トライアングル・フリート   作:アンギュラ

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明けましておめでとうございます。

今年もとらふり!を宜しくお願い申し上げます。


超兵器の編成や人員の心。

何もかもが東進組と対照的な西進組の戦いをお送りして参ります。


それではどうぞ。


不可視的悪意+可視的不和   VS  超兵器

   + + +

 

 

ヴェルナーの言葉に艦橋が静まり返る。

 

 

筑波の眉が一層険しく吊り上がっていた。

 

 

誰しもが、知っている最もシンプルな解答だ。

 

 

かつて、世界を壊しかけた北極海の超兵器ですら、世界中から集結した艦隊を前に海に没した。

 

 

少数精鋭よりも数こそが力なのだと証明した瞬間でもある。

 

皮肉なことに、今回はそれを自らの身で証明することとなってしまった。

 

 

 

「くっ…。」

 

 

彼は項垂れて立ち上がる事が出来ない。

 

筑波が拳を握り締め、ヴェルナーへと近付いた。

 

 

殴ってでも奮起させなくてはならない。

そう思ったの知れなかった。

 

しかしその時、通信機から音が割れる勢いで声が聞こえてくる。

 

 

 

『ふざけんな!この腑抜け野郎!』

 

 

「!?」

 

 

彼は思わず声の方向を見つめる。

 

 

『声、駄々漏れなんだよ!いいか、良く聞きやがれ!テメェにとってこの世界の住人は他人かもしれねぇ。でもな、俺達にはいるんだよ!護らなきゃならねぇ人が、大切な人が!だからテメェが諦めようが、俺はやるぜ!運命は終えるだぁ?そんなの終わってから決めやがれ!』

 

 

 

「あなたに、戦争の何が解ると言うんだ…。毎日大勢の人が死ぬ。粉々になって、誰だったかも解らないほどに…。」

 

 

 

『………。』

 

 

 

「さっきまで隣にいた戦友が頭を吹き飛ばされても、そんなものかと【何事も無かった】かのように銃を構え、街では兵士の家族は泣き叫ぶが周りの人間は【そんなのお前だけではない】と素知らぬ顔は当たり前。狂ってる!狂ってる事が当然になる!貴女には解る筈もない!100年以上も平和と言う甘美な飴を貪ってきたあなた方には決して!」

 

 

 

『………。』

 

 

 

真冬は何も答えない。

 

 

艦橋も静まり返っていた。

 

 

(はっ!僕は一体、何を言っているんだ…。)

 

 

 

ヴェルナーは思わず口走った自分の本音の事を激しく後悔した。

 

 

事実上の旗艦であるメアリースチュアートの艦長として、そして艦隊を指揮する者として、毅然とした態度を求められていた筈の彼の発言は、確実に士気の低下に繋がった事は確かだろう。

 

 

ヴェルナーは、彼方で超兵器と戦うシュルツの事を思う。

 

 

 

(こんな時、先輩ならどのように思うのだろうか…いや、きっとあの人なら今頃、冷静に活路を見出だしているのだろうな。それに比べて僕は…。)

 

 

吐き気を催す様な激しい自己嫌悪が沸き上がる。

 

 

いっその事、筑波に全権を移譲してしまおうかとも思った。

 

 

その時。

 

 

 

その時不意に通信機から声が漏れてくる。

 

 

 

『…ねぇよ。』

 

 

「え?」

 

 

『そんなの関係ねぇって言ってんだよ!』

 

 

 

「!」

 

 

 

何故かは解らない。

 

疲弊したヴェルナーの心に、彼女声がビリビリと響いて来るのが解った。

 

 

声のトーンも先程とは違う。

 

獰猛な獣の様な声とは異なり何処か女性的で、悲鳴をあげて必死に訴えているようにも聞こえた。

 

 

 

『テメェらが、何を見てきたのかは知らねぇ。知りたくもねぇ!だがな…これだけは解る。俺達は…いや、ここにも。そして向こうで戦ってる連中も皆、狂ってるのが当然な世界を認められねぇからここに居るんじゃねぇのか?』

 

 

「…っ!」

 

 

『理不尽な死が撒き散らされんのが我慢できねぇからここに居るんじゃねぇのかよ!』

 

 

 

「!!!」

 

 

 

彼は大きく瞳を開いて立ち上がる。

 

 

彼はかつて、帝国の内通者だった。

帝国元首であり、実の父だったフリードリヒ・ヴァイセンベルガーは、絶対的な力を持つ超兵器によって世界一つにすることが、民族や宗教、そして他国間の利益の追求による争いに終止符を打つ最善策であると説いた。

 

 

信じていた。

 

現に世界の大半の国家は超兵器の力にひれ伏し、また我先に帝国に付く事で超兵器の供与され、周辺国家を次々と支配していったのだ。

 

 

しかし、帝国の支配下にある国々とて、一つの文化や民族だけで構成されている訳ではない。

 

 

勿論、帝国のやり方に不満や不安を抱く人々の反対運動が各地で巻き起こった。

 

だが、親帝国派は彼等を非人道的に弾圧したのだ。

それが帝国の真の狙いであったのかもしれない。

 

 

同国民による同国民の弾圧は、他国であるウィルキア帝国への批判の目を反らす狙いがあったのだ。

 

 

彼等は行き場を失ってしまった。

 

そこで彼等は各地でレジスタンスを結成し、当時世界の逆賊として帝国を離反したウィルキア共和国解放軍に助けを求めた。

 

親帝国派の目が厳しい中で、解放軍に連絡を取り付けることは、いかに命懸けであったかは想像に固くないだろう。

 

 

シュルツ達解放軍は、彼等のシグナルを決して見逃さなかった。

 

 

方々で民衆を助け、徐々に反帝国の礎を築いて行ったのである。

 

 

しかしヴェルナーには、シュルツ達の行動が理解できなかった。

 

 

何故、目の前に人類を一つにする最良の答えが有るのに反抗し、同胞と砲火を交えるのかと…。

 

 

彼は解放軍の動きを帝国に漏らし続けた。

父の掲げる理想を実現するために…。

 

 

 

そんな彼の価値観に揺らぎを生じさせたのは、皮肉な事に帝国の力の象徴でもある超兵器だった。

 

 

 

 

【超巨大レーザー戦艦グロースシュトラール】

 

 

 

現代兵器の常識を根底から覆す彼の艦の攻撃力と、その後の暴走。

 

 

それは、父の掲げた理想像とはまるでかけ離れた凶器だった。

 

 

 

それ以降、彼は今まで目を向けてこなかった反帝国の民衆に目を向ける。

 

 

そこには、帝国幹部らが言う様な低俗で下劣な逆賊など存在しない。

 

 

当たり前にみる普通の人々がいたのだ。

 

 

彼等は家を焼け出され、親帝国派からの在らぬ迫害や虐殺を恐れて逃げ出来た弱き人々だった。

 

 

【命】だ。

 

 

自分と同じ命がそこに在ったのだ。

 

 

彼は愕然とした。

 

 

自分の今までの行いが、多くの人民の命を奪っていたと自覚したからだ。

 

 

 

彼の心は急激に疲弊して行く。

奪ってきた人々の怨霊が大挙して押し寄せる悪夢を毎日見た。

 

更に解放軍の作戦が悉く裏を掻かれた事により、内通者の存在を誰もが疑い始め、本格的な調査の動きが出始めた事で、遂に彼の心は限界を迎える。

 

 

執務室にシュルツの許を訪れたヴェルナーは、突如として彼に銃口を向けた。

 

 

油断していたシュルツは全く対応できない。

だがそれと同時に彼は、ヴェルナーが内通者である確信に至ったのである。

 

 

何故このような事をと問われたヴェルナーは、まるで今までの辛い気持ちを全て吐き出すように自らの出自と、シュルツに対する劣等感、そして奪った者達への罪悪感を語った。

 

 

シュルツは最初こそ驚いたものの、直ぐに冷静な表情を彼に向けてる。

そして、意外な言葉を彼にかけたのであった。

 

 

 

『過ちは誰にでもある。お前の気持ちに嘘偽りが無ければ、負の感情を糧にして共に進もう。』

 

 

 

正直甘いと思った。

時代的にもスパイの末路は死以外にない。

 

 

しかしそれは同時に、ウィルキア解放軍を敵視していた国家の民衆をも、受け入れて助けてきたシュルツの優しさも内包している。

 

 

敵わないな…と思った。

 

 

自分の器の小ささに吐き気がする。

 

 

だがそれもこれで終わりだ。

 

ヴェルナーは、自らのこめかみに銃口を当てがう。

 

 

シュルツの表情が再び変わった。

 

 

 

彼は心の中で思わず笑ってしまう。

 

シュルツは自らが銃を向けられた時よりも、明らかに動揺していた。

 

 

そんな彼に世界を託したい。弱い自分よりも彼に…。

 

 

ヴェルナーは引き金を引いて行く。

 

 

シュルツは駆け出していた。

 

 

そして…。

 

 

パァン!

 

 

銃声が鳴り響き、二人は折り重なるように倒れ込んだ。

 

 

焼けるような痛みと、温かみを帯びた血液が滴る。

 

 

銃弾はヴェルナーの額を掠めただけだった。

 

 

死ぬことすら許されないのかと、悔しさを滲ませるヴェルナーが見上げた先には、シュルツの顔がある。

 

 

ヴェルナーは大きく目を見開いた。

 

 

シュルツの表情は、軍の学生時代からの付き合いである彼が一度たりとも見たことの無い顔をしている。

 

 

怒っているのだろう。

だが、それと同じくらい悲しさを秘めた表情が見てとれる。

 

 

 

それは部下に向けられるものではない。友人に向けられるそれと同様だった。

 

 

 

上手く言葉が出てこない彼に対し、シュルツは珍しく語気を強めていい放つ。

 

 

『死では何も始まらない。何も生み出さない!何も償えない!生きろ…生きろヴェルナー!生きて奴を…自分を決して赦すな!そして救え!お前が今まで取り零してきた命を救うんだ!』

 

 

 

(あぁ…やはり貴方は優しすぎる…。)

 

 

だが、同時に残酷だとも思う。

 

 

自らの罪と数多の命を同時に背負うことの苦悩に一生苛まれ続けなければならないのだから。

 

 

しかしシュルツは、それすらもきっと自らの事として背負ってしまうのだろう。

 

 

 

 

それがどの様な苦悩でも、命の灯火を消してしまうくらいなら…と。

 

 

 

ヴェルナーは艦橋から海を見渡す。

 

 

目の前にあるのは、命を育む海と、それらを奪う破壊の化身【超兵器】。

 

 

 

『理不尽な死が撒き散らされんのが我慢できねぇからここに居るんじゃねぇのかよ!』

 

 

『生きて自分を決して赦すな!そして救え!お前が今まで取り零してきた命を救うんだ!』

 

 

頭の中で真冬とシュルツの言葉が、繰り返される。

 

 

「そうだ僕は…こんな物になにもかにも滅茶苦茶にされるのは…認めない!」

 

 

 

「!」

 

筑波は、ヴェルナーの表情が変わって行くのを感じた。

彼は眼前を真っ直ぐ見つめ、倒すべき敵を見据えている。

 

 

 

「申し訳ありません宗谷艦長…。お陰で目が醒めました。」

 

 

 

『あぁ…帰ったらその寝ぼけ顔に一発食らわせてやるからな…それまでは絶対に死ぬなよ!』

 

 

 

「お約束します…必ず!」

 

 

 

通信を切れるとヴェルナーは一同に振り帰える。

 

 

「皆…情けない姿を見せて済まなかった。僕は…いや、私はもう迷わない!此より我々は、地中海に展開する全ての超兵器の撃滅に移る。力なき民衆の命を救うのだ!ここにいる誰一人も欠けること無く!」

 

 

 

彼の言葉に全員が耳を傾ける。

 

 

 

「苦難は必至だが、それでも諸君らは私と共に来てはくれないだろうか?」

 

 

暫しの沈黙の後…。

 

 

 

「「はっ!」」

 

 

 

全ての乗員が、敬礼を返した。

 

ヴェルナーは頷きを返すと再び前を向く。

 

 

「全速前進!ミサイルで弁天を援護!航空機発艦準備!電子撹乱ミサイルを準備しろ。目標は尾張!」

 

 

彼は次々と指示を飛ばし、艦内が一気に慌ただしくなる。

 

 

筑波はその様子を冷静に見守っていた。

 

 

 

(宗谷真冬…大したものだ。艦長を再起させたばかりか、通信が各艦のに筒抜けなのと、艦長への叱咤激励を利用して見事に艦隊の士気を上げおった。)

 

 

彼は横須賀でチラと見掛けた彼女の母と言われた女性を思い返していた。

 

 

 

(【来島の巴御前】宗谷真雪…か。宗谷一族とは一体何者なのだ?ただの権力者かと思いきや、一瞬目が合っただけで儂の背筋が凍る程の圧力を感じた…。その子である娘達もまた、女の身でありながら世界を左右する戦闘に大小なり関わっておる。)

 

 

 

筑波は武者震いの様なものを背中に感じながら、超兵器が暴れまわる海を見つめる。

 

 

 

(これ程の者達が我が日本帝国海軍に居てくれたなら…いや、儂としたことが感傷に浸ってしまったか。どうしても気の強い女を見ると、ハツ…お前を思い出してならんわい。)

 

 

 

ここではない遥か遠い多次元の海の彼方で、筑波の帰りを待っている妻の姿が頭を過る。

 

 

 

(ハツ…お前には苦労ばかりをかけたな…。儂は必ず戻るぞ。世界を取り戻して必ず!だから…もう少しだけ待っていてくれ。)

 

 

 

彼は日本帝国海軍の士官帽を目深に被ると、表情を軍人のそれに変え、超兵器を睨み付けた。

 

 

 

   + + + 

 

 

 

 

「凄いわね…アンタのとこの艦長。」

 

 

 

「まぁ…ね。」

 

 

真冬とヴェルナーのやり取りを聞いていたもえか達は、思わず顔を見合せる。

 

 

正直なところ、ヴェルナーの奮起はもえかにも少なからず希望を与えていた。

 

 

明乃とは違い、此方には弁天のメンバー以外は異世界の人員で構成されており、更にもえかはタカオと言う未知なる兵器にたった一人で乗艦して戦っているのだ。

 

 

不安がない方がどうかしていると言えよう。

 

それはタカオやキリシマも同様だった。

 

 

だが、彼女達の心にはある疑問が沸き上がる。

 

 

 

『なぁタカオ。』

 

 

「なによ。」

 

 

『人間は戦争になると狂うのか?』

 

 

「……。」

 

 

二人はヴェルナーの言葉をコアから引き出す。

 

 

《あなたに、戦争の何が解ると言うんだ…。毎日大勢の人が死ぬ。粉々になって、誰だったかも解らないほどに…。》

 

 

 

《街では兵士の家族は泣き叫ぶが周りの人間は【そんなのお前だけではない】と素知らぬ顔は当たり前。狂ってる!狂ってる事が当然になる!》

 

 

 

『私達がその…人間と決戦を行った時もそうだったのか?人間は泣き叫び、狂い、そして私達を恨んだのか?』

 

 

「もし、人間の性質がどの世界でもある程度共通ならそうかもね…。」

 

 

『そうか…。』

 

 

「なによ、珍しく歯切れが悪いじゃない。」

 

 

『ああ…。今なぜかは解らないが【後悔】と言うものを獲得したような気がしてな…。』

 

 

「後悔?」

 

 

『ハルナは以前、私達の世界での横須賀で私が千早群像に吹き飛ばされた時に獲得したようだが、実は私にも予兆はあった。小笠原で播磨にやられた時だ。あの時は違和感程度だったが、今は確信できる。』

 

 

 

「アンタと同じなのは癪だけど…実は私もよ。」

 

 

 

『やはりか…。当時メンタルモデルを持っていなかった私達は、何も疑問を持たず立ちはだかる人間達を一掃した。その数は数十万…いや、世界規模で見るなら数千万では下るまい。』

 

 

 

「……。」

 

 

『もしだ、それらの人間一人一人に家族が居て涙を流していて、街では死ぬのなんて珍しくない何て風潮が当然になっていたとしたら…。』

 

 

 

「…めて。」

 

 

 

『もし、私達がコンゴウ達と戦って負けて、蒔絵も千早群像もその¨当然¨とやらになってしまうとしたら、私達の今までしてきた事は…。』

 

 

 

「止めて!そんなの聞きたくないわ!」

 

 

 

タカオは激しく首を横に降りながら叫ぶ。

彼女の感情シュミレーションが¨後悔¨を反復し、コアにオーバーヒートするような熱を感じる。

 

 

メンタルモデルを得て感情を体得したことで、今まで坦々と葬ってきた人々の感情が流れ込んでくる様な錯覚に覚えてしまうのだ。

 

 

 

「あっ、う…。」

 

 

兵器である筈のタカオから涙が溢れてくる。

キリシマも歯を食い縛り、必死に感情プログラムを抑え込もうとしていた。

 

 

その時。

 

 

「大丈夫だよ。」

 

 

「もえ…か。」

 

 

もえかが穏やかで優しい笑顔をタカオに向け、手を握ってきた。

 

彼女は何故、もえかがその様な行動に出たのかが理解できない。

 

 

「どう…して?私は…多くの人を殺してきた兵器なのに、どうして私にそんな顔を向けられるのよ!」

 

 

 

「兵器なんかじゃないよ。」

 

 

「…え?」

 

 

 

「兵器は間違いを犯さない。だってそうでしょ?兵器は使い手の心によって使われる物だから。兵器には本来、間違いとか正しいを判断は出来ないと思うの。」

 

 

 

「でも私は現に…。」

 

 

 

「うん、そうだね。話だけしか聞いていないから、私にもあなた達の戦いがどう言うものだったのかは解らないし、仮にその話が真実だとすればいけない事だと思うよ。」

 

 

 

「だったら!」

 

 

「でもねタカオ。さっきも言ったでしょ?兵器に間違いと正しいは判断出来ない。それは本来¨人間だけが持ち得る概念¨だから。」

 

 

 

「!」

 

 

タカオは涙で潤んだ瞳を大きく開く。

 

 

 

「人間は弱いよ、間違えるんだよ。今も昔もね…。それで多くの命を失って、それで気付いて。そして間違いを正して成長してきた…今も昔もね。あなた達は、自分の間違いに気付いた。それは兵器には不可能な事だと思うの。だから…。」

 

 

「アンタは私のこの姿しか見ていないからそんなこと言えるのよ!見て!この兵器で武装されたこの船体も含めて私なのよ!?それでもアンタは私の事、兵器じゃないって言えるの!?」

 

 

 

「………。」

 

 

もえか少し目を閉じる。

 

タカオはまるで玩具をねだる子供の様に、彼女答えを求めた。

 

 

そして目を開いたもえかの目の前には、涙で潤み一層美しさを増したオーシャンブルーの瞳が此方を覗いている。

 

 

「うん言えるよ。」

 

 

 

「嘘よ!そんな筈ない!」

 

 

「嘘じゃないよ。だって兵器は現在装備している兵装を進化させることが出来ない。より成長するには、一度ドックで改良する必要があるから。でもあなた達は違う。」

 

 

 

「………。」

 

 

 

「あなた達は、初めからメンタルモデルを持ち、感情を持つプログラムを持ち合わせていた。使かおうと思わなかっただけでね。人間も似たようなものだよ。」

 

 

「人間と?」

 

 

「うん。人間だって赤ん坊の時は感情は無い。色んな経験をつんで徐々に複雑な感情が育まれ行くんだよ。だからタカオ、あなた達は兵器じゃない。」

 

 

 

「もえか…。」

 

 

 

「きっと解り合える。だからきっと、千早艦長も海に出たんじゃないのかな。」

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 

タカオは、自分に手を差し伸べた一人の少年の顔を思い浮かべた。

 

 

 

「マイ…アドミラル。」

 

 

 

その顔には霧の艦艇であるタカオへの畏怖も、強大な力を利用しようとする謀を帯びた表情もない。

 

 

純粋に、タカオという個へ訴える真っ直ぐな目をしていた。

 

 

 

彼女の頬に赤みがさし、表情に自信が蘇ってくる。

それはキリシマも同様であった。

 

 

 

「艦長…私は、必ずあなたの下へ帰る!」

 

 

『蒔絵…私は、必ずお前の処へ帰る!』

 

 

 

「『だから!』」

 

 

二人は目の前の敵を見据えた。

 

 

 

「『こんなところで、沈みはしない!』」

 

 

 

状況は整った。

 

 

もえかはそう確信する。

 

 

 

「もえか!」

 

 

「うん!私達はプラッタ級を撃沈。キリシマは尾張の牽制を!」

 

 

 

「『了解!』」

 

 

二人はもえかの声に大きく頷く。

 

 

 

『知名艦長!』

 

 

 

「ヴェルナー艦長!?」

 

 

『はい。作戦が有ります。このままでは殺られる。キリシマを尾張から遠ざけ、プラッタ級を撃沈してください!』

 

 

 

「え?でもキリシマを下げてしまったら航空機型超兵器が…。」

 

 

「電子撹乱ミサイルを使います。あれは着弾点を中心に一定距離と時間、電子機器を狂わせる。例え電磁防壁を通過出来なくとも、電子機器の塊とも言える航空機型超兵器の発艦を止められるかも知れません。」

 

 

 

「…解りました。此方も出来るだけ早くプラッタ級を撃沈し、援護に回ります!」

 

 

 

『お願いします。』

 

 

 

通信を終えると、もえかはキリシマにプラッタ級の撃沈を指示する。

 

 

「それにしても、プラッタ級じゃ区別が付かないわね…。私達に指示をする上でも、固有の名詞をつけた方がやり易いわ。」

 

 

 

「う~ん。以前は【マレ・ブラッタ】て呼ばれてたみたいだけど…。」

 

 

 

もえかは暫く考えると、顔を上げた。

 

 

 

「キリシマに追って貰うのを【シャドウ・ブラッタ】私達が追うのを【パーフェクト・プラッタ】残りを【サイレント・ブラッタ】でどうかな?」

 

 

 

「完全に見えないからパーフェクト…ね。私には見えちゃうんだけど…まぁいいわ。其々にマーカーを付けて表示するわね。キリシマ、アンタにも送るわ。」

 

 

チ…。

 

 

『確認した。正に影を追う戦いってやつか…。まぁいずれにせよ、私達には貴重な経験だ。後で共有戦術ネットワークにアップロードするのを忘れるなよ?』

 

 

 

「はいはい、解ったわよ。それじゃもえか、行くわよ!」

 

 

「了解!」

 

 

ヂ…。

 

 

 

タカオの瞳が淡く輝き始める。

 

 

(見つけた!)

 

 

彼女は砲身を敵に向け、狙いを定める。

 

 

 

「砲の先にいるわ。撃つわよ!か、艦長…。」

 

 

「うん!…え?今、タカオ…。」

 

 

 

「い、今だけよ!わ、私の艦長は、本当は¨あの人¨だけなんだから〃〃ただアンタの事は信用してるわ。私の艦長よりちょっとだけ下だけどね…だ、だから今だけは、アンタの事、私の艦長だって認めてあげるわよ〃〃」

 

 

顔を赤くしながらプイッと横を向くタカオに、もえかは笑顔を向けた。

 

 

 

「うん…ありがとうタカオ。それじゃお願い。」

 

 

 

(命令ではなく¨お願い¨…ね。ズルいわよ。それじゃまるであの人みたいじゃない!)

 

 

 

主砲であるレーザーにエネルギーが集束して行く。

狙いに狂いは無かった。

 

 

タカオは表情を引き締め超兵器を見据える。

 

 

 

「発射!」

 

 

 

バッヒュゥゥン!

 

 

レーザーが一直線に超兵器に向かい、電磁防壁と衝突する。

 

 

ブゥオン!

 

 

パーフェクト・プラッタの姿が一瞬だけ現れ、また消えた。

 

 

 

「!!!」

 

 

 

「どうしたのタカオ?」

 

 

 

「動き出した…って何よあの速度と動きは!」

 

 

 

「え?どこ?私には何も…。」

 

 

彼女見据えた先には何もないただの海が広がっている。

プラッタ級の弱点とも言える航跡も、動いているにも関わらず見つける事が出来なかった。

 

 

それよりも、タカオの口にした情報にもえかは更に驚愕することになる。

 

 

 

「見える…敵速101kt、その速度でジグザグに動き回っているわ!」

 

 

 

「ひ、101kt!?」

 

 

正に¨プラッタ¨の名に相応しい機動性だった。

 

 

タカオは、レーザーだけではなく、ミサイルも使用しながら敵を攻撃するが、見事にかわされている。

 

 

更にだ。

 

 

超兵器の速度はタカオを遥かに上回っており、距離を取られる事で此方の攻撃を回避することを容易にしていたのだ。

 

 

 

(時間が取られる…。早く皆の援護に向かわなくちゃいけないのに…。)

 

 

 

もえかは内なる焦りを何とか堪えながら見えざる敵との戦いに身を投じた。

 

 

 

 

 

   + + +

 

 

「艦長、キリシマが尾張から離れました。」

 

 

 

「電子撹乱ミサイルの準備は?」

 

 

 

「万端です。いつでも行けます!」

 

 

 

ヴェルナーは大きく頷いた。

 

 

 

「これ以上の超兵器を投入されれば、戦線の維持がより難しくなる。なんとしても航空機型超兵器を発艦させるわけにはいかない。」

 

 

 

「そうですな…。」

 

 

 

「これで少しは時間を稼げれば良いが…。」

 

 

「艦長、発射準備完了です!」

 

 

「よし、目標、超兵器尾張。電子撹乱ミサイル発射!」

 

 

 

ブッシュォォォ!

 

 

 

メアリースチュアートから発射されたミサイルが尾張に飛翔し防御重力場と衝突する。

 

 

ビィィイン!

 

 

衝突と同時に、尾張の周りには強烈な電磁パルスが撒き散らされた。

しかし、超兵器本体は電磁防壁で守られている。

 

だがこれで、事実上尾張の航空機と航空機型超兵器の発艦は不可能になった訳であるが、ヴェルナー達の表情は硬い。

 

 

 

「敵の動きは取り敢えず封じた訳ですが…。」

 

 

「ええ…¨簡単すぎる¨。尾張からこれといった迎撃が無かったことも不気味ですな…。」

 

 

「ただ当面の道筋は立ちました。超高速超兵器とプラッタ級、そして大量の小型艇の撃破。先ずはそれを確実に成します。」

 

 

 

強気に言っては見たものの、二人は言い知れぬ不安に駆られる。

 

 

 

   + + +

 

不安に駆られていたのはヴェルナー達だけではない。

 

 

大量に現れた小型艇を撃沈する為に発艦した一宮もそれは同様だった。

 

 

 

「電磁パルスに殺られるぞ!尾張周辺には絶対近付くな!」

 

 

 

『『了解!』』

 

 

 

一宮は、部下達に指示を飛ばすと、上空から戦況を見つめる。

 

 

 

(多数の小型艇…厄介だな。恐らくは各々に水雷 ミサイル 対空 迎撃と役割が分かれている筈だ。不意を突かれないようにしなければ…。)

 

 

 

航空機戦力が皆無な世界にいる以上、パイロットである自らの存在意義は計り知れなくなる。

 

一人とて失うわけにはいかない。

 

 

だがそれ以上に、一宮には気掛かりな事があった。

 

 

 

(尾張が…いや、超兵器と戦うこの戦場全体が北西へと移動している?このままではティレニア海に入ってしまう。大方艦隊旗艦との合流が目的なんだろうが、本当にそれだけなのか?)

 

 

 

様々な疑問が、幾多の戦場を生き抜いた一宮の脳裏に浮かび上がる。

 

 

しかし、一宮はそれらの疑問を打ち払った。

 

 

 

(今は目の前の任務に集中しなくては…。全く、こんな事で動揺してちゃあ江田に顔向け出来ないな…。)

 

 

 

彼は一度呼吸を整えると、迫り来る小型艇を見据えた。

 

 

 

「よし、敵が射程に入った。総員、攻撃準備!対空ミサイルに注意しろ!誰一人欠けることは許さん!いいな!」

 

 

 

『『了解!』』

 

 

 

一宮が率いるジェット機の部隊は降下を開始し、一気に速度を上げていった。

 

 

 

   + + +

 

 

「この…野郎!」

 

 

 

弁天は、執拗に攻撃を仕掛けてくる二隻の超高速超兵器に苦戦していた。

 

 

 

「噴進魚雷、攻撃始め!」

 

 

 

「噴進魚雷、発射始め!」

 

 

 

弁天から勢い良く噴進魚雷が発射され、敵に向かって行く。

 

 

しかし、ルフトシュトロームの小型レーザーによってそれらは瞬く間に撃墜され、直ぐ様ヴィンディヒが攻撃を返してくる。

 

 

 

「畜生…。攻撃が通らねぇ。」

 

 

 

せめて相手が一隻なら…。

真冬は内心焦りが生じる。

 

 

 

その時だった。

 

 

「あっ!」

 

 

平賀の顔がメアリースチュアートの方角へと向き、真冬もそちらに視線を向ける。

 

 

それと同時に、メアリースチュアートから数多の攻撃が超兵器に殺到した。

 

 

 

「多連装噴進砲、バルカン砲、多弾頭ミサイルをルフトシュトロームに向けろ!弁天を援護する!」

 

 

 

ヴェルナーは、連射性の高い兵装を一気にルフトシュトロームへと発射させた。

 

 

敵は凄まじい弾幕を迎撃して凌いでいる。

だが、それだけだった。

 

 

すかさずヴィンディヒが砲撃を撃ち返そうと向かってくる。

 

そこへ…。

 

 

 

ボォン!

 

 

ヴィンディヒを爆煙が包む。

 

 

「漸く一発…くれてやったぜ!」

 

 

真冬がニッと歯を剥き出しにする。

 

 

反撃は、二隻の連携が崩れた今しか無かった。

 

 

 

「通常魚雷用意!喫水下を狙う。目標はルフトシュトローム!攻撃始め!」

 

 

バシュッ!バシュッ!

 

 

弁天から魚雷が発射される。

 

 

メアリースチュアートへ向かっていたヴィンディヒも、猛烈な攻撃を受けているルフトシュトロームも、対応が出来ない。

 

 

 

「行け!」

 

 

 

真冬は叫ぶ。

 

 

爆音によって感度が低下した超兵器のソナーは魚雷の接近を察知していない。

 

 

 

魚雷は瞬く間に加速し、超兵器へと突き進み。

 

 

 

ドボォン!

 

 

炸裂した。

 

 

水柱が複数上がり、超兵器が傾き始める。

 

 

メアリースチュアートの攻撃によって防御重力場が上手く作動せず、高速に特化したその船体の薄い装甲は意図も簡単に破れてしまった。

 

 

船体が傾くなか、ルフトシュトロームは逃走を計ろうとする。

 

 

「逃がすか!ここで決め手や…。」

 

 

《ze…艦…イc…j…退…セy…。》

 

 

「あ?なんだ?今のは…。」

 

 

「何か…頭で。」

 

 

「これは…もしや!」

 

 

もえか 真冬 ヴェルナーの三人は突如として頭に直接響くような声を聞いた。

 

 

 

《目標地点ヘノ到達ヲ確認。【Fegefeuer作戦】ヲ開始セヨ…。》

 

 

 

 

 

「?」

 

「!!!」

 

「!?」

 

 

 

三人は、思わず体が硬直する。

 

 

(これは超兵器の意思なのか?)

 

 

気付けば、超兵器達は異世界艦隊から距離を取り始めていた。

 

 

弁天からの攻撃を受けたルフトシュトロームも、浸水によって速度を落としながらも、離れて行く。

 

 

 

「まずい…。」

 

 

思わず口から出た言葉だった。

 

 

筑波が険しい表情で、ヴェルナーの言葉の真意を問おうとした時。

 

 

 

「報告!重巡タカオからです!小型艇を含めた超兵器艦隊のミサイル発射官が大量に開いたとの事!」

 

 

 

「一体何を…何をする気なんだ!」

 

 

彼の問いに答えを出せる者は誰一人としていない。

 

 

艦隊に極限の緊張と不安が再び襲い掛かるのであった。

 




お付き合い頂きありがとうございます。


クロスの醍醐味は、各原作の良いところを合わせ持てる所にある訳ですが…。

一方で、世界観の違う人々が一緒の世界に合わさる事による不一致。

これはどうしても描かなければならないと思っていました。

それが西進組の面々に主人公格を入れなかった理由であり、東進組とは対照的な点です。

要所に燻る様な形で書いてはいましたが、今話にてヴェルナーがいよいよ爆発しました。


真冬が上手く纏めていなければ今頃は…。


ともあれ、彼女達の世界観の隙に乗じて攻めてきた超兵器艦隊。


更なる追い撃ちに対し、異世界艦隊はどう向き合って行くのか。



次回まで今暫くお待ちください。



そして改めまして、私の作品を呼んで下さったら皆様のお陰で、二度目の正月を迎えられました事を、慎んで御礼申し上げます。


それではまたいつか

































とらふり!




もえか
「もう、どうすればいいの?助けてミケちゃん!」 


タカオ
「い、今こそ艦長のお力が必要なのよ!」



キリシマ
「ハルナ~。蒔絵~。」



ヴェルナー
「先輩がいないと、僕は…僕はぁぁあ!」




真冬
「うるせぇ!ナヨナヨしてんじゃねぇ!」



ヴェルナー
「ひっ!」



真冬
「そんなテメェらには、根性を注入してやる…ジュルリ…ハァハァ。」



キリシマ
「なんか最後に怪しい台詞が入ったぞ…。」




真冬
「うるせぇ!全員きおつけっ!回れ右!よぉし!始めるぞ!」



タカオ
「ちょっ、何する気よ!」


もえか
「もうヤダ…。」



真冬
「根性ぉおお!注ぅ入ぅぅう!…根性、根性、根性、根性、根性。」



もえか
「んっ…あっ!ふぅ…んっんっ!ちょっ真冬艦長…ダメ!…こんなのっ、あっ、ぁぁあ!」



タカオ
「!?さ、触らないで!えっ?えっ?だ、ダメ!艦長以外は赦して無いんだからぁ!イヤァ!」



キリシマ
「くっ…大戦艦がこんな屈辱…堪えられない。てかどうやって3人同時に…やっ!もう、もうよせ!止めろぉおお!」



真冬
「オラオラァ!まだまだ足りねぇぞ!根性ぉおお!」



もえか&タカオ&キリシマ
「んああああっ!」



クタァ…。



真冬
「フゥ…久しぶりにスッキリしたぜ!あ?何でテメェは直立してんだ?」



ヴェルナー
「あなたがやれって言ったんでしょう?」


真冬
「馬鹿野郎!男の硬い尻に興味なんかねぇよ!」



ヴェルナー
「な、何ですか!僕だってあなたみたいな人じゃなくて先輩にして貰いたかったですよ!それを我慢して受け入れようとしたのに…これはあんまりだ!」



真冬
「んだとテメェ!」


ヴェルナー
「何ですか!」



タカオ
「ハァ…ハァ。ねえ、の二人、実は仲良いのかしら…。」


もえか
「ハァ…ハァ。そ、そうかも…しれない。」



キリシマ
「くっ…人間の、ハァ…ハァ、感情は…理解不能だ。」



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