トライアングル・フリート   作:アンギュラ

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大西洋玄関口編 後編であります。


今回は本編の最後にちょっとだけ短編を入れました。


それではどうぞ


動き出す影

   + + +

 

ブリーフィングルーム

 

シュルツは先のハワイにおける報告書に目を通していた。

 

 

――コンコン!

 

 

 

ドアをノックする音がして一人の女性が入ってくる。

 

 

 

「失礼します。シュルツ艦長、今宜しいでしょうか?」

 

 

「宗谷副長……ええ、構いませんよ。どうされましたか?」

 

 

「あの、昨日のミサイルの件だったのですが……あ、あれは一体何なのですか?シュルツ艦長は仰った。超兵器には、大陸を破壊する兵器と、都市を呑み込む兵器があると。実はそれ以外にも、大量の犠牲が発生しかねない兵器が有るのではないですか?」

 

 

「……」

 

 

 

 

シュルツは急に険しい表情になる。真白は彼の表情からその存在を確信した。

 

 

 

 

「答えて下さい!」

 

 

 

 

真白は彼に詰め寄る。シュルツ観念したかのように語り出した。

 

 

「【核兵器】です」

 

 

「カク兵器?どの様なものなのですか?」

 

 

「数種類存在しますが、原子の中心部の核に人工的処理を施し、核を分裂又は別の素粒子を融合させる。その化学反応の過程で生じる莫大な熱量や爆風を利用して敵を大量に殺傷する兵器の総称です」

 

 

 

 

真白はイマイチピンと来ない反応をするが、彼にとってはその反応も想定内だった。

 

 

 

 

 

「疑問に思うのは尤もです。この世界の歴史の軌跡は、第一次対戦で大まかな戦争は終結していますからね。ですが、我々の世界では遺憾ながら使用された。そして日本がその最初の犠牲となったのです」

 

 

「に、日本がですか!?」

 

 

「はい、最初は広島に……次は長崎で一発。計二発の爆弾で日本はあっさり降伏しました。それはそうでしょう。広島で14万人、長崎で9万人計23万人の命が一瞬のうちに失われたのですから」

 

 

「ば、馬鹿な!そんなに凄まじいものなのですか!?」

 

 

「この人数は飽くまでも投下された年に亡くなられた人数です。この兵器の恐ろしい所は実は別の所にある。それは【放射線】です」

 

 

「放射線?」

 

 

「一番身近な放射線は、日光でしょう。太陽も核反応で熱を出していますからね。尤も、原子で構成されているものは大小あれど放射線を放つ。浴びたくないなら霊体にでもなるしか無いわけですが――そしてそれは人体に悪影響を及ぼす。身体の免疫を破壊して病気に掛かりやすくなるし、直そうとする人体の機構を機能できなくする。簡単な風邪すらも致命傷になってしまうんです。それらの影響や、重度の火傷等を含め、投下されてから5年間の間に、広島で20万人、長崎で14万人が亡くなりました。」

 

 

「……」

 

その被害の凄まじさに、真白は言葉が上手く出てこない。

シュルツはそんな真白に構わず続ける。

 

 

「だが日本に投下されたこれは、まだ程度の低い代物です。現在は威力が数段上がり、小型化されてミサイルや魚雷の弾頭として発射可能なまでに進化を遂げています。もし、あのミサイルに核兵器が搭載されていてハワイに着弾したならば、恐らくハワイは壊滅したでしょう。あのアメリカ艦隊にしても、核弾頭が搭載された魚雷を受け、舜殺されています」

 

 

「そ、そんな……」

 

 

 

真白はショックを受けたように頭を押さえてフラフラとよろめく。

 

 

 

もしあの時、ミサイルの撃墜に失敗していたらと思い、恐怖の念が押し寄せてきたのだ。

 

 

 

それと同時に、そんな重要なことを隠匿していたシュルツに対し、怒りの感情が込み上げてくる。

 

 

「な、なな……」

 

 

「宗谷副長?」

 

 

ガシッ!

 

「!!?」

 

 

 

 

真白はシュルツの胸ぐらに掴み掛かかって叫んだ。

 

 

 

 

「何でそんな重要なことを隠していたんですか!報告があればもっと警戒を強化する事だって出来た!撃墜に失敗したときの事は考えてなかったんですか!」

 

 

「その事に関しては、弁明もしようが有りません……私の配慮が足りず、本当に申し訳有りませんでした」

 

 

「謝って済む問題では――」

 

 

「ですが。この件は出来るだけ内密にする必要があった。この世界を¨人間の手¨によって滅ぼさない為にも」

 

 

「それってどういう――」

 

 

「知識さえあれば、この世界の人々でも容易に量産が可能だからですよ。それは、超兵器の使用する光学兵器や波動又は重力兵器よりも簡単に。この世界の人々がその危険性を理解せずに量産し、戦争で大量に使用されれば、超兵器等使わなくとも世界は滅亡する」

 

 

「わ、我々はそんなことの為に使ったりはしない!」

 

 

「言いきれますか?核技術の厄介なところは、兵器以外の……そうですね、人々の役に立つ技術にも使う事ができる点にある。身近な所にそれが使われているのですよ?」

 

 

「身近な所に?」

 

 

「なるほど。それが¨はれかぜの機関¨って訳かぃ?」

 

「!」

 

 

 

 

真白が振り替えると、いつのまにか麻侖がドアに寄りかかるように立っていた。

 

 

 

 

「柳原機関長……」

 

 

「あんたの言いてぇこたぁ理解した。キナ臭ぇとは思ってたんだ。副長、あんた横須賀からこっち、はれかぜやウィルキアの艦が港湾施設で燃料を補給している姿を見た事があるか?」

 

 

「あっ……」

 

 

「だろ?それにな、硫黄島演習の前日に、ウィルキアの機関技師に機関をバラして中身を見てぇって言ったら。バラすと大変な事になるから絶対にバラすなって念押しされちまってな。釜焚きとしちゃあ、てめぇの機関の事は隅々まで知っておきてぇってのが性ってもんよ。それをダメだなんて言われちゃぁ気分が悪ぃってんで、よく覚えてんでぃ。そのくせあの機関ときたら、今まで見てきたどの船よりも凄まじい出力を出しやがる。艦内の電力だってそうだ。もし、こいつが発電目的で国内に有ったら、エネルギー事情を抱えた日本の立場が引っくり返るほどの代物って訳だ。そしてそれが、あんたが最も懸念していた事案って奴だろ?」

 

 

 

 

 

麻侖は不機嫌そうにシュルツを睨む。

彼は麻侖の推察に一瞬目を見開き、そして頷いた。

 

 

 

 

「その通りです。同じ技術で人を生かしも殺しもする。故に、人間が一度この技術を手にすれば、自ら破棄するのは極めて難しい。それに――」

 

 

「ははぁん。見えてきたぜ!あんたの言いてぇ事がな。つまりアレだろう?各国が、エネルギー目的で核技術を取得し、それを¨兵器転用¨する未来ってやつを危惧してんだろう?まずは、俺達日本のブルーマーメイドが、エネルギー分野を目的として核技術を持ち帰る。それに着目した各国に圧力をかけられて技術が世界に拡散、兵器に転用され戦争に使われる。あんたが描いたシナリオはこんなとこだろう。だからあんたらは、航空機の技術拡散は遅滞させても止めはしなかったし、航空機を迎撃するシステムを各国に提供して、航空技術の発展を遅滞させると同時に、核技術から目を背けさせた」

 

 

「……」

 

 

「だが一つ誤算だったのは、以外にも早く超兵器が核を使用してきた事だったんだろう?そしてそれを俺達に公表するかしないか考えあぐねていたってとこだな」

 

 

「鋭い洞察力ですね……」

 

 

「へへっ、どんなもんでぃ!」

 

 

「ま、待ってくれ!あ、頭がついていかない……」

 

 

 

 

真白はいよいよ頭を抱えてしまう。

 

 

シュルツは、眉を潜めながらへりこんだ彼女に手を差し出して椅子に座らせた。

 

 

 

 

「柳原機関長の仰る通りです。しかし、報告を怠った落ち度は私たちに有ります。本当に申し訳有りませんでした……ですが宗谷副長。我々は核技術をこの世界に広めるつもりは毛頭無い。例え、世界の抱えるエネルギー問題を一挙に解決出来るとしてもです。恐らくこの世界の人類も、実際に自分達が使って被害の大きさを目の当たりにしない限り核の使用を躊躇わないでしょう。そして将来、核を抑止力として保持して使用を制限したとしても、最初の犠牲に成った方々は決して帰っては来ない。この世界には、我々の世界と同じ過ちは犯して欲しくないのです。もう……あんなのは御免だ」

 

 

「……」

 

 

「宗谷室長には、後から正式に説明と謝罪を行います。だからそれまでは迂闊には口外しないで頂きたい。そして誓ってください。世界の平和と安定を堅持してきたブルーマーメイドは、核技術の世界の拡散を必ず防ぐと!」

 

 

 

真白は複雑な思いを抱いた。

 

 

 

表向き平和な日本に於いても、高額な外国製品が多数を占め、それを買わざるを得ないのは、日本のエネルギー自給率が極めて低いのを諸外国から見抜かれて足元を見られている事は確かなのだ。

 

 

 

国民も薄々はそれを自覚し、日々の生活をジリジリと圧迫する各国に不満を抱くものは少なくない。更に、日露戦争の敗北から100年以上が経過し、戦争の悲惨さや残酷さが薄れ行く現代では、国内世論が自国を圧迫する諸外国との戦争を後押しする傾向が有るのも確かだった。

 

 

 

ここで、原油に頼った電源ではなく、それに変わるベース電源を確保できる技術を得れば、結果的に雇用の創出とエネルギー面で優位な諸外国と対等に近い立場での話し合いを持てる可能性が出てくる。

 

 

 

それは外国に不満を持つ過激思想の抑制に繋がり、偶発的な衝突に端を発する戦争の回避に繋がるだろう。

 

戦場が海上になる可能性が高い日本にとって、ブルーマーメイドがそれを抑制するためには発電に関する核技術の提供は喉から手が出る程欲しい物だった。

 

しかし、先のシュルツの言にあった通り、リスクは極めて高く、真白は葛藤していた。

 

 

(どうする。艦長なら一体どう答えただろうか……)

 

 

 

 

 

その時真白の頭には、人々を救うために奔走する明乃の姿が写った。

汗にまみれて涙を流すことがあっても、救うべき人の前では気丈に笑い、そして希望を与え続ける彼女の姿が……

 

 

 

 

 

(そうだ。艦長は核など望まない。それよりもずっと人類の未来へ進む力を信じてる。たから私も――)

 

 

 

 

真白は決意の表情でシュルツに相対する。

答えはすでに決まっていた。

 

 

 

 

「解りました。我々は決して、核技術を保持したりはしませんし、開発を察知すればブルーマーメイドの名の下に必ずや阻止します!」

 

 

シュルツは、安堵の表情を見せ、麻侖もニッと笑う。

 

 

 

真白自信の心も、この戦いの中で確実に成長しているのだった。

 

 

 

   + + +

 

 

「私達に内緒で何を画策しているの?正直に答えなさい!」

 

 

 

 

銃口を向けてくる真霜に対し、エドワードは対応に苦慮していた。

 

 

 

 

 

(裏切りの話をするべきか……いや、宗谷室長がクロでないという確証がない。不用意な発言はしたくないが、何せ分が悪い……)

 

 

エドワードと真霜の距離はおよそ8m。

 

 

武器を奪うにしても遠すぎるし、屋上で逃走を計るのは論外。

 

 

真霜はエドワードを狙うのに最適の場所にいた。

 

 

 

 

 

至近距離では横方向に逃げた場合に、照準をずらす為の腕の移動を多く取らねばならず、かといって遠方では外れる可能性もある。

 

 

それ故に8mと言う距離は一対一の状況において最善の距離であった。

 

 

 

 

更に――

 

 

 

(チッ……照準が無難だな。逃げ切れない)

 

 

映画などでよく頭を撃ち抜くシーンがあるが、頭蓋骨は弾が滑りやすい上に、的が小さい頭を狙うのは余程のプロフェッショナルか、高威力の銃を使用しない限り現実的ではない。

 

 

 

しかし真霜は、銃口の照準をエドワードの胴体の中心に合わせていた。それならば身体の何処かには必ず命中し、一部にでも当たれば身動きが取れなくなる事は明白だった。

 

 

 

少しでも距離を詰めなければならないとエドワードは思案する。

 

 

「な、何を……落ち着いて話し合いまし――」

 

「質問にだけ答えなさい!」

 

 

 

 

真霜は一向に取り合わなかった。

ここでエドワードに一つの疑問が浮かぶ。

 

 

(強引すぎるな……例えここが自分達の世界で我々が法の対象外だとしても、スキズブラズニルで事を起こす事は利に叶わない。それに実質的トップである私を殺害または人質するよりも、シュルツ艦長やガルトナー司令を人質にとった方が効率がいい。彼女が超兵器のマリオネットであるとするなら余りにも非合理的だ。だとすれば現在の彼女の行動は、探りに近い。大方、勘の良い真冬艦長の助言があっか、自身もその直感に従い私を揺さぶっているのかだ。故に――)

 

 

自身が危害を加えられる可能性は低い。そう考えたエドワードは冷静さを取り戻す。

 

 

「解りました。ですが、どの様な事に関して疑われているのかを明らかにしていただかなければ答えようが有りません。元来、政府や軍は余り表沙汰に出来ない内容を内包している事はご存じでしょう?」

 

 

 

 

ここで初めて、真霜の眉がピクリと動いたのを彼は見逃さない。

 

 

 

 

「お話頂けますか?宗谷室長。どういう理由が有るのですか?私は武器など所持していません。丸腰です。具体的に言ってくだされば正直に答えるとお誓いします」

 

 

 

 

 

エドワードは両手を上げ、攻撃の意思が無いことをアピールする。

真霜は依然として銃を構えてはいるが、幾分は表情が和らぐ。

 

 

 

 

「何があったの?」

 

 

「と、言いますと?」

 

 

「ちょうど播磨を沈めて欧州への出発を判断する時期からよ。ウィルキアの兵士の視線をよく感じるようになったわ。最初は違和感だった。だけど真冬から最近監視を受けている気がすると連絡を受けて確信に変わったの。あなた達は敵じゃない。敵であったなら、北極海の超兵器を起動するまで、そこで防衛を他の超兵器と行えばいい。それは解っているわ。でも、だからこそ解らないのよ。あなた達が私達を監視する理由が。確証が無い以上、お互いの不安は亀裂を生むわ、今の私達の様に」

 

 

 

 

すると真霜はおもむろに引き金を引いた。

 

 

カチッ!

 

 

 

 

「!!?」

 

 

 

 

発砲音は聞こえなかった。真霜は端から撃つ気など無かったのだ。

 

 

 

彼女が求めていたのは真実を聞き出す事、そして自分達の信頼関係が意外にも脆い事を異世界艦隊に知らしめる必要があったのだ。

 

 

 

 

(首相と相対した時は、交渉屋の才能は無いと思っていたが……自国の人間よりも他国を相手にした時に真価を発揮するタイプか)

 

 

 

 

エドワードと言えど、この世界の情勢を完璧に理解しているわけではない。故に、日本のブルーマーメイドが、日本近海の海洋資源を狙う他国との荒事を含んだ事案に特化している事を失念していたのだ。

 

 

 

 

「話して頂けますか?クランベルク外交官」

 

 

「ふぅ……解りました。お話いたします」

 

 

 

 

 

エドワードは真霜に事の経緯を話し、彼女はその内容に驚愕した。

 

 

 

 

「裏切り!?有り得ません!ブルーマーメイドの中にそんな――」

 

 

「残念ながらそれしか可能性が有りません。何せ異世界人である私達には、生物を滅亡させるメリットがない。後ろ楯が無い以上、私達とていずれは某かの組織に与しなければならないですし、千早艦長にしても我々にしても、元の世界にやり残した事が有りますので……それで我々が調査をした結果、超兵器と通じている可能性が有るのは、ブルーマーメイドで真っ先に情報を知り得る上位の存在が怪しいと睨んでいました。宗谷室長、あなたもそのリストに入っています」

 

 

「岬さんの事はどう考えているの?」

 

 

「疑ってはいません。もし彼女が超兵器の影響を受け、内部崩壊や我々を罠に掛けたいのであれば、¨超兵器の干渉¨の件は伏せていた方が都合がいいですからね。彼女の申告が我々の超兵器に対する認識を新たなものにした事を思えば、除外は当然でしょう」

 

 

「だとすれば一体誰が……」

 

 

「断定はしていません。ですがあなたとこうしてコンタクトを取ったことで事態は進展するでしょう」

 

 

「何か私にして欲しいことが有るんですね?」

 

 

「はい。岬艦長を例に挙げれば、内通者は過去に何らかの形で超兵器と接触していた可能性のある人物です。過去の経歴に妙な欠落点や不審な点のある人物を探って頂きたい」

 

 

「解りました。身内を調べるのは気が引けてしまうのですが……有事ですので」

 

 

「嫌な役を押し付けてしまい申し訳ありません……」

 

 

「いえ……そんな事よりも、今回からは隠し事は無しですよ?お互い武器を持つもの同士、信頼がなければ大惨事になる可能性も有るのですから」

 

 

「肝に命じます。御詫びと言ってはなんですが、暖かいコーヒーなど如何ですか?夜風で身体が冷えてしまいましたから」

 

 

「あら。いいんですか?最近仕事続きで、コーヒーは欠かせないんです。ではお言葉に甘えさせて頂きますわ」

 

 

 

 

 

笑顔で答えた真霜に先程迄の鋭い表情は何処にもない。

 

 

 

 

 

(全く……末恐ろしいお嬢さんだ。私の世界にも彼女程の女性がいれば、世も変わっていただろうに……)

 

 

エドワードは真霜を横目で見ながらそんなことを思う。

 

 

 

二人の思わぬ緊張の夜はこうして更けていった。

 

 

   + + +

 

 

401ブリッジ

 

 

 

群像達はパナマ突破を前にブリーフィングを行っている。

 

 

 

 

「それでは始めよう。先ずは僧、頼む」

 

 

「お任せ下さい。この世界での大西洋の海図や潮流情報はブルーマーメイドから取得済みです。我が艦の航行に支障は有りません」

 

 

「よし、次は杏平」

 

 

「火器管制システムオールグリーン。侵食魚雷もたっぷり補充した。何時でも行けるぜ!」

 

 

「静」

 

 

「はい、ソナーシステムも良好です」

 

 

「いおり」

 

 

「重力子エンジンもバッチリ!でもあんまり無茶させちゃダメだからね!」

 

 

「江田さん」

 

 

「セイランの操縦は、ハワイで大体掴みました。心配有りません」

 

 

 

「イオナ」

 

 

「クラインフィールドの正常な起動を確認……全システムオールグリーン。401起動、いつでもガッテン」

 

 

「戦闘に問題は無さそうだな。次にヒュウガ。最新の研究結果を教えてくれ」

 

 

「解ったわ」

 

 

 

 

ヒュウガは白衣を翻して前に進み出る。

 

 

 

 

「まだ確定じゃないけど、蒔絵やブラウン博士からの仮説を総合的に判断するなら、超兵器には時空だけでなく¨時間に干渉¨出来うる力がある」

 

 

「なに!?」

 

 

 

 

群像だけではなくブリッジにいる全ての者が驚愕するも、群像だけは直ぐに冷静な表情に戻る。

 

 

「それはあり得ない。もしそれが可能であるなら、未来の結末を知りうる超兵器に勝てる訳がない。若しくは、我々の下に過去 現在 未来のあらゆる時間軸から、超兵器を多数世界に送り込めば、あっという間に世界を掌握することが可能になってしまう。違うか?」

 

 

群像の問いにヒュウガはニッと笑う。

 

 

「流石ね。でもまだ説明は終わってはいないわ。時間軸への干渉はとても危険よ。下手をすれば事象の変化やパラドックスによって、歴史が分岐する可能性もある。過去への干渉で超兵器が存在しなかった世界が生まれたり、中には私達の世界の様な超兵器を脅かしうる世界だってね。故に超兵器は自身の存在を確定する為に過去と未来への干渉を禁じている可能性が高いの」

 

 

「だが、岬艦長には過去に……」

 

 

「勿論その点は考慮したわ。仮説でしかないのだけれど、超兵器は同時進行している並行世界にのみに干渉しているんだと思うわ。そして先ず憎悪の種を撒き、戦争の火種をが芽吹いたタイミングで侵攻を開始する。この世界の前はウィルキアってとこかしら」

 

 

――ちょっと待てよ!

 

 

 

杏平が割って入った。

 

 

 

「辻褄が合わねぇんじゃねぇか?ウィルキアは、現在北極海にいる超兵器を倒した後、直ぐにこっちの世界に来たんだろ?あっちは1900年代、こっちは2050年代だぜ?およそ100年~150年の差だ。同時進行ってのは無理があんだろ」

 

 

「あら、なかなか鋭いじゃない?でも考えてみて。地球が誕生してから46億年の歳月がたっているのよ?それぞれの世界の文明の起こりが発生してから、現在に至るまでの経過に誤差が生じていても不思議じゃないわ。大きく見積もって150年の開きがあったとしても、誤差にもならないんじゃない?つまりは――」

 

 

「我々の2050年代とウィルキアの1900年代、そしてこの世界の時間は同時進行していると言うわけだな?そして岬艦長との絆の構築と、世界の右系化に合わせて侵攻を開始した」

 

 

「流石は艦長ね。この世界に来てから早ひと月。コンゴウと硫黄島で会う約束を見事にすっぽかした訳だけど……フフッ、コンゴウがカンカンになっている姿が目に浮かぶわね」

 

 

「なんかSFの話を聞いているみたいですね……それにカンカンになったコンゴウを想像するだけでも憂鬱になってしまいます」

 

 

 

 

 

 

群像達の会話に静はついていくのにやっとだ。そこに割って入ったのは――

 

 

 

 

 

「ヒュウガ、もう一つ疑問がある」

 

 

 

 

イオナだった。

 

 

 

 

 

「私達の存在は、少なくとも超兵器達にとっては何のメリットの無い存在である事は明らか。それにあの事象が偶発的なものだったのなら、違う船舶が巻き込まれていてもおかしないと思う。でも、超兵器と戦った艦隊や、霧と人類の命運を背負っている私達が転移した事を考えれば、偶然で済ませるには余りにも不自然。これはどう考える?」

 

 

 

 

ブリッジ全体が静まり返り、視線がイオナからヒュウガへと移る。

 

 

彼女は珍しく、眉をひそめて考え込んでいた。

 

 

 

「申し訳ありません姉さま……私もまだ明確な解答をを持ち合わせておりませんわ。しかし事態が進行すれば、必ずその答えに繋がるヒントは見つけられると思います。その時はこのヒュウガ、全力で調査し姉さまへ良い報告が出来るよう邁進して参りますわ!」

 

 

「うん。お願いヒュウガ」

 

 

「キャァァ!姉さまに頼られてしまいましたわぁ!」

 

 

 

 

 

絶叫しながら身体をくねらせるヒュウガを余所に、群像が立ち上がった。

 

 

 

 

 

「よし!新たな課題を解決し、我々の世界に帰還する為にも、先ずは超兵器との戦闘に赴き、そして勝利しなければならない。その為にも、各員は自分のベストを尽くしていって欲しい」

 

 

「「了解!」」

 

 

群像は、ブリッジからの返事に頷くと解散を宣言し、各人は各々の仕事に戻る。

 

 

 

彼は横目でチラリとイオナを見た。

 

 

彼女は群像の視線に気付くと淡く笑顔を作り頷く。彼もそれに答えると自室へと戻っていった。

 

 

明日からはいよいよ大西洋に入る。

それぞれの眠れぬ夜が更けていった。

 

 

   + + +

 

 

「いよいよだね……」

 

「はい、この水門を越えた先に大西洋があります」

 

 

 

 

 

明乃が緊張したように、呟く。真白も同様に眼前にある水門を複雑な表情で見つめていた。

 

パナマにあるガドゥン湖にある水門。

その先に待ち構える闘いは、熾烈なものになることは間違いない。

 

 

一方の時を同じくしくしてのテア率いるドイツ艦隊は、ヴィルヘルムスハーフェンを出航し、ブルーマーメイドのオランダ艦隊と合流するべくアムステルダムをめざす。

 

また異世界艦隊の西進組は、スエズ運河を通過し、地中海に駒を進めいた。

 

 

「欧州ですね……」

 

 

「ええ、鬼が出るか蛇が出るか……兎に角、奴等には我々の訓練の成果を見せ付けてやりますわい!はっはっはっ!」

 

 

 

 

不安を抱くヴェルナーに筑波の前向きな笑い声は救いだった。自分の世界の超兵器戦から、シュルツと毎日の様に顔を合わせていたヴェルナーは、彼が自分の思っていた以上に精神的にも戦術的にも支えになっていたことを痛感する。

 

 

 

筑波や真冬は、そんなヴェルナーの不安を見透かしていたのかもしれない。

 

 

 

「そうですね……私がこの様な顔をしていては、また宗谷艦長から叱られてしまいます。これから先、宜しくお願いします。筑波副長」

 

 

「はっはっ!そのいきですぞ!」

 

 

二人が顔を見合わせ笑いあった時だった。

 

 

 

 

「お、お話し中失礼します!」

 

 

 

息を切らせながら、通信員の一人が、艦橋へ走り込んでくる。

 

 

「どうした?」

 

 

「はっ!たった今、黒海に展開していたと思われる超兵器が移動を開始したとの事です!尚、当該海域のブルーマーメイドの無人飛行船から撮影された、画像が届きました。接近前に撃墜されたようで、不明瞭な画像では有りますが……」

 

 

「来たか……で?その画像は手元に有るのか?」

 

 

「はい!こちらになります!」

 

 

二人は通信員から手渡された端末を開いて、超兵器の姿を確認する。

 

 

「「!!!?」」

 

 

 

二人の表情がみるみるうちに険しくなった。

 

 

「なんて事だ……」

 

 

 

 

ヴェルナーの顔色は最早青ざめつつあった。筑波も、先程迄の余裕に見せていた笑顔は無くなっていた。

 

 

 

 

その理由とは――

 

 

「奴等は小笠原諸島で沈めた筈。それに彼奴まで……」

 

 

「超巨大航空戦艦ムスペルヘイム……」

 

 

 

   + + +

 

 

「ムスペルヘイム……兎に角今は、ヴェルナー達の健闘を祈るしかない。我々は目の前の敵を倒すことだけを考えなければ」

 

 

 

「そうですね。敵の性能は新たな段階に入っているものと考えていいでしょうから」

 

 

シュルツの険しい表情に、博士も思わず顔が強ばる。

すると、ナギがシグナルをキャッチし、直ぐ様彼に伝える。

 

 

「艦長!偵察を勝手出た、蒼き鋼の江田からの通信です!繋ぎます」

 

 

 

『シュルツ艦長!敵超兵器艦隊を発見しました。敵は大西洋、バミューダ沖から我が艦隊に向けて南下中!』

 

 

「敵の艦種は特定できたか?」

 

 

『は、はい!それが……敵は海上に二隻のみ展開残りはもしかすると海中に展開しているかもしれません。一隻は超巨大高速空母アルウス、そしてもう一隻ですが…超巨大航空戦艦……ム、ムスペルヘイムです!』

 

 

 

「な、何だと!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

短編 【待ちぼうけの麗人】

 

 

   + + +

 

 

ここは、明乃が存在するのとは別の世界

 

 

 

硫黄島沖

 

 

 

旧日本帝国海軍に所属していた。戦艦金剛及び摩耶が並んで浮かんでいた。

 

 

 

しかし、二隻には旧帝国時代の軍艦ではあり得ない様相を呈している。

 

 

 

重巡洋艦摩耶ピンク、そして金剛は漆黒の船体に紫色のタトゥの様な模様が散りばめられていた。

 

そう、彼女達二隻は¨霧の艦隊¨。人類を海洋から追い出し、陸地へと閉じ込めた張本人達だった。

 

 

 

 

霧の重巡洋艦マヤの甲板上では、横縞のニーソックスとフリルや大きなリボンの付いている赤ずきんの様な衣装をまとった黒髪ロングヘアの少女が、オモチャのピアノで適当なメロディーに、取って付けたような歌詞を楽しそうに歌っている。

 

 

「わったしぃはマーヤ♪とうもだちコンゴウ♪わったしぃはマーヤ♪とうもだちコンゴウ♪」

 

 

壊れたレコードの様に、同じ歌詞を繰り返すのは重巡洋艦マヤのメンタルモデルだ。

 

そんな彼女を、隣に停泊している大戦艦コンゴウの艦橋の真上に座っている一人の女性が眺めていた。

 

癖のある金髪をピッグテールにし、非常に丈の長いスカートが誂えてある黒いドレスを着ており、深紅の色で鋭い切れ長の瞳を持った大戦艦コンゴウのメンタルモデルは片手に海鳥を留まらせており、楽しそうに歌うマヤから海へと視線を写すと、眉をひそめて鋭い目付きを更に鋭くして彼方に小さく見える硫黄島を睨んだ。

その凍り付く様な美しい顔立ちは、たとえ怒りに歪んでいたとしても決して揺らぐことはない。

 

 

 

「面倒くさい……一体奴等は何処へ消えたと言うのだ。千早群像と401……私をここへ呼びつけたと思えば、影も形もない。それにタカオどころか、ハルナやキリシマの居た痕跡すら無いとは……マヤ!」

 

 

 

 

コンゴウは西洋の東屋を模した、仮想空間である概念伝達空間にマヤを呼んだ。

中央には、丸いテーブルが置かれており、上には二つのティーカップと紅茶を注ぐ陶器のポットが置かれている。

コンゴウは席に座ると、二つのティーカップに紅茶を注ぐ。

 

 

 

そこへ――

 

 

 

「はいはーい!コンゴウ呼んだぁ?」

 

 

 

 

概念伝達空間にマヤが姿を現す。

彼女は席に座ると、落ち着きなく足をバタつかせ、両手でティーカップを持って紅茶を口に運ぶ。

コンゴウは、楽しそうにしているマヤを見て少し目を細めると、話題を切り出す。

 

 

 

 

 

「硫黄島には本当に人間や、メンタルモデルの反応は無いんだな?」

 

 

 

「うん、無いよ~!コンゴウも散々調べたけど結果は同じでしょう?」

 

 

「ああ……」

 

 

 

〔ねぇ、もうここに居なくてもいいんじゃなぁい?きっと何処かに逃げちゃったか、トラブルか何かで沈んじゃったんだよぅ。ザッブゥ~ン♪〕

 

 

マヤは近くに置いてあった器から、角砂糖に似せたキューブを、ティーカップに入れる。

 

 

「そんな筈はない。我らの目を完璧に欺き、掻い潜る事など不可能だ。奴等は必ず何処かにいる。私はここで待機し、必ずや千早群像と401に直接引導を渡さなけばならない」

 

 

「ふぅん……」

 

 

「どうした?マヤ」

 

 

 

首を傾げるマヤに、コンゴウは不機嫌そうに尋ねた。

 

 

「何で他の場所で探さないの~?何処かに移動してる可能性だってあるよね?それにさぁ~全ての元凶が居なくなっちゃったなら、コンゴウはもう何も考えなくていいんだから消滅しちゃった事にすれば楽だよ~キャハハハ♪」

 

 

 

それを聞いたコンゴウは目を見開き、それから複雑な表情を浮かべた。

 

 

(そうだ……私は何故、千早群像と401がまだ硫黄島にいると確信している?¨予感¨……そう予感だ。私は奴等が再び硫黄島に現れる…そんな予感を感じているからここから動ごく事ができない。それに私はいつの間にか千早群像と401が存在し、相対する事を心の何処かで望んでおり、奴等の消滅を認めたくないと言うのか?……違う!私はアドミラリティーコードに従い、それに反する千早群像と401を駆逐しなければならない。そう、これは使命なのだ!そこには何者の意思も介在する余地など無い!)

 

 

「……ゴウ。コンゴウ!どうかした?」

 

 

(!)

 

 

マヤがコンゴウをじっと見ていた。

彼女はハッと我にかえる。

 

 

「い、いや……何でもない。通信を切るぞ。またなにか有れば連絡する」

 

 

「はいはーい待ってるよ~♪コンゴウ、早く皆とカーニバルできるといいね!バイバーイ♪」

 

 

そう言うと、マヤの姿が概念伝達空間から消えていく。

コンゴウも空間から出ると、艦橋の真上から彼方に見える硫黄島を見つめた。

 

その表情はまるで、愛しい恋人を待つ可憐な女性そのものである。

コンゴウは潤んだ深紅の瞳で島を見つめ、手で胸をギュッと掴みながらポツリと呟く。

 

 

「千早群像、401……この心が締め付けられるようなこの気持ちは…あぁ、何なのだ本当に……待つというのも面倒くさい……」

 

 

彼女の言葉は、波の音と海鳥の鳴き声に虚しく消えていった。

 

 

 

   + + +

 

太平洋上のとある場所に、桃色と薄い緑色の二隻の潜水艦が浮かんでいた。

 

形状は二隻とも同じ伊400型を模している。

 

その桃色の潜水艦の甲板上には二人の少女の姿があった。

 

 

「先程、マヤがコンゴウの感情シュミレーターに異常を検知しました」

 

 

そう語ったのは、容姿はイオナとよく似ているが、ツインテールの髪を団子頭にし、中華風の恰好をしたイ400のメンタルモデルだ。

 

 

対しているのは、同じく容姿はイオナとよく似ているも、雨合羽のようなポンチョを着ており髪の先をリボンで結んだ格好をしているイ402のメンタルモデルである。

 

400の報告を受け、402は表情を変えずに返答する。

 

 

 

「例の思考汚染の影響か?我が姉と関わった者は、例外無く独自の意思を発現させ、霧の艦隊を出奔している」

 

 

「そう考えて間違いないでしょう……」

 

 

「これ以上の汚染の拡大によるアドミラリティーコードの逸脱行為は感化できない。早急な対策が必要」

 

 

「相手が大戦艦となると、私達も手を焼く事になりますよ……」

 

 

400の警告に402は暫し思案してから回答を返した。

 

 

「コンゴウの感情シュミレーターの数値が一定値を超えた場合は、彼女を東洋方面第一巡航艦隊旗艦から解任し401を撃沈して事態を収拾するまで、武装をロックして拘束するのを総旗艦に提案してはどうだ?」

 

 

「機知に富んでいます……いいでしょう。それでは重巡マヤには、引き続きコンゴウの監視と、感情シュミレーターの数値の観測を継続して貰います」

 

 

「了解。数値の超過が見られた場合に備え、私達はコンゴウの策敵範囲の外縁付近を潜行し待機する」

 

 

「了解しました。良き航海を402……」

 

 

「お前もな、400」

 

 

402は自分の艦へ跳び移ると、艦を起動させて海へと潜っていく。

 

400はそれを見送り、広がる海に少し視線を向けると自らも海へと潜って、暗い海中に姿を消していった。

 

 

 

 




お付き合い頂きありがとうございます。


次回まで今しばらくお待ちください。



それではまたいつか














とらふり!

マヤ
「カ~ニバルだよ♪」


コンゴウ
「マヤか。千早群像……401!この私に待ちぼうけとは……許さん!」


マヤ
「プンプンだねぇコンゴウ。でもどうしてそんなに拘るの?」


コンゴウ
「解らん……だが、奴等の事を考えるとコアがムズムズするのだ」


マヤ
「解った!コンゴウ、きっとそれは¨恋¨だよぅ。データで見たよ。人間は特定の人物に恋をすると心がムズムズするんだって♪」


コンゴウ
「恋……だと?馬鹿な!そんなアドミラリティコードに反する感情など、私は実装してなどいない!」


マヤ
「因みに千早群像と401どっちが好みかな~♪」


コンゴウ
「ち、違う!千早群像は何故だか私をイライラさせるし、401だって皆と楽しくしていて羨ま……いやそんな事は無い!でも少しは混ぜてくれても……いや断じて違う!」



カチャ…



マヤ
「(コンゴウの感情プログラムに異常な値を検知。更なる監視を継続する)」


コンゴウ
「……ヤ。マヤ!どうした!?何かバグがあったのか?」


マヤ
「ううん、大丈夫だよコンゴウ。コンゴウは今まで通りアドミラリティコードに従ってればいいんだよ♪」


コンゴウ
「ああ。これからも頼りにしているぞマヤ」


マヤ
「うん!また一杯一杯カーニバルしようね♪ウィ、カチャ……」

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