祖なる龍の祝福を 作:今作ヒロインの欠点は胸がないこと
魔法陣が展開され、そこから数人の悪魔が現れたわけだが、まあ奴らは無視しておこう。
こちらから近寄るような愚策は取るまい。
話のわかるアザゼルならともかく、悪魔――それも若手ともなれば、種族の違いだけで攻撃されかねん。その影響はかなりのものであり、俺たちが保護する他種族の者も少なくない。
龍の血を引く者、引かぬ者。
種族など関係なく迷い子を拾ってきてしまう問題児や、こども好きな問題児。果てはすべての者を愛しているとか訳のわからんことを言い出す最強種とか、シャレにならん。元が強いだけに保護すると決めた奴らは必ず連れて帰ってくるし……家計の問題もそろそろ考えながならんか。
胃の痛くなる話だ……だがまあ、家族や仲間が増えるのは悪いことではないのだろう。
というわけで、うちの連中は若手悪魔を見かけたら極力接触しないように心がけている。面倒事に巻き込まれないためと、無駄な被害を出さないためにな。
「管理者が来たなら見回りは終わりだ。帰るぞ、ルリ」
彼女の側に寄り、声をかける。
「で、でも祖りゅ――うぅ!?」
「この場でその名を出すな。余計面倒になる。アザゼル以外に俺の正体を知られるのはおもしろくない。いいか? いつものノリで呼ぶなよ? おまえたちのためでもあるんだ」
顔を両手で挟み、真正面から話しかけると、さすがのルリも無言で頷いてくれた。
「でも、あの……私は紺野さんを置いてけないです」
ルリに抱きしめられた腕の中。異形に出会ってしまったせいだろう。アメジスト色の瞳から涙を流しながら震える小柄な少女。
長く伸びたストレートの髪。乳白色の柔らかそうな肌。
うむ、これだけで食われるには十分な要素だ。
うちのルリも食われる要素だけなら十分すぎるほどにあるからな……とは言え、これはルリが助けた子なのだから、保護対象は確定か。
ひとまずは家に連れ帰って、記憶操作なり、望むなら関係者に仕立て上げなければ。この子の意見を尊重した上で対処させてもらおう。ここじゃまともに話せないだろうし、明るい場所に出た方がこの子の精神的にもいいはずだ。
「キミ、立てるか? 急な展開ばかりで悪いが、もうしばらく付き合ってくれ」
「……」
話しかけるも返答はなし。当然か。
「ルリ、様子見ててやれ。おまえの友人だってなら、おまえが話をつけろ」
「うん、ありがとう祖――えっと、そーちゃん!」
ルリにしては頑張った!
祖龍さまと呼ばなかっただけ褒めてやりたい! よかった、これで懸念材料がひとつ減ったぞ!
「とにかく、宥めるくらいはしておけよ。安心感を持たせるところからしっかりな!」
「任せてください!」
ゆくゆくはルリも俺たちの仕事の一部を引き受けることになるだろうから、今回みたいなケースでの対処は是非とも覚えてもらいたいところだ。
いきなりが友人ってのは、いただけないけどな。
いや、むしろやりやすかったりするんだろうか? その辺りは本人以外にはわかりにくいな。
「で、残る対処はあっちか」
四人か。
紅の髪の女がグレモリー家の悪魔だな。他は眷属ってところか。
アザゼルからの情報通りなら、主人の名はリアス・グレモリー。現魔王、サーゼクス・ルシファーの妹だ。
名前だけなら、大物なんだが、果たしてどんな奴なんだか。
「あなたたちは……いえ、それよりはぐれ悪魔はどこに?」
辺りを見渡して疑問を口にするリアス・グレモリー。残念だったな、俺の獲物ならルリのせいでとっくに廃墟の外だ。
ルリと紺野だかを送り届けたら、改めて潰しに出向くとしよう。この場に戻ってきてくれたなら、一番手っ取り早くはあるんだが、淡い期待はしないに限る。
「あなたたち、人間ね。惨状を見る限り、気まぐれかなにかで生き残ったのかしら?」
リアスがルリたちに気づき、近寄っていく。
最初は心配そうにしていたのだが、距離が詰まったことでそれが誰なのかわかったのだろう。目の色が変わった。
「あなた、紺野さんね?」
ルリに抱かれている少女を確認するなり、そう口にする。
だが、対する紺野は、リアス・グレモリーにちらりと視線を向けるも、すぐにルリへと向き直ってしまった。
現状では、よく知らない学校の先輩よりも、仲のいい友達に身を預ける方がいいと見える。
「ねえ、紺野さん。あなたになにがあったのかはわからないけど、せっかくだし、家まで送りましょうか? それとも、温かいお茶でもいかが?」
やけに気にかけているな。
これはもしかして、もしかするのか? だとしたら、普通に悪魔には渡したくないんですけど。
「あのー、すいません」
俺が対応する寸前、ルリがリアス・グレモリーに向け声を発した。
「あら、あなたは……なにかしら?」
「紺野さんは私がどうにかするので、皆さんもうおかえりください。お疲れさまでした」
ルリは短く、そう言い切った。しかも、お辞儀のおまけ付きだ。早くお帰りくださいと、そういった意味合いでの動作に違いない。
「あなたねぇ! ――って、その籠手は、まさか!?」
あ、やべ……ルリに解除するように指示してなかったわ。ぬかったわ!
今更取り繕っても遅いか!?
「そう、そういうことなのね。だからはぐれ悪魔もいなかったわけか」
「部長?」
金髪のイケメン少年が声をかけると、リアス・グレモリーは眷属悪魔たちに向き直り、何事かを話始めた。
正直、この隙に逃げてしまいたいが、それだと後々面倒だろうし……参ったねこれは。いまはまだ早い。ここで俺の正体を明かしてしまうのはもったいない。
切り札は最後まで取っておくものだと言うだろ?
もしくは、切り札は常に、俺の元に来るみたいだぜ? とか言って片割れだけで変身するだろ? え? それは全く関係ない? そうか、そうだな。
さて、そんで作戦会議らしきもんは終わったのかしら?
「あの、ルリ……?」
「なに、紺野さん?」
「えっと、さっきはありがとね。ボク、いきなりのことすぎて、なにもできなかった……自然とね、諦めがついてたの。でも、ルリが来てくれて、あいつを殴ってくれて、ボク、まだ生きてるよ……ありがとね…………」
頰に涙の跡を作りながら、少女は笑みを作る。
救われたことに、救ってもらったことに、感謝するように。
ルリがなにを感じたのかわからんかったが、同じように微笑み、対面する少女に思いっきり抱きつき直していた。
微笑ましい光景だ。
紫紺と赤か。見てて悪くはないかな。
「それでね、紺野さん。本当はすぐにでもお家に帰したいんだけど、色々と説明する必要があると私は思います。だから、この後少しだけ付き合って欲しいなって」
「――……うん、そうだよね。ボクも、ルリには内緒にしていたことがあるから、ボクの話も、代わりに聞いてほしいな。もちろん、そこのお兄さんにもね」
あー、俺も。そうね、当然だよね。
「わかった。こいつの保護者としても、束ねる者としても話は聞くし、話せることは教えよう」
「うん、ありがとう」
「別にいい。しばらくはルリと一緒にいてくれよ? ほら、あちらさんからの話を済ませないと先に進めないっぽいから」
「アハハ……あの人たち、よくボクに会いにくるんだよね。特に理由があるわけでもないはずなのに」
ルリが隣にいるからか、はぐれが吹っ飛ぶのを見ていたからか。紺野と呼ばれる少女からは幾分か恐怖も引いているようで、まともに会話ができるまでには回復していた。
そんな俺たち3人が談笑をしながら待っていると、俺の肩になにかが着地してきた。
「にゃあ」
「あ、かわいい!」
耳のすぐ横で鳴き声が聞こえる。
肩に乗った奴の正体に気づいたのか、紺野が声を上げた。
「この子、野良猫……じゃないよね? お兄さんの飼い猫ちゃん?」
「ああ、まあ飼い猫……なのかな? うちに住み着いてるって点なら間違いはないけど。どうやら、俺たちのことを追ってきてたらしい」
肩に乗る黒猫は頰を擦り寄せ、あたかも、自分に構えと言いたげだ。
俺ではなく、紺野に構ってもらってこい。
「にゃぁ〜」
そうね、来てくれたことには感謝してますですよ。
歩いて帰るの面倒だと思ってたところだし? あいつら振り切るにも、一瞬で済んだ方がいいだろ。
「ベストタイミングだぜ、ありがとよ」
「にゃー」
「ちょっと、そーちゃんから離れてください! こら、そんなにくっつかないでください! もう、もう!」
なぜかルリが怒り出すが、どうしたと言うんだ。
「おまえ、ルリのおやつでも食ったの?」
「にゃあ?」
こいつ、とぼけやがったな。いいよ、自分たちで解決してくださいな。
「とりあえず、ルリは魔力弾撃とうとするのをやめなさい。それ、こいつを狙ったとしても俺に直撃するだけだから」
肩に乗ってる黒猫は、たぶん。いいや、絶対に俺を盾にするだろう。
身の回りの危険を増やすのはやめておくれ。
「ルリ、紺野の面倒はしっかり見なさい」
「……はーい」
「ねえ、お兄さんもルリもボクを捨て犬みたいに扱うのやめてよ」
ああ、平和だ。
こういう会話してるといかに平穏がいいものかよくわかる。
だからこそ――。
「さて、話はまとまったわ! 紺野さん、そしてそこのあなた! 二人とも駒王学園の生徒よね。ちょうどいいから、少し私に付き合ってちょうだい。もちろん、付いてきてくれるわよね?」
――その邪魔をする可能性のある輩に勝手させる気はないぞ。
「紺野さん、それと氷野目さん。あなたたちは正直、これ以上はないってほど、人間の中では特異な存在だわ。たぶん、人として生きて行くには不自由な程度には、ね。それでね、あなたたち、悪魔って知ってる?」
「おい、おまえ――すまん、転移頼んだ!」
森の奥から、ものすごい勢いで突っ込んでくる音が聞こえる。これは、どう考えたってあいつだ!
すぐさまルリと紺野を抱きかかえると、足元に魔法陣が展開された。
ナイスだ、黒猫!
「にゃん」
語尾に音符がついていても不思議ではないほど上機嫌で肩に乗る黒猫が鳴く。
直後、廃墟の壁を破壊しながら、ルリがぶん殴ったはぐれ悪魔が姿を表す。が、すでに遅い。
標的は俺たちなのか、グレモリー眷属なのかは定かではないが、こちらに突進してきたところで、俺たちの視界は切り替わる。
次に視界に入ってきたのは、数十分前までくつろいでいた、我が家のリビングだった。