雷光御伽草子   作:ふくつのこころ

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カヅチ

「……なあ、大将。ちょっと話があるんだが」

「おや、綱。貴方が私に話とは珍しい。何かありましたか?」

 

 夕餉の後、勉強会と称してカヅチに引き摺られていく金太郎を微笑ましそうに頼光らが見た後、二人の様子を見に行こうとした頼光を綱は呼び止めた。

 屋敷内であることもあり、部屋着の着物に着替え、その腰には綱の愛刀ともいえる刀が差されている。

 

「少し場所を変えましょう」

 

 綱の真剣な面持ちに対し、頼光は何かを察したのか、いつもの穏やかな笑みから妖異を切り捨てる者達の長としての表情へと変わった。

 二人がやってきたのは、庭のすぐ近くの廊下。人払いを行い、綱が周囲を更に確認した後、柱にもたれる。

 

「単刀直入に言う、大将。あんたはカヅチの奴の姉ちゃんを斬った事に対し、どう思ってる?」

「あの子の……、()()()()()()()()ですか?」

 

 綱の鋭い眼差しと言葉にあらあら怖い怖い、と言葉に対して目が笑っていない頼光。それから、綱が見たことがない冷たい表情を見せる。

 

 

「後悔なんてしていません。私はあの()()がヒトの真似をしていたのが許せず、切り捨てたまで。あの子は聡明で才能があります。その才能を殺すには惜しい」

「……ッ!けどよ……ッ、あいつにとってはたった一人の家族だったんだぞ……!」

 

 綱は声を押し殺そうにも押し殺せず、拳を握った手を震わせ、柱を打ちつける。日が暮れた後に声を上げるものではありません、と注意をする頼光だったが、綱を厳しく睨んでいた。

 渡辺綱という男は、碓氷や卜部の二人、それに自身、源頼光と比べてみても人情に厚い。

 彼はヒトの感情の機微に敏感であり、誰かの喜びに共に笑い、誰かの悲しみに寄り添って泣くことができる美点がある。

 それは彼自身の面倒見のよさが関係しているが、それ以上に綱と言う男は怪異殺しとしての才能を持ち合わせていた。

 

 

 誰かに同情することができる心、他者を躊躇いなく殺せる才能。

 

 

 そんな矛盾したものを両方、持ち合わせている男・渡辺綱は源氏には、源頼光には必要だった。

 人でなしには、化物(バケモノ)には、人間以上に人間らしい眩しい輝きの金太郎を導いていくことはできないだろうから。

 それは、あの偉く擦れたカヅチという少年にも同様のことが言える。こちらに刃を向けさせないようにするには、彼にとって心を許せる者が必要だから。

 

「しかし、貴方も分かっている筈。あのバケモノが山を降り、里に訪れ、都にやってきたら責任を取れるのですか?我々の使命を履き違えてはなりません、綱」

「……カヅチに背中を刺されたらどうするんだ?」

 

 冷徹な、しかし、“らしい”返答に綱は眉を寄せる。皮肉のように返した言葉にはあっけらかんと頼光は返した。

 

「そのときは貴方が止めてくれるでしょう?碓氷や卜部より、貴方の言うことのほうがあの子も聞いてくれる筈。私があの子の母になれても姉になることはできないでしょうが、貴方なら兄貴分にはなれる筈。……頼りにしていますよ、綱」

「俺はな、あんたのそういうところが大嫌いだ。ンな風に言われるとよ、応えちまうじゃねえか。俺だって武士の端くれだ、主サマの命令には逆らいたくねえ。……けどよ、あんたにも筋を通してもらいてェんだ。金太郎、カヅチの奴を陰気臭い陰陽道連中に封印させるような真似はしないでくれよ?それが俺からの願いだ」

 

 カヅチの姉を切り捨てておいて、自らはカヅチの「母になる」と称する頼光は綱には異常に見えた。

 しかし、何らかの色が窺える主の瞳、それを見ていると追及することはせず、自ら主に提案という体で出したのは、彼らしい言葉。

 陰陽道の者を彼が気に食わなかったのは、彼らが占いで明日の行動を決めること、鬼神の類を使役することにあった。

 なんとなく、そうしたものに忌避感を覚える彼にとっては苦手な部類に当たり、綱は人差し指を主に突きつける。

 そんな家臣のどのようなときも変わらぬ態度に頼光は笑みを浮かべ、その人差し指を掴んだ。

 

「人に指を向けてはなりませんよ?綱」

「……なあ、おい、大将?このまま、へし折るだなんてことはしてくれるなよ?大将の場合は洒落にならねえからよ。なんたって、あんたの力は……」

「力?非力な私の力がなんですって?綱。教えていただけますか?」

 

 ぎり、ぎりりり。

 

 綱の手を締め上げる頼光の手に力が篭る。

 こういうときに早く引き下がらなくては、綱の手は御陀仏になってしまう。いや、もしかしたら、腕ごと持っていかれるかもしれない。

 碓氷、卜部と比べ、感情表現が豊かな彼はこうしたそんな役回りも背負っていたのは、彼がそういう星の下に生まれたからかもしれない。

 最も、本人がそうしたいい方をしないのは陰気臭い陰陽道の者達をそこまですいていないのも大きいが。

 

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、と言ったもので彼らを連想させる言葉を使いたがらなかった。

 にこにこといつものようにあらあら、うふふと微笑んでいる頼光が綱には背後に鬼神が浮かんでいるように見え、恐ろしくて仕方がない。

 

(……なんで俺ばっかり)

 

 しかし、そうした状況であっても、誰かを恨まないのは渡辺綱と言う男の美点ではあるのは確かだ。

 

 

 

 ところ変わって、金太郎とカヅチの部屋。

 

 夜遅くまで続いた勉強会を終えた二人、貴族たちはあまり水浴びをしないという事実を知り、驚愕したカヅチの顔を金太郎は忘れることはないだろう。

 ただ、「なんか気にいらねえ」と言う兄貴分・渡辺綱の言葉もあり、また昼間にでも水浴びに行こうと言う約束をした。

 なぜか右手に痣ができていたが、頑なにその理由を彼が話す事はしなかった。そこには頼光もいたのだが、何かを察したカヅチが言おうとすると、金太郎はすぐさま、それを止めた。

 寝間着に着替え、床につく二人。部屋をそれぞれ宛がう、と頼光は申し出てくれたが、金太郎は二人がいいと言って譲らなかった。

 

「……わるいな、金太郎」

「ん?なんのことだ?」

「へやのことだよ。あの人、僕らに部屋をくれようとしたんだろう?断る必要なんてないじゃないか」

「まあ、そのなんだ。こうして話したいことも二人だとあるわけだ」

 

 だから気にすんじゃねえよ、と親友は笑っていた。美しい碧い瞳は、集落で祭壇に供えてあった勾玉と色が似ていて、灯りがあれば、美しく見えるだろうか。

 

「それにさ。……姉ちゃんのこと、つらいよな」

「それはお前もだろ、金太郎。かぞく、なんだろ?」

「まあ、でも、いつか別れる気がしてたんだ。だから、おれは気にしてねえ」

 

 金太郎は、本当に眩しい。

 自分の気持ちを優先せず、カヅチのことを考えてくれている。ふと、アマメのことを思い出した。

 バケモノとして切り捨てられるも、確かにカヅチのことを想ってくれた唯一人の家族だ。

 もっと、自分が強く在ることができたならば、彼女を守ることはできたのだろうと思うとやるせなかった。

 ああ、もう少し自分が強ければ、力があれば。無力感を嘆いていると、カヅチは思わず涙を流してしまう。

 

「……お、おい!?どうしたんだ!?」

 

 親友が隣で震えていると、金太郎は慌てふためく。涙を拭い、カヅチは笑って返す。

 

「なんでもない。気にしないでくれよ、金太郎。……あしたもはやいんだ、はやくねないとからだがもたないぞ?」

「まあ、そうだけどよ。だいじょうぶか?カヅチ」

 

 大丈夫だ、とカヅチは返し、「おやすみ」と告げると目を閉じた。どこか不服そうに親友の言葉を考えるが、本人が大丈夫と言うなら、と金太郎はすぐに寝た。

 彼は寝つきが良かったのである。

 

 

 

「……辛いならよ、言葉にしてもいいってのに。妙に聡いガキってのは、これだから好きになれねえんだ。馬鹿野郎」

 

 廊下、水を飲みに起きてきた二人の兄貴分は奥歯を噛み締め、自分の無力感を呪った。

 

 

 そうして、夜は明けてゆく。

 

 




幼年期はキリがいいので、これにて終了。
次回からは金太郎の“運命”とかに触れていく予定。

福袋は槍玉藻、AUOも師匠もめでたくゲットの幸先良いスタート。
生前編が終わったら、FGOとかアマメに似てる「いずれバケモノになる運命」の桜のサーヴァントとして四次に参戦とか、母性的な意味で玲霞さんと契約させてみたい。
……ただ、カヅチってアサシン適性あるのか?

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