異世界艦隊のメンバーが自分達の世界から移動し、明乃と出会うまでを彼等視点で描きました。
それではどうぞ
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1943年
ベーリング海
ウィルキアの軍艦であるドリル戦艦シュペーアとドック艦スキズブラズニルは、帝国の切り札である超兵器の総旗艦との戦闘に勝利し、ロシアのウラジオストクより少し北にある祖国ウィルキアを目指して航行していた。
「艦長!」
「ナギ少尉か……どうした?」
艦橋にいたシュルツに、ナギは沈痛な面持ちを見せた。
「はい…先程、ガルトナー司令から連絡が有りまして、陛下が政務より退かれるとの連絡が入りました」
「………」
国を揺るがす一大事の報告にも関わらず、いつもの様に表情を変えることは無かった彼に、ナギは思わぬ反応にキョトンとしながら立ち尽くす。
「あの~驚かれないのですか?」
「ああ……陛下の事だ。きっと王政ではなく、これからは民衆によって選ばれた人物によって国家を運営することが、戦後のウィルキアをより発展に導けるとお考えなられたのだろう。他の諸外国同様にな」
「でもそれじゃ只でさえ帝国による侵略によって発生した戦後賠償等で苦しい立場のウィルキアに政治空白が出来てしまいますよ。なにもこんな時に――」
「こんな時だからこそ……さ。ここで陛下が政治の舵を取ってしまえば、民衆は陛下に依存し、新たなリーダーを選ぶ機会は失われるだろう。それは結局、民衆が中央政治への行く末を丸投げしているに等しい。結果として、ヴァイセンベルガーの様な者の台頭を許してしまうことになるんだ」
「………」
「しかし、民衆が自らのリーダーを選ぶのであれば、自ずとその者に関心や注目が集まる。結果としてそれが監視の目となり、政治の暴走を食い止めることが出来るんだ。陛下は独裁者ではないが、今後更に開けて行くだろう世界と対等に渡り合うには、自らが一線から退く事が最善だと判断されたのだろうな」
「そう言うものなのでしょうか……」
「あまり考え過ぎるな。いずれにしても、我々軍人は命令に従うに過ぎんのだからな」
「は、はぁ……あっ!そうでした。陛下が象徴国王になられる事で、国の名前が変わるそうですよ」
「ほぅ……どんな名前だ?」
「あまり代わり栄えはしませんが、ウィルキア王国から、ウィルキア共和国になるみたいです!」
「共和国……か」
シュルツは感慨深そうに呟く。
彼が普段、中々見せることない穏やかな表情に、ナギは安堵した。
「終ったんですね……戦争が」
「いいや、これからさ」
「え?」
「戦後賠償、それに拡散してしまったウィルキアの大量破壊兵器の技術。それらを知った諸外国の今後の行動。それらを私達ウィルキアが一丸となって解決して行かねばならん。それが終わるまでは、本当の戦後は終わらんさ。港に着いて辞令が下れば、多国籍で結成された解放軍も解散になるわけだしな」
「そ、そんな……折角皆さんと親しくなれたのに」
「そう言うな。筑波大尉もブラウン博士も元はウィルキアの人間ではない。なし崩し的に、反帝国への反攻作戦に巻き込まれただけだ。戦後の事まで頼るわけにはいかんさ。それにヴェルナーも、父親の件がある。このまま軍人を続けさせるのは酷だろうからな」
「ヴェルナー副長まで……」
「君もだぞ?ナギ少尉」
「え!?」
「解放軍が解散となれば、君も別な艦長の下でウィルキア復興に尽力することになるだろう。今まで言ってなかったが、君はその若さで、この戦争を乗り切った精鋭の一人だ。これからもっと色んな経験を積んで、見識を広めて行くといい。君にはその力があると私は確信している」
「私……艦長はあなたでないと――」
「なんだ?」
「あ、いえ…その――」
「艦長!」
突然、博士が艦橋に入ってきた。
走ってきた為か、少し息が上がっている。
「博士、そんなに慌ててどうされましたか?」
「一大事です!今、ヴェルナー副長と筑波大尉も此方に呼んでいます」
「二人も一緒とは……余程の事があったのですね?」
「超兵器を打倒したと言うのに一大事とは、穏やかではありませんな」
「筑波大尉……それに」
「艦長や僕だけでなく、筑波大尉も一緒となると、解放軍クラスが出向かなければならない事態なのでしょうか?」
「ヴェルナーか」
艦橋には、戦争を友に戦い、シュルツを支えてきた面々が顔を連ねていた。
全員が揃った所で、シュルツが博士へ視線を向ける。
「では博士、一大事とは一体どういう事なのですか?」
「はい。実は、撃沈した超兵器達の残骸が忽然と姿を消したそうなのです!」
「何ですって!?帝国の残党の仕業か……それとも超兵器技術を欲した第三国による仕業でしょうか?」
「考えられません!それを防ぐ為に、超兵器が撃沈された地点には、常に管轄する国の潜水艦が巡回していますし、況して小型のもならともかく、大型の超兵器は残骸の引き揚げすら困難です。それを世界で同時多発的に、誰にも気付かれずに成し遂げるのは不可能です!」
「確かに解せませんな……」
「成る程、それで僕達解放軍に調査をせよと?」
「そうなります。艦長、提案なのですが、我々は間もなくベーリング海を抜け、ウィルキアの領海に入ります。最も近くで対戦した超兵器は首都シュヴァンブルグの海底に沈んでいるリヴァイアサンです。そこを調査するのは如何でしょうか?」
「そうですね。ナギ少尉、念の為シェルドハーフェンに増援の要請をしてくれ。帝国の残党が潜んでいるやも知れんからな」
「はっ!」
ナギは直ぐ様、通信の準備を始める。
しかし……
「か、艦長……」
「どうした?」
「おかしいんです……通信にノイズが入って上手く交信出来ません!」
「シュヴァンブルグの方はどうだ?」
「え、えーっと……駄目です。こちらも先程と同様で――」
(どういう事だ!?帝国残党の妨害工作か?)
《オ願■私ヲ■■テ…。》
(!!?)
突如シュルツの頭で声が響く。
それは、彼のみが耳にする、超兵器と相対したときに聞こえる彼等の意識に近いものだった。
シュルツの顔が青ざめ、額には嫌な汗が滲んだその直後……
カタ……カタカタカタカタ!
「あれ?地震ですか!?」
「そんな……ここは海の上なんですよ?地震なんて――」
カタカタカタ!
「この揺れは一体……」
その時、その場にいた誰もが不安を感じていた。
その違和感は、艦内の至るところで起こる。
「ん?おい!なんか計器類が変だぞ…」
「何!?見せてみろ!……な、なんだこれは」
機関員達が見ている多数の圧力計の針がグルグルと回転している。
更には、
ピリッ!パリッピリッ!
計器のガラスにヒビが入る。
機関員達が、一様に顔を見合わせた。
その頃艦橋では、徐々に強くなる揺れに対応出来ずにいた。
机に広げた海図やペンがカタカタと震え、遂に床へと落下する。
カタン…!
その音が響いたと同時に、それは突然現れた。
キィィィィイイン!
「!!?」
その場にいた全員が驚愕する。
突如として、目の前に巨大な光が現れ、その凄まじい閃光は、まるで太陽が目の前にあるかの様な強すぎる光を放つ。
「あ、あぁぁぁ!」
立っていられなくなる程の揺れと強い光によって、一同は呻きながら床に倒れ伏す。
「あぁぁぁ!目が…痛い!か、艦ちょ…た…すけ――」
「ナギ少尉落ち着け!至急スキズブラズニルに退避の連絡を……!」
「痛い!イタイ!あ、あぁ!」
「ナギ少尉!」
ナギだけではない。誰しもが突然の状況にパニックを起こしていた。
等の本人であるシュルツも、目を抑えその場に伏す事しか出来ない。
(くそ!これまでなのか!!?)
彼がそう思った時だった。
《助けて!お願い!》
「!?」
急に女性の声が聞こえてくる。
《おねがぁぁい!》
「うあっ!くっ……」
その悲痛な叫びに、シュルツは思わず頭を抑えた。
すると、辺りが急に暗くなり、気づけば激しい揺れも収まっていた。
(私は死んだのか?いや……それにしては――)
彼は意識を集中させる。
自分や回りの人間の荒い息遣い、額に滲む汗や目の奥の不快痛みは、はっきりと感じ取れた。
「うっ……」
彼はふらつきながら立ち上がり、強い光の刺激を受け鈍い痛みの残る瞳をゆっくりと開いて行き、眩んでしまった瞳に辺りの状況がぼんやりと写し出されていった。
闇の中にうっすらと赤い光が見える。
「うぅ…か、艦長……」
「ナギ少尉!無事か!?」
呻き声をあげる彼女に、少なくとも自分達は死んだ訳ではないと確信を得るが、未だに状況は把握出来ていない。
「ナギ少尉しっかりしろ!総員、被害状況を報告。機器の確認が完了し次第戦闘体勢に移行する!」
ナギを引き起こしながら、シュルツはまるで不安を振り払うかのように叫んだ。
艦内各所から次々と報告が入ってくる。どうやら沈没は免れたらしかった。
「あれは一体……」
見張りからの声にシュルツが外へ飛び出すと、シュペーアの後方にスキズブラズニルが浮いている。
シュルツは一瞬安堵したのものの、自艦の隣に何故か浮いている蒼い潜水艦を見て眉を潜めた。
「これは日本帝国海軍の伊號四百型潜水艦ですかな?この様な派手な色はしていなかったと記憶しておりますが………」
「ではここは日本なのでしょうか?」
「可能性は有りますが今は何とも言い難いですな……」
いつもは冷静な筑波ですらも、この状況を完璧に説明するのは不可能なようだった。
「あ、あれは!」
「今度はなんだと言うんだ……」
目まぐるしい状況に彼は苛立ちながらも、ヴェルナーの視線の先へ顔を向け、その光景をみたシュルツは、驚愕した。
「そ、そんなっ!」
遥か遠くに広がっていた赤い光の正体は、燃え盛る都市であった。
だが、彼が驚いたのはそれだけではない。
「超兵器……ムスペルヘイム!?」
忘れる筈もない。
500mを軽く超える巨大な戦艦を、更にそれと同等の巨大空母二隻で挟み込む様な独特の艦影。
その超然たる武力によって、幾多の軍艦や都市をまるごと消し去った狂気の兵器が目の前に存在していた。
¨存在する筈も無い¨軍艦が……
「馬鹿なっ!奴はダイオミード諸島で撃沈した筈だ!何故存在している!」
「艦長、今はそれよりもあの都市を救う事が先決ではないですかな?」
「筑波大尉……ええ、そうですね」
「艦長!シュペーアはヴォルケンクラッツァーとの戦いで疲弊しています。通信のチャンネルを開いて、この国の航空機等に支援を要請してみては如何ですか?」
「そうですね……ナギ少尉、あらゆるチャンネルを開いて通信を――」
「待ってください!」
その焦りを含んだ声にシュルツは筑波へと顔を向けた。
「この陸地や山の形には覚えがあります。ここは……横須賀です!」
「何ですって!?」
シュルツは耳を疑った。
横須賀には大規模な軍港が存在しており、街は栄えてはいたが、今目の前で超兵器に蹂躙されている横須賀の街並みは、彼等の印象とはかけ離れていた。
少なくともシュルツや筑波が知る限り、沖合いの浮き港らしきものの上に広がる街並みや陸にそびえる高層ビル群等は無かったからだ。
その他にも彼等の疑問は次々へと沸いてくる。
先程まで昼間だったのに何故突然夜になったのか。
何故日本は航空機の一機も出さず一方的にやられているのか。
隣に浮かんでいる潜水艦は何者なのか。
疑問は尽きない。
しかし、これだけははっきりしていた。
シュルツは、頭に浮かぶ数々の疑問を捨て去った。
「総員、良く聞いて欲しい。諸君らは今、不安の渦中に居ると思う。私もそうだ……だが、目の前に超兵器が再び姿を現し、今この瞬間にも罪無き民衆の住む街を焼き尽くしている。これは解放軍として……いや、人として見過ごすわけにはいかない!」
艦橋にある全ての視線がシュルツへ集まっていた。
艦内でも、船員達が頷く。
全員の意思は決まっていた。
シュルツはムスペルヘイムへと身体を向ける。
「総員、戦闘体勢を取れ!機関全速!目標、超兵器ムスペルヘイム。全砲門開け!」
ボォォン!
シュペーアが加速し、咆哮が鳴り響く。
彼等の平和はこうして振り出しへと戻っていった。
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2056年
硫黄島
蒼い鋼の本拠地として、ヒュウガが改装を施した基地でもある。
その硫黄島の一画には、ヒュウガがナノマテリアルで構成した南国風のプライベートビーチが存在した。
「はぁ…うぅん……」
日差し避けのパラソルの下で、デッキチェアに横になっているビキニ姿のタカオは、思わず溜め息をついた。
「暇ねぇ……」
彼女の視線の先には、ハルナ達が海辺で遊んでいる。
「ま、蒔絵…コートを……コートを返してつかぁさ――」
パサッ……
「シャキーン!」
「でもハルハル!海に入るときはちゃんとコートを脱がないと駄目なんだよ!」
「しかし蒔絵、コートを脱いだら私は――」
バサッ!
「はぅ~堪忍してつかぁさい……」
「もう……」
「はっはっは!情けないなハルナ!見よ!この私の完璧な――」
バシャァア!
「ぐぁ!?わ、綿が……綿が水を吸って動きがぁぁ!」
「ホント…馬鹿ばっかりね……」
タカオはもう一度溜め息をついた。
横須賀での一悶着を終え、それぞれが各々の経緯でここに集まった訳だが、現在は皆暇を持て余している。
理由は、硫黄島で邂逅する予定である大戦艦コンゴウを待っている為だった。
度重なる連戦で疲弊した401は、刑部邸襲撃後、ハルナ達三人を伴って補給の為に硫黄島に帰港する。
その際、かつて401に敗れ、人間を自らの艦艇に乗艦させることで力を補完した彼等に興味を抱いたタカオが成し成し崩し的に合流。
島を守っていたヒュウガと共に、401の修繕と補給を完了させた群像達は、過去にメンタルモデルとの対話によって関係を築く事に成功した例から、コンゴウに呼び掛け対話する策を見出だした。
だが、肝心のコンゴウは二つ返事の後に連絡が取れず、彼等はこうして島に留まり、彼女を待っていると言う訳だ。
「タカオ……」
その呼び掛けに、彼女はあからさまに不機嫌な顔になる。
「何か用?401!」
彼女の視線の先には、タンキニタイプの水着を着たイオナが立っていた。
腕には、黄色いゴムのアヒルが抱かれている。
「つまらなそうな顔をしてる……」
「それはっ!か、艦長が……私の艦長になってくれないから〃〃〃」
「焼きもち?」
「だ、誰があんた等に焼きもちなんて焼くか!わ、私は別に一人でも全然大丈夫だしぃ………あんた達の事も羨ましくなんかないし……」
「……ツンデレ」
「ツンデレ言うな!」
「随分仲が良くなったじゃないか。」
「え……」
その声を聞いただけで、タカオのコアは激しく高鳴る。
顔は真っ赤になり、まともに相手の顔を見る事が出来ない。
「か、艦長〃〃〃ふ、フン!こ、これの何処が仲良く見えるって言うのよ!」
「メンタルモデルを持つ前の君達は、物事の解決を砲を交える事でしか成し得なかった。だが、今はそうじゃない。現に今だって君達は対話していたじゃないか」
「む、むぅ……」
むくれるタカオに群像は笑みを向ける。
それだけでタカオはオーバーヒートしそうになってしまった。
そこへ……
「わぁ!砂浜だぁ!う~ん気持ちいい!」
「ひぃ~暑ぃな……」
「久しぶりの日差しはやっぱり良いですね」
「マスクの中が蒸れてしまいます……」
401のクルー達も砂浜へ出てきた。
やはり年頃の女性だからなのか、普段着の男性陣に対して女性陣は水着を着ている。
「ねぇ杏平!私達の水着どうよ?」
「あ?……似合ってんじゃね?」
「はぁ!?何その反応!これだけの美人が周りに居て何も思わない訳?それに男共はみんな普段着だしさぁ!いくらなんでも無頓着過ぎるよぉ!」
「そうですね。ここまで徹底していると、私も自信無くなっちゃいます……」
「まぁ半分は人間じゃねぇしな……それに、艦長や俺達だけでも何かあれば直ぐ対応出来る様にしねぇと駄目だろ。何せ相手はあの艦隊旗艦コンゴウなんだからよ」
「だけどさぁ~」
そんなやり取りの中、突如砂浜を猛スピードで駆けていくケダモノがいた。
「イオナ姉さまぁん!」
「ヒュウガ……」
ガシッ!
ヒュウガはイオナに後ろから抱き付き、頬を合わせてスリスリしながら腰を左右にクネクネさせている。
イオナは鬱陶しそうにもがくが、大戦艦の力をそう簡単に振りほどける訳もない。
水着姿の彼女を堪能しているヒュウガに、群像は顔を向けた。
「ご苦労だったヒュウガ。イオナの船体をメンテしてくれて」
「当たり前じゃない。愛しの姉さまの船体を、他人に任せたりは出来ないわ。あぁ…ホント夢の様でしたわ。普段は見ることの出来ない姉さまの身体の奥までじっくりと……ジュルリ」
「良かった。これでいつでも、コンゴウと対峙することが出来る」
「………」
ヒュウガの表情が急に鋭くなった。
「本当にコンゴウに会うつもり?言っとくけど、艦隊旗艦経験者の私でもコンゴウの説得は無理だと思うわ。あいつ頭の硬さは、霧がメンタルモデルを持つ前から有名だったしね」
「聞いたこと有るわ。確かメンタルモデルを持つ事を総旗艦が提案したときも、コンゴウ最期まで反対してたんでしょ?」
「そうそう。いやぁあんた達にも聞かせたかったわぁ。あいつの殺気に満ちた声……集まった連中もドン引きだったわよ」
「うわっ!想像しただけで鳥肌が立ちそう……」
「でしょう?」
「だが、俺は対話を止めるつもりはない」
三人は群像を見つめる。
彼の意思は既に決まっていたのだ。
「君達もメンタルモデルを持つ前は、多様性に欠けていたんだろう?なら、コンゴウもメンタルモデルを得たことで何か変化がある筈だ。今はそれに賭けたい」
「メンタルモデルのもたらす変化が、必ずしも私達みたいにプラスの方向に向くとは限らないわよ?」
「それでも……だ。それに、万が一コンゴウと事を構える事になったとしても、君達なら俺に最善の道を開いてくれると信じている」
「私は群像の艦。あなたの航路は私が開く」
「全く、お人好しね……」
「フン!ま、まぁ悪く無いんじゃない?」
三者三様の反応に、群像は笑みを浮かべた。
その時……
ヴォン!
「!」
「!?」
「???」
メンタルモデル達の表情に緊張が走ったのを群像は見逃さなかった。
「コンゴウか?」
「ならいいんだけど……」
「イオナ!」
「うん」
彼女はその場でクルリと回ると、水着がいつものセーラー服へと変わり、他のメンタルモデル達も既にいつもの姿に戻っていた。
彼等は急いで401へと駆けて行き、中へと入っていく。
「タカオ!君はここで待機していてくれ。何かあれば連絡する」
「ちょっと、待ちなさいよ!私だけ除け者な訳!?」
「そうではないが……原因が掴める迄は、全員で動くのは危険だ」
「何よ!さっきの言葉は嘘だった訳?私は人間じゃないわ。艦長が道を開けって命令したなら、絶対に約束は守る。あなたに道を切り開いてやるわよ!」
「しかし……」
「あぁもう!私の船体は遠隔操作出来るわ。いざとなったら呼び寄せるわよ!だ、だから……今はあなたの隣に居させなさいよ!」
「………」
彼は少し思案し、タカオを見つめた。
「解った。君も来いタカオ!」
群像は手を差し出す。
彼女は彼の手を取り、中へと入った。
「あ、ありがと〃〃」
「ああ。よろしく頼む」
(うぁ…手、握っちゃった〃〃)
彼女は真っ赤になりながら、未だ残る群像の手の感触に暫し酔しれる。
―その後、全員でがブリッジに集合すると、群像は口を開いた。
「よし、全員揃ったな?イオナ、状況は?」
「硫黄島の南西およそ10kmの地点に、異常な空間の歪みを確認。原因は不明……」
「ヒュウガ、これは大戦艦コンゴウの仕業ではないのか?」
「可能性は低いわね。少なくとも私達の装備に攻撃する訳でも無く¨ただ空間を歪ませる装置¨なんて無いわ。ハルナはどう?」
「私やキリシマも同じ結論に達した」
「やはり直接調べるしかないか……」
「大丈夫なの?あんた達人間にとって、私達は異常な存在かもしれないけど、これは私達から見ても異常よ?」
「だからこそ調べなければ成らない。霧に対抗しうる勢力が集中する硫黄島に、この現象が起きたのは偶然ではない気がするんだ」
「でも……」
「止めとけよタカオ。群像、こうなったら絶対に説得するのは無理だぜ」
「そうですね。今までも、綱渡りみたいな感じも多かったですし……」
「はぁ……解ったわ」
タカオは呆れた様に溜め息を漏らす。
そんな彼女に構わず、群像は指示を飛ばした。
「イオナ、行けるか?」
「全システムオールグリーン。発進いつでもがってん」
「よし、いおりエンジン始動」
『オッケー!任せといて!』
「機関微速。外洋に出次第機関最大!伊號401発進!」
「きゅうそくせんこ~!」
エンジンが唸りを上げ401が潜行を開始する。
外洋に出て速度を上げた401は、空間の異常を検知した海域へ近付いていた。
「どんどん、空間の歪みが大きくなっているわよ?」
「イオナ、何か解るか?」
「解らない。ただ……」
珍しく眉を潜めるイオナに、群像は嫌な予感を覚えた。
《オ願■私ヲ■■テ…》
「あ……」
「イオナ、どうした?」
「声が聞こえた……呼んでる」
「一体どういう意味……」
ガタガタガタ!
「うっ、あぁあっ!」
突如401に激震が走る。
「おい!なんかヤバいんじゃねぇの!?」
「何が起きている!」
「解らない……でも、私達がここに着いた瞬間から空間の歪みが急速に拡大したことは確か」
「ちょっと!この振動クラインフィールドでなんとかならないの?」
「クラインフィールドは既に展開している。これは空間その物の振動だから軽減出来ない」
「脱出しよう!いおり、機関最大!」
『ダメ!重力子エンジンの波形に妙なリップルがある。上手く機関出力を調整出来ない!』
その間にも401を襲う振動は更に激しさを増していく。
ガタンガタンガタン!
「うわぁ!」
「蒔絵!私にしっかり捕まれ!」
「ありがとハルハル……」
「くそ!一体何が起きてるんだ!?」
蒔絵をしっかりと抱き抱えながら、ハルナとキリシマも眉をひそめる。
それはイオナも同じであった。
(さっきの声……私以外には聞こえて無かった?)
彼女コアがざわつく。
そのざわつきがどうしても不快で、彼女は助けを求めるように群像に顔を向けた。
彼は、必死に椅子に捕まり激震に堪えている。
(群像……)
彼女は彼の辛そうな表情を見てコアがチクリとする感覚を得た。
何故かは解らない。
とにかく彼にそんな顔をして欲しくなかった。
笑っていて欲しかった。
彼女は彼に手を伸ばす。
《助けて!お願い!》
「???」
急に頭の中で女性の声が響き、彼女のコアの痛みが増していく。
《おねがぁぁい!》
「あ、あああっ!」
「401!?」
「姉さま!」
イオナは叫んでいた。
痛覚など無い筈のコアに、まるでナイフを突き立てられ様な激しい痛みを感じ、あらゆる感情が入り込んできた。
不安 恐れ 悲しみ 絶望
彼女は必死に感情プログラムを抑えようとする。
しかし、止めどない感情の奔流に巻き込まれ、自分を失いそうになっていた。
「イオナ!」
「!」
彼女は、その声に現実に引き戻された。
視線の先には群像がいる。
激しい揺れで辛い筈の彼は、漸く作った笑顔をイオナへ向け、彼女に向かって手を差し出していた。
「群像……」
すがり付く様に彼の手を取ったイオナを、群像は自身の懐へ抱き寄せる。
「大丈夫だ……イオナ、大丈夫だ!」
彼の体温が、血の通っていないイオナへ伝わっていく。
「群像……群像っ!」
イオナは、彼なら全てを受け入れてくれる気がして、不安を吐き出すように叫んで彼の懐へ自分の身体を預けた。
何故なら彼は、この世でただ一人のイオナの艦長なのだから……
二人は、まるでお互いの存在を確かめ合うかのように暫くの間、強く抱き締めた……
「こ、コホン……」
「!?」
二人は僧の咳払いで我に帰る。
気付けば揺れは収まっていた。
「ちょ、ちょっと!いつまでくっ付いてんのよ!早く離れなさいよ!」
タカオが間に割って入り、二人を引き離す。
群像が辺りを見渡すと、僧は溜め息を付き、杏平は口笛を吹いていた。
静は、顔を真っ赤にしており、ハルナとキリシマは手で蒔絵の目を覆っている。
ヒュウガに於いては、わざわざハンカチをナノマテリアルで生成して口に加えて悔しそうに引っ張っていた。
群像は彼等に構わず、機関室に呼び掛けた。
「いおり、無事か?」
『大丈夫……でも周りはグチャグチャだよぅ』
「取り敢えず全員無事のようだな、さて……」
全員の無事を確認し、安堵するが、まだ周囲の状況は把握できていない。
今まで気付いていなかったが、艦は鈍く揺れていた。
「イオナ、状況を確認できるか?」
「ん……」
チ…チ……
彼女はシステムを再起動して、周囲の状況を把握し始める。
「解った。今私達は、横須賀沖の海上にいる」
「横須賀だと!?」
一同は驚愕する。
「冗談だろ!?どうやったら硫黄島から横須賀までこんな短時間で移動できんだよ!」
「これは事実。でも地形の形状が少し違う」
「地形が違う?イオナ、モニター出来るか?」
「ん……」
彼女が写し出したモニターを見た一同は、更に目を丸くすることになった。
「街が…燃えている!?」
「霧の襲撃か?」
「違う、多分アレ……」
モニターの視点を切り替えると、そこには彼等が今まで対峙したことがない巨大な艦影が写し出された。
謎の巨大な艦は、砲撃で市街地を蹂躙している。
「なんだ!?あれは……」
「解らない。ただ霧の艦にあんな艦のリストはない。それにここはホントに¨あの横須賀¨なのかも解らない」
「何だって!?」
これには流石に群像も頭が着いていかなかった。
「本当よ……確かに大まかな地形は横須賀の様だけれど、幾つか異なる点が有るわ。一番解りやすい点を上げれば、あんた達人類が横須賀に築いたあの防壁だけど、そもそも建設された形跡もないし、海底にある海面上昇前の沈んだ街もない」
「何て事だ……」
「!!?」
「イオナ、どうした?」
「私の隣に何かいる…今モニターに出す」
写し出された映像には、艦首にドリルを付けた艦が写し出された。
「この艦は一体……」
「人体反応多数検知。挙動から敵意は無いみたいだけど……あっ」
ドリル艦は突如として動き出す。
どうやら、あの巨大艦に進路を向けているようだった。
群像はあらゆる思考を一時捨て去り前を向く。
「今は取り敢えず、あの巨大艦に横須賀の破壊を止めさせるのが先決だ。イオナ!」
「システムオールグリーン。発進いつでもがってん」
401のエンジンが唸りを上げる。
こうして彼等は、新たな戦いへと赴くのであった。
後編へと続きます。