祖なる龍の祝福を 作:今作ヒロインの欠点は胸がないこと
しばらく黒歌の戯れにつきあいながら待っていると、廊下から足音が聞こえて来る。
足音はリビングの前で止まると、次いでドアが開かれた。
「温まってきましたよ、祖龍さま!」
「ちょ、本当に行くのルリ!?」
なんだか騒がしいな。
視線をルリたちへと向けると、そこにはバスタオル一枚で体を隠したアホ娘の姿。
その隣では、同じくバスタオル一枚の紺野が。
「風邪引く前に着替えてこいよ」
「祖龍さま、そんな言葉は誰も期待してないよ!?」
「おまえら二人のその姿も俺は期待してなかったよ。なあ、黒歌?」
隣に座る黒歌に訊くと、当然のように頷いてくれた。
「あっ、ずるいです祖龍さま! 黒歌姉さんに意見を求めたら祖龍さまの方を優先するに決まってます!」
「ずるくない、戦略だ。いいから服を着てきなさい。隣にいる紺野のことも考えろ」
「……はーい」
二人してリビングから出ていく。たぶん、ルリの部屋に向かうんだろうな。
一応、ゆっくり話す準備くらいはしておくか。
「お茶と菓子がいるよな、女子多いし。ああ、ケーキとクッキー、たい焼きが余ってたな」
適当に並べていき、お茶の用意もしておく。
助けるためとはいえ、半ば強制的に連れてきてしまったわけだし、もてなさないわけにはいかないだろう。日頃からムダに甘い物を買い足してるから、消化してもらわないと困るしな。
「戻ってきたよ、祖龍さま〜」
再び姿を現したルリは、ピンクのパジャマを着てきた。
「はい、紺野さんはこっち」
「う、うん」
ルリに手招きされて入ってきたのは、紫紺色のパジャマ。似合っているが、うちにそんなパジャマあったっけ? 誰かが買っておいたのだろうか? ルリが貸しただろうことはわかるが……。
「アザゼルかな」
いつだったか、間違えて買って来ちまったとか言って置いてったような……ダメだ、思い出せん。
とりあえずそこは置いておこう。着れる服があったのならそれでいい。
「あれ? なんか甘い匂いがする!」
「紺野は鼻がいいな。向こうにいろいろ置いてあるから、好きに食っていいぞ」
「本当!? でも、いいの?」
「いいよ。ルリに食い尽くされる前に食え」
「私そこまで大食いじゃないよ、祖龍さま!?」
騒ぎ出したルリと、傍で笑う紺野。
ルリは俺に対して丁寧というか、多少かしこまった言葉遣いだが、紺野は慣れてくると砕けた口調になるらしい。
っと、このままじゃなにも話さないで時間ばかり経っちまうな。
まずは互いの事情を確認するべきか。
「ところで、ティアはどうした?」
「ティアさんならまだお風呂に入ってるよ」
「そう……」
あいつ風呂好きだったのか。
別にこの場にいてほしいってわけじゃないからゆっくりしててくれていいけどさ。
二人がケーキに夢中になる中、ソファに腰掛ける。
それにしても、また女の子が増えそうだな……あいつが騒ぎ出すのが目に見えてるんだけど、どうしよう。
並のドラゴン程度じゃ俺の庇護下にない場合、あいつに支配権持ってかれる程度には龍の巫女っぷりが板についてきたしなぁ……あいつの歌はドラゴンを鎮めるためとはいえ……はあ、問題児が多すぎる…………。
「黙ってるわけにもいかないし、黙っていてもいずれバレるか」
ここにはいない、アイドル業をなりわいにしている少女のことを考えながら、ルリたちへと向く。
「なあ、紺野」
「木綿季でいいよ、お兄さん。あ、ボクは祖龍さまのこと、お兄さんって呼ぶから。ルリも、木綿季でいいからね」
「うん。それはいいんだけど、木綿季は祖龍さまにちゃんと自己紹介してなかったと思うよ。だから――」
「そっか! ボクの名前、知らなかったよね! 改めて、紺野木綿季です。ルリとティアさんからお兄さんのことも大体聞いたよ。助けてくれてありがとう!」
助けに行ったわけじゃない。そう言うのはとても簡単だが、ルリの手前、口にはしなかった。
ティアも、それは承知の上で、話しやすくするために説明したんだろう。
「気にしなくていい。でだな、そろそろ事情も含めた話をしたいと思うんだけど、いいか?」
「うん、そうだよね」
話を切り出すと、木綿季も真面目な顔になってくれた。
「俺たちは基本、キミの意見を尊重する。木綿季がどうしたいかによっては、今日そのまま帰ってもらって構わないし、手を出すなと言われれば出さないと誓おう。もちろん、逆に助けがいるならそれも可だ」
「えっと、お兄さんたちはいろんな種族のあぶれ者を保護してるって聞いたけど?」
「成り行き上な……本当にいろんな奴がこの家や、隣、そのまた隣と、ここら一帯と他の地域の土地で暮らしてる。そのほとんどが、行き場のない人やドラゴンたちで占められてるってわけさ」
堕天使――アザゼルと話すようになってからは、彼から送られてくる者まで受け入れていたら、気づけばかなりの大所帯になってしまっていた。
おかげで、いまでは一種の避難所だ。
「そっか。なら、お兄さんはボクも保護してくれる?」
「いきなりだな。でもいいぞ。おまえがそれを望むなら、うちで暮らしてもらって構わない。その方が、ルリもいいだろ」
「祖龍さま、ありがとう!」
俺に笑顔で礼を言ってから、嬉しそうに木綿季にハグするルリ。
「ああ、でもひとつだけ訊いておきたいんだけど、おまえ、リアス・グレモリーから目つけられるようなモン持ってるのか?」
「あー……あの人たちなら、たぶん欲しいのはボクの神器なんじゃないかな?」
やはり神器絡みか。
悪魔が人に興味を持つとしたら、大概がそこだもんな。
「おまえも面倒なのに目つけられたな。あれ、駒王学園の生徒だろ? 木綿季、明日必ず声がかかるぞ」
「リアス・グレモリー先輩から?」
「もちろん。で、今日の話から始まって、悪魔、天使、堕天使あたりの話まで説明されて、眷属にならないか? と誘われる流れだな。神器のことを理解してるなら、この辺りの話もわかるか?」
「うん、知ってるよ。だからボク、ルリが同じだったんだって知って、ちょっと嬉しかった」
神器持ちは孤独になりやすい。
多くの勢力に狙われ、家族や友人を殺されるケースも多い。もちろん、本人もなのだが。
「木綿季、おまえの家族は……」
「うん、みんなもういない」
「そう、か……いい、わかった。なら、あとでルリとここの奴ら全員に会ってこい」
「え?」
「いいか、全員だ」
「なんで?」
「俺たちはな、みんな家族であり、仲間なんだよ。一緒に暮らす以上、家族でなきゃいけねえ。だから、挨拶回りしてこい。しっかり覚えるんだぞ、家族の顔と名前をな」
話している途中から、彼女は俯いてしまった。しかし、しばらくして顔を上げ、満面の笑みを作って、
「うん、みんなの名前と顔、しっかり覚えてくるね!」
そう言ってくれた。
強い子だ。家族のことを話すときでさえ、その表情は崩れなかった。もう自分の中では決着のついたことなんだろうと想像できる。だからこそ、早くここに連中を紹介したいものだ。
だが、すぐに会いに行かせるわけにはいかない。複数人、扱いに注意しないといけないバカどももいるし、女子限定での危険人物もいる。いや、訂正しよう。俺も危険だった。
「どうせ帰ってくるのは遅いのが多いし、気づけば黒歌もどっか行っちまったな……」
あいついないと転移できないんですけど。
移動が面倒じゃないですか。
「まっいいか。とりあえず散歩の続きといこう」
「祖龍さま、また外出?」
「そうだな。明日も学校はあるし、この先木綿季はここで暮らすことになる。なら、とりあえずすぐに必要なものくらいはこっちに持ってこようぜ。てなわけで、おまえの家に行こう」
彼女たちの手を掴み、玄関へと向かう。
「え? えぇ!? お兄さん、ボクいまパジャマ!」
「私もなんですけど!?」
おっと、うっかりしてた。
二人の手を離すと、完全に引きずっていたせいか、ベチャ、という音と共に情けない声が聞こえて来る。
振り返ると、顔に手を当てて悶える二人。
「おまえら、どうかしたの?」
「……祖龍さまがいきなり手を離すから。顔が地面と熱いキスをする羽目になりました。痛い……普通に痛い……」
「お兄さん、それはないんじゃないかな……」
「……悪い。とりあえず時間のムダだから、さっさと着替えてこい」
無情だぁ! とか叫びながら、ルリと木綿季は駆け足で部屋へと向かっていった。
口の悪い子だちだ。
アザゼルの影響でも受けたのだろうか? おかしいな、まだ一度も会わせてないはずなんだが。
「いいか、外で待ってよう」
ドアを開けて外に出ると、なんということでしょう。
「フッ、この俺を幾度となく退ける者がいようとはな……だが、もう遅れを取りはしない。今度こそ――お?」
ルリとの帰りがけに何度か遭遇した雑魚堕天使さんが待ち構えていたので、今度こそ完全に消滅させておいた。
仏の顔もなんとやら。
あれだけ叩いて力の差もわからず歯向かうというなら、もう慈悲は無用だろう。
「あ〜あ、祖龍が倒しちゃってたか。でもいいや、所詮雑魚は雑魚だしね! あたしが相手にするには物足りないし」
堕天使を片付けると、上から声がかかった。
見上げると、飛翔してきたらしい小柄な少女が一人、こちらを見下ろしていた。
「おかえり、ヴァーリ。噂のラーメン屋はどうだった?」
「あはっ、黒歌にでも聞いた? 今回は失敗だったかな。まずくはないけど、絶賛できるほど美味しくもなかったよ。祖龍には今度、美味しいお店を紹介してあげる。そうそう、それとさ。さっき森の方でひと騒動あったみたいなんだよね〜。リアス・グレモリーとその眷属が、はぐれ一匹に追い詰められててさ。どうなったのかは知らないけど、祖龍はどう思う?」
「追い詰められてたのか……マジかよ。ヴァーリ、そのはぐれ悪魔は俺がリアス・グレモリーに擦りつける形で出した課題という名の嫌がらせだ」
「うわー、嫌な男だなー」
「棒読みはやめなさい。リアス・グレモリーでも勝てると踏んでいたんだがなぁ。あとで様子見に行ってやるか。でだ、その現場でルリの友達を拾ってきたから、いまからそいつの荷物取りに行ってくる」
言うと、ヴァーリの目つきが変わった。
「その子、強い?」
「残念。現状、いま話したはぐれに捕まるくらいには弱い」
「なぁんだ。じゃあいっか。ルリとその子と行くんだよね? あたしも手伝おっか?」
「じゃあ、頼むよ」
「りょーかい!」
それからルリたちが来るまでの間、俺はずっとヴァーリのラーメン話を聞かされるのだった。