恋のリート 作:グローイング
2月の早朝。
春が待ち遠しくなるほどに冷え切った格納庫で、俺は戦車の整備をしていた。
「う~、さみ……」
一応軍手は着けているが、それでもひんやりとした空気の中では手が
「あ~カイロとか欲しいわ」
そう愚痴ったところで貧乏校の継続にそんな贅沢な消耗品など望めないので、我慢するしかない。
けれど今朝は一段と寒い。もっと厚着してくればよかったなと後悔するほどに。
「せめてコーヒーぐらい持ってくりゃ良かったなぁ……」
「なら私が暖めてあげようか?」
むにゅり、と背中に柔らかくて暖かなものがあてがわれる。
俺のわりと広い背中の三分の一を覆うほどの巨大な柔物が押し潰れ、冷えた表面がヌクヌクとなる。
わーあったけー……と言いたいところだが。
「ミカさん。あいさつ代わりに胸押し当てるのやめてくださいってば」
「声と胸だけで私とわかるだなんて、なにか運命的なものを感じるね」
「こんなマネしてくる色ボケなんてアンタぐらいしかいねーだろうが」
振り返ると、やはりそこにいるのはイタズラを楽しむ笑顔を浮かべるミカさん。
今日も今日とて、彼女は健全な男子を悩ます魅惑的な肉体で俺をからかってくる。
「やあ、今朝も冷えるね」
「そうっすね。だからって人肌の温もりは求めてないっす。やめてください」
「遠慮することはないさ。なんなら君のその冷えた手を服の中で暖めてあげてもいいんだよ? ちょうどカイロ代わりになるものがふたつここに……」
「やめろって言ってんだろうが」
相変わらず多感な男子に挑発的なことを言って反応を楽しむミカさんに若干キレ気味に言う。
冗談でも面白半分でそんなことするなっつの。こちとら毎度まいど理性をフルに働かせて我慢してるってのに。
ためしに本気で手を突っ込んで揉みしだいたろか。
そうすればこの人も懲りそうだ。
「それはそうとライヤ。君に渡したいものがあるんだ」
「なんすか? この間みたいに洗濯物渡されても困りますよ。自分で洗ってください」
「アキにこっぴどく叱られたからね。もうそんなことはしないさ」
当たり前だ。
てかいくら洗濯が面倒だからって男に衣類預ける女子ってなんなの。
まあ、きっとそれも俺の動揺を楽しむ遊びだったんだろうけど。
事故だったのか下着まで混ざっていたのがわかると、さすがのミカさんも普通に顔真っ赤にして慌てていたしな。あれはレアな表情だった。
「で、何くれるって言うんすか? 課題のプリントとか、期限切れの缶詰とか、毒味させるためのキノコとかはお断りっすよ」
「君は私を何だと思っているんだい?」
「普段の行いを反芻しやがってください」
あのミカさんが人に贈り物するだなんて、期待よりも警戒が
何が来ても冷静に対処できるよう俺は身構えたが……
「まあ、黙ってコレを受け取ってくれ」
すっと、差し出された物を見て俺は目を疑った。
それは綺麗にラッピングされた縦長の箱だった。継続では滅多に見られない高級感漂う包装。
どこからどう見ても人に渡すために用意された贈り物。
「……え?」
俺は呆然した。これが普通の人からプレゼントを貰うのであれば俺もここまで驚かない。
だが、相手はあのミカさんだ。
あのミカさんが、こんなマトモな贈り物をする、だと?
ミカさんは硬直する俺の手を取って、プレゼントの箱を握らせる。
ニコリ、とどこか照れくささを隠したような微笑みを俺に向ける。
「じゃ、私はこれで」
そう言ってミカさんは未だにボーっと突っ立っている俺を放って格納庫から去っていった。
「……」
一人残された俺はしばらく動けなかった。
何が起きているのかわからなかった。
ただ、言えることはひとつ。
「槍だ。明日は槍が降るぞ……」
いや、むしろリトルボーイか。
いや、もしくはツァーリー・ボンバーか。
もしくはロッズ・フロム・ゴッドか!
人類は死に絶えてしまうのか!?
どうあれ、あの自由人であるミカさんがこんな風に普通にプレゼントを渡すこの異常事態は……
「滅茶苦茶こええええええ!!!」
冷え切った格納庫に俺の悲鳴が響き渡った。
* * *
継続高校には暗黙の決まりというものがある。
一方だけが得することはあってはならない。物事は常に等価交換。
日頃から資金、物資、食費の不足に苦しむ俺たち継続生徒はその辺がすごくシビアだ。
無償の奉仕など、たとえ親しい友人同士であっても許されない。
何か助けられたならば必ずお礼をする。物をもらったならば代わりに手持ちの何かを渡す。
そんな風に交渉と物々交換をするのが継続の日常だ。
だから、今回のことは異常だ。
あのミカさんが何の見返りも要求せず、俺にプレゼントを渡すなんて。
それもこんな手作り感溢れるものを。まるで『この日のために頑張って用意したんだよ?』なんて声がしてきそうじゃないか。
「怖い……怖すぎる……」
教室に向かいながら、俺は渡された箱を注意深く観察する。
何なんだコレは。いったい中身は何なんだ。
あまりにもおっかなくて開ける勇気もない。
「……まさか、爆弾とかじゃないだろうな」
中からチッチッチッと時限を刻む音がしないかと箱に耳を当てるが、それらしき反応はない。
ますます不気味だ。俺をいったい何を渡されたんだ。
継続とは縁のない華美なラッピングである分、余計に恐ろしい存在感を放つ。
「と、とにかく今は開けないほうが賢明だな」
正体不明の箱を恐る恐るポケットに仕舞う。
ミカさんめ、いったい何を企んでいるだ。俺をいったいどうしようっていうんだ。
不安をかかえながら教室の前に到着。おずおずとドアを開けると……さらなる恐怖が俺を迎えた。
ミカさんがくれたのと似た華美なラッピングをされたプレゼント。
それが俺の机の上に、大量に置かれていた。
「こええええ!!!」
マジで今日何なの!?
なんで今日に限ってこんなにプレゼント渡されるの!?
基本的に利己主義で隙あらば相手の所有物を屁理屈言ってぶんどっていくような人間の集まりであるこの継続で、こんなことが起きるはずがない!
「ラ、ライヤ。おはよう」
俺が自分の机の前で恐怖に震えていると、アキが話しかけてきた。
顔を赤くしてやたらとモジモジしている。
両手を後ろに回して、何かを隠しているようだった。
予感が走る。
「ア、アキ。まさかお前も……」
「えっと、まあ、うん。もういっぱい貰ってるみたいだけど、一応……」
色白の童顔を真っ赤にして、アキはさっと後ろに隠していたものを俺に差し出す。
「わ、わたしからもあげる!」
彼女の小さな両手には、やはり綺麗にラッピングされたブツが!
「オレの傍に近寄るなああーーッ!!」
「なんで!?」
恐怖の臨界点を越え、まるでレクイエムを受けた某帝王みたいな叫びを上げる。
「来るなぁ! そんなもの絶対に受け取らねえからな!」
「ひどっ! 何でわたしだけからは受け取らないのよ! せ、せっかく手作りしたのに!」
「それが怖いんだっつの! お前らいったい何を企んでいやがる! 無償で手作りプレゼントを渡すなんて!」
「そりゃ、今日がバレンタインだからに決まってんじゃん?」
「……え?」
横から飄々とした一声。
見ると、ミッコが「なにテンパってんのお前?」という呆れ顔を俺に向けていた。
「バレン、タイン?」
「そ。ほれ、黒板見てみ? 今日何日?」
ミッコが指さす先を見ると、確かに2月14日と日付が黒板に書かれていた。
日直当番の横に『チョコを寄こすのだ、女子たちよ』と恐らく男子が書いたであろうラクガキもある。
「……ああ、そういう、ことっすか」
すっかり忘れていた。今日はお菓子業界の陰謀である聖バレンタインデーだったのか。
ミカさんから貰ったのも、机の上にあるのもチョコということか。
なるほど。ならば日頃ケチンボである継続の女子たちがこうしてチョコのプレゼントを渡すのも決して不自然では……
「いやいや! やっぱりおかしいだろ! 何で? 何で俺だけこんなにチョコ貰えちゃってんの?」
教室を見るに、こんなに大量のチョコ貰っている男子は俺だけっぽい。
野郎どもが「おのれ……」と憎しみの視線を送っている。
いや、ちょっと待って。本気でこんなにモテる覚えないぞ俺。
「変だろ。俺、去年まで超性格悪い奴だったんだぜ? むしろ女子から嫌われるタイプだぞ」
いまは改めているが、去年の俺は本当にひどい人間だったというか、ヤサグレていた。
ミッコとアキが俺の言葉に「うんうん」と頷く。
「確かにひどかったよな~去年のライヤ。話しかけると『うるせー。消えろ』って言うし、名前呼ぶと『気安く呼ぶな。きもちわりい』って本気で嫌がるし」
「整備のお礼渡しても『は? これが報酬のつもり?』ってすぐ難癖つけるし、授業サボってるの注意しても『そのうるせー口縫い付けるぞ?』って脅すし。完全に不良だったよね」
「も、もう忘れてくれよソレは……」
改めて聞くと本当にひでーな昔の俺。
「うん。ぶっちゃけ初めて会った頃わたし、ライヤのこと大嫌いだったよ」
「しょ、正直に言ってくれますねアキさん」
やたらと機嫌悪い顔でアキが冷めた視線を俺に向ける。
わ、悪かったって。素直にチョコ受け取らなくて。
しかし、いざ昔の話を持ち出されて己の愚かさを実感してみると、やはり浮かぶのは疑問。
はっきりと俺に嫌悪をいだいていたこのアキですら、現在ではチョコを渡そうとしている。実に奇妙である。
いや、アキの場合は俺と和解した経緯があるから、親愛の情として義理チョコを用意してくれたのかもしれないが。
だが、やはり他の女子から貰う理由がわからない。
「たぶんアレだよ。ギャップってやつじゃない?」
首を傾げる俺にミッコがそう言う。
「ギャップ?」
「そうそう。ライヤって最近は困ってる奴見たらさ、声かけるようになったじゃん? 『俺にできること何かあるか?』ってさ」
「……まあ、昔さんざんヤラかしてた分、反省としてな」
「たぶんソレだよ」
「え?」
「性格悪いと思ってた男が、実は優しくて義理堅い奴だった。なんて意外な一面知るとさ、コロっと落ちちゃう女の子もいるんだよ」
「そういう、もんなのか?」
「そういうもん。な~? アキ~?」
「……なんでわたしに聞くの?」
「なんでだろうね~」
にししとミッコが意地の悪い笑顔をふくれているアキに向ける。
「意外な一面、か……」
得心はいかないが、どうやらこうしてチョコを渡したいと思われる程度には、俺も真っ当な人間にはなれたらしい。
チョコの山を見てみると、どれもご丁寧にメッセージカードが付けられていた。「この間はテレビ直してくれてありがとう」と感謝の言葉や、「わたしはあなたの魅力をわかっています」などと思わせぶりなことが書かれたものもある。
優越感よりも、正直当惑のほうが大きかった。
中学までは男子校に通っていたし、小学時代も女子からは嫌われていたから、こういうストレートな好意には……なんというか慣れない。
「よかったじゃんライヤ。こんなにモテモテになれてさ」
「からかうなよミッコ。ぶっちゃけ、どう反応していいかわかんねーよこんなの……」
俺の言葉にビクリとアキが不安げに肩を揺らした。
「堅いなぁライヤは。細かいこと考えないで素直に受け取ってりゃいいんだよ、こういうのは」
ミッコはあくまでもカラっとした感じにそう言う。「まーそうかもな」と俺も頷く。
ミッコのこういう適度な割り切りの良さは、確かに堅物の俺にとっては見習いたいものがある。
「ま、そういうわけだから、あたしのチョコも素直に受け取ってちょ」
ひょい、とミッコはいつものジャージズボンのポケットからリボンのついた袋を取り出す。『とりあえずそれっぽくしたよ~』と適当感漂うミッコらしい包装だった。
「えっ!? ミ、ミッコもチョコ持ってきたの!?」
「なんだよお、いけない?」
アキが意外そうな顔で驚く。いや、俺も正直驚いた。こういうイベントには無頓着な奴だと思っていた分、衝撃が大きい。
「ほい。一応手作りだよん。ありがたく食えよ~」
「お、おう」
若干の気恥ずかしさを感じながらミッコからチョコを受け取る。
なんだろ。バレンタインのチョコだとわかった上で貰うと、すっげー顔が熱くなるな。
ミカさんのときは頭が真っ白になってたから感動も何もなかったが。
こそばゆさを覚えながらも、ちゃんとお礼を言おうとすると、
「あ。ちなみに本命だよん」
「……え?」
ミッコの言葉で俺の頭は今朝みたいに真っ白状態になる。
え、本命って。あのミッコが、俺に?
「えええええええええええっ!!?」
というか俺よりアキがすごく動揺してるんですけど。
そんな俺たちを見てミッコは……
「うっそ~ん」
ニカッと歯を出して笑った。
……ハハハ。だと思ったよ。
「や~いや~い。騙されてやんの~」
「るっせーな。んだよ、驚かせやがって」
一瞬マジで焦ったけど、よく考えりゃ花より団子のミッコが色恋沙汰に興味持つわけないよな。こんちくしょうめ。
「たく。男心を弄ぶなよな」
「へへ。でもやっぱり本命だったりするかもよ~? 照れ隠ししてるだけでさ」
「お前が照れ隠しするようなタマかよ」
「わかんないよ~? 実は結構な乙女かもしんないぜ~?」
「ぶっ。お前が、乙女とかっ」
「あ。笑ったなこのぉ」
いつもみたいにミッコと他愛のない皮肉の言い合いをする。
うんうん。やっぱりコイツとはこういうノリが一番しっくり来るな。
「ほんじゃ、ホワイトデーのお返し期待してっからね~。もちろん三倍返しだぞ~」
「この。それが目的か」
最後に現金なことを言ってミッコは自分の席に戻っていった。
なるほどな。ホワイトデーで倍返しのお礼が目的ならば、継続の連中がチョコを渡すのも珍しいことではないか。
……あれ? ってなると、この机に築かれた山の分、お返し用意しなきゃいけねーってことか。やばくねソレ?
(じょ、女子って何あげれば喜ぶんだ?)
なにぶんこういう経験がないのですごく焦る。
手作りの木彫り人形とかで勘弁してもらえないだろうかと頭を悩ませていると、
「……ねえ、ライヤ」
アキが切なげな声で俺の服の裾を握る。
片手には渡し損ねたチョコが握られている。
そういえばまだアキから貰ってなかったな。さっきは悪いことしちまった。
謝ってから彼女のチョコを受け取ろうとするが、
「もう、いらないよねチョコ」
「え?」
そう言って、アキはチョコを引っ込めようとする。
「だって、もうこんなに貰ってるし、お返しも大変になるでしょ?」
「……」
「別に大丈夫だよ? 無理に受け取ろうとしなくても。わたしが作ったの、たいした出来じゃないし……」
俺が何か不用意なことを口にしてしまったせいか、あるいはミッコが俺にチョコを渡したことに何か思うところがあるのか。
沈んだ顔で、アキはチョコの箱を隠すように胸元に抱きしめる。
そんな彼女に俺は、
「欲しいよ」
「え?」
スッと手を差し出す。
「くれよ。アキのチョコ」
「でも……」
「なに急に遠慮してんだよ? 俺のために作ってくれたんだろ? なら欲しいに決まってんじゃん」
「……さっきは絶対に受け取らないって言ったくせに」
「うっ。わ、悪かったって。いまはちゃんと欲しいってば」
「……ほんとに?」
流し目を送るアキに「ホントほんと」と何度も頷く。
「アキから貰えるものなら、俺なんだって嬉しいぜ?」
「……っ! バ、バッカじゃないの。なんでそんな恥ずかしいこと言うの?」
「本音だぜ?」
「……ふ~ん」
すました顔で、アキはチラリと俺に目線を配る。
「そんなに欲しい?」
「欲しい」
「どうしても?」
「どうしても」
「超食べたい?」
「超超超食べたい」
「……そっかあ」
むくれていたアキだが、やがて「ふふっ」と機嫌よさげにほほ笑む。
「そこまで言われちゃ、しょうがないなぁ~」
クルっと身体を一回転させて、かわいい包みのチョコを目の前に差し出す。
「じゃあ、あげる♪」
白い頬を桃色に染めたアキは、ふわっとした微笑みでチョコをくれた。
「サンキュ」
俺は快く受け取り、さっそく封を開ける。
「お、すげえ。チョコのカップケーキか」
料理上手のアキらしい、手の込んだチョコだった。
ひとつ手に取って、豪快にかぶりつく。
「どう?」
「うん。めっちゃうまい」
「そ? えへへ。よかった」
感想を聞くと、アキは朝露が弾けたような笑顔を浮かべた。
「お返し、期待しちゃうからね?」
「アキもちゃっかりしてんな」
ま、これだけいいもの貰ったんだから、アキのお返しは奮発しないとな。
予鈴が鳴る。そろそろ一限の授業だ。
「じゃ、ちゃんとぜんぶ味わって食べてね?」
「おう。こんなうまいケーキ残すとかありえねーよ」
「ふふ♪」
アキはルンルンとスキップをしながら自分の席に戻っていく。
「あ、そうだ。ライヤ」
「ん?」
背中を向けたまま、アキはポツリと呟く。
「……一応、本命だから」
「え?」
彼女の言葉に戸惑う俺だったが、すぐにミッコのことを思い出し「いやいや、まさか」と首を振った。
「な、なんだよアキまで。そうやってからかうの、やめろよな」
びっくりした。まさかアキまでこんなこと言うとは。
ったく。どうしてこう女子ってすぐ男に思わせぶりなことを……
「どっちだと思う?」
「え?」
アキは振り向かないまま、そう俺に問いかけをする。
どっちって、それはつまり……
「え? おい、アキそれって……」
アキは何も答えない。
ただ代わりに、
「……ライヤのバーカ」
それだけ言って、アキは席に戻っていった。
「……」
俺は棒立ちのまま硬直する。頭の中がグルグルと回り、思考の渦に埋没していく。
え? もしかしてアキは俺を……
いやいや、去年までは大嫌いだったって言ってたじゃん。急にそれが変わるなんておかしいだろ。
でもチョコくれるぐらいには今は気を許してるってことで。
それにミッコもギャップどうとか言ってたし……あいや、でもやっぱりからかってるだけじゃ……
おおい! どっちなんだよ!?
迷宮のように出口の見えない思考のサイクルに俺は頭を抱えた。
(こ、これからどうアキと顔合わせりゃいいんだ俺!?)
授業の内容は、ちっとも耳に入ってこなかった。
* * *
・おまけ
結局その日はアキとまともに目を合わすこともできなかった。
けど向こうはいつも通りだったな……。やっぱり、からかわれただけなんだろうか。
しかしアキに限ってそれは……
モヤモヤした気持ちのまま寮部屋に帰着。
まあとりあえず、この大量のチョコをなんとかしよう。
そうだな。生もの以外は当分、食料として大事に食うとするか。
「あ、そういえば」
ポケットにミカさんから貰ったチョコを入れたままなのを思い出した。
「お礼言い忘れちまったな」
まさかあのミカさんがチョコを渡すなんてミッコ以上に意外だったからな。
動揺するなというのが無理な話だ。
「だけどまあ……」
やはりあんな美人からチョコを貰えたというのは男として素直に嬉しい。
普段の残念ぶりを知っていても、いや知っている分、彼女からこうして普通に贈り物を貰えることが嬉しい。
(お、よく見るとメッセージがあるな)
直接言うのは照れくさかったのか、文字の書かれたカードが挟まれていた。
ミカさん特有の汚らしい字でこう書かれていた。
『こういう行事には普段興味がないけど、なんだか渡したくなってしまってね。柄にもなく気合いを入れて作ってしまったよ。まあ日頃の感謝の気持ちと思ってくれればいいさ──by ミカ』
思わず顔が綻ぶ。
あの人も
ちゃんと女性らしいところもあるんだと、少し安心もした。
「じゃ、ありがたく頂くとしますかね」
立派にラッピングされた包みを解いていく。
よく見ると本当に凝ったラッピングだ。ミカさんが気合を入れたと豪語するだけあって、これは相当すごいチョコなんじゃないだろうか。
あの人が料理をしたところなんて見たことがないが、実は隠れた特技があったり?
期待を込めてパカッと箱を開けると……
「おう、カカオ豆がいっぱいだあ! すっげー! ……は?」
箱の中には、みっちりと詰められたカカオ豆と、またメッセージカードが入っていた。
カードにはこう書かれていた。
『さあライヤ。これで存分に好きなチョコレートを作るといい。なに遠慮はいらない。感謝の気持ちはホワイトデーできっちり返してくれればいいさ。素敵なお返しを期待しているよ♪ ──by ミカ』
天井に向かってカカオ豆が散乱する。
「だーれがテメーにお返しなんてするかああああああ!!」
気合い入れたのはラッピングだけじゃねえか!
2月14日、聖バレンタインデーの夜空に一人の少年の怒号が響き渡るのだった。