それではどうぞ
+ + +
「航空機多数接近!種類はプロペラ機の模様!」
「構わん、迎撃しろ!」
「はっ!」
シュペーアは、対空パルスレーザーとミサイルを放つ。
プロペラ機では最早相手になら無かった。
航空機達は次々と撃墜され、みるみる数を減らして行く。
だがシュルツ達の狙いは航空機等ではない。
「プラズマ砲用意!左舷側を狙え!」
乗員達がプラズマ砲の発射準備に入り、慌ただしさを増す艦内でシュルツの視線は、謎の潜水艦に向けられていた。
(ムスペルヘイムに挑んでいると言うことは、少なくとも敵では無いようだが……しかしあの機動性は何だ?それにあのミサイルは――)
謎の潜水艦が放ったであろう魚雷は、分厚い超兵器の装甲を容易く抉りとってしまう。
光学兵器以外でそんなことが出来る兵器等シュルツは聞いた事もなかった。
(いずれにせよ、超兵器撃沈が優先だ。あの潜水艦には、後で事情を聞かねばなるまい。素直に応じてくれれば良いが……)
「艦長!プラズマ砲発射準備よし!」
「伊號潜水艦が穿った左舷の孔を狙え!」
「はっ!」
「撃て!」
ビジィィィ!
稲妻が超兵器へと向かい。
凄まじい爆音と共に、超兵器が炎上する。
「本艦の攻撃、効いています!敵艦、炎上!防御重力場が弱っている模様です!」
「この期を逃すな!ありったけ叩き込め!」
シュペーアは、放てるだけの弾薬を超兵器にばら蒔いた。
+ + +
「敵艦、回頭!こちらに向かってきます!」
「機関最大、急速潜航!深度15!敵艦の左舷に回り込め!」
「了解」
401は、凄まじい加速で動き出す。
群像の額には汗が滲む。
「ヒュウガ、本当なのか?」
「本当よ。あの巨大艦には生命反応がない」
「やはりあれは君達の……」
「それも無いわ。霧であるなら、その出力の大小に関わらず重力子エンジンの波長が観測される。アレにはそれが無い」
「何だって言うんだ……」
「それならあのドリル艦の方にも言えるんじゃない?」
「……」
群像は、あのドリル艦の事を思い浮かべる。
タカオの観測に寄れば、ドリル艦は速度が401並で、砲弾を受ける謎の障壁が有る事が解った。
侵食弾頭兵器こそ無いものの、光学兵器やレールガンも所持している事も判明していた。
(取り敢えず、今は利害が一致しているようだが、この後あの艦と事を構えるのは厄介だな……人間が乗っているなら何とか対話に持ち込めれば良いのだが……)
「艦長!」
「何だ!?」
静の悲鳴に、群像は我に帰る。
「我々の放った砲弾が全て弾かれました!」
「奴にも、防壁が存在すると言うことか……」
「ドリル艦が敵艦への大規模な攻撃を開始!あっ、着弾音を検知。防壁が消失した模様!」
「イオナ!一番から六番に侵食魚雷を装填。杏平、発射角任せる。敵艦の左舷を狙え!」
「了解」
「はいさー!」
401から魚雷が発射されて巨大艦の空母部左舷に着弾し、装甲を抉り取った孔から大量の海水が流入して敵の船体が大きく傾く。
そこへ……
ビジィィィ!
「!!?」
凄まじいエネルギーの奔流が、ドリル艦から発射され、左舷の空母は炎上を始めた。
「今のは何だ!?」
「恐らく、高出力のプラズマを発射する装置だと思う」
「艦長!ドリル艦がこちらに回り込んできます!」
「畳み掛けるつもりか?このままでは俺達も巻き込まれる。イオナ、深度30!敵と距離を取る!」
「了解」
「ハルナ、キリシマ!杏平と協力して侵食魚雷を右舷の空母部に誘導して攻撃してくれ!」
「了解した」
「任せろ!」
「いおり、重力子エンジンのリミッターを外せ!」
『え?群像……まさか!』
「ああ、そのまさかだ。超重力砲を撃つ」
+ + +
「超兵器空母部で爆発多数!弾薬に引火している模様!……あっ!か、艦長!超兵器が左舷の空母を分離、こちらに突っ込んできます!」
「自爆するつもりか!?こんなところで自爆されたら港に甚大な被害が出る!ナギ少尉、ドリルラムを起動!ラムアタックで奴を少しでも沖へ押し戻すんだ!」
「艦長!それでは私達が!」
「ナギ少尉!では誰があの民衆を救うと言うんだ!」
「は、はい。申し訳ありません!」
シュルツの凄まじい険相にナギは思わず背筋が凍り付く。
「行くぞ!ラムアタック!」
シュペーアは加速し、突っ込んでくる超兵器空母へ突撃する。
「来るぞ!総員、衝撃に備えろ!」
ゴォォン!ガガガガ!
シュペーアは猛スピードで超兵器に衝突し、激しい火花を散らしながら装甲をドリルで削り、沖合いへと押し戻していく。
「超兵器ノイズ、巨大化!爆発します!」
「防御重力場を最大展開!少しでも衝撃を殺すんだ!」
キィィィン!
超兵器機関の出力が上がっ行くのをシュルツは感じていた。
これが爆発すれば、恐らく彼等は塵も残らない事は明白だ。
(悔しいが、後はあの潜水艦に任せるしかない……)
シュペーアの周りが、眩い光に包まれる。
状況は絶望的であった。
《招カレザル者ヨ……死ネ》
「くっ!貴様等に……!」
ボォォォン!
凄まじい爆音と揺れがシュペーアを襲った。
「あぁぁぁ!」
艦内に悲鳴が響き渡り、誰もが死を覚悟した。
しかし……
「……ん?」
目を開いたシュルツは驚愕する。
船体の外縁部が黒く焦げているのに対し、人が乗っている区画は無傷に等しい。
「どうなっているんだ!?」
ドォン!
「あぐっ!」
彼が頭を整理する暇もなく、ムスペルヘイムからレールガンの砲弾が飛来し、ボロボロの艦に追い撃ちを掛けてきた。
「被害報告を!」
「え、あっ!今確認します!」
「艦長、超兵器の右舷にも、潜水艦からの攻撃と思われる孔が複数有るようですね……先程同様、アレを攻めない手は有りませんぞ!」
「艦長、報告致します。機関の一部が損傷し全速航行は不可能!兵装はプラズマ砲及び光学兵器が使用不能!ミサイルとレールガンは活きてます!」
「それでいい。潜水艦が穿った孔を狙うぞ!撃て!」
シュペーアは、残りの兵装で超兵器空母に追い込みを掛けた。
+ + +
「群像。敵艦が空母部分をパージ、離れた部分は自律して行動しているみたい」
「何て戦い方だ……」
「敵艦増速。機関部に高エネルギー反応」
「自爆でもするつもりか?ドリル艦の動向はどうだ?」
「ん……向こうも敵に突っ込んで行くみたい」
「刺し違えるつもりか?あちらには人も乗っているんだろう?ヒュウガ、クラインフィールドをドリル艦に展開することは可能か?」
「無茶言うわね……あの距離じゃ完全には起動出来ないわよ?」
「人間がいる区画だけでも守れれば良い!急いでくれ!」
「解ったわ」
「群像、超重力砲発射時にはこちらも隙が出来る。相手の情報が不足している状況では発射は勧められない」
「タカオ、ヒュウガの換わりにイオナの超重力に使う演算の補助を頼む!」
「ああもぅ~解ったわよ!」
「ヒュウガ!」
「もう少し……よし!良いわ」
ヒュウガがドリル艦にクラインフィールドを展開した直後――
ブゥオオオン!
凄まじい爆発が発生し、猛烈な爆圧が海中迄を引っ掻き回す。
「うっ…あぁ!!は、ハルナ!クライン……フィールドの補助を!」
「了解した」
ハルナが、演算に余裕ないイオナの代わりにクラインフィールドの展開を補助する。
「凄まじいな……ドリル艦の様子は?」
「無事みたいだけど……なにっ!?あのドリル艦また敵に攻撃を始めたわよ!?」
「俺達がさっき仕掛けた右舷側の空母を狙っているのか?だとしたらさっきと同様の爆発が――」
「言っとくけど、流石に二回はあっちの船体が持たないわよ?」
「仕方がない……超重力砲の照準を空母に固定する。イオナ、超重力砲スタンバイ!」
「了解……超重力砲発射シークエンス起動。船体を現座標に固定。超重力ユニット展開」
401の船体が展開し、中から超重力砲本体が姿を現す。
「エネルギーライフリング、重力子エンジンとの同調を開始。重力子圧縮縮退域へ……」
ギィイイ!
超重力砲にエネルギーが充填され行く。
「ヒュウガ、敵の様子は?」
「あなたの推測通りね……アイツまた空母を切り離したわ」
「ロックビーム照射!奴を逃がすな!」
401から放たれたロックビームは海を叩き割り、巨大空母を捉えた。
敵は滅茶苦茶に砲弾を撒き散らし、抵抗を試みるも空中に船体が浮いている状態では身動きが取れていなかった。
「敵艦内部で、高エネルギー反応を検知。自爆模様です!」
「イオナ!」
「縮退……限界!」
超重力砲のエネルギーが臨界に達する。
(頼む……巻き込まれないでくれ!)
群像は、ドリル艦が退避することを祈りつつイオナへ向かって叫んだ。
「よし!奴を止めるぞ!超重力砲、撃て!」
「発射……」
一瞬、蒼く眩い光が輝き、超重力砲の凄まじいエネルギーの奔流が巨大空母に向かって放たれた。
+ + +
「超兵器、ペーターシュトラッサー級空母を再び切り離しました!」
「くそ!また自爆かっ!流石に今度ばかりは――」
「あ、あれは何です!?」
シュルツが諦めかけた時、ナギの叫びに彼が外へ視線を向けると、そこには驚愕の光景が広がっていた。
「う、海が割れた……だと!?」
突如として海が割れ、超兵器空母がその割れ目の上に浮いており、彼方にはまるで船体を展開したかの様な潜水艦の異様な姿があった。
超兵器空母は抵抗を試みているのか、手当たり次第にミサイルや砲弾を周囲に撒き散らして暴れていた。
「これは本当にあの潜水艦がやっている事なのですか?だとしたら出鱈目すぎますよ!それにあの姿は一体――」
博士もこの状況に愕然としている。
「ナギ少尉、超兵器ノイズの様子はどうだ?」
「え?は、はい!巨大化しています!」
「あの場で自爆するつもりか……ヴェルナー、機関はどうなっている?」
「はっ!応急ですが、修理を完了しています!」
「退避しよう……」
「艦長!?」
「何故かは解らんが、あの潜水艦なら超兵器の爆発を防げるやもしれん……」
「私もそう思います。アレほどの事を成し得るのであれば、超兵器の暴走を止める策があるのやも知れませんからなぁ」
「筑波大尉……ええ、今はあの潜水艦を信じましょう。進路反転。機関最大!」
シュペーアは方角を変え、超兵器空母から距離を取った正にその直後だった。
グゥウオオオオ!
蒼白い閃光が彼方から放たれて超兵器空母を覆い、その巨大な船体を瞬く間に消滅させてしまったのだ。
「………」
「………」
「………」
一同はあまりの光景に言葉を失う。
割れていた海が荒波を立てながら戻って行き、潜水艦もいつの間にか元の姿に戻り海面に浮いていた。
彼らは暫くその場に唖然として立ち尽くすしかなかった。
+ + +
「発射完了。超重力砲発射シークエンスを終了する。船体の復帰を開始……完了」
超重力砲の発射を終えた401は、展開した船体を戻して海面に浮かぶ。
群像は、安堵の溜め息をついた。
「ふぅ…何とか攻撃は通ったか。ヒュウガ、巨大艦の戦艦部分はどうした?」
「残念だけど、アレは外洋へと逃げたわ」
「追えるか?」
『ちょっと正気!?超重力砲撃った後にフルバーストなんて使ったら、エンジンが爆発しちゃうよ!暫くは巡航すら無理だからね!』
いおりから罵声が飛んでくる。
群像は暫く思案すると、顔を上げた。
「よし。取り敢えず横須賀に向かい、民間人を救出する。いおりはその間エンジンのチェックを頼む」
『了~解』
「艦長、アレはどうされますか?」
「………」
群像はモニターに写る黒焦げになったドリル艦へ視線を向ける。
「念の為、戦闘体勢は維持する。攻撃の兆しが有ればクラインフィールドを展開しつ威嚇発砲を行う。決して相手を傷付けるな!」
「「了解」」
「機関微速。横須賀へと向かうぞ!」
401は横須賀に進路を向け進み出した。
+ + +
「くそっ……!」
シュルツは歯噛みしていた。
潜水艦からの謎の攻撃の件があったとは言え、ムスペルヘイム本体を取り逃がした事が悔やまれたからだ。
しかし、今のシュペーアにムスペルヘイムを追う力は残っていない。
幸いだったのが、付近にいたスキズブラズニルが、超兵器の攻撃対象にならなかった事くらいだろう。
恐らく、自らもそれなりの損傷を負ったムスペルヘイムが逃走を優先したせいもあるのだが……
「艦長、お気持ちは解りますが、今は人命の救助が優先ではないですかな?それに――」
筑波の視線の先には、あの潜水艦がいた。
それは進路を横須賀に変え、浮上したままゆっくりと向かって行く。
「上陸する気か?それとも……」
「艦長、ここは様子を見ながら我々も上陸しては如何でしょう?彼等が、民衆に危害を加えないと言う保証は無いのですし」
「そうですね。総員、進路を横須賀へ向け、警戒体制を維持せよ!くれぐれもあの潜水艦を刺激するな。まともにやり合える相手でない。尚、救助の為上陸班を組織しろ!」
「はっ!」
シュペーアも潜水艦の後を追って横須賀へと進路を向けた。
+ + +
「付いてきますね……アレ」
「あぁそうだな」
一同はドリル艦への警戒を緩めてはいなかった。
杏平やメンタルモデルもいつでも事を起こせるよう準備している。
「イオナ、軍務省への連絡は付いたか?」
「ううん……ダメ」
「まさかアレにやられちまったのか?航空機の迎撃も無かったくらいだしな」
「杏平さん縁起でも無いこと言わないでくださいよ……」
「だってよ……」
「違う」
「イオナ?」
視線がイオナへと集中する。
「軍務省に繋がらない訳じゃない。軍務省と言う組織その物が存在しない可能性がある」
「それは一体どういう――」
「ああもぅ!答えなさいよ!私の身体!」
タカオが苛立たしげに叫んでいた。
「どうしたんだタカオ?」
「どうもこうも無いのよ!硫黄島にある私の船体とリンクを繋げられないの!」
「あ?距離が遠いからじゃねぇのか?」
「そんな事ある訳無いでしょ!?私達霧は量子通信を使っているのよ?たとえ船体が地球の裏側に有ろうとも自在に操れるわよ!」
「じゃ何でだよ」
「それが解らないから悩んでるんじゃない!ああっ!身体無しじゃそこのポンコツ大戦艦と同じになっちゃうじゃないのよ!」
「な、なにぃ!私達がポンコツだと!」
「401に手加減して貰って生き延びた貴様に、ポンコツ扱いされる筋合いは無い」
「あら~じゃあんたも今日からめでたくポンコツの仲間入りね♪宜しくね、ツンデレ……もといポンコツ重巡のタ・カ・オ☆ 」
「ぐぬぬ……何も言い返せない。うぅ~海溝があるなら潜りたい……」
メンタルモデル達のやり取りを聞きながら群像は思案する。
(軍務省が端から存在しない…タカオの船体とリンク出来ない…この場所は…いや、この世界は――)
「艦長、当着しました」
401が港へと接岸し、それと時を同じくしてドリル艦も接岸を開始する。
「さて……向こうがどう出るかだな」
「私が様子を見るか?」
「いや、ハルナは蒔絵に着いていてくれ。ここは俺が行く」
「艦長、危険です!」
「大丈夫……私が群像を守る」
「解った、イオナも連れていく。皆は念の為ここで待機していてくれ」
群像が指示を出した直後だった。
『此方はブルーマーメイドです!今回の事でお話を伺いたい。応答してくだい!お願いします!応答してください!』
「横須賀の住人でしょうか?其にしては制服の様なものを着ている様ですが……」
モニターに写し出された影像には、白い制服を着用し、栗色の髪の毛を横で束ねた女性が叫んでいた。
更に……
『ミケちゃん!』
叫んでいる女性を追いかけてきたのか、別の女性が彼女を制する。
『軽率だよミケちゃん!もし攻撃されたら……』
「警戒されていますね……無理もありません。霧は人類の敵。それが港に現れたんですから」
「………」
群像は、表情を険しくする。
「近付いてきた事を考えたらいきなり発砲と言うことは無さそうだが、用心にこした事はないな」
群像はイオナと共に、外へと向かう。
「外の様子は解るか?」
「ん……女の人の方は大丈夫。でもドリル艦の人間は銃を所持している」
「やはりか……ギリギリ迄は何もするな。一応相手の真意を探りたい」
「了解」
「じゃあ行くぞ」
二人はハッチを開いて外へと出ていった。
+ + +
「到着したようだな……」
シュペーアは、港へと接岸する。
「しかし、どういう事なのでしょうか。日本はおろか世界中に通信で呼び掛けても何の返答すら無いとは……」
「………」
彼は、隣に停泊する潜水艦への警戒を強めた。
そこへ……
「此方はブルーマーメイドです!今回の事でお話を伺いたい。応答してくだい!お願いします!応答してください!」
外から女性の叫び声が聞こえる。
「ブルーマーメイド?筑波大尉、何かご存知ですか?」
「いえ、聞いたことがございません。帝国の支配下にあった際に新たに作られた自衛組織でしょうか……となると、あの潜水艦もその組織のものである可能性が高い。彼女達が、我々に敵意アリと判断すれば、事を構えることになるやもしれませんぞ」
シュルツは暫く思案すると、艦橋の出口へと歩いて行く。
「艦長!?危険です!ここは私が!」
「ヴェルナー、相手を警戒させない為には、艦のトップである私が姿を現す必要がある。違うか?」
「しかし……解りました。では私も同行致します。宜しいですね?」
「ああ、頼む」
カチャ……
ヴェルナーは腰のホルスターに入っている銃をいつでも取り出せるように準備する。
「迂闊な動きはするなよ。何が起きるか解らんからな」
「はい、肝に銘じます」
二人は艦橋を降りて行った。
+ + +
ガタン!
二隻の艦の扉が開き、二人は対面を果たした。
(外国人?霧の哨戒する海を自力で超えてきたと言うのか?)
(少年だと?それに隣にいるのは少女じゃないか……こんな子供が、さっきの攻撃を仕掛けたと言うのか?)
二人は、努めて表情を変えることなく暫くの間互いを観察する。
先に動いたのはシュルツが先であった。
彼は視線を群像から外し、自分達に呼び掛けてきた栗色の髪をした女性に向ける。
「この度は災難でしたね……貴女はこの町の自警団か何かの方ですか?見たところ横須賀の様にも見えますが、我々が通信で呼び掛けても応答が得られませんでした。もし宜しければ、誰か政府の関係者の方に取り次いで頂き、上陸の許可を頂きたいのですが……」
彼女はシュルツが流暢な日本語話した事に驚いているようだった。
「私はブルーマーメイドの隊員で岬明乃と言います。私の上司の方と連絡が取れれば或はと思いますが、今はこの状況ですので連絡は難しいかと……。まずは貴艦の所属と貴方のお名前を教えてください」
(ここは素直に答えた方が得策か……)
シュルツは、相手を刺激しないよう出来うる限りゆっくりとした口調を心掛ける。
「解りました。我々はウィルキア共和国所属の、解放軍超兵器遊撃部隊で通称¨鋼鉄の艦隊¨と呼ばれています。私はこの艦隊で艦長をしている ライナイト・シュルツと申します。この艦は¨シュペーア¨見ての通りドリル戦艦です」
岬明乃と呼ばれた女性は、首を傾げていた。
その実は群像も同様の意見である。
(ウィルキア共和国?聞いた事がない。アレほどの技術力のある国なら記憶していても良さそうだが……)
最初はシュルツと名乗った男が嘘をついているのかとも思った。
しかし、相手の脳波や脈を計測しているイオナが明確なアクションを起こしていない事から、少なくとも嘘をついていない事は証明されている。
シュルツと名乗った男が更に口を開いた。
「我々ウィルキア共和国解放軍は、あなた方の敵ではありません。その証拠と言っては何ですが、我々は今回襲撃を受けた市街地にいる民間人を救助する準備が有ります。今はこれしか出来ませんが、どうか信じて頂きたい」
シュルツは帽子を取り深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。出来るだけ早くご協力頂けるよう善処します」
岬明乃が冷静に答える様子を横目で見ていた群像は舌を巻いていた。
(良い判断だな……霧のメンタルモデルとは違い、人間は嘘をつく。ある意味相手を肯定しつつも、口当たりの良い言葉だけでは信用には当たらないと暗に訴えている。その証拠に、岬明乃と呼ばれた人の隣にいる女性は、警戒を緩めていない)
岬明乃は、次に群像へと視線を向ける。
「ではそちらの方は?」
(来たか……少し向こうに揺さぶりを掛けてみた方が良いかもしれないな)
群像は思考をフル回転させた。
「我々は¨蒼き艦隊¨、これは潜水艦イ號401です。私は艦長の千早群像。突如としてここに来てしまいましたが、我々も状況が把握出来ていないのが現状です。軍務省の上陰龍二郎次官補に取り次ぎをお願いしたい。それと我々も微力ではありますが、民間人への救助に参加する用意はあります」
(驚いたな……その若さで毅然とした対応が出来るとは。それにしも、¨突如として¨……か。もしや、我々と似たような状況でこの場にいるのか?伊號401と言うことは所属は日本なのだろうが、軍務省と言う組織は筑波大尉から聞いた事がない。それにこの少年、見た目よりもかなりしたたか様だ。救助の用意がある事を示したのは、ブルーマーメイドとか言う組織だけでなく、同じく救助を提案した我々と歩調を同じくする事で、こちらに対しても敵意が無い事を極自然な流れで伝えてきた。間違いなく対話のプロだな……)
シュルツは心の警戒レベルを更に上げた。
(この岬明乃と言う娘もそうだ。警戒感を露にする事で、我々から救助と言う言葉を自然に引き出させた……と思いきや、言葉だけでは信用せず、飽くまでもこちらの情報を引き出す事に注力している。それも全くこちらに不快感を与えない言葉を選んでな。自国の民衆を守る上ではこの上なく重要な事だ)
そんなシュルツの思いを知ってか知らずか、岬明乃は話を纏める。
「解りました。不明な点も幾つかありましたが、互いの情報を把握する為、話し合いの場は持ちたいと思いますので、少し待って頂けますか?」
「了解しました。我々も自艦にて待機し、上陸の許可が降り次第、救助活動に入れるよう準備を整えますので、その時はご一報を頂ければと……」
「解りました。必ず……」
シュルツと岬明乃の会話に、群像は少し安堵する。
(とにかく、話しに一定のメドは着いたか……それに話し合いの場を設けて貰ったのは大きい。最も、半分はイオナのお蔭と言うのが正しいがな)
群像がその様な事を考えていた反対側では、ヴェルナーは額に冷や汗を流していた。
(な、何て場なんだ……)
ヴェルナーの緊張は極限に達していた。
彼がこの場で何よりも警戒していた人物がいる。
それは、イオナであった。
彼女は、ヴェルナーが外へ出てきたその時からずっとこちらから視線を外してはいない。
それも瞬き一つせずに……だ。
正直なところ、ヴェルナーは途中で何度も銃に手を掛けたくなった。
しかし、彼が指一本でも動かそうとすると、彼女は視線を明確にヴェルナーへと向けて来るのだ。
その人形の様に整った容姿と、無機質な表情。それと吸い込まれそうな程の美しい瞳からは想像も出来ないような殺気を感じてしまったからには、最早迂闊に動く事は出来ない。
更にだ。
ヴェルナーの警戒は岬明乃へも及んでいた。
(あの少女の事は勿論艦長は気付いただろう。彼女は間違いなく千早群像と言う少年の意思で動いている。だが、あの岬明乃と言う娘も恐らくそれに気付いていた。気付いていながら解らない振りをして、双方の情報を飽くまで自然に引き出し、更には話し合いの約束まで取り付けて見せた。きっと横にいる女性が、岬明乃の意図を汲んであから様な警戒をこちらに向けている事も、より良い条件や情報を引き出す事に一役買っている。見たところナギ少尉と同じ位に見えるが、あの若さで彼女達は何を背負っていると言うんだ……)
ヴェルナーは眩暈にも似た感覚を覚えながらも、必死に平静を装う。
「岬さん!」
突如、遠くから新たな女性声が聞こえる。
岬明乃は振り向くと目を丸くして驚いているようだった。
「シロちゃ…あっ宗谷さん!福内さんも無事だったんですね?」
「うん、岬さんも無事でよかった。それよりそちらは?」
岬明乃へ声を掛けてきた宗谷と福内と呼ばれた女性は、あからさまに警戒を露にしている。
彼女は二人にシュルツ達を紹介しようとする。
(いや、ここは自ら名乗った方が印象は違うだろうな)
「こちらは――」
「いえ、ここは我々から……私はウィルキア共和国所属の戦艦シュペーアの艦長ライナイト・シュルツです」
「蒼き艦隊の旗艦イ401の艦長千早群像です」
「私は、海上安全整備局安全監督室の秘書官補佐の宗谷真白です」
宗谷真白は未だに警戒を崩さない――いや、ここまで来ると最早敵意に近かった。
ピリリとした雰囲気に堪えられないのか、岬明乃は話題を振って行く。
「あっあの……シュルツ艦長と千早艦長は民間人の救助を支援してくださるそうです。上陸の許可を頂けますか?」
「私の一存では決められない。それに私はまだあなた方を完全に信用している訳ではありませんから! 」
宗谷真白の言葉に、シュルツと群像は疲労感を覚えた。
(振り出しだな。今までお互いに警戒はしつつも対話によって漸く見えてきた救助への道が、我々への警戒感を口に出してしまった事によって埋め難い溝を作ってしまった……)
(状況よりも理性を優先するタイプか……裏表が無い人物なのだろうが、正直すぎる。あらゆる意味で岬女史とは対照的な人物の様だな)
二人は目を合わせ、岬明乃へと視線を向けた。
すると、まるでそれを確信していたかの様に、彼女が涙で潤み、同時に焦りが見て取れる視線を二人へ向けてきた。
二人は確信する。
彼女が二人を信用し、一刻も早い民間人の救出を望んでいる事を……
彼らは再び視線を交わして他の者に悟られないよう小さく頷く。
「解りました。ですが、民間人の救助は時間との戦いです。もし不安でしたら我々へのボディチェックの実施や、救出活動のあとに私を拘束し、事情聴取して頂いても構いません」
「私も同様です。ある意味状況の把握と我々の信用を得るにはこれしか無い様ですから」
宗谷真白は彼等の提案に思案している。
そして携帯端末を取りだし、恐らく彼女達へ指示を下せるであろう人物へと連絡を取り、それを終えると彼等と向き合う。
「上陸の許可が降りました。是非とも我々ブルーマーメイドに協力して頂きたい」
「上陸許可の件感謝します。我々の乗員を直ぐに現場に向かわせます。案内してして頂けますか?」
それを聞いた岬明乃が安堵の表情を見せた。
その後、現場への道のりを示す為に彼女と隣にいた女性、¨知名もえか¨が案内をかって出た。
シュルツと群像はタラップから降りて行き、彼女達と握手をかわす。
そしてこの瞬間から三つの世界の人物達が交錯し、物語が始まる。