トライアングル・フリート   作:アンギュラ

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お疲れ様です。

ちょっとだけ戦闘を離れ一度クッションを置いて決戦に入っていきたいと思います。


それではどうぞ


雷雲纏いし災禍の凶獣

  

 

 

   + + +

 

 

 

小笠原沖

 

 

 

ズドォォォォン!

 

 

 

播磨の砲撃は遠く離れたはれかぜの下にも、いとも容易く届く。

 

 

 

真白は、指示を飛ばして回避に努めた。

 

 

一刻も早く防御重力場を回復させ、播磨への攻撃に参戦しなければならない焦りの色が一同の表情に浮かび上がる。

 

「宗谷艦長代理、心なしか他の艦よりはれかぜにだけ砲撃が多い様におもわれますが………」

 

 

 

幸子が心配そうに真白に訊ねる。

 

 

 

「おそらくは、この艦が一番脆弱であるからだろうな。だが今は回避に専念して耐えるしかない。防御重力場無しでは一瞬で狩られる。応急修理も済んでいないしな。それに……」

 

 

 

真白は明乃をみる。

 

 

 

先程まで暴れていた明乃は、美波に鎮静剤を打ち込まれ、手足を縛られたまま眠っている。

 

 

 

上着を剥ぎ取られ下着姿の彼女の身体には幾つもの電極が装着されており、美波がモニターに写し出される波形を凝視している。

 

 

 

 

「鏑木医務長、どうなんだ?」

 

 

「興味深いデータが取れたよ」

 

 

「なんだ?」

 

 

 

 

「以前シュルツ艦長から説明があったと思うが、超兵器出現の際は不自然なノイズが現れる。今回に至っても例外ではなかっただろう?」

 

 

「それが岬さんと何の関係があるんだ?」

 

 

 

 

「単刀直入に言おう。超兵器の発するノイズの波形と同一のものが、岬さんの脳波から検出された」

 

 

 

 

「な、何だって!?」

 

 

 

 

真白は驚愕する。

 

 

 

無理もない。

 

 

 

人間であるはずの明乃の脳から、兵器と同じ波形が検出されたのだから……

 

 

 

真白は目眩をもようすのを必死でこらた。

 

美波はそんな彼女に構わず続ける。

 

 

 

 

「これは、あくまで推測でしかないが。¨岬さんと超兵器の間には何らかの接点¨があるのではないかと考えられる」

 

 

 

 

「接点だと?」

 

 

 

 

「ああ……さっき納沙さんも言っていたように、はれかぜに対しては妙に超兵器の攻撃が多い、しかも正確にだ。更にこの戦闘が始まった一番最初、播磨の砲撃が一番近くに着弾したのは他の大型艦ではなく、この小さなはれかぜだった。更に勘ぐるのであれば、横須賀の襲撃だ。」

 

 

 

 

「横須賀強襲?」

 

 

 

「うむ……他にも叩くべき基地や、ましてや首都東京だってある。その中でなぜ、超兵器は横須賀を強襲する必要があったのか。それはもしかすると、岬さんに関係があるのやもしれん」

 

 

 

「話が飛躍し過ぎてないか?」

 

 

 

「あくまで推測でしかないと言ったろう?だが……このデータが示す意味を考慮から外すことはできん」

 

 

 

 

真白は俯いて考え込む。

 

 

 

思えば自分は、明乃の生い立ちについて深くきく事はなかった。

 

 

 

海難事故による両親の死去。

 

 

 

6年前に明乃から明かされたことだったが、その事情の複雑さゆえに詳しく聞き出すことが出来なかったのだ。

 

 

 

 

(岬さん……あなたは一体何を抱えているんだ?)

 

 

 

 

意識が無いながらも苦悶の表情を浮かべる明乃に、真白は心で問いかけた。

 

 

 

   + + +

 

 

 

数日前

 

 

総理大臣官邸

 

 

 

 

「空飛ぶ化け物?まさか、あなた程の方がパニックを起こした乗客の言葉を鵜呑みにするとは驚きましたよ」

 

 

 

真雪は皮肉をたっぷり含んだ声で大湊に言いはなったが、彼はは表情を変えない。

 

 

 

 

 

「でも聞いたのだろう?¨知名もえかの亡き母親¨から」

 

 

 

 

「…………!」

 

 

 

 

「そうとも。知名もえかの母親は、当時¨救出活動を行っていたブルーマーマイドの隊員¨の一人だ。そして生存者から化け物の話を聞き、その話を君にも話した。それを思い出したからここに来たのだろう?」

 

 

 

 

「その通りです……ただ、化け物の話だけなら、私も放って置いたでしょう。でもそのあと、事故の原因調査の際に防衛省の介入によってブルーマーマイドは蚊帳の外となり、沈没の詳しい原因は解らなかった。不自然でしょう?現場海域への立ち入り制限だけでなく、生存者への聞き取りや個人情報の閲覧までもが禁じられた。上に問い詰めても【君に知る必要の無いこと】の一点張り。あの事故にはとても根の深い何かあると考えるのが自然だわ」

 

 

 

「確かにね……だが結果として、あの時メディアへ露出しなかったことは行幸だと言わざるを得ないな。当時施行されたばかりの特定秘密保護法サマサマだよ」

 

 

 

 

(くっ……論点をずらされている。この人は昔から掴み所が無い。このままでは逃げられてしまう!)

 

 

 

真雪は、話題が大湊のペースになりつつあることに危機感を覚える。

 

 

古い仲とはいえ、仮にも国のトップである彼がそう簡単に口を滑らす筈もないからだ。

 

 

 

 

 

「お願いします。あの事故の真実を教えて頂きたい!」

 

 

 

 

「特定秘密だ、教えられないよ」

 

 

 

 

いよいよ明確な拒絶の言葉が出てくる。

 

 

 

だが引き下がる訳にはいかなかった。

 

 

 

 

「教え子の命に関わるのよ?お願い!」

 

 

 

 

「感情論かね?だが、君の立場では何も出来ないよ。済まないがそろそろ戻らなくては、こう見えても総理大臣というのは忙しくてね……」

 

 

 

 

「清蔵さん!!」

 

 

 

「君の旦那に宜しくね。なにせ¨私の親友¨だからさ」

 

 

「え!?」

 

 

「君が私に恋文を渡して玉砕した後、傷心の君に彼を近付けたのは私さ。彼は君のように理想に燃える女性が好きだったからね。きっといいパートナーになれると確信していたよ」

 

 

「あなたは、人の心をなんだと思って……」

 

 

「おやおや、お気に召さなかったかな?てっきり君もアイツのように理想に燃えていて、しかも海でしか生きることの出来ない人魚姫を、人の身でありながら全身全霊で真っ直ぐに受け止めてくれる人物に惹かれるとふんでいたのだがね」

 

 

真雪は怒りで身体が震えた。

 

 

 

世界が終わるかも知れないときに、プライベートな話題でからかってくる国のトップに真雪は怒りを越えて殺意すら沸いてくる。

 

 

「あなたは……!!」

 

 

「まぁ今回は大切な友人の顔を立てて、少しだけ話そう。君は【はれかぜの彼女】の国籍はどこだと思うかね?」

 

 

「急に何を……!」

 

 

 

「いいから答えたまえ」

 

 

「日本に決まっているでしょう?」

 

 

 

「50点だな。」

 

 

「では、東洋人……中国や台湾ですか?」

 

 

「ははっ!凄いな、0点だ!」

 

 

真雪の我慢は限界だった。半分投げやりになって乱暴に言い放つ。

 

 

 

 

「解りませんよ!そんなんじゃ!!」

 

 

 

「100点!正解だ。」

 

 

「………は?」

 

 

「解らないんだ。正確には¨日本らしい¨ということだけ。現在の¨彼女¨の国籍は事故後に申請されたものでね。それ以前の記録は無いんだよ」

 

 

「一体何を仰っているのか解りません………」

 

 

 

 

真雪は毒気を抜かれた様な表情になった真雪に、大湊は再び大きな溜め息をついた。

 

 

「箱根だ。あそこは良い」

 

「何なのですか本当にっ」

 

 

 

 

真雪は再び苛立ちを露にする彼女に構わず、大湊は話続けた。

 

 

 

「景色は良いし、温泉もある。食べ物も美味い」

 

 

 

「だから一体何が……」

 

 

「それに¨物知り¨の観光ガイドもいる。【普段は知り得ないような穴場について】も、とにかく詳しく知ってるんだよ。」

 

 

「!!!」

 

 

「是非¨試し¨に行ってみたまえ。気に入ったら次の休みにでも、アイツと二人で行くのも良いだろう。まぁ¨もし世界に次が有ったら¨……だがね」

 

 

大湊はニコッと笑い、そう言うと対策本部へと戻っていく。

 

 

 

扉を開けようとした大湊に真雪は叫んだ。

 

 

「清蔵さん!¨彼女¨は、岬明乃とは何者なのですか!?」

 

 

 

 

ドアノブに手を添えている大湊の表情を伺い知る事は出来ないが、今まで聞いたどの大湊の声よりも低く、そして彼にしては珍しく恐れを含んだか細い声が耳に届いた。

 

 

 

 

「彼女は言ってしまえば¨52-hertz whale(52ヘルツの鯨)¨さ。生まれつき孤独と死に取り憑かれた【災禍を呼ぶ呪われた子】だよ………」

 

 

 

 

大湊はそれだけ言うと部屋の中へ消えて行く。

 

 

「呪われた子…一体どういうことなの…?」

 

 

 

大湊の最後の言葉を真雪は忘れることが出来なかった。

 

 

 

 

 

   + + +

 

 

 

 

 

超兵器との決戦前日

 

 

 

箱根

 

 

 

標高が高く地盤沈下を免れたこの地は、今や温泉等の観光だけでなく、山を造成し新たな農業の町として国民の食を担う重要な役割を得ていた。

 

 

観光客で賑わう町を宗谷真雪は歩いていた。

 

 

大湊曰く、ここには岬明乃について重要な事を知っている人物がいるらしい。

 

 

だが闇雲に歩いている暇は無い。

 

 

 

真雪は箱根の観光案内所を訪ねて聞いてみることにした。

 

 

 

「すみません。この町について詳しい事を聞かせてもらえるかしら?」

 

 

「ええ、何なりと!」

 

 

 

 

背中に箱根とかかれた、抹茶色の法被を着た男が威勢よく答えた。

 

 

 

「この写真の子に詳しい人をご存知かしら?」

 

 

 

男は、首を傾げる。

 

 

 

「はぁ……この子と箱根と何か関係があるんですか?」

 

 

 

 

いきなり暗礁に乗り上げた感じがして、真雪は溜め息をついた。

 

 

 

 

(なによ!全くあてにならないじゃない!まさか…またからかわれたのかしら?)

 

 

「あの~。お客さん?もしかしてこの子のお母さん?迷子とか?」

 

 

 

真雪はひきつった笑顔を浮かべた。

 

 

 

「あら~まだ私が母親に見えるのかしら?何だか嬉しいわね~。でも違うわ。質問を変えましょう。この辺になんでも知ってそうな有名人っているかしら?」

 

 

 

 

男は、一瞬考え込むと何か思うところを思い出したらしい。

 

 

 

「んん~多分あの人かなぁ~」

 

 

 

「あの人?」

 

 

 

「はい。作家さんなんですがね。向こうの山の麓に別荘なんか構えちゃって悠々自適な隠居生活をおくってらっしゃる人が居るんですよ。羨ましいなぁ~私もあんな生活を送ってみたいですよ~。やっぱりがっぽり稼げるもんなんですかねぇ~¨総理大臣¨ってのは」

 

 

 

 

「え!?…総理大臣!?」

 

 

 

 

「元ですよ、モ・ト!知りませんか?自身の総理大臣経験を綴ったとか言う【日本の破滅】って本を執筆して話題になったあの人ですよ!物知りの有名人って意味じゃこれ程人はいないと思いますがね」

 

 

 

真雪は目を見開いた。

 

 

大湊が推薦した人物がまさか、元総理と言う超大物だとは考えてもいなかったからだ。

 

 

 

だがこれは好都合だった。

 

 

真雪は男に、自分はその人物のファンだと言い、自宅の詳しい場所を聞き出した。

 

 

男は、疑わしい者を見る目を真雪に向けるも、真雪の覇気に根負けして、手元にあったメモ紙にその人物宅への地図を書き込んだのだった。

 

 

 

 

   + + +

 

 

 

 

「ここで間違い無さそうね……」

 

 

 

観光案内所の男に書いてもらった地図を参考に到着した場所には、元総理の別荘とは思えない程質素な造りの建物があった。

 

 

周りを広葉樹に囲まれ、温泉街の喧騒も聞こえない寂しい場所にひっそりと佇む建物の扉を真雪はノックする。

 

 

 

「誰だ………」

 

 

 

年老いながらも凄みのある声が中から聞こえてくる。

 

 

 

真雪は意を決して問いかけた。

 

 

 

「¨國枝宗一郎¨元総理宅で宜しいですか?」

 

 

「無礼な輩だ……人に名を訊ねる前に先ずは貴様から名乗らんか!」

 

 

「失礼いたしました。私は、横須賀女子海洋学園校長の宗谷真雪です。本日は國枝元総理に伺いたい事がございまして参りました」

 

 

 

「宗谷…だと?」

 

 

 

「はい。國枝元総理、あなたとお話がした……」

 

 

「帰れ!!宗谷の名を持つ者となどと顔を合わせたくもない!」

 

 

 

「しかし……!」

 

 

「問答無用!忘れたとは言わせんぞ!貴様の祖父母の宗谷厳冬と宗谷セツ貴様の母親の宗谷つらら。そして貴様だぁ!【来島の巴御前】!貴様らのせいで、どれだけ政府や私が苦労したと思っている!口先だけの正義を振りかざし、無闇やたらにしゃしゃり出てきてお上に突っかかる。国益を重視し、念密に練った政策に口を挟んでめちゃくちゃにした!国会議員を含めた中央公務員の1日の給料が一体幾らか知っているのか?1日の会議にどれだけの税金が使われているのか理解しているのか?ええ?貴様らが介入して通らなかった法案でどれだけ国民の血税が失われたと思う?どれだけ国民の貴重な労働対価が失われたと思ってるんだ!解るか?解らんだろう!所詮恵まれた家庭でなに不自由の無い環境で育ち、将来を約束された貴様などに何も理解出来る筈もない!」

 

 

 

 

國枝は完全に錯乱していた。よほど、頭にきているらしい。

 

 

 

真雪は、國枝の言っていた母や祖父母の顔を思い浮かべた。

 

 

優しく正義感に溢れた、自慢の家族だった親族を、あたかも悪鬼羅刹だったかの様に吐き捨てる國枝に真雪は少し苛立つ。

 

 

 

 

「お言葉ですが、元総理の政策には生活弱者への配慮が些か欠けていたようにも思われますが?仮にも総理大臣なら、国民皆を平等に幸せに導かねばならないかと…私の家族はそんなあなたの考えを正したまでで………」

 

 

「ふん!だから貴様はお嬢様育ちだと言うのだ!共産主義など馬鹿げておる!今の世は資本主義が原則だ。先ずは、小よりも大を生かし。そこで得た既得権益を国が適切に徴収し小の底上げを図る。全ての者を同時に配慮し続ければ、いずれこの国が瓦解してしまうのだ!ゆえに早急的に効果の上がる経済支援が必要不可欠なのだ。それを平等の名の下に妨害し、採決の際に造反者が多発したことで法案が通らなかった。法案が通らなかったことで野党が台頭し国会がねじれ、挙げ句の果てに地球の裏側にいる¨赤と白の横縞模様の入った国旗を掲げる国のハイエナ共¨に、隙を与えて更なる血税を失う結果となったのだ!」

 

 

 

(まただ、論点がずらされてしまう。流石は清蔵さんの師匠と言った所かしら……)

 

 

 

 

 

真雪は、苛立ちを押さえつつ話を元に戻した。

 

 

 

 

「残念ながら、言い合う暇が有りません。今世界は異世界から現れた謎の兵器により蹂躙されています。私が訊ねた理由は、今回の襲撃と16年前の海難事故の関連を調べるためです。まずは、この写真だけでもご覧になって頂けますか?」

 

 

真雪は扉の間から、明乃の写真を中へ入れる。

 

暫しの沈黙の後國枝が口を開いた。

 

 

 

 

「成る程……奴らの事は私の耳にも入っておる。【超兵器】だったか?貴様は、あれとこの娘が何か関係あると考え、当時事故に防衛省を介入させた私に事情を聞こうと訪れたわけだ」

 

 

 

 

「話が早くて助かります。それで、彼女ら乗客の国籍が無いとは、一体どういう事なのですか?」

 

 

「話の前に先ずは取引といこうじゃないか」

 

 

「取り引きとは?」

 

 

「この内容は決して外には漏らさない。そう確約してもらおうか。」

 

 

 

「何故です?」

 

 

 

 

「現状の政府においても、また国民にとっても何一つ得るものが無いからだ。もし、今回の超兵器の一件と16年前の事故を無理やりに関連付けられてしまえば、政府内の右派が勢い付く。日本はろくに資源も予算も無いのにも関わらず、いっきに軍国主義へと足を進めることになるだろう。貴様とて、軍艦や戦車、砲弾や魚雷の一発に凄まじい金がかかることくらい知っているだろう?この国が日露戦争の後にも生き残れたのは、一重に軍を持たず、兵器に使う予算や技術を、車や家電製品等の大衆の為に使ったからこそ、今日までの日本があるのだ。なのに今更なんの役にも立たん殺戮兵器に、毎年日本でオリンピックが開催出来る程の予算が割かれるなど、あまりにも馬鹿馬鹿しい話だとは思わんか?こんなことを言うのは極めて遺憾ではあるが、貴様らブルーマーメイドを潰す訳にはいかんのだ。その為にも、今回の件は内々にしておくと誓え」

 

 

真雪は目を見開いた。

 

 

短気な印象だった國枝から国や民衆の将来を心から憂う真剣な気持ちが見えたからだ

真雪の答えは決まっていた。

 

 

「お誓い申し上げます。何なら一筆したためますが?」

 

 

「いや、いい……悔しいが、貴様ら宗谷家は言ったことは決して曲げんからな。良いだろう、話してやる。中に入れ」

 

 

 

扉が開かれ、國枝が姿を現した。

 

 

 

70代とは思えないスラリと背の高い体格。

白髪で丸眼鏡を掛けた印象は、紳士と言った様子だった。だが、眼鏡の奥から覗く鋭い眼光が、落ち着いたイメージを打ち消している。

 

 

 

 

「早くて入れ!!!」

 

 

 

國枝に怒鳴られながら真雪は足早に部屋に入る。

 

 

別荘の中は作家とは思えない程殺風景なものだった。

 

 

小さなテーブルと椅子が2つあり、お世辞にも立派とは言えないキッチンと小さなポットが置かれている。

 

 

 

「さっさと座れ!!!」

 

 

 

 

國枝は真雪に苛立った様子で座るよう促し、そのまま湯気をたてているポットから白く美しい模様の入ったティーカップに紅茶を注ぎ真雪に差し出した。

 

 

湯気が真雪の鼻に触れる。

 

荒々しい印象の國枝からはかけ離れた、優しく繊細な薫りが立ち登り、真雪は一口含んだ。

 

 

 

 

「美味しい……」

 

 

 

 

真雪は思わず言葉に出した。

國枝は「そうか…。」とだけ言うと暫くその様子を見届け、一呼吸おくと話題を切り出す。

 

 

「16年前の事だったな。単刀直入に話せば、当時の生存者の証言から推測した有識者の見解は、あの船舶は異世界から来たのではないかと言うものだった。」

 

 

「ブフッ!?な、何ですって!?」

 

突然の発言に真雪は、二口目の紅茶を吹き出しそうになった。

國枝はそれを特に咎める訳でもなく、淡々と話を進める。

 

 

「まぁ落ち着け。報告書による生存者の発言によれば、東京からフェリーで沖縄に向かう途中突如として雷雲が現れた。その後、突然の激震と共にフェリーが傾斜し始め、座礁や転覆を懸念した乗客達は一斉に甲板へ走った。だが浸水が予想以上に早く、多くの人が水に飲まれ、甲板にたどり着けたのは乗組員を含め僅かだったようだ。」

 

 

「そこまで聞けばただの海難事故ですね。」

 

 

「確かにな…。だが甲板に居た乗客は有るものを見た。」

 

 

「空を飛ぶ巨大な化け物ですね。」

 

 

「事実に脚色があったのだ。正確な乗客の発言はこうだ、雷を纏った空を飛ぶ巨大な【航空機】を見た…だ。」

 

 

「!!!」

 

 

「この世界には航空機と言うものがない、必然的に航空機と言う単語も存在しなかった。だから未知のも、すなわち化け物として脚色されてしまったのだ。まぁ私も横須賀の惨劇をニュースでするまでは、半信半疑だったがな。」

 

 

「それであなたの指示で清蔵さん、いや防衛省が動いた。」

 

 

「いや、あれはあの小僧の独断だ。事故の連絡が届いた時点で、座礁するはずの無い海域での船舶の転覆に、他国からの攻撃の可能性を感じた奴はいち早く動き、事の外部への露呈を防いだ。事実お手柄だったよ。」

 

 

「という事は、やはりあの事故は…。」

 

 

「ああ、何者かによる攻撃によって撃沈されたと見て間違いない。」

 

真雪の表情が険しくなる。

 

「その根拠は?」

 

「潜水艇を派遣し調べた結果、船底に人為的に開けられたであろう穴が幾つも見つかった。」

 

 

「魚雷ですか?それとも砲撃?」

 

國枝の眉間のシワが一層深くなる。

 

「違う。船体そのものは綺麗なものだった。船底に開けられた穴は、まるで高温の何かがで開けられたように、穴周辺が溶けており、反対側が見通せる様に真っ直ぐ貫通していた。私が知る限り、その様なことが出来る兵器を所有している国は存在しない。」

 

 

真雪は、横須賀での超兵器ムスペルヘイムのレーザー攻撃を思い返した。

 

 

(光学兵器を搭載した、航空機型超兵器?16年前、既に私達の世界に超兵器が現れていた?)

 

思案する真雪をよそに、國枝は話を進めた。

 

 

「もし、あのとき大湊の小僧が機転をきかせていなければ、事が露呈し周辺国との軋轢を生む結果になっていただろう。ゆえに私は事実を闇に葬る決意を固めたのだ。」

 

 

「その件については解りました。話を戻しましょう。あのときのフェリーが異世界からきたという根拠はなんです?」

 

 

「ああ、そうだったな。乗客からの発言について、ブルーマーメイドがまとめた資料も全て防衛省が没収している。そこがミソなのだ。」

 

 

「覚えています。当時の隊員から乗客は横須賀に到着後も非常に混乱していたと。」

 

 

「そして、聞いたのだろう?【ここは本当に日本なのか?】と。」

 

 

「はい。当時は突然の悲劇に混乱しているだけかと思いましたが…。」

 

 

「だろうな。私もそう思っていたさ。だが調べるうちに解ってきたのだ。生存者の手荷物などから身分を証明するものや、本人への聞き取りを実施した、しかし生存者全員の個人番号が存在しない。住所を書かせても、そこが海の底だったりと整合性が取れなかった。嘘を言っているようにも見えない。身分証や保険証も良くできていたし。生存者本人の証言と身分証の内容も一致していた。手荷物の中身からも他国からの密航者やテロリストでなく、本当に観光目的であることが裏付けられたしな。以上の点から我々は、フェリーは異世界からこちらへ来たのではないかという、端から見れば正気を疑われる内容を受け入れざるを得なかった。」

 

 

「そんなことが…。それで、その生存者達は今はどこに?」

 

 

「それは、貴様もよく知っているだろうよ。ほれ、貴様の夫が進めていた事業の事だ。」

 

 

「!!!」

 

 

「ご明察。生存者は今、政府が進めている内地への移転事業によって政府の管理下にある山あいの集落に移住してもらっている。」

 

 

「それは、事実上の軟禁ではないですか!!こんなことが知れたら…。」

 

 

「そう!終わりだ!だから、余計な事をしゃべらないように内地へ移したのだよ。正義の味方の宗谷家から余計な干渉を避けるためにな。」

 

 

「でも私の夫はそんなことは一言も…。」

 

「それはそうだろう、本人も気付いてはいまい。大湊は、貴様の夫に何も知らせず、更には宗谷家の動向を調べさせる意味合いも含めて自分の親友だったあの男を利用し貴様に近づけさせたのだから。」

 

 

真雪は急に目の前が灰色に見えた。夫や子供達との幸せな生活が、政府の手によって作られていた事実に愕然としてしまった。

 

「あなた達は…。あなた達は……どこまで…。」

 

悔しさと怒りで、涙を流しながら真雪は必死で言葉を絞り出す。

國枝は、その様子を見て心底愉快そうに笑う。

 

 

「はは、これは傑作だ!まさか来島の巴御前のこんな顔を見ることが出来るとは!」

 

腹を抱えて爆笑する國枝に、凄まじい殺意が真雪のなかで渦巻いた。

 

「許さない!絶対に許さない!」

 

「まぁまぁ、そう言うな。」

 

 

「黙れ!」

 

 

「貴様が聞きたかった岬明乃についてだ。」

 

 

真雪は、明乃の名前を聞いて少しだけ我を取り戻す。

だが涙に濡れた目は鋭く國枝を睨み続けている。

 

 

「岬明乃、まさか我々が根回しを行う前に一介のブルーマーメイドの隊員が引き取っていたとは、当時の私としては誤算だった。大変だった。住所や個人番号、両親経歴等を急ごしらえで捏造するのは。」

 

 

「…………。」

 

 

「そうせざるを得なかった。何せあの隊員、確か…知名…とか言ったか?あの女は貴様の直属の部下だろ?不自然に介入すれば我々が釣り上げられかねんかった。まぁ、後にあの女も死んだようだが…。」

 

バンッ!

 

真雪は机を叩き國枝に詰め寄る

 

「まさか、あなた達は知名さんの命まで手に…。」

 

 

「かけておらんよ。あの女は貴様が出した救出任務で死んだ。強いて言うなら貴様が殺したも同然だ。我々のせいにするのは筋が違う。」

 

 

「どこまで人の気持ちを逆撫でれば気が済むの?」

 

 

「知ったことではない。私はあくまで貴様の質問に忠実に答えているに過ぎない。」

 

ニタニタ笑う國枝に殺意の眼差しを向け続ける真雪。

 

 

「まぁ監視は怠らなかったがな。さらに予想外だったのは、岬明乃がブルーマーメイドの道へ進んだことだ。」

 

 

「別に彼女が何か不都合なことは話した訳ではないでしょう。」

 

 

「やはり気付いては、居ないようだ。」

 

 

「彼女には一体何が?」

 

 

「岬明乃。彼女は、いや、あのフェリーの生存者は例がいなく優秀だ。それに運もいい。それはそうだろう。彼女達には未来見えるんだからな。」

 

 

「からかうのも大概にしてください!」

 

 

「言い方を変えようか。異世界の彼女達は、言うなれば脳が自らの命に対して著しい危険が迫ったと判断した場合にのみ少しだけ先の時間が見える。だが副作用のようなものがあり、能力の使用後は、我を忘れるほど興奮状態と攻撃的性格になるか、逆に酷い鬱状態と自虐的性格に陥り精神に過剰な負担がかかることが解っている。それは、発動時間が長いもの程顕著に現れるようだ。まぁ政府の管理下にある彼等にはこれと言ったものはなかったがね。」

 

 

 

「では、岬明乃にも?」

 

 

「あるだろうな、それも他のものよりも強い力が。」

 

 

「信じられない…。何を根拠に。」

 

 

「調べたんだ。生存者の協力でね。」

 

 

「まさか違法な手段で…。」

 

「使ってない。断言しよう。あの力は脳への強いストレスでも発動するのだ。そしてそれは低年齢のものほど強く現れた。当時の岬明乃以外で最も若かくて16歳、その人物が最も際立った力を発揮してた点からも明らかだろう。即ち、当時4歳足らずだった。岬明乃の力は抜きん出ているはずだ。貴様も目の当たりにしただろう?正に6年前の事件だ。」

 

 

「6年前…。」

 

 

「そうだ。RATtウイルス事件は政府やブルーマーメイドをもってしても手を焼いた。その事件をたった一人のそれも入学したての学生の指揮で解決に至る。あまりにも出来すぎているとは思わんか?」

 

 

「………。」

 

 

「だから今回も大湊は、彼女を実戦に投入したのだろう。学生時代のメンバーを集めたのは、見知ったメンバーの方が岬明乃のストレスの軽減に繋がると考えたんだろうな。」

 

 

「清蔵さんは彼女に一体何をさせるつもりなの?」

 

 

「文字通り、世界を救って貰うんだろうさ。後に奴の意見を世界に通しやすくするためにな。」

 

 

「待って!さっき能力が発動すれば、精神に過剰な負担が掛かると言ったわね?それじゃ岬明乃は…。」

 

「遅かれ速かれ、心は壊れる。ただ目の前の者に牙を剥く獣と化すか、自壊するかのいずれかだろう。」

 

 

「そんなのダメ!」

 

 

「しかし、頼らざるを得ないのも事実だ。もっと悪い知らせを教えてやろう。最近…いや、横須賀に超兵器が現れた日から、生存者達の様子が軒並み変化していると耳に入ったよ。」

 

 

「!!!!」

 

 

「はてさて、超兵器との接敵によって岬明乃がどうなるのか…。この世界がどうなるのか…。いずれにせよ。彼女達以外にこの事象に立ち向かう力を持っていない以上は傍観するしかないのだが。」

 

 

ガタンッ

 

真雪が立ち上がり、別荘を出ようとする。

 

「待て。」

 

 

「このままじゃ。皆が、岬明乃が…娘が危ない!」

 

 

「知らせた所で事態は動かんよ。」

 

 

「それでも!」

 

 

「鏑木美波がいるだろう?それに知名もえか。それだけじゃない。他の者も当時の大湊の指示で¨岬明乃¨の為に集められた、屈強なもの達だ。」

 

 

「岬明乃の為?」

 

 

「岬明乃と絆の深い知名もえか、心身に不調をきたした際にケアするために天才鏑木美波を、そして岬明乃の性格を加味した上で全国から選定した人物を、地元でなく横須賀女子海洋学校に推薦して入学させ、艦長になるであろう岬明乃の艦に乗艦させるよう試験結果を操作した。」

 

 

「試験結果を操作?そんなこと出来るわけがない!試験は公平に行われたはず。そんなことが出来るのは……。くっ、ブルーマーメイド内部にあなた達の息の掛かったものがいた?」

 

 

「まぁそれはいいだろう。問題は、大湊の小僧が選定した副官が貴様の娘だったことだ。」

 

「清蔵さんが!?」

 

 

「余計な事をしてくれた。宗谷の娘がいることで私からの不要な介入を避ける意味と、優秀な岬明乃の側に置くことで貴様の娘の安全を図ろうとしたのだろう。」

 

 

「だって、清蔵さんは夫を利用し宗谷の事情に探りを入れたかったんじゃ…。」

 

 

「それは奴が私を欺く為の建前だったのだ。やってくれたよ。よもや政治の世界の親とも言うべき私を手玉にとるとはな…。奴は貴様に惚れていた、たが自らの親友を貴様のパートナーとして押したのだ。」

 

 

「!?」

 

 

「宗谷征人、旧姓は折笠だったか、人を容易く信じる様は政治家には向いていなかったが、何より人柄にカリスマ性を感じた。正直なところ、総理大臣になるのは奴だと思っていたよ。だが、奴は政治家にはならなかった。食糧やエネルギーの自給率の低い我が国の将来を憂い。地盤が堅固な地方の山岳地帯を開拓し、再生可能エネルギーや畑を作る支援を行うNPO法人の設立に尽力し、持ち前のカリスマ性で多くの世論を味方につけた。」

 

 

「…。」

 

 

「そして、政治家になった大湊が経済産業省や農林水産省に働きかけを行い。また世論の後押しもあって、農林山村再生可能エネルギー法と農地開拓法の法案通過に尽力した。私の偉業の様に語られてはいるが、実際は奴等の功績と言えるだろう。大湊は根っからの政治家気質でありこの国の将来を何より重視していた。故にあの男に貴様を紹介したのだろう。貴様とあの男の間に子供が産まれたとき、何より喜んだのも、他でもない大湊だ。」

 

 

「…清蔵さん。」

 

 

「今回の超兵器の一件で間違いなく世界は動く。大湊も難しい舵取りを迫られる事は間違いない。来島の巴御前!隠居の身で言えた事ではないが、この国を守れ。大湊の構想する経済による列強からの脱却。その為にはまず国民が生き残っていなければ話にならんのだ。」

 

 

真雪は振り返らず答えた。

 

「当たり前です。我々はブルーマーメイド。人々を守るのが仕事ですから…。」

 

 

「ふんっ。人魚め…。最後に、機密事項第139222号に注意しろ。」

 

 

真雪は何も答えず部屋を出ていった。

 

 

 

「ふぅ…。」

 

國枝が溜め息をついた瞬間。

 

プルルル!

 

 

携帯端末が呼び鈴を鳴らす。

 

國枝は不機嫌そうに端末の通話ボタンを押す。

 

「小僧。盗聴とは趣味が悪いな…。」

 

 

「いえ、先生こそ女性を泣かせて爆笑など、いい趣味とは言えませんよ。」

 

 

「ふん、これが宗谷家への報復とするなら優しい方だ。それよりも伝えるべき事は伝えたぞ。奴は外部にこの事は漏らしはせんだろう。だが、宗谷真霜には伝わる。貴様の狙いはそこだな?」

 

 

「相変わらず、慧眼ですね先生。ええ、宗谷真霜に伝われば、今後岬明乃の心身の状態を注視するようになるでしょう。不測の自体に対する柔軟な対応も可能です。」

 

 

「それだけではあるまい。宗谷真白、彼女は宗谷真雪の若い頃にそっくりだ。真っ直ぐで不器用で、そして正義感に溢れている。」

 

 

「……。」

 

 

「お前の好きにやるがいい。いずれにせよ、私に国政に関わる力はない。この国の未来は若い者に託す。無責任だったか?」

 

 

「無責任は年長者の特権でしょう…。」

 

 

「ふんっ生意気な。貴様もあの男も、ちっとも私に似なかった。あんなに目を掛けてやったのに…。」

 

 

「…先生。」

 

 

「だから鳶が鷹を産んだようで嬉しかったぞ。身体にだけは…気を付けてな…。」

 

 

「お気遣い…感謝します。」

 

 

通話が切られ。國枝は再び溜め息をついた。

温くなった紅茶を口に運ぶ。

 

「ふぅ、【呪われた子】と【希望の子】…か。無力だな…私は…。」

 

 

國枝の声は虚しく部屋に響いた。

 

 

   + + +

 

スキズブラズニル

 

真雪からの電話の内容は衝撃的だった。

真霜は、眉間の皺をいっそう深める。

 

 

(この戦いに本当に彼女達を巻き込んでよかったのかしら…。真白…お願い…無事に帰って来て頂戴…。)

 

 

泣いても笑っても明日には超兵器との開戦となる。

 

 

真霜は、戦火に立たされる妹の無事を祈る事しか出来ない自分を心底呪うのであった。

 

 

   + + +

 

冷たい固い感触を覚え目を開ける明乃。

 

 

「ん…。あ、あれ?ここは…?あっ超兵器は!?シロちゃ…。」

 

 

明乃は、起き上がって辺りを見渡す。

はるかぜの艦橋にいたはずの明乃は見知らぬ場所にいた。

だが揺れる床の感じから、ここが船だとわかる。

 

 

(早く皆所へ行かなきゃ!…でも…ここはどこ?何かとても嫌な感じがする…。)

 

 

明乃は薄暗く狭い船の廊下を進んでいく。

すると突然扉が開かれ明乃は尻餅をつく。

 

「きゃっ!いっつぅ~。」

 

明乃は扉から飛び出して来た人物を見た。

そして目を見開く。

その人物は予想に反する幼い子供であり、明乃が最もよく知る人物だった。

 

 

「あっ…あれは……私?」




播磨との決着は、もう少しだけお待ちください。

それではまたいつか。




とらふり!

美波
「宗谷さん。岬さんの体に色々装置を取り付けるから手伝って貰えるか?」

真白
(岬さんの肌メチャクチャ綺麗…。それにどんな夢を見てるんだろう。私も夢の中に登場するんだろうか。そしたら二人で…ウヘ、ウヘへへ…。)

美波
(様子がおかしい…。まさか宗谷さんもなのか?)

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