祖なる龍の祝福を 作:今作ヒロインの欠点は胸がないこと
街灯に照らされた夜道を歩く少女が三人。
意外なことにヴァーリともすぐに打ち解けた木綿季は、早くも三人での会話を楽しんでいるように見える。
ルリもいるし、滅多なことは起きないだろう。起きるとすれば、それは俺たちを狙う勢力がいるときぐらいだしな。
「ねえねえ、祖龍さまはどう思う?」
などと考えていると、こちらを振り返ったルリが尋ねてくる。
「なにがだ?」
「木綿季の部屋、一人部屋か相部屋かですよ」
「そうだな。しん――」
心底どうでもいい。などと言ってしまうとルリに怒られるので、即答しそうになるのを留める。
だが考えたところで、一人か二人の差でしかなく……ああ、いや違うな。内面的なことも見るべきか。龍と人間ってのは結構根本からして異なっているから、一方向からだけの意見というのはよくない。
となるとだ。
「来たばかりの奴を一人置いておくのも不安だしな。相部屋がいいんじゃないか? 幸いにも、うちには一人ばっかの奴が多いことだし、部屋も狭いわけじゃない」
「ふ〜ん。確かにその通りかもね。でも祖龍、そうなると誰の部屋に?」
ヴァーリが納得しつつ、疑問を口にする。
「そこまでは知らん。おまえたちで好きに決めればいい」
「放置!?」
「違うぞルリ。これは個人の意見の尊重だ。自由だ。とにかく、一度家の連中に会ってから頼み込むのもいいし、こいつらと一緒の部屋でもいい。すぐに決めなくていいから、好きに選べ」
俺は平和であれば文句はない。
手の届く範囲から外れた奴らが争おうと、傷つこうとどうでもいい。
「木綿季。おまえはもう俺の家の人間だからな。変な遠慮すんなよ。俺にも、他の奴らにも」
「う、うん……頑張る」
「頑張るな。自然体でいろって意味だ」
ルリの話を聞いていた限り、暗い子ではないのだろう。天真爛漫という印象を受けたからな。
「いいか、困ったらルリを頼れ。こいつはバカでアホの子だが、自分の好きな奴は見捨てない。だから、うちで困ったことがあればこいつの元にいけ。ついでにバカやってたら怒ってやってくれ」
ルリの肩を掴み、木綿季の前に出す。
えへへ……などと照れたように頬をかいていたが、しばらくして、不思議そうな顔をしながら俺を見る。
「あれ? ねえ祖龍さま。私褒められてるの? 貶されてるの?」
「無論貶している」
「ひどい! 祖龍さまはすぐ私に意地悪する!」
「反応が面白いからな。たぶん他の奴らに聞いても同じか似たような反応されるだけだと思うぞ」
あいつが生きていたなら、確実にいじって遊ぶに決まってる。ああ、でもこいつの顔、あいつにそっくりだからなぁ。存外、可愛がるだけかもしれん。
俺に名を与えた、彼女なら。
「祖龍?」
「お兄さん?」
ヴァーリと木綿季の呼ぶ声に気付いて前を見ると、いつの間にかルリに手を引かれながら、一軒の家の前に来ていた。
「祖龍、だいじょうぶ? ルリの相手して疲れてるとか?」
「え!? そ、そうなの祖龍さま?」
「いや、平気だ。ルリの相手をして疲れるのはいつものことだし、もう慣れた」
「それはそれで嫌だ!」
なんてわがままな……こういうところもそっくりだな。
「やっぱり疲れたわ」
「あはは……じゃあ、ボク荷物まとめてくるから、少し待っててね」
気を遣ってくれたのか、一人で家に入ろうとする木綿季。
優しいのもいいけど、やっぱり遠慮してんじゃねえか。
「長い時間待ってるのも退屈だ。ルリ、ヴァーリ。手伝ってこい。俺は念のため外で見張ってる」
「はーい!」
「了解」
楽しそうなルリと、既に若干退屈そうなヴァーリ。だが、嫌な顔をしないところを見る限り、ヴァーリも放ってはおけないのだろう。無愛想なところが多々あるが、優しい子だ。
たぶん、俺がドライグとアルビオンの喧嘩を止めず、双方に因縁ができていても、あの二人なら喧嘩なんかしないだろう。もっとも、その仮定に意味はないのだが。
「仲がいいってことが救いなんだよな。特に、巫女とか龍の関係者にとってはなさ」
あいつが言っていたのだから間違いない。
毎日毎日、俺のことなぞお構いなしにやってきては適当に話をして帰っていく少女。最初は煩わしかったはずなのだが、気づけばいつも隣にいた少女。
人間を信じようと思えたのは、彼女あってこそだろう。
「名前なんて、どうでもいいと思っていたのにな……」
はてさて、いまはいったいどうしているのやら。あいつ、人の割に寿命がなぁ。やっぱ俺の血を与えたのがいけなかったか? 自分で言うのもなんだが、俺の血なんて飲もうものなら、種族の概念から変わりかねないぞ。
「同じ時間を過ごしていたいなんて願い、叶えてよかったのかな」
一度築いた思考は簡単には変わらない。
人として生きた時間が長ければ長いだけ、新しくなった思考にはついていけないだろう。もっとも、あいつは理解の範疇を超えているので、容易くついてきたのだが。
しかし、他の者はどうだろうか?
例えば、木綿季だ。
これまでの生活は知らないが、常に危険があったわけでも、人外と暮らしていたわけでもあるまい。それが突然、人外の巣窟で暮らすとなれば……心労もあるだろう。恐怖では済まない体験もあるだろう。
「俺たちのやってることは、どこまでが正しいんだろうな」
身内の行動を否定するつもりはない。むしろ助力してるぐらいだし。だが、たまに考えてしまうのは、歳をとったからだろうか。どうにも、若い奴らの先を思うと、不安になる。
「正しさなんて関係ないのにな」
みんな勝手なことばかり言う。だから誰が正しいかなんて決めるだけ無駄なのだ。
そう教えてくれた少女がいた。現在最も自由で、好き勝手している女なのだが。
ほんと、自重してくれ。
「グレートレッドも甘いから困ったもんだ」
今度会いに行ってみるか。
さて、そろそろ終わるだろうか? 終わりそうにないなら俺も協力――いや、過去にそうやってルリに怒られたことがあったな。なんだっけ? デリカシーがないだのと小一時間は正座させられたな。
「面倒なことは避けるに限る。待つか」
同じ過ちは犯さない。
これで待ち時間が長引こうとも、被害が出ない選択をするまで。
「あ、祖龍さまヘルプです!」
などと思っていれば、ルリ本人から声がかかる。
一人で外に出てきたルリは俺の手を握り、引っ張っていく。
「どうした?」
「荷物が多いので、持ってもらおうかと」
「ああ、荷物持ちね……了解。まったく、都合のいい男だな、俺も」
大体の作業は終えたらしいが、なるほど。ルリから呼ばれるぶんには安全なわけだ。
「ねえ、祖龍さま」
「ん? なんだ、気になることでもあんのか?」
「……荷物、箱に詰めたんだけど、中身見たらダメだよ?」
「おまえの中の俺は変態設定なの? ちょっと後で話があるから部屋に来いアホ娘」
「あ、ひどい!」
ひどいのはおまえの頭の中だ。
なんて言い返さないだけ優しいものだと思うが、どうだろう。
「ったく。で、どれだ?」
引かれるままに連れてこられた部屋にあるのは、四つの段ボール箱。簡単に持てる量ではあるが、全部か? よし、全部だな。
「お、お兄さん!?」
「うん、妥当かな」
木綿季とヴァーリが各々の反応を見せる。
「いいよ、ボクも持つから!」
持ち上げた荷物を自分で持とうと木綿季が寄ってくるが、必要ない。
片手でいいから、と振ると申し訳なさそうな顔をしたので、ヴァーリを見ると、
「木綿季、いいよ。これは祖龍の仕事だからね。もともと、こうなるとわかってて来たんだろうから、好きにさせてあげよう?」
「え、でも……」
「いいの、いいの。祖龍は変人――変な龍ってなんて言うの、祖龍」
新しい問題を発見したとばかりなヴァーリが聞いてくるが、面と向かって「おまえ変だな」と言いたいがための言葉を俺が教えるとでも? そもそも知らないんだが。
「わからん。これまで長い時間を生きてきたが、俺に変という言葉が適応されたことがなかったからな。つまり俺は変じゃないということだ」
「えー……祖龍は十分変だよ」
「うん、祖龍さまは普通に変な龍ですよ?」
即座に答えが返ってくるが、ヴァーリだけでなく、ルリにまで変だと言われてしまった。
はて、どこがおかしいのやら。いまの子どもたちにはついていけない。
木綿季はなにも言わなかったが、答えづらそうに頬をかいていた。解せぬ。
「俺の話はもういい。ひとまず置いておくとして」
「置くまでもないよね、ルリ?」
「残念だけど、ごめんなさい祖龍さま」
「せめて置かせろバカども。いいから、家に帰るぞ」
荷物を抱えて歩き出すと、後ろではもっといじりたいだの聞こえてくるがスルーしておこう。
俺、ルリ、ヴァーリと続いて家を出ると、最後に。
「じゃあ、いってきます。ありがとね」
小さな声で何事かを言葉にした木綿季が、玄関前でお辞儀をし、ゆっくりと顔を上げて振り返った。
その顔は不安も恐れもなく、悲しみすら感じられない。
「じゃあ、行こっか。これからよろしくね、みんな!」
代わりに、満開の笑顔を見せてくれた。
「よし。帰るか。ほら、おまえも早くこいよ、木綿季」
「――うん!」
手を差し出すと、早足に駆けてきた木綿季が俺の手を取る。
俺たち二人の隣には、ルリとヴァーリが寄ってきて。一列になって帰路に着く。
その間、少女たちはずっと笑みを浮かべていた。
あ、そういやはぐれ悪魔ほったらかしだったな。
なんて思ったが、今更なので今日はもういいだろう。幸いなことに、こちらに被害はない。あの廃墟から出て来ない限り、相手をする必要もないと見た。
もっとも、ルリの一撃で倒れなかったのだ。甘く見ていい相手ではないのだろうが……リアス・グレモリーは実力差を把握できるのだろうか? たかがはぐれ。そう思って戦えば、被害は拡大する一方だ。
慢心は常に敵ってね。
だが、俺は助けになんて行かない。
四つの段ボール箱を重ねて運んでいるのだ。この労働だけでも俺は頑張っている……はずだ。
「リアス・グレモリー。おまえ、あの頑丈なはぐれに勝てるのかね?」
二度しか見ていないが、勘違いじゃなければあれは、いまのおまえたちでは勝てるはずがない。だって、あいつの実力、戦時中に会った戦争屋の堕天使レベルだったぜ?
あれはそう強いかと言われれば微妙だが、少なくとも、リアス・グレモリーでは届かない。
月明かりが微かに照らす夜道。
俺の耳には、盛大な破砕音と、幾人かの悲鳴が確かに届いていた。
そんなことは知らず、側を歩く少女たちとの会話に戻る。
結局、龍は自分の都合でしか動かないのだから。