後、追いかけ   作:RENAULT

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第壱局

 

 日本棋院 幽玄の間

 

「本因坊戦、4勝2敗で挑戦者、進藤ヒカル十段の本因坊位決定となります」

 

 この声が部屋に響いた瞬間に控え室で観ていた塔矢、和谷、伊角達が走り込んで来た。

 

「進藤! よかったな! あんだけ欲しがってた本因坊、遂に取りやがって!」

 

 和谷が目に涙を溜めながら言う。

 

「あぁ、本当に良かった。最後の追い上げ、どういう頭しているんだ、進藤」

 

 塔矢が興味津々で聞く。

 

「坊主の閃きがわしの碁を越えたということじゃな。これで師匠にやっと顔向け出来るのぅ」

 

 桑原はニヤニヤ顔で言う。

 

「あぁそうだ進藤! あくまでも我流のお前がどうしてそんなに打てるのか気になってたんだ俺」

 

 倉田八段が聞く。

 

「オレの師匠は……………

 

 意識が遠退いていく。

 

「オイ進藤!」

 

「師匠は……………………

 

 ●○

 

「ふぅぁあ~。朝か」

 

 目に入ってくる光で、目が覚める。目覚めるとそこは自宅の自室だった。

 

(幽玄の間で桑原のじいちゃんに勝った後どうなったんだオレ。てか、どうやって家に帰って来たんだ?)

 

「ヒカルぅ~。ご飯よ~。早く降りてきなさい」 

 

 母親が二階のヒカルへ声をかける。

 

「わかった。今降りるよ」

 

(あれ、声が高い?)

 

「おはようヒカルご飯出来てるから早く食べてしまいなさい。今日も学校なんだからね」

 

(学校?)

 

「母さん、今日って何月何日?」

 

  急いで確認する。

 

「何言ってるの。今日は⚪月△日よ」

 

「何年の?」

 

「何年ってヒカル? 1992年に決まってるじゃない。ホントに大丈夫?」

 

 1992年ってことは………

「佐為!!!!」

 

「佐為って誰のこと?」

 

 母さんが聞き返したとたん、

 

「ヒカル~! 学校行こー!」

 

 隣の家のあかりが家に来た。

 

「ヒカル、パン持って二人で学校行ってきなさい」

 

 取り敢えずあかりと学校に行ったけど学校で何したかまったく覚えてない。

 

「ヒカル~! 今日何するの?」

 

 土曜日なので半日授業。

 

「じいちゃん家の蔵に急いでいく。ついてくるか?」

 

 一応いってみる。すると、

「うん!」

 

 満面の笑みが帰ってきた。

 

 ●○

 

 じいちゃん家につくと、じいちゃんが新聞を見ながら棋譜を列べてた。

 

「ここに黒が来て、白がここに付けるっと」

 

 横から見ると少し歪な棋譜だ。緒方さん対倉田さんの本因坊リーグの一戦だった。

 

「じいちゃん、ここは本当はつけたらダメだったんだよ」

「急にどうしたヒカル。お前囲碁はジシイくさいから嫌だとかいってたのにのぅ」

 

 不思議そうに顔を覗く。

 

「じいちゃんより俺の方がメチャクチャ強いからやる気がでないんだよ」

「そうかそうか、そこまで言うなら勝負しようか。負けても文句言うなよヒカル」

「むしろ中押しで負けるとかやめてよじいちゃん」

 

 手をヒラヒラと降りながら煽っていく。 

 

「わしが孫相手に中押しで負けるわけなかろうが。負けたら好きなもの買ってやる」

 

 孫には負けんと強がるじいちゃん。

 

「わかった。じゃあ中押しで勝ったら好きなものだからな絶対な!」

「男に二言はない!」

 

 ヒカルとじいちゃんの間に火花が飛び散っているがもちろんあかりにはまったくわからず、

 

「ねぇヒカル、今から何するの? 五目並べ?」

 

 何て言葉がかけられる。

 

「今から囲碁をじいちゃんと打つんだ。それで勝ったら好きなものを買ってもらえるってこと」

「でもおじいちゃんこの前言ってたアマチュア初段って囲碁強いってことじゃないの?」

「まぁ見てなってあかり」

 

 碁盤に列べてた緒方さん対倉田さんの棋面を片し、黒をヒカル、白をじいちゃんで始める。

 

 ヒカルの碁は我流の碁だ。周囲の人には佐為のことを話していないからだ。更に佐為が消えてからヒカルの碁の形は変わっていき、佐為のコスミを動かしやすい牛角と混ぜ合わせた牛角コスミ、又は進藤流と呼ばれており攻めにも守りにも変わりやすい型になっている。 

 

 序盤は普通に始まった。双方と差は無いがじいちゃんが打ったとたんにヒカルの目が変わる。

 じいちゃんがノビしてきたところが脆く成ったのを見逃さず間髪入れずエグリを入れていく。

 

「あぁ! しまった、どうしようか」

 

 じいちゃんが嘆きながら苦し紛れに打った隅を見て詰碁にヒカルはシフトしていった。

 もちろん勝敗はヒカルの中押し勝ちだった。能力的には本因坊なのだから仕方がないと言えばそれまでだ。孫に中押しで負けたじいちゃんは悔しくて泣いている。

 

「ヒカル? どっちが勝ったの?」

 あかりがきょとんとしながら聞いてくる。

 

「オレの勝ちぃ~!」

 

 とだけ答え

「じいちゃん、蔵見てくるね」

 

「好きにせぇ! ヒカルの癖に」

 

 なんてこと言いながらなぜ負けたかを考えている。

 

 ●○

 

 蔵の中に入ると中はけっこう涼しかった。ヒカルが梯子を急いで上った瞬間に

 

「ヒカル? 何探してるの?」

「碁盤だよ碁盤。さっきじいちゃんと一緒に石を木の上においてたろ」

「100マス計算みたいなのが書いてるやつ?」

「そうそう……っと! あった!!」

 

 ヒカルは碁盤の上に被っていた埃を丁寧に払う。まだそこにはくっきりとシミが残っていた。その事に喜んで目にに涙を浮かべながら叫んだ。

 

「佐為~!いるんだろ、いたら返事してくれ、頼むよ、あん時のことを謝りてぇんだよ。オレずっと後悔してんだよ。なぁ佐為! 出てきてくれよ頼むよ」

 ヒカルは涙を流し、嗚咽を圧し殺しながら碁盤に向かって叫んだ。

 すると、光が碁盤を包み込み、

 

「佐為、坊主がお前の名を呼んでおるぞ。知り合いか」

「そんなわけ無いでしょう虎次郎。まず私の名前を知っているのは平安時代の皆々と虎次郎だけですよ」

「だがこの坊主は佐為の名前を知っていたぞ?」

 

 そんな会話が聞こえてくる。一つは確実に佐為の声だ。だけどもう一つの声はまったく聞き覚えがなかったが。

 

「虎次郎ってことは、あんたは本因坊秀策なのか?オレの名前は進藤ヒカル。佐為に追い付こうと頑張ってきたんだ。佐為があの日! 5月5日の日に消えてからずっと頑張って、本因坊になったんだ、取り敢えず俺と打ってよ佐為」

 

 周りなんか気にせず叫ぶように話しかける。

 

「ヒカル、ねぇあれ何、幽霊とかじゃないよね」

 

 ヒカルは目を丸くして振り返る。

 

「あかり、この二人のこと見えるのか?」

「見えてるよ、歴史の教科書に載ってた服を着てる女性と江戸時代の服装の人二人でしょ?」

 

 あかりがヒカルの質問に答えると。

 

「アッハッハ! 佐為、お前は女らしいぞ。よかったな! アッハッハ!」

「笑いすぎですよ虎次郎! やめてください! それに、そこのお嬢さん、私は男ですよ」

 

 佐為と虎次郎の会話を聞いてヒカルは笑いをこらえている。

 

「坊主、お前は碁打ちなんだよな」

「そうだけど」

「なら、そこの女は碁打ちか?」

「わっ私は……」

「あかりはやってねぇよ」

「女、お前は碁を打ってみたいとは思いはせんか? 古来より囲碁は女のたしなみだったのだぞ?」

「こら虎次郎、無理に誘うのは良くないですよ。もし、打ってみたいのなら私も虎次郎も教えますから」

「オレも手伝うからな、でも佐為も虎次郎さんもいて良かった」

 

 すると佐為は袖を手で摘まみ、ピシッと音が出るくらいに伸ばし上を向く。

 

「感謝します。私はもう一度碁を打てる。これで神の一手をまた極めることが出来るのですから」

「おいヒカル。何を蔵の中で叫んでいたんだ? そんなことより好きなもの買ってやるから言いなさい。その代わり買ってやったらもう一度碁を打つからな!」

「ほんじゃ、碁盤と碁石ちょうだいね、碁盤は足付きでお願い。後、どうする石置いてする?」

「孫に石置いてまで勝ちたくないわ」

「明日じいちゃんも一緒に囲碁教室行く?」

「わしはいいから二人で行ってきなさい」

「わかった」

 

 あかりを家まで送って部屋に戻り、自分が逆行したこと、もとの世界であったこと、本因坊になったことなど夜中まで話し、三人交代ばんこで頭の中に碁盤を作って朝まで打ち合った。




 pixivで書いていたものをこちらに移しました。

9/1 修正

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