恋のリート 作:グローイング
真っ赤になった顔をなるべく見られないよう、ボクはクラーラさんのお膝に思い切り押しつける。
「お母さんどこ行ってたの!? ボク早くお家帰って『砲撃戦隊・タンクレンジャー』見たいよお!」
不自然と思われないよう、子どもが母親に甘えるようにべったりとくっつき、舌足らずな口調で大声を上げる。
……誤解しないでほしい。
ボクは不純な気持ちでこんなことしてるんじゃない。すべては……クラーラさんをナンパから救うためなのだ!
「うわっ、何だこのガキ?」
「お、お母さんって、なんだよ子持ちの奥さんだったのかよ」
どうやら作戦成功だ。大学生たちはボクらを親子だと信じ込んでいる。
クラーラさんは高校生にしてはかなり大人びているし、子持ちの女性でも違和感はない。
そしてボクも日本人離れした見てくれのおかげか、ロシア人の子どもとして通用したみたいだ。
一方、クラーラさんはとつぜん現れたボクに戸惑っているようだった。
「Ч、Что(シ、シトー)?」
「……ボクに合わせて」
動揺している彼女にボクは上目遣いでこっそりと囁く。
「っ!」
クラーラさんは一瞬、まるで矢で射貫かれたように艶っぽい声を漏らしたが、
「……Да(ダー)」
なんとか通じたのか、こくんと彼女は夢見心地に頷いた。
そしてすぐさま、とても慈愛に満ちた表情を浮かべてボクを優しく抱きしめてきた。
「《かわいい坊や》」
辛うじてボクでもわかるロシア語で、クラーラさんはそう言った。
すごいなクラーラさん。本当に一児の母親としか思えない迫真の演技だ。
これなら誰も疑わないだろう。
「さすがに人妻に手を出すのはヤバイよなあ……」
「ああ。いっときの欲望で幸せな家庭を崩壊させるわけにはいかねえぜ」
よし、すべては予定通り。
……ふっ。どうだい。これがボクにしかできないことさ。
武力行使することもなく、説得する必要もなく、ちんまい体格をこうして利用するだけで、事は平和に幕を閉じる。
武佐士くん、ボクやったよ。これが、ボクにしかできないことなんだよね?
友人たちの冷めた視線がイメージの中で浮かぶけど、気にしない。
その中で一人、武佐士くんだけはきっと感動の涙を流してくれているはずだから。それだけで救われる。
……流してくれてるよね?
とにかく、街中でナンパするような彼らも、さすがに人妻に手を出せるほどの勇気は……
「待て。おれ一度でいいから
「マジで? でも言われてみると若奥さんって絶妙にエロくね?」
「やべ。また興奮してきた」
クソッ。この“(下半身が)街道上の怪物”どもめ。
「なあ坊や。ちょっとの間でいいからお母さん貸してくれないかい?」
実にゲスイ顔でお願いをしてくる男たち。
おのれ。そうはさせんぞ。
クラーラさんを見習ってボクも迫真の子ども役を演じてやる。
「なんでえ? どっかに行くのお? ならボクも連れてってえ」
ああ。死にてー気分だ。
「いやいや坊や。とてもじゃないが子どもには見せられない凄いことしに行くから、坊やはお留守番だよ~」
……ふん。子どもね。子どもですか。ああ、そうでうすか。
自分でやっといて何だけど、本気でボクが高校生だとは気づかないコイツらにだんだん腹が立ってきた。
そろそろ終わらすとしよう。
「子どもはダメなのお? じゃあ大人だけ~?」
「そうだよ~。大人だけのねっとりぐちょぐちょな世界だよ~」
「ふーん……じゃあお父さんも連れていってあげて! 仲間外れはかわいそうだもん!」
「え? お父さん?」
「うん! ロシア人のお父さんでね、すっごくデカいの! いろいろデカいの! 最近ね『日本人の男の子って小っちゃくてかわいいよな。是非とも私のスチェッキン・マシンピストルを試したい』って言ってたから、きっと仲良くなれると思うな! あ、お父さ~ん! ちょっとこっち来て~!」
「よしお前ら! 新しい出会いを探しに行こうぜ!」
「「ウェーイ!」」
ふっ。たわいない。
「あ。あいつらこの間も女の人に破廉恥なことしてた連中だ。お巡りさーん」
「逮捕ぉ~」
「「「ノオオオオ!!」」」
善良なる通行人の勇気ある通報により悪は去り、そして少女は救われた。
ボクのプライドを、犠牲にして……
流している涙は、もちろん嬉し涙だ。
「ごめんなさい!」
事が済むと、ボクはすぐにクラーラさんに頭を下げた。
「あんな状況とはいえ、“お母さん”なんて言っちゃって。その、くっついたりしちゃって……」
びっくりさせてしまったこと。許可なく身体に触ってしまったこと。演技させてしまったこと。諸々を彼女に詫びる。
しかしクラーラさんは、ほほ笑みを浮かべる。
「いいえ。気にしていませんよ」
「え?」
とても流暢な日本語にボクは目を見開いた。
「ク、クラーラさん、日本語話せたの?」
「カチューシャ様には内緒ですよ?」
唇にひと指しを当てて、軽くウインクをするクラーラさん。
か、かわいい……。
って、いやいや。見惚れてる場合じゃないでしょボク。
ぶんぶんと頭を振って真面目な顔に戻る。
「で、でも、イヤだったでしょ? ボクみたいなやつの母親役だなんて……」
「そんなことありませんよ?」
「え? っ! わ、わわ!」
クラーラさんはボクを抱き上げると、先ほどの続きのようにぎゅっと抱擁してきた。
「ちょ、ちょっと……」
至近距離でクラーラさんの美貌と向き合う。
「うっ……」
思わず息を呑んだ。それほどまでに、彼女は美しかった。神様の贔屓によって作られたとしか思えない顔立ちに、ボクは胸のどきどきを抑えられなかった。
「ク、クラーラさん?」
「うふふ。この歳で、かわいい子どもができてしまいました」
クラーラさんは多幸に満ちた笑顔でそんなことを言った。
ボクの頭から湯気が上がる。
「そそそ、それはだから演技で……」
「ユーリくん、でしたね? カチューシャ様のいとこの」
「あ、はい」
「こうして間近で見ると、そっくりですね」
クラーラさんは愛しそうにボクの頬を撫でた。思わず心が穏やかになるような、それこそ子どものように甘えたくなるような、心地良い手つきだった。
「ひとつ、質問してもよろしいでしょうか?」
「な、なんでしょう?」
「ユーリくんは確か、武道をやっていらっしゃいましたよね?」
「え? う、うん。この見てくれだと、やってるってこと信じてもらえないけど」
「お強いのですか?」
「……そこらのチンピラ程度相手なら、負けない自信はあるよ?」
だからって、ぜんぜん自慢にはならないけど。
ボクの友人たちを始め、上位の実力者はみんな次元違いの強さを誇っている。ボクなんて、まだまだ足下にも及ばない。
ただ、あの大学生の連中相手なら、束になって襲ってきても善戦できたと思う。呆れてしまうほど隙だらけだった。
そのことをクラーラさんに伝えると、彼女は首を傾げる。
「では、どうしてあんな回りくどいマネを?」
戦うすべがあるのに、なぜそれに頼らなかったのか。クラーラさんはそう尋ねたいようだった。……意外に武闘派なんだろうか。
「えっと、だからそれは……」
何度も言うように、武道の技を喧嘩に使うのは理念に反することだ。
でもなによりも……
「ボク、暴力って好きじゃないから」
武道は心と精神を鍛えるためにある。だから許容できる。でもそれをイタズラに使うんじゃ、暴力と同じだ。
友人の皆はそんなボクを「甘い」って言うけど……
「誰も傷つかずに済むなら、それが一番いいもの」
暴力は本当に虚しいもので、悲しい気持ちしか生まないんだ。虐められっ子の身だったからこそ、断言できる。
そんなものを振るう人間なんかに、ボクは絶対になりたくない。
「強さの意味を、はき違えたくないだけなんだ。それじゃ、答えにならないかな?」
ボクがそう言うと、クラーラさんはどこか安心したように笑って、
「──はい。よく、わかりました」
あなたのこと、とロシア語で言われたような気がした。
「さすが、カチューシャ様のいとこですね」
「え?」
「ユーリくん」
「は、はい」
「よろしければ、これからも親しいお付き合いしてくださいませんか?」
「それは、構わないけど」
ボクの返答にクラーラさんは清楚にほほ笑んで、またボクを母のように抱きしめた。
「わわわ。クラーラさんっ」
「暖かいですね、ユーリくんは」
「は、恥ずかしいよ。お、降ろしてぇ」
「もう少し、こうさせてください」
「そ、そんなあ」
「うふふ♪」
自分よりもずっと背の高い美人さんに抱きしめられる恥ずかしさに悶えながら、ボクは込み上がる感情と必死に戦った。
(お、落ち着けえ。ボクが好きな人はカチューシャお姉ちゃん……)
そんな風にあたふたしているボクに、クラーラさんはいたずらっ子のような笑みを向けて言った。
「助けてくれてありがとうございます、ユーリくん」
そのようにして、ボクとクラーラさんは友達になった。
* * *
「ごめんなさいユーリくん。どうか機嫌を直してください」
「ふんだ。意地悪なクラーラさんなんて嫌いだもん」
そして現在、ボクとクラーラさんはこんなやり取りができるほどの親しい仲になっている。
本を貸し合ったり、たまに一緒にお出かけしたりすることはもちろん、試合があればお互い応援に顔を出している。その際、彼女はよく差し入れに手作りのお弁当やスイーツを持ってきてくれる。とても素敵な女友達だ。
……ただ、クラーラさんは親しい相手ほどちょっかいをかけたくなるタイプらしく、ノンナさんと同じようにボクをからかうことが多い。そこがちょっと難点だ。
さっきだって、ボクが恥ずかしがるのを知っていて『また親子ごっこしましょう?』と良い笑顔で言うものだから、ボクは完全に機嫌を損ねていた。
ぷいっと怒りが伝わりやすいように彼女から顔を逸らす。
するとクラーラさんは「……ぐすん」と悲しそうな声を上げた。
「うぅ、どうしましょう、ユーリくんに嫌われてしまいました」
しくしくと泣き出すクラーラさんの姿にボクは慌てだす。
「わわわ! ほ、本気で言ったわけじゃないよ?」
「はい♪ 知ってます♪」
ケロッと笑顔に戻ったクラーラさんに、ボクは「ぬっ」と渋い顔をする。
もう、本当にノンナさんといい、どうして女の人って男をからかうのが好きなんだろう。
「ごめんなさい。ユーリくんの反応があまりにもかわいいものですから、つい」
再びむくれるボクに対してクラーラさんは苦笑交じりに謝るが、ぜんぜんフォローになっていない。
どうせボクはからかいがいのある人間ですよーだ。ツーンとさらにそっぽを向いてやる。
「ユーリくん」
「ツーンだもん」
「口で言っちゃうユーリくんかわいいです」
なかなか機嫌を直さないボクに、クラーラさんは手元のロシア文学に目線を配って、柔らかくほほ笑んだ。
「お詫びと言ってはなんですが、私でよければロシア語の翻訳をお手伝いしますよ?」
「え、ほんと?」
それは助かる。ただでさえロシア文学って内容自体が難解だから、解説をしてくれる人がいると心強い。
「わからないところがあれば、私に何でも聞いてください」
「じゃ、じゃあ、お願いしちゃおうかな」
我ながら呆れるほどあっさりと機嫌を直したボクは、クラーラさんと一緒に読書をすることにした。
「ユーリくん、ここはですね。『彼はこの世に産声を上げたその瞬間から、一種の麻薬に等しい中毒性を秘めた魅了の才覚を無意識に振りまき、親のみならず乳母と家臣の心を我が物としてしまったのだ』……です♪」
「……」
「そしてここはですね。『我が信仰はすでに地獄の業火に焼かれた。私という人間は、私という魂は、すでに死んだのです。ならば今こうして貴方の前で膝をつく私は何なのでしょう。私という亡霊が現世に留まる理由はただひとつ。それは煉獄の炎よりも熱く燃えたぎる貴方への愛に他ならず……』」
「あ、あのクラーラさん」
「はい。わかりにくいところありましたか?」
「いや、それは大丈夫。思ったよりもわかりやすいよ? そのね、翻訳を手伝ってくれるのはすごくありがたいんだけど……」
ボクは冷や汗をかきながら言う。
「なんでボク、クラーラさんの膝に座らされてるの?」
いまボクらはひとつの椅子の上で、母親が小さな子どもに読み聞かせするとき同じ体勢で密着している。
ボクの問いにクラーラさんはとても素敵な笑顔を浮かべて答える。
「このほうがお互い読みやすいではないですか♪」
「……そう、かなぁ?」
隣り合って座っても支障はないと思うんだけど……。そう言ってもクラーラさんはボクを膝から降ろすことはせず、にこにこと満足そうに解説を続ける。
心なしか、ただでさえ潤いのあるお肌がツヤツヤしている気がする。
「では、続けましょう。ここはですね……」
「あうう」
正直言って読書に集中なんてできない。
恥ずかしさはもちろんだけど、間近で感じるクラーラさんの体温や鼻腔を突く甘い香りで頭の中がグルグルだ。
そしてなによりも、さっきから後頭部に当たるむにゅっとした感触がボクを落ち着かせない。
「うぅ~」
豊満過ぎる感触から逃れるため、なるべく前に身体を傾けようとすると、
「めっ」
すぐにクラーラさんはボクを引き戻す。そしてさっきよりも密着してしまう。
ふたつの丘に埋没する後頭部。あうう。
「ちゃんと座らないと危ないですよ?」
そう優しく言い聞かせて、ボクの頭をよしよしするクラーラさん。
「うう~」
結局、クラーラさんの巧妙な手で『親子ごっこ』をする羽目になってしまった。
ボクが恥ずかしがれば恥ずかしがるほど、クラーラさんはにこやかにほほ笑む。
……やっぱり、この人はノンナさんと同じ匂いがするなぁ。
「もう~クラーラさん! いっつもそうやって子ども扱いして~!」
「うふふ。ユーリくんがあまりにもかわいいものですから」
「だから、男に『かわいい』は褒め言葉じゃ……」
「《本当に、私の子ならいいのに》」
「え?」
聞き間違いだろうか。クラーラさん、ロシア語でとんでもないこと言ったような……。
「ク、クラーラさん?」
ボクを見つめるクラーラさんの瞳から、熱いものを感じる。
気づくと彼女は本から手を離し、ボクをぎゅっと抱きしめていた。
「ユーリくん……」
「ちょ、ちょっとクラーラさん読書は!?」
質問しても彼女の耳にはもう入っていないみたいだった。
とても優しく慈愛に満ちた顔でぎゅっと抱擁してくる。ますます押し潰れるふくらみ。あたふたとするボク。
「はわわわっ」
「ユーリくん。本当にあなたは魅力的なかたですね」
「え、ええ?」
「かわいらしくて、でも試合では凜々しい姿を見せられて、その上に勇気と強さもあって、……そしてとても優しくて」
クラーラさんの美顔がさらに間近に迫ってきたかと思うと……
「んっ……」
「っ!?」
不意打ち気味で、頬にキスをされてしまった。頭から汽笛が上がる。
「ク、クラーラしゃん! な、なんちぇことを!」
動揺から舌が回らない。そんなボクに反して、クラーラさんは変わらず恍惚とした笑顔を浮かべている。
「ロシアでは挨拶ですよ?」
「そ、それは知ってるけど~!」
フランス、スペインがそうであるように、ロシアもキスで挨拶をする文化がある。
ひと昔前では同性相手でも長いお別れの際は、口と口のキスをして友好を確かめ合っていたと言うけど……でも郷に入っては郷に従えですよ!?
だが、いまのクラーラさんに何を言っても通じそうにない。
うっとりと幸せに浸った彼女の表情は、もう周りなど見えていない。
「ユーリくん……」
「あわわ」
そんな表情を見ていると、ボクまで引き込まれそうになる。クラーラさんの美顔から目が離せなくなる。
「ユーリくん。私たちは、とても仲良しですよね?」
「う、うん」
魔力にあてられたように、自然と頷いてしまう。クラーラさんは満足げにほほ笑んで、さらに顔を近づける。
その距離はもう、唇と唇が触れ合いそうで……
「親しい者同士は──こうやって挨拶するんですよ?」
目を閉じて、その唇をゆっくりとボクの唇に……
「……なにをしていらっしゃるんですか、二人とも」
「ひっ!」
本能的に恐怖を煽るような声に正気を取り戻す。
「ノ、ノンナさん?」
いつのまにかボクらの傍に目から光を消したノンナさんが立っていた。怖いよ!
「これはノンナ様。ご機嫌よう」
ボクと違ってクラーラさんは毅然としている。実に爽やかな笑顔でノンナさんと向き合う。
「クラーラ。あなた、なかなか面白いことをしていますね」
「はい♪ 私たち、とても仲良しですから♪」
「それは、なによりです」
クラーラさんの言葉に、ノンナさんもニコリと笑みを浮かべる。でもその目はぜんぜん笑っていない。幼なじみのボクから見るに、あれは間違いなく不機嫌だ。
な、なんだ? 幼なじみのボクが他の女性と仲良くしてるから? それとも……
二人の女性は、ボクを挟んで「うふふ」と笑顔で見つめ合う。
……なんだろう。二人の間で火花が散っているような気がする。
「────」
ノンナさんがロシア語で何事か呟く。ネイティブ過ぎる発音かつ早口だったので正確には聞き取れなかったが、辛うじて単語は聞き取れた。
えーと、ボクの名前は口にしたと思う。
それとあと……『歳月』『長く』『魅力』『一番』『理解』『渡さない』かな?
「────」
クラーラさんもロシア語で何事か口にする。
えーと……『時間』『無関係』『早い者勝ち』『略奪』『もうどうにも止まらない』?
なんか、表情のわりには物騒なこと言ってるなクラーラさん……。
「なるほど。クラーラ、あなたの覚悟はよくわかりました」
覚悟!? そんな壮絶な会話してたの!?
「では、私も容赦しません。……ユーリ?」
「え、なに? ……わ、わわっ!」
とつぜん名前を呼ばれたかと思うと、ノンナさんはボクの身体を掴んで自分のもとへ引き寄せた。まるでクラーラさんから奪うように。
「あ! ユーリくん!」
クラーラさんが切なげに声を上げると、ノンナさんは勝ち誇ったような顔を浮かべる。
そのまま彼女はボクを膝の上に乗せる。──対面する形で。
「ちょっ!?」
目の前には巨大なエルブルス山。そしてノンナさんの爽やかな笑顔。
「ユーリ? 膝の上なら、私が一番座り心地がいいですよね?」
優しい声色でそう言って、ノンナさんはボクを思いきり抱きしめた。
「むぐっ!」
山に顔が埋もれる。い、息がっ。
「ず、ずるいですノンナ様!」
「クラーラ。私は幼い頃からこうしてユーリを抱きしめてあげてきたのです。ですから、私のカラダでなければこの子は満足できないのです」
ノンナさん! 誤解されるような言い方はやめて!
というか呼吸! 呼吸できない!
SOSを伝えるためジタバタと身体を揺り動かす。
ぷるんぷるんと波打つ巨峰。「あんっ……」と色っぽい声が頭上から上がる。
「んっ、ユーリったら。『もっと抱きしめて』ですか? もう、甘えん坊さんですね」
違ああああう!
「見なさいクラーラ。こんなにも喜んでいるでしょう? つまり私が一番ユーリを気持ちよくさせられるのです」
「そ、そんなことありません! ユーリくん! 私だって気持ちよくしてあげられますよ!?」
だから誤解されるような言い方は……ってちょっと、何クラーラさんまで抱き着いて……
むにゅうううと、さらなる圧力が後方から加わる。
「ほら、ユーリくん。お母さんの気持ちいいですか?」
「ユーリ、いっぱいお姉さんに甘えていいんですよ?」
な、なに、この天国と地獄のサンドイッチ。
視界が遮られている上に、耳すら柔肉に包まれてもう何が何やら。
ただひたすらもう四方八方から、むにむにと、もにょんもにょんと、たぷんたぷんと、柔らかすぎる四つの感触と、とろけたミルクのような香りに顔中が包まれる。
「ユーリくん♪」
「ユーリ♪」
甘い声で囁きながら、二人はもっともっと深くボクを抱きしめ……
あ、もう、ダメ。
「ん。ユーリ、もっとくっついて……ユーリ?」
「ユーリくん? どうし……」
「きゅう~」
カチューシャお姉ちゃん。先立つ不孝をお許しください。
「ユーリ!?」
「ハラショー!?」
ようやくボクが目を回していることに二人は気づいて慌てだしたが、時すでに遅しである。
(あ~生まれ変われるなら、今度は身長190cmぐらいの大男になりたいなあ……)
そんなことを考えている間に、ボクの意識はゆっくりと闇へと落ちていった。
失神する間際、武佐士くん以外の友人たちが脳内で姿を見せ、こう言った。
──爆ぜろ。魔性のショタ。
ほっといてよ!
この後、どちらがユーリに人工呼吸するかで揉めるノンナとクラーラでしたが、偶然通りかかったニーナが即座に対応してくれたので事無きを得ました。
ニーナ、いいやつだったよ。