祖なる龍の祝福を   作:今作ヒロインの欠点は胸がないこと

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龍は怒るだけで危ない

 移動を始めたばかりだったのか、はぐれはまだ森の中にいた。

 蛇のように長い胴体。鋭く尖った爪。俺の数倍はあろうその巨体。

 いかにもな姿には、同情もしよう。これが転生悪魔だというのなら、他の種の存続のために扱われた身分であるというのなら、憐れみもしよう。

 そうした感情が、一切ないわけではないのだから。

 けれど。

 俺に視線を向けながら笑みを浮かべるこいつは――。

「お前、さっきの奴だナ。あの女はどうした? あの肉は、血は、いい味がするはずだ。アア、お前の連れていたもう一人の女。アレも中々にうまそうだったナァ。どうだ、オレに譲ってはみないカ? ギャギャギャギャギャ! あいつらの絶望しきった顔、涙の味! ハアァァァ、考えただけで興奮する!」

 ――致命的なまでに、行動を誤った。

 夜中だってのに、森中の。いや、近辺の山からも、羽音が聞こえて来る。

 鳴き声はなく、ただ羽を散らせながら、もてる最高速でこの場を離れていく鳥の群れが、いくつも視界に入りは消えていく。

「アァ? んだこれは」

 辺りを覆う鳥の大行進に不快感を露わにしながらも、はぐれ悪魔が呟く。

 そうか、悪いことをしたな。

 よく考えれば、ここは平和な町の一角でしかない。当然、危害を加えるでもなく、愛でられるべき存在だっているだろう。ルリは鳥とも仲がいいしな……。

「チッ、我ながら理性の効かない奴だ」

 一瞬。ほんの一瞬殺意が滲んだだけでこれか。リアス・グレモリーがぶっ倒れてることに期待するしかねえな。起きてるなら、僅かな間に放出された殺気に気づいたやもしれん。いや、ないか。

 うん、ねえな。問題ない。

 ひとまず、あれだ。なにが問題になったとか、俺が悪いとかではない。

「うちの奴に手ぇ出そうとするお前がぜんぶ悪い」

 鳥が大多数飛び立ったことは、うちの面々なら感じ取れたことだろう。木綿季はどうか知らんが、ルリには絶対に感知された。帰ったら怒られるかもなぁ。

 龍でありながら、人間に怒られるとは滑稽だ。もっとも、うちではその光景が普通に繰り広げられているのでどうしようもない。まあ、あいつらは仕方ないな。

 ルリにセクハラを繰り返すのが悪い。なんだよ、パンツを貰えばなんでもこなす龍とか……威厳もクソもねえ…………。

「悲しくなってくるぞ、ちくしょうめ」

「ギャギャギャ、オレの目の前に出ちまったことがか? アア、確かに悲しい末路だナァ!」

 俺の独り言に、なにを勘違いしたか返答の姿勢を見せるはぐれ悪魔。

 おまえの答えなんてどうでもいいんだけどな。むしろ黙っててほしいとさえ思う。さっきの言葉から、あいつらを狙おうって考えが残っているのは明白。

 本来であれば、俺が出張ることもないんだろうが、いかんせん狙いが悪かった。

 それしか言いようがない。

「おまえは相手をするに値しないが、守るためならどれだけ大人気ないと罵られようとも、ぶっ潰してやろう」

 俺と彼女が始めた、慈善事業。

 多くの仲間、そして家族を得た。彼女の目論見通りに、な。

 であればこそ、いまさら見捨てられるはずもない。なんてったって、彼女の意思が残っているのだから。

「あいつのため、俺のため。森から出るなら覚悟しな? 俺はリアス・グレモリー程弱かないぜ」

「リアス・グレモリー? ああ、いたな。オレさまの前には手も足も出ず、泣きべそかきながら逃げていった上級悪魔さまがよぉ!」

 なるほど。俺の殺気にすら気づかず、鈍い反応を示していたはぐれ悪魔に敗れたとなると、いよいともってあいつらの評価を考えなければいけないな。

 っと、それはともかく。

「おまえを消して、早く帰るとしますかね」

 幸い、祖龍として力を振るうまでもないみたいだしな。

 赤龍帝の力が十全ではないにしろ、ルリの一撃を受けてピンピンしていたのは驚いたが、ただ頑丈で、殺傷力があるってだけの雑魚には変わりない。

 まったく……お偉いさんからの依頼がないとはぐれ悪魔の討伐はおこなわないのがリアス・グレモリーだ。とかアザゼルから聞いていたが、呆れるな、これは。普段から修行してれば、この程度の相手は一蹴してほしいものだ。

「まあいい。そこは今後の課題として受け取っただろうし、俺が口を出すようなことじゃないな」

 結果的に、この町に入り込んだはぐれ悪魔を潰しているのは俺たちだ。

 自分たちの暮らす町だから、守っていることに不満はないが、その町を管理しているのが他であれば、不満もわく。

「見捨てられた存在かもしれない。利用されてきた存在なのかもしれない。でも、ダメだ。俺の身内に手を出すのなら、龍の気まぐれに触れるのであれば、惨めに死ね」

 戦うまでもない。

 手を触れる必要も、足を動かすことすらおこがましい。

「なんだ、ナンダナンダナンダ!?  おまえ、人間ではないのか!?」

「ああ? ――そうか、普段は微塵も力を感じないんだっけな。いやー、忘れてたわ。でもほら、いいだろ? 平和に暮らすにはこうするのが最適だって教えられててな」

「わ、悪かった! 待て、待ってくれ! オレは主に利用されて、騙されて転生させられただけで、だから!」

 俺が笑顔を浮かべたのがわかったのだろう。

 怯えた表情から一転、攻撃的な笑みに変わり、手を振りかざした。後方からは、蛇のような胴体の末尾が迫ってくる。

「無意味だっつうの」

 実に、実につまらない。

「ギャアアアアアアアアアア!?」

 はぐれ悪魔が俺へと振り下ろした腕が、胴が、触れる寸前に消し飛ぶ。

 当然の結末だ。

「俺に生身で触れてみろ。仮にも龍の頂点だぞ? そいつに流れてる魔力が膨張して内部から食い破るくらいの反応は見せるさ」

 龍とは力の象徴だ。

 理性の薄い者、力を欲する者ほど溺れやすい。そうなった者の末路は、大抵変わらない。

「じゃあな、名も知らない悪魔よ。自分の選択の末だし、後悔もないだろ」

 言い切る頃には、腕と胴から連鎖的に破裂していき、瞬く間に、はぐれ悪魔はこの世を去った。断末魔のひとつ、あげる時間を与えずに。

 これでいい。

 後始末――はしなくてもいいか。

 この惨状から誰がやったかなんてわかりはしない。まして、自分の管理する土地に大量の異分子が紛れ込んでいるとも思うまい。きっと脳内お花畑だろうし。

 ルリと木綿季のことさえ気にかけてればなんとかなるだろ。ヴァーリは一人でもしっかりしてるし、なにかあれば近くにいる保護者どもが守るなりして連れ帰ってくるのは目に見えている。

「……帰るか」

 行きは黒歌が転移してくれたが、帰りは都合よく現れてはくれないらしい。

 帰宅の意思表明をしてもなんの反応もないのがなによりの証拠だ。

「いや、まあいいですけどね」

 仕方なく帰路につくが、森を出ると、すぐに上空から降ってくる物体の気配を感じた。

「そーりゅーうーさーまー!」

 元気よく声をあげ、突っ込んでくるのは我が家のアホ娘!?

「って、ざけんな!」

 飛んできたはいいが、俺の立つ真上で自由落下に身を任すルリ。

 すんでのところで抱えてやると、嬉しそうに笑みを浮かべる。

「なにしに来やがったバカ娘」

「えへへー、祖龍さまに会いにきました! 黒歌姉さんが祖龍は帰り一人だにゃー、とか言ってたので」

 余計なことを……一人で外に出られて、リアス・グレモリーたちとはち合わせてもみろ。

 面倒事に発展する。間違いなく。

 いまは夜。人気もない。絶好の機会をあいつらが逃すものか。おのれ、そこだけはしっかりしてるんだからあいつら! 仕事しろ、仕事!

「おまえは本当に、そのバカ行動力と楽天的思考があいつにそっくりだな」

「あいつ?」

 ……どこかしらで好き勝手やってる、俺に名前を与えた女にだよ。

 言ってしまうのは簡単だが、それでも俺は口を閉じた。なぜなのかはわからなかったが、なんとなく、閉じてしまった。

「誰だろうな? 当ててみろ。おまえの知ってる女性陣に答えがいるならな」

 ルリと彼女に接点はない。

 偶然だろう。生きている女の転生体は有り得ないし、人間の分裂とか、考えたくない。

 人の腕の中でうちの面子の名前を呟いていくルリだが、男どもの名前が挙がり出した時点で、正しい答えには辿り着けまい。

「祖龍さま、難しいので諦めます」

 やがて、ルリは興味をなくしたのか、はたまた難しすぎたのか。どうやら、考えるのをやめらたしい。

「懸命だな」

「それはそうと祖龍さま、ちょっと寒いです」

 ルリの格好はと言えば、メイド服から着替えたのか、薄手の着物姿に変わっていた。いや、巫女に近い服装だろうか? 丈がミニのそれなのが理解できないが、それは寒いだろう。

 春とは言え、夜はまだ冷える。

「迎えに来る気があったなら着込んでから来いって」

「ごめんなさい……」

「…………風邪引かれても面倒だ。くるまってろ」

 上着を脱ぎ、彼女に渡す。すると、人の腕の中だというのに、器用にくるまってみせる。おい、着るんじゃなくてくるまるのかよ。確かに小さいから包まれるだろうけどさ。

「あったかいですよ、祖龍さま」

「そりゃ、よかったな」

 こっちの気も知らないで、呑気な笑顔浮かべやがって。

 でも、それでいいのかもな。なにも知らずってわけにはいかないが、面倒事は大人に任せて、子どもはただ、笑って育ってくれればいい。

 折った心の傷こそ忘れないだろうが、補えるくらいには、楽しい日々に浸っていて欲しい。

 腕の中の、小さな命。

 こいつらを守ってやれるのなら。そうしてみんなでいれるのなら。

 日常も、悪いものではない。

 


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