トライアングル・フリート   作:アンギュラ

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お疲れ様です。

今回は超兵器戦の残務処理回です。

残念ながら第一章終了とはならなかったのですが、次回は第一章終了と第二章の予告を含めた回に出来ればと考えています。

それではどうぞ


砲火の残響は氷上の摩天楼を揺るがす  …unknown flag ship

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播磨の消滅と同時刻

 

雪と氷が行く手を阻む、美しくも厳しい海

 

 

【北極海】

 

 

その青い氷の世界には、あまりにも不釣り合いな黒の巨大な艦艇が鎮座していた。

 

 

近くを北極熊の親子が歩いている。

 

 

警戒心の薄い子熊が、黒い艦の側面を興味深かそうにカリカリと爪で引っ掻いた。

 

 

すると、巨大な艦の長大な砲身が動き出し、付着していた氷柱がガチャガチャと甲板に落下して砕け散り、その音に驚いた熊の親子は一目散に逃げていった。

 

 

 

それを意に介せず、巨大な艦はズラリと並んだ砲頭群の仰角を次々と最大にしていく。

 

全ての砲を上に向けた時、そこにあるものを形容するなら、それは巨大な軍艦ではなく、正に【氷上の摩天楼】と言うべきものだった。

 

 

彼女のセンサーは感じている。

 

遥か南の海で散った、魔神の最期を。

 

 

 

 

ドォォォォン!

 

 

 

摩天楼が上空に向かって発砲した。

 

 

 

 

 

その弔いの砲撃が生んだ衝撃で船体は大きく沈み込み、発生した轟音と猛烈な爆風は辺りの海に張り詰めていた分厚い氷を一瞬で吹き飛ばした。

 

 

 

 

暫くして、掻き回された海面が穏やかになり再び氷が張り始めると、摩天楼は全ての砲の仰角を元に戻し、再び深い眠りについた。

 

 

不純物の少ない空気に写し出された。満天の星空とオーロラが、皮肉にも 氷の世界に不釣り合いな鋼の摩天楼を美しく飾っているように見えた。

 

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「急げ!早く搬送しろ!」

 

 

 

 

スキズブラズニルの医療班が慌ただしく怪我人を搬送し処置を施す。

 

美波も医療班に加わり、特に重症者を優先しての処置を行っていた。

 

 

 

超兵器の突撃により、中破した出雲は、他の艦よりも負傷者が多数いた。

 

 

 

はれかぜのクルーは幸い重症者はいなかったが、頭を打った者もいる為、念のため検査を受けており、蒼き鋼も機関長のいおりが多少のガスを吸っている為に検査を受け、タカオに乗っていたもえかも額からの出血と頭部の強打により処置を受けている。

 

 

怪我人の治療は夜遅くまで続き、美波がはれかぜにある自分の医務室につく頃には、夜中の2時を回っていた。

 

 

部屋に戻った彼女の前には、真白ともえかそして志摩が帰りを待っていた。

 

 

 

 

「様子はどうだ?」

 

「艦長はまだ……だが砲雷長は先程目を覚ました」

 

 

カーテンを開けた美波の視界には、眠ったままの明乃と、憔悴しきった様子の芽衣がベッドに横になっているのが目に写る。

 

 

 

志摩は心配そうに芽衣の手を擦っており、美波はベッドの脇に置いてある椅子に座ると、落ち着いた様子で芽衣に話し掛けた。

 

 

 

 

「目が覚めたか?良かった……外傷は認められなかったし、これなら問題無いだろう」

 

 

「………!」

 

 

 

芽衣の瞳からジワッと涙が溢れてきた。

 

 

 

 

「問題ない?そんなわけ無いよ……だって江田さ…人が死んだんだよ!?艦長だってこんなになって…私、何も力になれなかった。誰も救えなかったよ……」

 

 

 

 

 

項垂れる芽衣に、彼女は努めて表情を変えずに語りかける。

 

 

 

 

 

 

「艦長がこうなったのは誰のせいでもない。確定ではないが、明確な原因があると私は考えている」

 

 

「原…因?」

 

 

 

「現段階ではあまりに突拍子もない話で断定する事は出来ないが、いずれ確信を得た時点で話すことになるだろう。あと人死にの件だがな……」

 

 

「おい!それはあまりにも……!」

 

 

 

 

 

さも不謹慎だと口を挟もうとした真白を美波は手を翳して制した。

 

 

 

 

「話は最後まで静聴することを進めるぞ副長。それでだな、砲雷長がご執心の例のパイロット。確か…江田だったかな?彼は¨生きて¨いるぞ」

 

 

「!!?」

 

 

 

 

一同は驚愕し、特に芽衣は美波に掴み掛かろうとする勢いで迫ってくる。

 

 

 

 

 

「生きてるってどういうこと?何で!?あの時確か……ねぇ!どうして!?」

 

 

「ちょ…やめっ…落ち着け!これでは話が出来ん!」

 

 

 

 

美波に諭され、芽衣はベッドに戻る。

 

 

 

彼女はゴホンと咳払いをして話を続けた。

 

 

 

 

「続けるぞ?で、敵にやられて海へ落下した彼を助けたのは蒼き艦隊だ。セイランと言ったか?どうやらアレは海や空だけでなく水中でも可動出きるらしい。戦況が悪化する可能性を危惧した千早艦長は、当該海域へ向かっていた大戦艦ハルナに水中での待機を指示。そして彼の航空機が撃墜された報を受け、現場に向かわせた」

 

 

 

 

「でもあの高さから落下して無事な訳が…」

 

 

 

「忘れたか?知名艦長。彼女達にはあるだろう、クラインフィールドが」

 

 

 

「あ……」

 

 

「ハルナは、フィールドで彼が海に叩きつけられる衝撃を緩和して身体を回収した。その頃401では、大戦艦ヒュウガが卵型のポットで出発し、水中でハルナと合流。彼の身体をヒュウガに引き渡し、ヒュウガはその足でスキズブラズニルに戻り、横須賀での事例同様にナノマテリアルで応急処置を施した。その後ハルナは、彼の無事をシュルツ艦長に伝えてから我々の支援のため円盤型航空機の撃墜に現れた」

 

 

「そうだったのか…だが、大戦艦キリシマはどうなる?」

 

 

 

 

 

 

真白の問いに美波はニッと笑いを浮かべながら答えた。

 

 

 

 

 

 

「それも心配ない。彼女達はユニオンコアという人間で言う処の心臓を持っている。それが破壊されない限り、再びナノマテリアルを纏えば復活できるそうだ。そしてコアも、必ずしもメンタルモデルに埋め込んでおく必要は無いらしい。ハルナは、キリシマがスリープモードの際に、自身の権限でコアを別のところに移動していたようだ。故にあれほど完膚なき迄に破壊されても問題は無いらしい。今は、自閉モードに入っているようだが、じきに目を覚ますそうだ。」

 

 

「そうだったのか……」

 

 

「そ、それで、江田さんは今どこに!?」

 

 

 

 

 

芽衣が焦れたように美波に問う。

 

 

 

 

 

 

「病床が一杯なのでな。今は401にてヒュウガが治療を続けているそうだ」

 

 

 

「行かなきゃ!」

 

 

「待て砲雷長!」

 

 

「でも、会いたいの!」

 

 

「会わん方がいい……」

 

 

「どうして!?」

 

 

「彼は半分死んだも同然だからだ!」

 

 

「……え?」

 

 

 

 

呆然とする芽衣に、美波は続ける。

 

 

 

 

 

「彼は右半身のかなりの面積を失っている。本来なら生きている筈がないんだ。その失った部位をナノマテリアルで補っているに過ぎない」

 

 

「だって横須賀の時は!」

 

 

「あの時、ヒュウガが行っていたのは、あくまで応急処置だ。医者が来て手術をするまで、負傷者の命を留めて置いたに過ぎない。彼女達が治療に削いでいた演算能力を解けば、それはただの銀砂になる。それに忘れたのか?彼女達はそれぞれ別の世界から来たんだぞ。もし、彼女達が元の世界に戻ってしまえば、身体を構成していた部位が元に戻り彼は……」

 

 

「聞きたくない……」

 

 

「受け入れるんだ!砲雷長と彼は永遠に…」

 

 

「いや!」

 

 

「一緒にいることは出来ないんだ!」

 

 

「イヤァァ!聞きたくない!聞きたくないよそんな話!」

 

 

 

 

 

芽衣は手を両耳にあて、首を横に振って泣き叫んび、志摩がそんな彼女の身体を抱き締めながら必死に宥めている。

 

 

 

だが美波は容赦しなかった。

 

 

 

 

 

 

「また逃げるのか?そうやって子供みたいに泣いて、嫌だ嫌だと駄々をこねて、それで事態が好転すると思っているのか!」

 

 

「もうやめるんだ!鏑木医務長!」

 

 

 

 

真白の制止を振りほどき、美波は芽衣の胸ぐらを掴んで自身に引き寄せた。

 

 

 

 

 

 

「逃げるな砲雷長!彼への想いはそんなものだったのか?私に会うなと言われ、真実を打ち明けられたら尻込みするようなものだったのか?さっき永遠に一緒にいることは出来ないと言ったが、生き物である以上、永遠に等というのは端からあり得ないんだ!だから今が大切なんだ!砲雷長にはきちんと手足がある。自分の足で歩き、自分の口で想いを伝えることが出来るんだ」

 

 

「美波さん……」

 

 

「だったら行け!今すぐだ!その想いが本物だったらな!」

 

 

 

 

 

芽衣は目を見開いた。

 

彼女はベッドから起き上がると、覚束ないながらもしっかりと一歩を踏み出し、医務室を後にする。

 

 

 

 

 

「立石砲術長、砲雷長を支えてやってくれ…頼む!」

 

 

「うぃ!」

 

 

 

 

志摩が芽衣を追って出て行くのを見届けた美波は深く息を付くと、二人の出ていった医務室の出口に向かって呟く。

 

 

 

 

 

「私がキューピッドか。笑い話にもならんな……」

 

 

「「!!?」」

 

 

 

 

真白ともえかは目を丸くする。

 

 

 

 

「どういう事なんだ鏑木医務長!じゃぁさっきの話は作り話なのか?」

 

 

「事実だ。だが彼女達蒼き鋼が、彼への延命について何も対策をしていないと私は言った覚えは無いぞ?」

 

 

ニタニタとマッドな笑みを浮かべる美波を真白ともえかは半目で見つめる。

 

 

 

だがその笑みは、明乃に視線を向けるとたちまち消失した。

 

 

 

 

「さ…て、本題に移るとしようか」

 

 

 

 

目を覚まさない明乃の頬を美波は優しく撫でる。

 

 

「艦長の生い立ちについての話は皆には?」

 

 

「いや、まだ話していない」

 

 

「懸命だな。まだあの戦いからの余韻もある。余計なパニックは避けたい」

 

 

 

 

 

スキズブラズニルに戻ったあと、異世界艦隊の重要ポスト及び、真白ともえか、そして美波は真霜から、明乃に関する事情を説明されていた。

 

 

 

 

「で…だ、端的に言うと艦長の体には現段階で異常は無い。超兵器のノイズも脳波からは検出されなかった」

 

 

「じゃぁなんでミケちゃんは目を覚まさないの?」

 

 

「砲雷長が気絶した理由と同じだろう。急激に理解を超えたストレスが脳に掛かり、耐えられなくなった結果として、一時的に意識を飛ばして現実からの情報を遮断する防衛本能だな。まぁ艦長の場合は、砲雷長とは違い¨能力¨の副作用として脳にストレスがかかるようだが…どう思う?」

 

 

「信じがたい話だが、私達は目撃したからな。あの予言にも似た艦長の力を……」

 

 

「それにしても、ミケちゃんが異世界の人間なんて…。私…知らなかったよ。それに超兵器との関係も…」

 

 

 

 

二人は明乃の衝撃の事実にショックを隠しきれずにいるようだった。

 

 

 

 

「鏑木医務長の推測は、当たっていたわけだ…私は、何も知らなかった。いや、知ろうとしなかったんだ。艦長の頼もしさに甘えていた自分に腹が立つ!」

 

 

 

 

 

「感情論は今はいい。重要なのは、この現実に対する私達の対応だ」

 

 

「策は有るのか?」

 

 

 

「検討中ではあるがな……艦長の覚醒前に検出された超兵器ノイズとは真逆の性質を持つ波長。それを上手く利用すれば、あるいは艦長の人格の暴走ないし、能力の発現等に一役かうかもしれん。この案件については私の処理能力を超えた事象ゆえに、今後はブラウン博士・蒔絵・ヒュウガなどと相談し対応を模索していくつもりだ」

 

 

「力になれなくてご免なさい……」

 

 

「気にするな。これは私の分野だからな」

 

 

 

 

 

落ち込むもえかに美波は優しく微笑みかける。

 

 

 

『鏑木医務長。戻られたばかりですみません。至急病棟に来て頂けますか?』

 

 

「ああ、すぐ行く。」

 

 

 

 

 

 

通信をきると美波は支度を始める。

 

 

 

 

「また行くのか?」

 

 

「衣帯不解……か。まぁ医者である私の責務だからな。あなた達もそろそろ休むといい。少しでも休まんと持たないぞ」

 

 

「うん、もう少ししたら私達も休むよ。美波さんもあまり無理しないで……」

 

 

「解った。それでは少し行ってくる」

 

 

 

美波は、はれかぜの医務室をあとにした後に流れる暫しの沈黙の後、もえかが口を開いた。

 

 

 

 

「宗谷さん、聞いてもらえるかな……」

 

「なんです急に」

 

 

「私ね、逃げちゃったんだ……ミケちゃんから」

 

 

「逃げた?」

 

 

 

「うん……ミケちゃんは昔からとても優しかった。お母さんが死んじゃった時も、ミケちゃんに一杯励まして貰った。でも、孤児院に入ったある時、外で遊んでいた私達の近くに近所の人がこっちを指差して何か言っていたの。ううん、話の内容は聞こえてた。あの人達は私達を見て【親無し】って言ってた。明らかに蔑んだ目で……私ね、とても嫌な気持ちになったし、怖かった。でも隣にいたミケちゃんの顔を見て更に怖い気持ちになった」

 

 

「………」

 

 

「すごい目で睨んでいたの。一言も言葉を発せずに、ただ睨んでいたの。ミケちゃんをみた大人達は、気味悪がって逃げて行った。でもそれ以上に私もそんなミケちゃんが怖くて逃げたかった。それからミケちゃんの顔を見るたびに、あの時の顔が頭をよぎった。優しく笑いかけてくれたのに…私は愛想笑いを浮かべるしか出来なかった。中学に上がるとき、ミケちゃんに何も言わずに遠くの学校を選んだのも、ミケちゃんから離れたかったからだった…きっと嫌われてるって思ってた。でも…でもね…6年前、横須賀の学院で久しぶりにミケちゃんと再開したとき……ミケちゃん…笑顔で…本当に嬉しそうに……ひ、久しぶりだねって」

 

 

「知名さん、もういい……」

 

 

「それに…あの事件の時も、危険を省みずに助けてくれて…それに比べて私は逃げてばかりで…これじゃミケちゃんの親友だなんて……言えないよ!」

 

 

「それなら!私はどうなんだ……隣に、すぐ隣にいたんだ。それなのに何も気付かなかった。6年前も…今回も。いつも自分の事ばかりで精一杯で……何も知ろうとしなかったんだ。これじゃ副長以前に友達として……失格だ!」

 

 

「そんなこと無いよ……」

 

 

「「!!?」」

 

 

 

 

明乃が目を覚ましていた。お互いに心境を吐露し、涙を流す二人は目を丸くする。

 

 

 

 

 

「み、ミケちゃん、起きてたの!?」

 

「一体いつから……」

 

 

「ごめんね……タマちゃんが出てった辺りから起きてたの。盗み聞きするつもりは無かったけど起き上がるタイミングを逃しちゃって……」

 

 

「じゃぁ美波さんの話も……」

 

 

「うん…聞いてたよ。そうかぁ~。私、この世界の人間じゃ無かったんだね……」

 

 

「ミケちゃん…あの、それは……」

 

 

「ううん、いいの。気にしてないと言えば嘘になるけど。何故か今は凄く納得してる」

 

 

 

「嘘だ!納得などできるはずはない!だってこんな……」

 

 

「夢を見ていたの」

 

 

「夢?」

 

 

「正確に言うなら¨見せられていた¨…かな。私はあの日、両親が死んだ日を追体験させられた。そして両親の死の真相を知った」

 

 

「………」

 

 

「あれは間違いなく超兵器の襲撃だった。それを知った私は、超兵器に対するどうしようもない憎しみと、その後の世間の私に対する怒りに飲まれてしまったの。そこにアレは現れた………」

 

 

 

「アレ…とは?」

 

 

「大きな目玉の様なもの…でも見た目はどうでもいい。アレは恐らく超兵器の¨意思¨」

 

 

「そんな!兵器に意思なんて……」

 

 

 

「無いとは言い切れない。蒼き鋼のメンタルモデルの事もあるし……でもアレから感じられるものは【破滅】単なる破壊。この世から生命を一切消し去るまで止まることを知らない化け物……私は、アレに誘惑されたの。生命を消し去れば如何なる争いも起こらないって。どんな苦悩からも解放されるって……」

 

 

「狂っている!そんな終末論の様なもの、通常は認められるわけがない!」

 

 

「でも私は受け入れた」

 

 

「……え?」

 

 

「モカちゃん達の話で納得できた。あのイカれた話は私にだから、この世界の住人じゃない異質で孤独で心の弱い私にだからこそ有効だっんだと思う。周りの人の侮蔑の眼差しや、私を利用する人たちの心がイメージで流れ込んできて…そこにあんな言葉をかけられたら…正直耐えられなくなって…だから皆を危険に晒して……」

 

 

「ミケちゃんは弱くなんかない!」

「艦長は孤独なんかじゃない!」

 

「!」

 

 

 

 

もえかと真白は一斉に彼女に叫んだ。

 

 

 

 

 

「どうしてそんなこと言うの!?ミケちゃんはいつだって、どんな時だって私や周りの皆を否定せずに優しく受け入れてくれたじゃない!どんなに辛くても前を向いて進んでいたじゃない!そんなミケちゃんは弱くないよ!私なんかよりずっとずっと強いよ!」

 

 

「艦長!あなたは私や知名さん、そしてはれかぜのメンバーが己の私利私欲であなたに付いてきていると思っているのか?違う!絶対に違うぞ!皆、岬明乃という一人の人間が大好きだから、失って欲しくない大切な人間の一人だから一緒にいるんだ!それを孤独だったなんて…なんでそんな……悲しいこと」

 

 

 

 

 

泣きながら、すがり付く二人に明乃は微笑み、そっと二人の頬に手を当てた。

 

 

 

 

 

「うん…解るよ。だって私をアレの誘惑から引っ張りあげてくれたのは皆だから…」

 

 

「艦…長」

「ミケちゃん……」

 

 

「お父さんとお母さん、それにモカちゃんのお母さん、親友のモカちゃんにはれかぜの皆。その思い出が、私を現実に引き戻した。そして皆の思い出を運んできてくれたのは、はれかぜだと思う。」

 

 

「はれかぜ…が?」

 

 

「うん、感じたの。頬にあたる心地よくて、温かくて、そして優しい風を……だから私はアレに負けなかった。きっとアレは今後も、私や皆に幾多の絶望与えて来ると思う……何度でも」

 

 

「……」

 

 

「でもこの広い海に、皆…いや、家族と一緒にいる限り、きっと打ち勝てると思うの。だってアレに家族も友達はいない、大切な者を持たないただの冷たい¨兵器¨。私は…岬明乃は、こんなに温かくて優くて、大切な家族を持っている¨人間¨なんだから」

 

 

 

 

明乃は二人の頬に当てていた手を離すと、グッと自らの胸へ引き寄せて二人を抱き締めた。

 

 

 

 

「か、艦長……」

「ミケちゃん…う、うぁぁ!」

 

 

 

 

二人は声をあげて泣いた。

 

 

 

そこにいるのは、超兵器でもなければ、救世主でもない、ただの岬明乃がいる。

いつもの優しい岬明乃がいる。

 

 

 

 

こんなに当たり前の事が、今の二人にはたまらなく嬉しかった。

 

 

 

 

二人は、まるで明乃を遠くへ行かすまいとするように服を堅く掴んで暫く泣いていた。

 

 

余程安心したのだろう、疲れも溜まっていたのかもしれない。

 

 

 

二人はいつの間にか頬には未だに涙の跡を残したまま眠ってしまっていた。

 

 

 

 

明乃は二人の頭をそっと撫でると、医務室の扉に向かって呟いた。

 

 

 

 

「美波さん。もう入ってきてもいいよ」

 

 

 

すると扉が開き、疲れた様子の美波が入ってきた。

 

 

 

 

 

「ふぅ…バレていたか。艦長、君と同じだ。部屋に入るタイミングを逸してしまってな……」

 

 

「ごめんね。疲れてるのに……」

 

 

「無問題だ。しかし……」

 

 

 

 

美波はスヤスヤと眠る、真白ともえかを少し呆れたように見つめた。

 

 

 

 

 

「まさか、患者のベッドを占領するとは…困った副長殿と艦長殿だな」

 

 

 

「私を心配してくれたの。暫くそっとしてあげて」

 

 

「まぁ良いだろう。今のところ支障は無いしな…で、色々艦長には聞かなければならない事がある。先程の夢の件や艦長の生い立ちについてもな。話すのは辛いとは思うが、今後の超兵器対策に何か役立つやもしれん。ゆっくりでいい、勿論話せる範囲のもので構わない。朝までもう暫くある。聞かせてくれないか?」

 

 

「うん。ありがとう美波さん」

 

 

「礼には及ばない。私もあなたを大切に思う者の一人だ。微力でも力になりたい」

 

 

二人は朝まであの時の状況について話し合った。

 

 

 

 

   + + +

 

 

幾千もの艦艇、氷の海。

 

 

 

今まさに世界を賭けた決戦が始まろうとしていた。

 

 

 

その艦艇の中にシュルツの艦もいる。

 

 

 

 

 

 

「退避せよ!繰り返す、今すぐ退避せよ!」

 

 

 

 

 

 

シュルツは数多の艦艇群に叫んでいた。

 

 

世界中から集結した多国籍の軍艦達が見据える視線の先には、まるで島の様な巨大な艦艇が一隻鎮座していた。

 

 

 

 

「退避せよ!退避せよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『黙れ!この【悪魔】め!自国の艦が攻撃されるのが嫌なのか?それとも怖じ気づいて漏らしちまったのか?いいかよく聞けクズ共!!我々の国を蹂躙し尽くしたあの兵器を野放しする訳にはいかんのだ!国の誇りに賭けてな!』

 

 

 

「命を無駄にする必要はない!お願いだ…退避してくれ!家族が待っている者だっているんだぞ!」

 

 

『その家族を吹っ飛ばしたのは、貴様の祖国だろうがぁぁ!俺の妻も子供もその一人なんだよ!あんなに……あんなに愛していたのに……クソッ!いいか覚えておけ!皆殺しだ!この戦いが終わったら貴様の国の人間を皆殺しにしてやる!何もかも搾り取るだけ搾り取って、蹂躙して殺してやる!男も女も、子供もだぁ!』

 

 

 

 

 

通信は一方的に切られた。

シュルツは歯を食い縛りつつ、再び退避を促すために回線を開こうとした。

 

 

その時、

 

 

 

 

 

『聞いただろう。これが真実だ』

 

 

「貴様は……ヴァイセンベルガー!」

 

 

 

 

 

 

フリードリヒ・ヴァイセンベルガー

 

 

 

ウィルキア帝国初代国家元首にして、超兵器を使用し、世界に戦争と死を撒き散らした張本人である。

 

 

 

ヴァイセンベルガーは氷の海に鎮座する巨大艦から不遜な口調でシュルツに語りかけてきた。

 

 

 

 

 

 

『所詮は皆、我が身可愛さで他人を傷つける低俗な【サル】でしかない。私が……ウィルキアが全てを統治すれば、全ての領土がウィルキアに属し、全ての人間がウィルキア人となるのだ。そこには如何なる肌の色も宗教の問題も存在しない理想郷がある!それを何故理解しようとしない!』

 

 

 

「貴様のその身勝手な理想とやらに一体何人の人間の命を生け贄にするつもりだ!」

 

 

 

「父さん!もうやめてくれ!こんなのは間違っている!世界の大半の人間を殺して得られるものなんて何も無いんだ!」

 

 

 

 

ヴェルナーは泣き叫びヴァイセンベルガーを説得しようとしている。

 

その実、ヴェルナーはヴァイセンベルガーが昔関係をもった女性との間に生まれた実子であり、超兵器討伐中にその事実をヴァイセンベルガー本人からに打ち明けられていた。

 

そして帝国の為に、スパイとして超兵器討伐軍の動きを意図的に敵側にリークしていたのだった。

 

 

 

しかし、帝国や超兵器の狂気の所業に疑問を抱き、事実をシュルツに打ち明ける事を決意。

 

 

父と自分の気持ちとの折り合いをつけられなかったヴェルナーはその場で自決しようとしたが、シュルツに説得され真に超兵器討伐軍として行動し、父に立ち向かう決意を固めたのだった。

 

 

 

 

そんな息子の思いも、狂気に満ちたヴァイセンベルガーに届く筈もなく、冷徹な言葉だけが帰ってくる。

 

 

 

 

『貴様は黙っておれ、この役立たずがっ!それに偶然出会った売女との間に生まれた貴様など、端から息子などとは思っておらんわ!』

 

 

 

「あなたはどこまで腐っているだ……」

 

 

 

 

「ヴェルナーもういい……下がっていろ」

 

 

 

 

悔しさに涙を浮かべるヴェルナーを下がらせ、シュルツは再びヴァイセンベルガーと対峙する。

 

 

 

 

 

「もう終わりにしよう……降伏を受け入れて、大人しく法の裁きを受けるんだ!」

 

 

 

『笑止!この究極力を手にして降伏など有りはしない!見せてやろう、こいつの真の力を!神の鉄槌を!』

 

 

「な、何を……」

 

 

 

 

 

黒を基調とした巨大な艦艇の艦首にあるハッチが開き、中からそれそのものが戦艦よりも巨大な兵器が現れた。

 

 

 

それは現れるや否や、眩い光を放ち始める。

 

 

 

 

 

グゥゥウウオオオ!

 

 

 

 

兵器の不気味稼働音が辺りに響き渡る。

 

 

 

 

「超兵器ノイズ極大化!かか、艦長!な、何なんですか?……あれ」

 

 

 

ナギは恐怖のあまり震えていた。

 

 

 

 

「何にしてもろくなものじゃない!総員、ただちに奴の正面から退避!急げ!」

 

 

「は、はっ!」

 

 

 

 

シュルツ達は巨大艦艇から退避を決断する。

 

 

 

しかし多国籍艦艇は未だに退避勧告を無視し、巨大艦艇と対峙しており、砲の稼働音は更に大きくなっていく。

 

 

 

ヒィィギィィィィン!

 

 

 

 

 

 

「退避せよ!お願いだ……退避してくれ!」

 

 

 

 

 

シュルツの必死の呼び掛けも虚しく、破滅の時はやって来る。

 

 

 

 

 

ヴァイセンベルガーは、巨大艦艇の名を呼び、【使ってはならない兵器】の発射を宣言した。

 

 

 

 

 

『プッ、フハハハハ!これぞ神の力!【波動砲】発射だぁ!行けぇ【ヴォルケンクラッツァー】!!!』

 

 

 

「や、やめろぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

 

 

 

次の瞬間、目を瞑っていても激痛を生む程の強烈な光と轟音が辺りを呑み込んだ。

 

 

 

シュルツは最後まで、多国籍艦艇への退避勧告を叫び続けた。

 

 

 

 

『艦長…艦長!どうされましたか!?艦長!』

 

 

 

「ガハッ!?ハァ…ハァ……」

 

 

 

突っ伏していた机からガタンと立ち上がったシュルツが辺りを見渡すと、そこはいつもの自分の部屋だった。

 

 

まだ状況が頭に入ってこない彼に背後の女性が話しかけて来る。

 

 

 

 

「どうかされたのですか?艦長……」

 

 

「ぶ、ブラウン博士!?どうしてここに?」

 

 

「今回の播磨との戦いについて、艦長とお話がしたくて来たのですが、ノックをしても返事が有りませんでしたので、誠に勝手ながら入らせて頂きました。そしたら艦長が苦しそうに呻いていらしたので心配で声をかけたのです……」

 

 

「そ、そうでしたか……」

 

 

 

 

彼は動揺している顔を見せまいと、顔を反らすが、博士は心配そうに何度もこちらを覗き込んできた。

 

 

「何か悪い夢でも?」

 

 

 

「い、いえ……それよりも報告があったのではないのですか?」

 

 

「いえ…今は止めておきます。いずれ話す内容でしたから。それにその様な状態で話しても冷静な理解は得られないと思いますし」

 

 

 

 

はっきりとした物言いにシュルツは反論出来なかった。

 

 

「申し訳ありません……不甲斐ない姿をお見せしてしまって」

 

 

「いいんです。ここ最近、艦長はろくに休息をとっていらっしゃらなかったのですから。それで?何か悩みでもあったのですか?」

 

 

 

シュルツは神妙な面持ちになる。

 

 

 

「アノ日の事が夢に出てきました……」

 

 

 

 

状況を察した博士の表情が曇る。

 

 

 

 

「ヴォルケンクラッツァー…ですか」

 

 

「はい…多くの人が死にました。私は無力だった。これでは、死んでいった部下にも顔向けが出来ない」

 

 

「そんなことありませんよ。艦長はいつも…この世界においても、超兵器による犠牲を無くそうと尽力なさっています」

 

 

「そんなことは無いのですよ。私は…いえ、何でもありません」

 

 

「………」

 

 

「それより博士も、そろそろ休憩……ヲフッ!?」

 

 

 

 

突然博士が、シュルツに抱きついて来た。

資料がバラバラと床に落ちる音がして、勢い余ったシュルツと博士はそのままベッドに倒れ込んでしまう。

 

 

博士に馬乗りされたシュルツは激しく動揺した。

 

 

 

「ちょ…博士!どうしたんです?止めてください!」

 

 

「誤魔化さないで!」

 

 

 

 

大声など上げたことの無い彼女の声にシュルツは動けなくなってしまう。

 

 

 

 

「何を隠しているの?あなたはさっきから私の顔を見ないばかりか、すごく怯えている様に見える。それは前から薄々感じていたの、私達の世界にいるときから……。でもそれが確信に変わったのは、ヴォルケンクラッツァーと対峙した時よ。それからあなたは変わった。ううん、気付かない人は気付かないかもしれない、でも私には解るの。あなたから伝わってくる不安や恐れが。だって私はあなたの事……」

 

 

 

 

「博士は【超兵器の声】を聞いた事がありますか?」

 

 

「超兵器の声?一体何の話を……」

 

 

 

 

シュルツは半ば自暴自棄にでもなったように淡々と話を続けた。

 

 

 

 

「成る程、やはり聞こえるのは私だけか…いや、もしかしたらヴァイセンベルガーもかな。奴ら超兵器には意思がある。破壊を楽しむ者・破壊を義務とする者・破壊そのもの。大きく分けるとこの三つに分類されるが最後にもうひとつ付け足すなら、それは…【無】」

 

「無?」

 

 

 

「この世にある全てを無に帰す。それが超兵器の目的なんです!ヴォルケンクラッツァーと対峙して始めてしっくり来た。先程言った三つの破壊原理、それは我々を無へと誘う為の布石だったんですよ!不自然だと思いませんか?世界を¨統治¨したいなら、何故世界を¨消滅¨させかねない波動砲を建造する必要があるんです?統治だけなら、今まで沈めてきた超兵器だけで十分事足りたんです!」

 

 

「それは……」

 

 

 

彼は捲し立てて彼女に叫ぶ。

彼女がこんなに荒ぶるシュルツを見たのは初めてだった。

 

 

 

(どうしたというの?これは報告にあった岬艦長の症状と酷似して……)

 

 

 

博士はその尋常ではない様子に恐怖を感じ始め、シュルツから距離を取ろうとした。

しかしその瞬間に、両肩を掴まれガタガタと揺さぶられる。

 

 

「いや、や、やめ…!」

 

 

「あなたの光子榴弾砲の開発もそうだ!あれは貴女が超兵器からの誘惑で作らされた破壊の結晶なんだよ!身に覚えがあるだろ!?目の前にある未知の技術に科学者として手を出してみたかったんだ!それで大勢の人間が消し飛ぶなんて微塵も考えずに!」

 

 

「やめ、ち、違う…私はそんな……」

 

 

「だからあの時、俺に泣きついたんだ!自分の中にある狂気に気付いて怖くなったんだろ!?」

 

 

 

 

彼がそこまで言うと、今まで抵抗していた博士の動きが止まった。

 

 

そして……

 

 

 

「う、うぅぅ…わ、私は…そんな…ただ…艦長に……」

 

 

 

 

 

博士は遂に泣き出してしまった。

 

恐怖もあったが、それ以上に色々な感情が噴き出して上手く言葉に出来ない。

 

 

本来科学者であり前線の経験の無い彼女は、クールな見た目とは裏腹に精神面で打たれ弱い一面があった。

 

 

 

シュルツはその様子を見て、我に帰って青ざめる。

 

 

 

 

「も、申し訳ありません!別にあなたを責めるつもりはなかったんです!ただ、少し感情が高ぶってしまって……」

 

 

 

 

必死に言い訳をするが、連戦で緊張の糸が切れてしまったのだろう。

 

 

博士は暫くの間、泣き止んではくれず、シュルツは途方に暮れることになった。

 

 

 

 

一時間がたち、ようやく落ち着いた博士に、シュルツはコーヒーん差し出した。

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

黙ってそれを受け取った博士は、際眼鏡を外し、未だ潤んだ瞳で彼を見上げる。

 

 

 

 

 

彼女と目があってしまい、シュルツは既になん十回目かの酷い罪悪感に襲われた。

 

 

 

 

(私は博士になんて事を…女性を泣かせるなんて最低だ……)

 

 

 

 

 

落ち込むシュルツをよそに、博士はコーヒーを口に含む。

 

 

 

「ん…」

 

 

 

 

温かな感触と苦味が、気持ちを落ち着けた事も相まって、彼女は落ち込むシュルツには声をかけた。

 

 

 

「あ、あの………」

 

「は、はい!」

 

 

 

少し声が上擦ってしまった。

 

 

 

「艦長のおっしゃる通りなんです…。私は、目の前で起きる未知の現象に取りつかれていました。兵器を研究する者として、超兵器の技術は調べ尽くしたい知識の塊だったのですから」

 

 

「……」

 

 

 

「でも艦長の艦に同行し、運用される超兵器と、それによって死んでいく人達を見て、科学はもっと人の役に立つものだと信じていた私の考えが、根底から否定されました。使い方次第であんな悲劇を……怖くなったんです。科学も、それに盲目的に魅せられてしまった自分も……」

 

 

「博士、これ以上は……」

 

「言わせてください!自信を失った私を救ってくれたのは艦長、あなたです。【壊す科学が有るのならそれを抑止する科学もある。兵器の起こす事象が、それを使用する人の心に左右されるように】と…どれ程その言葉に私が救われたことか…。ううん、私だけじゃない、きっとヴェルナー副長だってそう。皆あなたに救われたんです」

 

 

「いえ、私はあなたの思うような人間では…」

 

 

「では、¨あの部屋¨は何なんですか?」

 

 

「……」

 

 

「ご免なさい…でも私見てしまったんです。艦長があの部屋に荷物をもって入って行くところを…。あの部屋の鍵は艦長しかお持ちにならない。あそこは、亡くなったあなたの部下の遺品があるのでしょう?」

 

 

 

「………」

 

 

 

「それにもう一つ謝らなければならないことがあります。私、あなたの日記を少し見てしまいました。本当に申し訳ありません……」

 

 

 

「!」

 

 

 

 

これには流石に、シュルツの目が見開かれる。

 

 

 

 

「あなたは全ての戦いが終わった後に、その遺品を一つ一つ遺族の方に返しに行くつもりだった。きっと【私が殺してしまいました】とでも言って」

 

 

 

「……っ」

 

図星を突かれ、シュルツはバツが悪そうな表情をする。

 

 

 

 

 

「何故わざわざ憎まれに行かなくてはならないのですか?あんなに私達の事を第一に考えているあなたがどうして……」

 

 

 

 

 

「責務ですよ。私は、善人ではないし、国益にかなうなら鬼にもなります。でも、その為に犠牲になった人達を切り捨てればそれは最早、人の皮を被った兵器でしょうし、それを部下に強いればいざという時に引き金を引くことが出来ない。引き金を引かず自分が死ねば、それで新たな犠牲と憎しみが生まれる。その負の連鎖を止める為に私がいるのです。勿論、世界の全ての憎しみを私一人で受ける事は出来ないでしょう。でもせめて自分が生んだ憎しみくらいは自分で摘み取りたい。それだけです。」

 

 

「そんな……」

 

 

 

博士はシュルツの本音にショックを受けた。

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんなことより、博士は考えてらっしゃるのですか?この戦いが終わり、元の世界に戻った後のことです」

 

 

 

 

 

「私は…全て片付いたら、世界に拡散してしまった超兵器技術の無力化に努めていきたいと考えています」

 

 

「それは素晴らしい。博士のならきっと成し遂げられます!」

 

 

 

「それでなんですが…手続きがどのくらいかかるのかは解りませんが…私、ウィルキアの国籍を得ようと思っているのです」

 

 

「なっ!」

 

 

 

 

驚くシュルツを余所に、博士は少し顔を赤らめる。

 

 

 

 

 

「あの、それでなんですが…いつでもいいんです。艦長が自分の戦争に折り合いがつけられたらその…わ、私と世界を回って超兵器技術の根絶に同行して頂けませんか!」

 

 

 

 

上目遣いで潤んだ翡翠色の瞳を真っ直ぐ向けてくる博士の眼差しに、シュルツは一瞬たじろいだものの直ぐに熟考する。

 

 

 

 

「そう…ですね。解りました!第二第三のウィルキアを生まない為にも、是非同行させてください」

 

 

 

「ありがとう…ございます!」

 

 

 

 

シュルツの返事を聞いた博士は、滅多に見せることの無い本心からの笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

「博士、目は通しておきますので、資料の感想は後日改めて申し上げます。今日はもう遅い。自室で休んでください。あと…先程は本当に申し訳ありませんでした」

 

 

 

 

「いいえ、こちらこそ困らせてしまってすみません。そうですね、それでは自室に戻っ……え?」

 

 

「どうかされましたか?」

 

 

 

「あの…立てません……」

 

 

 

「なんですって!?どこか怪我でも……」

 

 

「い、いえ。ちょっと腰が抜けてしまって……」

 

 

(なに!?余程さっきのが怖かったのか…マズイな……)

 

 

 

 

 

実は、博士は先程のシュルツの行為ではなく、自分の言った告白紛いの台詞を言うのに勇気を使い果たしており、シュルツの前向きの返答に安堵して力が抜けてしまったのだ。

 

 

「博士…あの、ではここで休んでいかれますか?」

 

 

 

 

「!!!」

 

 

「(マズイ、怖がらせてしまったか?)ああいえ、私は別な部屋で休みますので状態が回復しましたら自室に戻られたらどうかと」

 

 

「いや、あ、あの艦長はここにいらしても大丈夫…ですよ」

 

 

「しかし……」

 

 

「一人では不安なのです。お願い…します」

 

 

 

 

 

博士は顔を真っ赤にしてうつむいている。

女性と同じ部屋と言うのは抵抗があったが先程の事もありシュルツは断ることが出来なかった。

 

 

 

 

 

「わ、解りました。私は机で資料に目を通しておりますので、何か有りましたら声をかけてください」

 

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

博士はそのままベッドに横になる。

 

 

 

 

 

 

(か、艦長の匂いが……ああ、どうしよう)

 

 

 

 

香りを堪能した博士は、シュルツの方へ視線を向けた。

 

 

彼は、机に向かい真剣な表情で資料を見つめている。

 

その誠実な姿勢が、たまらなく好きだった。

 

 

 

 

 

(艦長、今度は私があなたを救います。あなたが私にそうしてくれたように……)

 

 

 

 

博士は暫くの間シュルツを眺め、そして眠りに落ちた。

 

 

翌朝

 

 

「ハッ!仮眠のつもりが……」

 

 

 

 

博士が起き上がると、そこにシュルツの姿は無く、近くに自分の白衣がきちんと畳んで置いてあった。

 

 

 

 

「艦長…不器用で優しい人……」

 

 

 

 

博士は白衣を抱き、優しく微笑んだ。

 

 

一方シュルツは……

 

 

 

「すまないなヴェルナー。急に部屋を借りてしまって」

 

 

「いえ、私も丁度当直でしたし、構いませんよ」

 

 

「今度何か埋め合わせはするよ。ありがとう」

 

 

 

シュルツはヴェルナーの部屋を出た。

 

 

 

(フゥ……ヴェルナーの部屋を借りられたから良かったものの、他国の客員将校を、しかも女性と同じ部屋で過ごしたと誤解されたら軍法会議モノだぞ……願わくは、博士が昨晩の私の暴挙を訴え出ない事を願うばかりだ。ドイツとウィルキアの国際問題に発展しかねんからな……)

 

 

また一つ悩みが増えたシュルツは、キリキリするお腹を押さえ、ガルトナーに超兵器戦での報告を伝えに廊下を進んでいった。




お付き合い頂きありがとうございます。

シュルツの夢の中のシーンはガンナー1の摩天楼戦をガンナー2の登場人物でアレンジしてみました。

やっぱりヴォルケンはカッコいいです。

播磨が日本海の荒波を掻き分ける姿が似合うみたいに。

摩天楼は、氷の世界に静かに佇む姿が似合いそうなので最初にそのシーンもいれてみました。

戦闘だけでなく、超兵器そのものの完成度や佇まい等も想像して楽しんで頂ければ幸いです。



次回は何とか第一章を終了出来るよう善処致します。

それではまたいつか。



















とらふり!



???
「あの~儂の出番はまだかのぅ…」

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