当然だね。
「えーと、昆虫系天使?」
「うるせえよボケ」
ドラゴンごと殺すことで、カラスは俺を延々ドラゴンに殺される状況から解放した。
……いや、いくら言い繕っても、一度殺されたことには変わりないんだけど。
「そういえばエーテル病の対策忘れてたなーまあポーション飲めば治るし、問題無いけど」
「……こんな毒々しい色の薬見たの始めてだよ」
なにやら蛍光色にキラキラ光る瓶を渡され、尻込みする。
カラスによると、キラキラ光ってるのは祝福されているから、らしい。
反対に、呪われているアイテムは、なんか黒いオーラを纏っているように見えるとか。
覚悟を決めて瓶を傾けると、意外にも軽く甘味が付いていて飲みやすい。
全体の三分の二ほどを一気に飲み干すと、体全体がキレイになったような清々しい感覚を感じた。
おお……と内心感嘆しながらも、瓶を口から離そうと……出来ない。
「ああ、ポーション類は飲み始めたら飲み干すまで止められないぞ?
酒みたいに、コップに注いだらそんなことは無いんだけど」
先に言えっ! と思いながら、そのまま中身を飲み干す。
光の粒子と共に、翼が消え、視界が戻る。
長かった……広い視界のおかげで多少生存時間が伸びてたとはいえ……
ひたすらにドラゴンに殺し続けられる、ただそれだけの時間が永遠に続くかとも思えたから。
「さて、自己紹介といこうか。俺はヤタガラス。『虐殺の獣』ヤタガラス」
「物騒だなおい……俺は『ザ・メイジ』サラム。よろしく」
「えーと、ああ、うむ……私はアカリという。『マジカルガール』アカリだ。ちなみに魔法は使えない」
いや、異名が実態と必ずしも合っていないのは、多分この世界では常識じゃないかなー
全員、そこまで外れている訳でもないが。
……ていうか、お前。虐殺の獣って……
「さっき説明したから分かってると思うが、ラグナロクは使うな。面倒だからな」
「ああ。さっきの説明は分かりやすかった。……とはいえ、私の剣は正直余り切れ味が良くなくてな」
そう言って、アカリが抜いた剣を見て分かった。これ普通の長剣だわ。武器屋で買ってすぐっぽい。
呆れた顔をしているのがアカリも分かったようで、慌てながら釈明をし始めた。剣持ったまま。
「そ、その、前持っていた剣は素晴らしい切れ味だったのだ! だが、ぬいぐるみを食べるぷちを退治する依頼で……」
「スライムに斬りかかったのか……まあ武器強化の巻物で直るなんて、初心者には分からないか」
「な、直るのか? 本当に? 良かった……」
直ると分かって、アカリはこぼれた涙を手で拭った。……剣持ってる方の手で。
綺麗にカラスの首筋を狩る軌道で動いた剣を、半歩動いてカラスは避ける。
カラスを切りそうになったことに、アカリは気付いていないようだ……これは仲間とかいないの頷けるわ。
下手な技量だと、一緒にいるだけで死にそう。さっきから剣持ったまま色々し過ぎ。
「そうだ。今後はどうするんだ? 俺はパルミアに向かうべきなんじゃないかと思うんだが」
「んーどうしてだ?」
「この大陸では、一番発展している街なんだろう? 色々便利なんじゃないかと」
「死ぬぞ」
「えっ」
「あの街はヤバイ。誰かが気まぐれにキューブを増殖させ始めるし、エイリアンをペットにしている奴がそこらじゅうのNPCに寄生させ始めるし、そういうのを一度消し飛ばす為にちょくちょく核爆弾が落ちるし、クエストで宿屋に核を仕掛けるものがあるからタイミングが悪いとそのクエスト中に他人が仕掛けた核で死ぬ。そして、そいつが持ってる核も連鎖爆発して核一発なら耐える奴でもたまに事故死する。いつの間にかあのアイテムが固有アーティファクトじゃなくなってるから、一年に一度くらいは五連鎖とかする。そういう時にパルミアにいると廃人でも危ない。ヤバイ」
「お、おう」
要約すると、原爆こわいってことなんだろうか。
取り敢えず、近寄らない方向で行こう。流石に放射性汚染要素とか実装されてはいないと思うけど。
「そしてもう一つ、お前ら初心者が近寄るべきでない街を教えてやる。ノイエルだ。
あそこもヤバイ。エボンっていう超強い巨人が捕まってるんだが、そいつがほぼ常時解放されてる。
つまりほぼ戦争状態。ヤバイ。大体一箇所にNPCが固まるからって、範囲攻撃撃ちまくる奴もいて、そういう奴はガードの攻撃でも無傷なレベルの連中だから、初心者が攻撃範囲に入ると死ぬ。ヤバイ。
あと聖なる井戸の周辺もヤバイ。常に安全な水が湧き出るからって、専有しようとする奴らがガチで殺りあってる。ヤバイ。ちょっとした好奇心で近寄ると、PVが300あろうが十秒持たない。ヤバイ。
あと別の意味でヤバイのが、免罪符。金さえ積めばどんな悪人でもカルマが善人の最低レベルまで上がる。宗教ヤバイ」
「そろそろ分かってきたんだが、それどこのスレのテンプレ?」
「???」
アカリは全く分かっていないようだ。
だが、このヤバイの連続は宇宙ヤバイを思い出す。
どうせ某大型掲示板のVRMMO板のテンプレとかだろう。
「一応、全部の街のテンプレあるんだけど」
「街に行く気無くすから止めろ」
「ま、街とは怖いところなのだな……」
そら、アカリが完全に怯えているじゃないか。
真に受けるからやめろよ。
とはいえ、キューブとかエイリアンの恐怖とやらは、常にどこの街でも有り得るんだよな、こいつの言い方からすると。
「キューブってどんなモンスターだ?」
「属性無効な上に分裂する機械」
「……液体金属かなんかか?」
「質量保存の法則をガン無視しているのだけは確かだな」
分裂する生物は、何種類かいるそうで、その内の一種類にはアカリもあったことがあるという。
気持ち悪い顔をした青色のカー○ィみたいな奴だったそうだ。
カラスによると、バブルという名前らしい。
分裂生物の中でもバブルは小物で、厄介なのは塊の怪物という奴だそうだ。
下手に殺し損ねると、弱体化の手とやらで延々弱体化を喰らい、多少格上な程度では殺されてしまうのだとか。
「まあ、一撃で殺せるなら何も問題無いんだけどな」
「まあ、分裂生物に会ったら、今の俺ではどうしようもないのは分かった。
それで、どこが一番マシな街なんだ?」
「…………ヨウィンかなあ。多分。あそこに行くのは農民プレイしてる奴ぐらいだろう。
収穫依頼で種を確実にくれるようになったから、大分農民が楽になったし」
カラスが少し迷った意味を、俺達はまだ知らなかった。
俺達はこの世界を理解していたつもりだったけれど……決してそんなことは無かったのだ。
「どうして……」
ぐしゃり、と血が飛び散った。
地面に生まれた血溜りの中心は、血で赤のまだら模様となった白髪の少女。
頭蓋をメイスで叩き割られ、一撃で殺されていた。
その少女の死体の上を、村人が平然と通り過ぎていく。
メイスが持ち上げられ、少女の横に立っていた男の腰へと移動する。
男は懐から本を取り出したかと思うと、朗々と内容を読み始めた。
「いのり――ささやき――えいしょう――ねんじろ」
「ありがとう!」
するとどうだろう。少女は元気な姿を取り戻し、立ち上がったではないか!
歌いながらあたりを歩き回る少女に、再び男はメイスを振り上げる。
ぐしゃり、と地面に血の花が咲いた。
ヨウィンに着いた俺達が見たのは、延々と白髪の少女を殺し続ける男の姿だった。
この世界では当然のことではあるのだが、村人が一切騒ぎ立てないのも、恐怖を誘う。
「ほお、復活の書か? なら、そろそろあれも終わりだな」
カラスがそう言ったのとほぼ同時、また少女が復活し、殺される。
しかし、男はメイスを持ち上げて宿屋へと去っていくではないか。
「なあ、あれは何をしてたんだ?」
「カルマを上げてたんだろ。街の人間を復活してやれば10だったか20だったか、カルマが上がるから」
「……分かっていたことだが、ただの外道にしか見えないな……」
アカリがカラスの言葉に溜息をつくと、カラスは心外だと言わんばかりに声を荒げた。
「いやいや、復活の書もドロップ率低くて中々手に入らないんだから、あれは苦労に見合ったカルマ上昇速度だよ! 決してチート行為などではない!」
「いや、アカリちゃんが言ったのはそういうことじゃないだろ」
MMOにおける外道行為といえばチートだろうけど、お前は何を言っているんだ。
ほら、アカリちゃんの視線が冷めていってるじゃないか。
しかし、俺の言ったことも大して伝わらなかったようで、カラスは「まあいい」とだけ言って話題を切り替えた。
「取り敢えず、俺の言えることは大して無い。さっき殺されてた白髪の女の子だけは何度殺しても構わないが、他の村人は攻撃するなよ。カルマ下がるから」
「おっさんは悪くて少女は良いとかどういうことだ」
「じゃあな。俺はちょっくらダンジョン潜ってくる」
俺の話を全く聞くことなく、カラスはさっさとヨウィンを出て行ってしまった。
ちらりと横を見ると、アカリちゃんと目が合ってしまって思わずお互い目を逸らす。
……中学生か。
「えっと、これからどうしようか」
「取り敢えず、宿に泊まりませんか? 復活地点が変更出来るとのことですし」
そういえば、そんなことも聞いていた気がする。
取り敢えず、衛兵に宿の場所を聞いてみると、ヨウィンには宿は一つしか無いとのこと。
多分このあたりも不人気の原因なのだろうと考えながら、衛兵に教えて貰った場所に行く……
その途中で、広場の真ん中にデン! と紙が貼られた掲示板らしきものがあった。
アカリちゃんが言うには、依頼掲示板らしい。
依頼を受けようと思ったら、依頼人の目の前にテレポートしていてびっくりした、とのこと。
……どういう理屈なのだろう。
「いらっしゃい! 部屋は空いてるよ!」
考え込んでいたら、宿屋に着いていたようだ。
店主にいくらかと尋ねると、少し考えた後に、こう言った。
「食事なら100でいいよ。言ってくれれば料理するから」
「……泊まりの値段を聞いたんだけど」
「どこでもタダでしょ。おかしなこと言うね」
驚愕の事実。泊まるだけならタダらしい。
不思議に思いながら奥に入ると、理由が分かった。
ドアとかない。仕切りだけ。
仕切り壁の間にベッドが置いてある、といった感じで、サービスもへったくれも無い。
まあいいやとベッドに体を投げる。
ひとまず、これでログアウトするか……
睡眠してる間は動けないからねっ!
当然だね!
一応、寝てる間に他のプレイヤーの干渉は受けないよ。
ただ、周りがモンスターだらけになってても不思議じゃないんだよ?