恋のリート   作:グローイング

10 / 22
歓迎会① みほの手料理

 手作り料理を誰かに食べてもらうとき、ちゃんと「おいしい」と言ってもらえるか。

 とりわけ少女が異性にご馳走するとき、だいたいはそうドキドキするものである。

 食べてもらう相手が、たとえ弟でも……いや、みほという少女にとっては、弟相手だからこそ人一倍緊張している様子であった。

 

「ど、どうかな、むうちゃん? おねーちゃんの唐揚げ、おいしい?」

「むぐむぐ」

 

 鶏の唐揚げを食べる武佐士に、みほはじ~っと不安と期待に満ちた眼差しを向ける。

 

 みほは決して料理が苦手というわけではないが、プロのシェフ並の腕を持つ沙織と比べてしまうと、どこか見劣りしてしまうのは事実。

 わざわざ自分のもとを訪ねてきた弟のために大好物の唐揚げを作ったのだが、はてその反応はいかに……

 

 武佐士はしっかりと背筋を伸ばし、ゆっくりと食べ物を咀嚼している。育ちの良さが伺える丁寧で礼儀正しい食べ方だった。箸の持ち方も完璧である。

 気品すら漂わす所作は、あたかも美食家の風格すら醸し出している。みほが必要以上にソワソワするのも、仕方がないと言えた。

 

「ふむ」

 

 唐揚げを食べ終えると、武佐士は一度、箸を箸置きに載せた。

 

「みほ姉さん」

「は、はい」

 

 凛然な態度で呼ばれたため、みほは思わず弟相手にも(かしこ)まった反応を取ってしまう。

 武佐士は瞳を閉じて、ゆっくりと感想を述べ始める。

 

「身内ならともかく、よそさま相手に出すには、まだ精進が必要だと思う」

「あうう……」

 

 容赦のない弟の指摘に、みほはシュンとなる。

 幼い頃から家政婦菊代の絶品料理で育ってきた分、西住家の人間の舌はかなり肥えている。

 みほはわりかし、どんなものでもおいしく食べられるのだが(むしろコンビニなどの俗っぽい食品が好きだったりする)。しかし、母しほと姉のまほを始め、武佐士の料理の評価はかなり厳しい。

 基本的に心優しい性格をした武佐士だが、とりわけ品評の場となると意外と容赦がない。性根が真面目である分、妥協というものが許せないのだ。

 ゆえに、たとえ敬愛する姉の手料理であっても……否、敬愛しているからこそズバリと評価をくだしてくる。

 

「油の温度や揚げる時間が適切でなかったためか、せっかくのもも肉が固くなっています。また油分も余計に含まれてしまい、衣がサクサクしておらずベチャリとしてしまっています。残念ながら唐揚げの長所を殺してしまっている出来です」

「ふええ……」

 

 家族の中で一番味にうるさい武佐士から、そう簡単に花丸を貰えないことは覚悟していたが、さすがのみほもヘコんでしまった。

 

「でも」

 

 武佐士はまたひとつ唐揚げを口に含む。

 絶品とは尽くしがたい唐揚げを、しかし味わうように食べ、にこりとほほ笑む。

 

「僕は、この唐揚げ好きだよ?」

「え?」

 

 泣き顔を驚きに変えて弟を見やると、無邪気に喜ぶ表情がそこにあった。

 

「む、むうちゃん。で、でも、そんなにおいしくないんでしょ?」

「菊代さんが作るのと比べたら確かにまだまだだけど……でもこれは、みほ姉さんが僕のために作ってくれた特別な料理だから」

 

 そう言って武佐士は、また唐揚げをひとつ嬉しそうに頬張る。

 貴重な一品を大事に味わうように食べ終えると、武佐士はまた穏やかに笑う。

 

「みほ姉さんが作ったものなら、どんなものでも僕にはご馳走だよ?」

「むうちゃん……」

 

 姉弟は笑顔で見つめ合う。互いの頬が、ほんのりと朱に染まっていく。

 まるで世界には二人しか存在していないかのような雰囲気の中で、姉弟は熱い視線を交わし合う。

 

 

 

 

 

 

「カップルかああああああああああああ!!」

 

 そんな甘い空気を一撃で吹き飛ばす大声に、姉弟はビクッと背筋を張った。

 ついでテーブルに大皿がドンと置かれる。山盛りになったおかずの谷から、にゅっと悔し涙っぽい涙を流す沙織の顔が降臨する。

 

「やだもー! やだもー! なんで親友の弟の歓迎会でこんな甘々なイチャイチャ見せられてるの~!?」

 

 沙織の言うように、現在はみほの寮部屋で武佐士の歓迎会をしている。

 予定ではパーティーの料理はみほがすべて用意することになっていたが、さすがにそれは大変だろうということで料理上手の沙織も手伝っていた。テーブルにはすでに、みほが作った唐揚げだけでなく、沙織お手製の豊富な料理が並べてある。

 食欲をそそる料理で、いつものように長閑(のどか)で楽しい食事会になると思いきや……この天然姉弟ときたら、先ほどから人前であることも(はばか)らず、まるで付き合いたてのカップルのようにイチャついていやがるのである。

 人一倍恋愛願望の強い沙織にとって一種の憧れのひとつとも言えるシチュエーションを見せられて、ほほ笑ましく思う一方、複雑な感情となっていた。

 羨ましいー! と。

 

 沙織のそんな指摘に、みほは顔を真っ赤にしてあたふたとしだす。

 

「イ、イチャイチャなんてしてないよ! きょ、姉弟ならこれぐらい普通だよ~」

「普通じゃない! 絶対に普通じゃないから! いくら仲のいい姉弟でもそんな恋人同士みたいに見つめ合ったりしないから!」

「こ、恋人同士だなんて、そんな……えへへ♪」

「なんで満更でもない顔するのみぽりん!?」

 

 はたして、みほが弟に向ける愛情は一般的意味合いでの家族愛なのだろうか。

 なにぶん、人より少し()()()()()みほであるため、その情愛が本気で危険な領域に至っているのか、それともただ単に溺愛しているだけのものなのか、どうも判別がつかない。

 ただ、はた目から見るにその姉弟仲が尋常なレベルでないほどに良好であることは、断言できる。

 二人の間にはよほど深いエピソードがあるのか、ちょっとのことでは簡単に切れない、強固で強い絆を感じさせた。強固すぎる、と言うべきかもしれない。

 

 実家絡みで気まずい空気を作り出されるよりは、ずっとマシには違いないが……それにしたって限度がある。

 

「に、西住殿は本当に弟思いの姉上なんですね~」

「秋山さん、あまりフォローになっていないと思うぞ」

「あう」

 

 敬愛するみほの威厳を守ろうと当たり障りない指摘を入れる優花里だったが、そう言う本人も苦笑いを浮かべている時点で、麻子のツッコミどおり虚しいフォローである。

 

 仮にこの姉弟が部屋で二人きりだったとしたら、瞬く間にアブノーマルな展開は繰り広げられるのではないだろうか。と少女たちは肝を冷やした。

 

 

 

 そんな少女たちの気も知らず、武佐士はすでに料理の山々に、すっかり夢中になっていた。

 

「ふむふむ。なんと美味な料理でしょう。箸が止まりません」

 

 武佐士は満悦の笑顔で次々とおかずを口に運んでいく。茶碗に盛られた白米も瞬く間になくなっていく。

 食欲旺盛な武佐士の様子を、傍らで華がほほ笑ましげに見つめていた。

 

「うふふ♪ 武佐士さん、さすが男の子ですね。いい食べっぷりに惚れ惚れしてしまいそうです」

「そうおっしゃる華さんも、いい食べっぷりですね。そんなにも細い身体なのに。驚きです」

「あ、あら、これは、その……」

 

 華は頬を赤くした。

 見かけに寄らず大食らいな華は、先ほどから武佐士にも負けないほどの量を食している。茶碗に盛られた白米は日本の昔ばなしのようにコンモリとしている。

 ()()()()()()()()をごく自然に食べていた華だが、今日に限っては何だかそれが恥ずかしかった。

 

「あのぉ、やはり、はしたないでしょうか? 女性がこんなにもガツガツ食べるのは……」

 

 不安げに目配せする華に対し、武佐士は穏やかな顔で「いいえ」と首を横に振った。

 

「そんなことはありません。健康的でたいへん宜しいと思います。僕としてはむしろ、おいしそうに何でも食べる女性は、とても魅力的です。一緒に食事していて楽しいですから」

「ま、まあ。武佐士さんたら」

 

 爽やかな笑顔でそんなことを言われ、華はますます頬を紅潮させた。それは羞恥心からではなく、もっと別の甘ったるい感情の揺れからであったが。

 

「武佐士さん。よろしければ、ご飯のおかわりはいかがですか?」

「ありがとうございます。是非お願いします」

 

 茶碗の中の白米がひと口分になったのを見て、華がすかさず声をかけると、武佐士は快く頷いた。

 

 あまり浸透していない常識だが、『おかわり』にもちゃんとした礼儀作法がある。よく完食してからお願いするのが正しいと思われがちだが、実際は『ひと口分を残してから差し出す』のが正式な和食のマナーである。

 これは和食作法で言う『つなぎ』のことであり、まだ食事は済んでいないという合図である。

 育ちの良い二人は当然、そのあたりの作法に精通していた。

 まるで熟年夫婦のように息の合った二人は、柔らかな笑顔で茶碗を渡し合う。

 

「どうぞ。たくさん召し上がってくださいね?」

「ご親切にありがとうございます」

「いいえ。お気になさらず。……わたくしも、いずれ立派な妻になれるよう、こういうことは今の内にできるようになっておきたいですから」

 

 そう言って華は意味ありげな視線を武佐士に向けて、熱のこもった艶顔を浮かべた。

 

 そんな華の発言と様子に、みほはピクリと反応を示す。

 心なしか、片方の瞼が痙攣している。

 

「む、むうちゃん、ず、ずいぶん華さんと仲良くなったんだね?」

「そうかな?」

「きょ、今日会ったばかりにしては随分と距離感が近いなあって、おねーちゃん思うな~」

 

 引きつった笑顔で、みほは言う。

 実際、物理的にも華と武佐士の距離は近い……というかいつのまにか肩が触れ合いそうなほど密着している。

 みほの笑顔がますます引きつる。

 

「だ、だめだよ~むうちゃん? 華さんにあんまり迷惑かけたりしちゃ。は、華さんもそんなに弟に気を遣わなくても大丈夫だよ?」

「いえ、構いませんよみほさん。むしろ、わたくしがしたいんです」

「ふえ?」

 

 キョトンとするみほに、華は柔らかく笑い返す。

 

「武佐士さんとは確かに本日会ったばかりですが、その人となりは充分過ぎるほどに知ることができましたから。わたくし個人としては、これからもこうして親密にお付き合いしていければと、そう思っているんです」

「おつき……あい?」

「はい。武佐士さんには、自然と懇意になりたいと思わせる魅力があります」

 

 華の発言に、武佐士は照れくさそうに身をこわばらせる。

 

「そんな、華さん。いくらなんでも褒め過ぎかと……困惑してしまいます」

「謙遜をなさらないでください武佐士さん。わたくしからすれば、武佐士さんは素敵な殿方ですよ?」

「からかわないでください」

「本心ですよ?」

 

 華はうっとりとした眼差しを少年に向けて言う。

 

「わたくし、これでも男性を見る目には自信があるんです」

 

 華の表情は、絶筆に尽くしがたいほどに、女性としての美麗をほとばしらせていた。

 女学生としての若々しさに加え、熟しかけた艶美が混ざり合わさったような、そんな笑顔であった。アンバランスゆえに実に強烈な魅惑を宿している。

 武佐士が思わず、心奪われたように見惚れてしまうのは、無理からぬ話だった。

 

「うう~……」

 

 そんな武佐士を、みほは複雑な表情で見ていた。

 怒り出しそうな、泣き出しそうな、とにかく寂しげな具合に、弟に睨みをぶつけている。

 おっかないというよりは、まるで見捨てられる子猫のようで、愛らしい姿ではあったのだが……放っておくと、いろいろ危うい感情の暴発が起きる予感を起こさせた。

 

「あ~……と、とりあえず皆! 料理冷めないうちに食べちゃおうよ! ほら弟くんも、主役なんだから遠慮なく食べちゃってね!」

 

 妙な空気に入り込む前に、沙織が気をきかせて流れを仕切り始める。

 

「ありがとうございます、武部さん」

 

 武佐士も華の熱烈な視線に気後れしていたためか、沙織の気遣いに二重の意味で感謝をする。

 追加でやってきたおかずを、また嬉しそうに食べ始めた。

 

「うん、これも絶品です。お見事です武部さん。ほんとうに、料理がお上手なのですね」

「えへへ♪ まあ~将来の夢は素敵なお嫁さんだからね~。これぐらいはできなくっちゃ」

「そうでしたか。武部さんとご結婚される男性は間違いなく幸せ者でしょう」

「え? ほんとうにそう思う!?」

「はい。男性として保証します」

「そっかぁ~♪ えへへ~、なんか嬉しい~♪」

 

 いつもなら友人たちに苦笑いされるか呆れられる沙織の夢を、武佐士はバカにすることなく受け止め、その上で喜ばしい賛辞まで口にする。

 沙織はルンルンと天に昇るような心地になった。

 

「もう~弟くんたら~、そんなお世辞言ったっておかずぐらいしか出せないぞ~?」

「いえ、社交辞令ではなく本心です。武部さんならきっと素敵なお嫁さんになれることでしょう」

 

 沙織はますます機嫌を良くする。

 まことに武佐士という少年は、人の美点を素直に褒められる人間であるようだった。

 舞い上がった心持ちで沙織は思う。

 本当にこの子はなんてイイ子なのだろうと。

 

「僕も結婚をするのなら、武部さんのような女性を妻にしたいものです」

「ぶううううっ!!」

 

 そして、この子はどうしてこう平然な顔でトンデモナイことが口にできるのだろう。

 

「おおお、弟きゅん!? しょしょしょ、しょれは、どどど、どういう意味なのかにゃ~!?」

 

 動揺から舌が回らない。そんな沙織の様子に、武佐士は「はて?」という具合に首を傾げる。

 

「言葉どおりの意味ですが。何か妙なことを口にしましたでしょうか?」

 

 ヘタをすれば遠まわしな告白に受け取られかねない発言だったが、武佐士は別段含みのあることを口にしたつもりはないらしい。

 しかし、投下された爆弾は瞬く間に周囲に影響を与える。

 

「武佐士さん……わたくしでは御眼鏡にかないませんか?」

「え?」

 

 華が切なげな瞳でそう問いかけてくるので、武佐士は困惑した。

 

「ええと。華さんも、もちろん充分すぎるほどに魅力的な女性ですが」

 

 素直な賛辞を述べても、華のウルウルとした瞳は治らない。

 

「ですが、沙織さんと比べたら理想的な妻ではないのですよね?」

「そういうつもりで言ったわけではありませんが……あ」

 

 しばらくして武佐士は合点いったとばかりに手を合わせる。

 

「なるほど。華さん、ご自分が将来ご結婚できるかどうか、不安になっているのですね?」

「はい?」

「なら、案ずることはございません。華さんのように身も心も麗しい女性がご結婚できないなんて、ありえません。そんなの不条理極まります。いずれ素敵な男性が、あなたの前に必ず現れることでしょう」

 

 うんうんと武佐士は自信満々に言う。

 

「男性として保証します。どうかご安心ください華さん」

「……武佐士さんの、バカ」

「あれ?」

 

 予想に反して、華がぷいと拗ねてしまったので、武佐士はまたもやオロオロとした。

 助けを乞うように姉に目線を配る。

 

「みほ姉さん、僕なにか失礼を働いてしまったかな?」

「……知ーらない」

「何でみほ姉さんまで拗ねてるの?」

「べつに。ただ、むうちゃんが改めて『()()()()』なんだなぁって思っただけ」

「なにそれ?」

「ふんだ。おねーちゃんの大切なお友達にちょっかいかけるような弟なんて知らないんだから」

「むむむ。わけくちゃつかんばい(※訳が分からないよ)」

 

 少女たちの怒りの行方がわからず、武佐士は頭上に大量のクエスチョンを浮かべるしかなかった。

 

「お、落ち着きなさい沙織。弟くんは天然で言ってるだけだから。特に深い意味はないんだから変にドキドキしないの……あ、でも、やっぱりちょっとニヤケそう」

 

 一方沙織は、なんやかんやで異性に直球なことを言われて嬉しかったのか、「えへへ」と緩み切ったデレ顔でトリップしていた。

 

 華がおよよと涙を流し、みほがぷくぅっと拗ね、沙織がだらしのない顔でにへら~と笑う。

 そんな喜怒哀楽のトライアングルの中心で武佐士は「むうむう」と唸る。そして麻子と優花里は光の消えた瞳でその現状を眺めていた。

 

「なんだこの状況は」

「さ、さあ。なんと申せばよいものか……」

 

 異性が混じったためか、それとも武佐士の影響力がそれほどまでに多大だったのか、おおよそ今までにない友人たちの反応に、どう対処すればいいものか。

 

「ま、こういうときは……」

「はい。こういうときは……」

 

 話題を変えるに限る。

 

「おい弟。お前がやっている武道について詳しく教えてくれんか? ずっと気になってるんだ」

 

 優花里から聞きそこなった話を、麻子は武佐士から直接聞くことにした。

 実際、麻子の知的好奇心は今も知りたいと訴えているのだ。あの超常の武術が繰り広げられる競技とやらを。

 

 

* * *

 

 

 終戦以降、世界は数多と、それまでになかった武道を生み出し続けた。

 戦後とは、文化と芸術が爆発的に発展する時期である。恐怖と狂気によって抑圧されていた人間の感情は、平和を得ると同時に、精神性の回復を求めるからである。

 戦争によって傷つくのは肉体のみではない。むしろ、心に負う傷のほうがずっと大きい。

 傷とは癒さなければならない。心に刷り込まれた忌々しい大戦の記憶から解放されるためにも、あるいは克服するためにも、人々は心を奮い立たせる新境地を得なければならなかったのだ。

 戦車道は、そのひとつであった。

 かつて兵器に過ぎなかった鉄の獣を、人類は『淑女の嗜み』である道具として手懐けたのだ。

 忍道然り、仙道然り、戦闘機や軍艦を扱った競技を含め、すべては愚かな大戦から進歩するために選択した、人類の新たな道。

 彼女たちが生きる時代は、そういうものだった。

 

 ゆえに、未だに見聞きしたことのない武道が存在しても、別段不思議ではない。

 それほどまでに、この世は奇天烈な武道の数々で溢れかえっている。

 

「そういえば、まだ名称を言ってませんでしたっけ」

 

 麻子の言葉で、武佐士も思い至ったらしい。

 

「ですが、戦車道をしている皆さんとは何ら関わりのない武道ですし、仔細に話したところで有意義になるとは思えませんが……」

「あ、でもわたしも気になる、弟くんがやってる武道」

 

 トリップから回復した沙織も話題に参加する。

 武装した強盗犯を殲滅するような、苛烈な身体能力を見せられた以上、多少の好奇心が働くのも無理からぬ話ではある。

 

「わたくしも、是非聞きたいです。武佐士さんが、やっていらっしゃる武道ですし……」

 

 哀愁を取り払った華もまた、武佐士の話にいわくありげな関心を示す。

 

「わたしも実際そこまで詳しいわけではないので、競技者から話を伺いたいです」

 

 ミリタリー好きの優花里としては、何か琴線に触れる話題があればと詳細を探ろうとする。

 

 その中で、みほだけは苦い顔を浮かべていた。

 

「う~ん……わたしは正直、むうちゃんがやってる武道怖すぎて、試合とか見てられないんだよね」

「砲弾が当たるかもしれないのに戦車から堂々と顔を出している姉さんたちのほうが、僕は見てて怖いよ」

「うっ……」

 

 普段実家でどんなやり取りをしているのか、容易に想像できるような『どっちもどっちな姉弟』の姿に、友人たちは穏やかな笑い声を上げた。

 食事会の空気は、一気に和やかなものとなった。

 そんな雰囲気の中、雑談の話題としてちょうど良いと思ったのかもしれない。武佐士は快く自分の武道について話すことにした。

 

「では、僭越ながらお聞かせします。みほ姉さんたちが乙女の嗜みである戦車道をやっているのに対して、僕は『男の武道』と呼ばれる競技に参加しています」

「やはり、姉上たちの姿から刺激を受けて始めたんですか?」

 

 優花里の問いに武佐士は「そうですね」と頷く。

 

「姉さんたちが毎日厳しい訓練をしている中で、僕だけ安穏と過ごしているというのは、耐えがたかったんです。僕も何かしなくちゃと、ずっと思っていました」

 

 そう語る武佐士の横顔を、みほはとても辛そうな表情で見つめた。

 あまり思い出したくない出来事が、彼女の中でフラッシュバックしたようだった。

 そんな、みほの心情を(おもんばか)ってか、武佐士は努めて明るめに語りだす。

 

「おかげで僕は最高の武道と出会うことができました。『強い男になりたいのなら迷わず選べ』と言われる、まさに男のためだけの武道です」

 

 武佐士は、その武道と戦車道は何ら関わりはないと言った。

 しかし、それは少し間違っている。

 確かに異なるふたつの競技が密接に交差することは一切ない。競技内容も、試合模様も、まったくの別物であるがゆえに。

 だが、とある迷信が、このふたつの競技を結びつける。

 

 戦車道をすればモテるというジンクスが一部で蔓延(はびこ)っているが、競技者たちが語る真相は「ほとんど出会いなんて、ない」である。

 しかしそれは極論に過ぎない。実際のところは、大多数の男性が彼女たちに気遅れてしているため、自然と出会いに恵まれない悪循環に陥っているだけだ。

 男性から見る戦車乗りの女性たちが、あまりにも強かで、あまりにも凛々しくて、あまりにも遠い存在で、仮に恋慕をいだいても、その隣に立とうという勇気を見いだせないのだ。

 戦車道を極めた女性が《女傑》とうたわれるように、一般的な男性にとってこれほど近寄りがたい異性もいないだろう。

 

 彼女たちの伴侶になれるとしたら、それはよほど肝の据わった人物か、彼女らを支えられるほどの優しさを秘めた器の大きい者……

 ……そして、戦車乗りの女性たちと同じく、『傑物』たる益荒男(マスラオ)のみであろう。

 

「僕がやっている武道は……」

 

 武佐士は語る。

 戦車道が最終的に、善き妻、善き母と『理想の女性像』に至る武道ならば、その武道もまた、善き夫、善き父──そして強い男として『理想の男性像』に至ることを目的として生み出されたものだと。

 紳士として必要とされる『騎士道精神』。一家を支え生涯を共にするための『団結力』。心身共に強かになるための『心技体』。そして、世を生き抜くための『知恵』。

 

 これらを育む武道の名は──

 

 

「《兵士道(へいしどう)》です」

 

 

 異なる世界で、異なるものを見聞きしていた男女が、互いの世界を知りえたその瞬間──運命の歯車は回りだす。

 まるで、異なる音色を奏でていた、ふたつの歌曲(リート)が、ゆっくりと共鳴するように。

 

 

 

 人々は知りえない。少年と少女たちも、もちろん知りえない。

 いまこの瞬間、あらゆる場所で、あらゆる学園艦で、あらゆる少年と少女たちが、同じように、異なるリートを奏で、惹かれ合っていることを。

 因果の輪が、ゆっくりとひとつに重なり合おうとしていることを。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。