雷光御伽草子   作:ふくつのこころ

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金と朱

 金髪の少年はよく一緒に遊ぶ仲である友人の元に遊びに来ていた。互いの家を行き来することはあるが、親同士で会ったことはない。金髪の少年はその理由を不思議そうに“かあちゃん”に聞くのだが、“かあちゃん”は疑いの色一つ浮かべることなく、純粋な光を見せる碧眼に吸い込まれそうになりながらも、子供らしい息子の頭を撫でていた。

 

「その子に迷惑をかけないようにね」というのが“かあちゃん”が金髪の少年が出かけるときによくかける言葉で、少年の方もそんな母親に対して元気よく返事をするのが常だ。

 

 今日も金髪の少年――金太郎は“かあちゃん”が縫ってくれた着物を纏い、しっかりと帯を締めて仲の良い友人の暮らす集落にやってきていた。白い服装に少しぼさぼさ気味の髪をした者が多い集落、最初は金太郎をよく思わない者もいたが、自分をよく思わない者も多かった。

 

 仲良くしたいから仲良くする。

 

 そんな単純な思考で金太郎は毎日を過ごしている。仲の良い同じ山に暮らす動物たちが喜べば金太郎もうれしく感じるし、動物たちが怪我をすれば金太郎も悲しい気持ちになる。動物に近い精神構造、はじめて金太郎と友人が出会ったとき、きっかけは金太郎だった。

 

ーーーなぁ、おれとあそばないか?みないかおだけどさ

 

 藁で編んだような家で暮らしているという金太郎のその友人の少年、最初は金太郎のことを警戒していたが、いつしか金太郎と遊ぶようになるうちに共に金太郎の動物の友人の熊の背中に乗るようにもなっていた。

 

 力強く、それでいて激流を泳ぐ速度はなによりも速く、山の中でも屈指の存在。

 

 冬眠前や子熊を育てるときの母親には近づいてはならないと“かあちゃん”には言い聞かされているけど、熊がただ凶暴なわけじゃないと金太郎は動物たちとの触れ合いを通してよく知っている。小腹を空かせたときに金太郎でも食べられる木の実を持ってきてくれる動物もいるし、金太郎が相撲を取って勝利した熊こそが親友と一緒によく背中に乗っている熊だ。

 

「おーい、カヅチ。今日もあそびにいこうぜー?川の中に入って水浴びをするやくそくだろ?」

 

 友人の家にやってきた金太郎は入り口にあたるであろう穴に向かって、大声で友人の名前を呼ぶ。そうした光景は既に日常の一つとして集落の人々に受け入れられたのか、どんなに冷たく当たろうとも堪えることなくカヅチと遊んでいる金太郎の姿勢に折れたのか。咎める者は誰もいない。

 

「……あれ?おっかしーなー、おーい!」

「あら、金太郎。カヅチなら、今は奥で祈祷しておりますよ?」

「あ、カヅチのねーちゃん!カヅチ、まだ終わらねーの?」

 

 返事がしないので再度、大声で呼びかけると白い衣に勾玉を連なった首飾りをした女性が出てきた。金太郎やその友人のカヅチよりも背が高い、集落では色白で一番の美人とされているカヅチの姉であった。カヅチにとっては親代わりで他の集落の人々に助けられながら、暮らしているとのことだ。“かあちゃん”はいねえの?と聞いた日のカヅチの反応は今でも忘れることはないだろう。

 

「カヅチは次の酋長を目指していますからね、そのためには神様や自然の恵みの感謝を忘れてはならない、と毎日真面目に取り組んでるんですよ。もうちょっと、子供っぽくしていてくれたほうが私は嬉しいんですけどね」

「んー、あいつってカタいところがあるからなー。ちからいれすぎっていうか……」

 

 金太郎は後頭部で手を組んで眉を下げた。頭のカタいところがあるカヅチ、楽に考えればいいのに下手に考え込んでしまって物事がうまくいかないことが多い。この前に川でした水切り勝負、以前から練習していたらしいが、どうも肩に力が入っていたようでうまくできず、合計で十回以上を日が暮れるまでやっていたが、どれも金太郎に勝つことができなかった。

 

「でも、金太郎が来るようになってからはよく笑うようになりましたよ?感謝しています、ありがとう」

「へ?ど、どうってことねーよ!だって、おれたちともだちだしな!」

 

 カヅチの姉が微笑むと金太郎は慌てて答える。母親以外に女性と接する機会が少なく、同世代の女なんてもってのほかだ。カヅチの暮らしているそこそこの規模の集落には同世代の女の子はいないこともないが、そこは男の子、同世代の女の子と遊ぶなんて恥ずかしいことであると頭が否定しているのだ。少しだけカヅチの姉を見てみると、微笑んでいる様子はなるほど確かに綺麗だ。おんなのひとは笑顔が美しいのだ、と言う“かあちゃん”の言っていることが分かった気がした。

 

「頼りにしていますよ、金太郎。……あら?」

「金太郎、叫ばずとも僕には聞こえている。全く、お前は少しは静かにできないのか?僕の祈りが届かなかったらどうするつもりなんだ、お前は。……姉上、終わりました」

「お疲れ様です、カヅチ。今日は何をお祈りしたんですか?」

「はい。今日はこうして僕たち姉弟が暮らせていること、さらには日々、自然の恵みをもたらしてくださっている神様に感謝を述べてきました。むろん、姉上が健康で過ごせるようにと」

 

 カヅチの姉が家の中へと視線を向けると、金太郎より一回り小さい男児が堂々とやってきた。それなりに身長差がある金太郎とカヅチだが、カヅチの姉とカヅチが並んでいるとやはり小さい。カヅチの言う自然の恵み云々は金太郎には難しくてよく分からなかった、しかし、カヅチが姉に対しての真摯な接し方は姉のことを慕っているのだろうとすぐに金太郎でも看破することができた。

 

 カヅチはお姉ちゃん大好きっ子なのだ。

 

 カヅチは服装は集落の男衆とあまり変わらないが、カヅチの姉の言っている集落の長(金太郎は長を“いちばんつよいたいしょう”という意味でとらえている)と関係があるのか、右頬に赤い線の刺青がある。腰にはサイズは小さいとはいえ、剣のようなものを差しており、たまに山の中を歩いていると見かける都からやってくる者がさしているものとだいぶ違うが。少し緑色のかかった姉と同じ髪のてっぺんには奇妙な形状の毛があり、カヅチの元気がなくなると萎れるというカヅチの体調のわかる優れもの(姉弟揃って同じものがある)。

 

 てっぺんにしっぽが生えてる、と指摘すると顔を真っ赤にしてカヅチは怒ったが。

 

「カヅチ、お前って本当に姉ちゃんのこと大好きだよな。チビでエラソーだけど」

「なっ……!?ば、馬鹿を言うな!当然のことだろう、僕はこの家の長男なんだぞ!?長男というのは、家族を守る役割があってだな、僕には姉上を守る義務がある!」

 

 カヅチが今までに見たことのない表情、というよりも珍しい顔を見せると、ついつい反応したくなるのが男の常、仲の良い男たちの常。図星だったのか、分かりやすいほどに動揺しているカヅチは刺青のせいでちょっとだけ威圧感を与えるものの、姉にべったりだと暴露されている今はその威圧感は仕事していなかった。

 

 “ぎむ”だとか“やくわり”だとか難しい言葉は金太郎は分からないし、どこで学んできたのだろうとカヅチのことを素直に尊敬する。その一方で覚えた言葉をしきりに使いたがるところのあるカヅチ、そんなところを友達としてはその様子を見るたびに動物並みに優れた直感で感じるわけである。

 

 あ、こいつ、おれよりばかだ。

 

 もちろん、そのまま伝えるとカヅチが躍起になって否定するのもお約束だ。自分よりも小さなカヅチにぽかぽかと殴られるのはよくない。もしかしたら、急に始まるかもしれない熊の背中に乗っての移動が面白くない結果に終わるのは嫌だ。

 

「まあ、いいや。とりあえず、いこう!カヅチ!」

「仕方ないな、金太郎は。姉上、行ってきます」

 

 そうして、金太郎とカヅチは今日も散策に繰り出した。

 


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