伽噺だな、と。美緒は匙を投げた。

 


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