ヒカルは社会のテストで死にかけてた。この日、抜き打ちテストがヒカルの目の前に降臨したのだ。
(おーい佐為、ここわかるか?)
(答えたら囲碁打ってくれますか?)
キョトンとした顔で碁を強要してくる佐為。
(ああぉぁ!! わかったよ、この前囲碁の大会のチラシ貰ったじゃん、これ行こう。)
(ありがとうございます!!)
●○
「う………わぁ」
会場いっぱいに小学生が並んで打ち合っている。
(雰囲気怖いな)
(坊主、これはなんだ?)
(囲碁の大会だよ。塔矢がいた囲碁サロンのねーちゃんがチラシ渡してくれたやつ)
(このようなガキが囲碁をな)
佐為と虎次郎のテンションがめちゃめちゃ上がっている。
(そこの盤面……)
(左上スミの戦い黒がミスると死ぬよね)
(ええヒカル)
(1の二だな)
黒持ちの男の子が1の三に打った。
「あっ!」
「え?あ」
「……………あ」
「すみません。出ます」
「君!!」
役員の一人がヒカルを捕まえる。
「何を考えてるんだ! 対局中に口を挟むなんて! 遊びじゃないんだぞ!」
「森さん騒がないでください」
「緒方先生、この子は奧に連れていきます」
「お願いします」
緒方が周りをなだめる。
「困ったな………………状況を教えて?」
「ボクがここに打ったらあの子があっ! って言ってそれで」
「これか」
(プロの私でも難しい手だな……)
「それで君は?」
「あっ、そうかって」
「緒方先生、この勝負は無効試合にして再勝負を」
「そうですね。ところでさっきの子は参加者ですか?」
「違いますよ。ふらふら~っと入って来てやってうちの子のところで足を止めたと思ったら横からチラッと見て言ってきたんです。それでもう! うちの子の対局をムチャクチャにしたんです」
「チラッと見て?」
●○
「アハハ。スミマセン」
「アハハじゃないだろ」
「アハハじゃないです。ゴメンなさい」
「まったく、ついうっかりじゃすまないんだよ。みんなこの大会を真剣に挑んでいるんだからね」
「もういいから、柿本先生裏から帰らしますね」
「お騒がせしました。サヨナラー」
「あー、ミスった。声に出ちゃったなぁ」
「あの子たちにも悪いことをしました」
「あれは坊主が悪いな」
ドンっ、
「スミマセン」
「気を付けなさい」
(さっきの男)
(あぁ)
(塔矢行洋名人、今のところ囲碁の一番強い人)
塔矢名人はさっきまでヒカルがいた部屋の前に立ちガチャッっとドアを開ける。
「トラブルがあったそうだな」
「塔矢名人、これを見てください」
碁盤に並べられた複雑な形の状況。
「われわれプロでも考えるこの手を助言したそうです。しかもチラッと見て即答です」
「なるほど………この黒の生き死にの急所を一目でな。そんなことができる子供が息子以外にもおったか……………」
急に黙り混む。
「この前棋院で桑原本因坊と一緒にいた子に似てませんか?」
「あっ、あの子か。本因坊が自分はあいつがプロになるまでの代わりなだけと。本因坊はあいつがとるべきタイトルだと言っていましたけど」
「桑原先生がそこまで言うほどの打ち手なら遅かれ早かれいずれは我々棋士の前に現れる事になる」
●○
(君はいったい何者なんだ? この一手もこの一手も指導碁。これが彼の実力なら………でもこんなことが子供にできるはずがない。君はいったい何者なんだ?)
「アキラ君、彼のこと待ってるの? この前帰る時に子供囲碁大会のチラシ渡したんだけど」
「市川さん。ボクがいない間に彼が来たら待っててもらっていいですか」
アキラは棋院に向かって走り出した。
「佐為! 家ついたら打つぞ。虎さんも」
「あかりさんは呼ばないんですか?」
「呼ぼうか、て言うかオレの八つ当たりだから酷いと思うよ」
「進藤………進藤ヒカル!!!」
「塔矢? 大会には出てなかったよな」
「キ、キミは?」
「オレは見に来ただけだよ」
「手を見せてくれないか?」
「手?」
アキラはヒカルの手を取り、じろじろと手を眺める。
(爪は綺麗に手入れされているだけ。ずっと石をさわっている手ではない。削れ方も最近からのようだ)
「な……なんだよ」
「君はプロになるの?」
「プロね。プロにはなるよ。だって本因坊はオレだけの称号だから。お前もなるんだろ?」
「ボクはなるよ」
淀みのない目でヒカルを見つめる。
「今から一局打たないか?」
「そんなことは構わないぜ。だけどさ、今オレさ、めちゃくちゃ機嫌が悪いんだよね」
(ヒ、ヒカル?)
佐為が心配そうな弱い声を出す。
「手加減できる気がないんだけど」
「全力でやらないと意味がない!!!」
「途中で逃げないでよ? 塔矢? お前の才能潰すかもな」
●○
「奥の空いてるとこ借りるね」
「おい、あの子」
「この前アキラ君に勝った」
さっきまで打っていたおじさん連中が揃いも揃って二人を取り囲む。
「どうぞ座って…………」
「…………………」
「互先(たがいせん)でいいよね。ボクがニギろう」
「いいぜ」
「2、4、6…………12偶数だから。」
「オレが黒だな。」
「コミ五目半だよ。………じゃ、お願いします」
「お願いします」
一手目、黒右上スミ小目。それにたいして塔矢は三分かけて初手を打った。それからは時計の音と石が碁盤を打つ音が響き渡っていた中でヒカルが口を開いた。
「ゴメン」
「なんだい?」
「こっからはお前は何もできないから」
その言葉と共に打たれた石はただ独りでいるような状態だった。簡単に言えば死路だ。アキラにはどう繋げるのかわからない。
(なるほどな)
(ヒカルらしい手ですね。ですがこれでは………)
ここからはヒカルの独壇場だった。塔矢に何もさせず。打ちたいところを確実に潰し、残りの路をすべて埋めてしまう。
「ありません」
見ていたギャラリーがざわつく。
「普通なら十二分に強いけど足りないよ塔矢」
「えっ……………?」
「オレは、神の一手を極める。囲碁をもう自分の手で打てない師匠と兄弟子のために。だから負けられないし、この今打った汚い碁もこの前打った碁も全部そうだ。オレは本因坊位をとるまで敗けない」
そうヒカルは言い残し、そそくさと帰った。
(おとうさん。おとうさん……、
『おとうさん、ボク囲碁の才能あるかな?』
『囲碁が強い才能か、ハハハ、それがお前にあるかどうか私にはわからんが……………そんな才能なくってもお前はもっと凄い才能を二つ持っている。ひとつは誰よりも努力する才能。もうひとつは限りなく囲碁を愛する才能だ。』
おとうさん…………ボクはいままでおとうさんのその言葉を誇りに思って歩いてきた。でも今、なにか見えないカベが目の前にあるんだ。みえない大きなカベが絶対に手の届かないカベ……………)
●○
「ああ!!!ムシャクシャする!!」
家までの帰り道で叫んでいた。
「何です!あの碁は!」
「そうたぞ小僧!」
「せっかくの才有るものを潰すようなことを!」
佐為が顔を真っ赤にして怒る。
「あいつはこんなことで足を止めるやつじゃないよ」
「何処からそんなことを言える」
「オレは前の世界であいつとずっと戦ってたんだぜ? 今日は前の世界で佐為が塔矢を虎か龍かって言って本気で打ってたし、何せあいつ打つ時の気持ちに迷いがなかったし、何より研究してた」
バツの悪そうに二人に向けて話す。
「それは読み取れましたが……」
「大丈夫だよ! オレはアイツを買ってるんだ! だから大丈夫」
なぜか笑顔で話すヒカルが不思議だがどうすることもできず後ろをついていく佐為と虎次郎だった。
9/1 修正