祖なる龍の祝福を   作:今作ヒロインの欠点は胸がないこと

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龍はなんだかんだと優しいものである

 家にいた奴ら全員が集まり夕飯を済ますと、大概の奴らは各々やることがあると言って部屋や外へと出て行ってしまった。

 広いリビングに残ったのは、俺とルリ、そして優しげな笑みを浮かべる男性だけだった。

「暇人変人はこぞって出てっちまったな」

 たまにはルリ以外とも楽しい遊びでもしようかと思ってたんだが……しゃーなしか。

 にしても、悪魔はまたはぐれを出したのか。

 駒王町も面倒事の多い場所だな……管理者はなにやってるんだか。侵入した時点で潰してしまえばいいものを。

「ルリ、今夜は外を出歩くなよ」

「はーい!」

 元気いっぱいに手を挙げて答えるルリ。うむ、とても心配だ!

 こいつ絶対考えなしに出てくに決まってる!

「ルリ、おまえ今晩はこの部屋からも出るなよ?」

「無理です祖龍さま!」

「だろうねくそったれ!」

 ええい、なぜこうもドラゴンって奴は自由気ままかな。いったい誰に似ればドラゴンて種は勝手な奴に育つのか!

 とりあえずルリは誰かに守ら――見張らせておいて、安全をか――違う、行動を制限させて貰おう。

 もう二度と、俺の身内から被害は出させねぇ。

 この地を任されているであろう悪魔が動かないのであれば、あいつらの平穏のためにも、俺が出張ろう。

「おい、俺は少し出る。おまえらはゆっくりしてろよ」

「ええ。では、私は皆の面倒でも見てきましょう」

 優しげな印象を与える男性は立ち上がると、転移魔術で消えていった。彼のことだ、幼いドラゴンたちの相手をしに行ったのだろう。

「祖龍さま、私もついていっていい?」

「なあルリ、おまえ俺の話聞いてたの? 今夜は出歩くなって言ったんだよ? なんで数分と経たずに出る気満々なのかな」

 さっきの返事はなんだったんだよ!

 文句しか出てこないんですけど、この子アホ過ぎて困る!

「どいつもこいつも……ほんと、ドラゴンてのは面倒だよなぁ」

 ダメだと言えば食らいつくし、いいと言えば興味をなくす。どこまでも自分の都合を通したがる連中なのだ。それを縛ろうとするのは、すべてを束ねる俺でも限度がある。

 せいぜい、仲間うちでの争いをなくす程度でしかない。

 それに――こいつらの願いを聞き届けるのは、俺の役目だったじゃないか。

 打算だろうとなんだろうと、俺の元に来るのであれば、できることはやってやらなければウソだろう。

「仕方ない、好きにしろ」

「はい、祖龍さま! じゃあ準備してきます!」

「は? 準備……って、あー、行っちまった……」

 どうして女ってのは外に出るときに一々準備なんてするのかね。こればっかりは女にならないとわからんか。

 とは言ったものの、祖である俺に性別なんてあってないようなものだからなぁ。

 体だけなら変えられないこともないんだろうけど、思考パターンは変わらないし、無意味だな。

 オーフィスはどうなんだろうか? 爺さんの姿を取ってた頃と違って大きな変化があったけど……。

「今度聞いてみるか」

 玄関で座り込んでルリを待っていると、ティアがこちらに気づき近づいてきた。

「おや。お出かけかな、祖龍さま」

「まあな。不愉快なモンが入ったのを感じたんで、様子見がてら」

「なるほど。お一人で?」

「いや、ルリを連れていく。あいつ、普段能天気なアホ娘のくせして、こういったことには勘が働くらしい。だいぶ龍らしくなってきたんじゃねーの?」

 聞いていたティアはなぜか嬉しそうに微笑み、気をつけて、と一言だけ残してリビングの奥へと消えていった。

 なんで笑ったのかさっぱりだわ。

「お待たせしました、祖龍さま〜」

 なんてしてたら、ルリが階段を降りてくる。どうやら準備は終わったらしい。

 ふむ……なぜ駒王学園の制服に着替えてきたのか問うべきなんだろうか? いや、しかし……。

「アホになに訊いてもムダか」

「よくわからないけど酷い言われようだ!?」

 降りてくるなり叫ぶなうるさい。

「行くぞ」

「あ、待ってよ祖龍さま!」

 外に出ると、慌てた様子のルリが追ってくる。

 隣に並び、夜道を歩く中。不意に、ルリが口を開く。

「ねえ、祖龍さま」

「なんだ?」

「私たち、これからどこに行くの?」

「……知りもしないでついてきたいとか言ったのか、おまえは」

 舌をチロっと出すのやめろ!

 誤魔化せてねえしアウトだよおまえは!

「ったく、バカだアホだと思っていたが、ここまでとは……育て方を間違えたか」

「え! 祖龍さまやらかしちゃいました!?」

「誰がだこのアホ娘! やらかしてんのはおまえだよもうっ!」

「だから頭は握る潰すものじゃないってば祖龍さま! いたいいたいいたい!」

 我ながら残念な子に育てたとは思う。毎日楽しそうだからそれだけが救いだが、こう、もっとなんていうかさ、あるじゃん? 赤龍帝らしさ皆無だからねこの子。

 まあ、家族を失ったあとで、よくこれだけ明るく育ったという見方もできなくはないけど。

 アホできるくらいには平気になったんなら、この残念さも喜ぶべきなんだろうな。暗く引きこもって、人生諦めてるよりよっぽどいい。

「ルリ、学校は楽しいか?」

「どしたの、祖龍さま。急に保護者みたいなこと言い出して」

「正真正銘保護者なんですけどね? なに、俺はおまえの中でどういう扱いになってるの? その辺りから話し合おうか?」

「いえいえ。話戻すけど、学校は楽しいですよ。みんな私に優しいし、自然な態度で接してくれてますから。特に、隣の席の紺野さんは一緒にいて凄く楽しい! 天真爛漫っていうか、猪突猛進っていうか、とにかく話が合うんです!」

 なるほど、なるほど。そりゃおまえさんにピッタリだろうよ。ブレーキ役がいないのが懸念材料だがな。

 話聞いてる限りだと二人で突っ込んでいくスタイルだろ、間違いなく。

「合う友人ってのは大事だけど、怪我とかすんなよ。あと、不用意に巻き込むなよ?」

「うっ……わかってますよぅ。もう誰も、関係ない人を巻き込んだりしませんから」

 そりゃ結構。

 分別ついてるなら、余計なお節介だったな。

「ドラゴンってのはどうしても力を引き寄せる。面倒なもんだよな、ただ平穏を守りたい奴からしたら」

「祖龍さま……」

「いいよ、気にするな。平穏でありたいのと、おまえらを守るのは同じことだ。俺がそうしたいからそうする、俺がしたくないからしない。俺たちの理由なんて大したことないんだよ」

 人間にはわからないかもしれない。

 悪魔にも、天使にも理解はされないだろう。だが、それがどうした。

 わからないのは、俺も同じだ。奴らの事情なぞ知ったことか。敵対しなければならないなら潰すし、無能ならアテにはしない。なにもしない相手に頼るほど、俺たちは全員バカではない。

 そこだけは、ルリも変わるまい。

「ねえ、祖龍さま」

「なんだ、今日はよく話しかけてくるな」

「ダメ?」

 不安気な声。

 こいつはいつも、家では誰かが側にいる。

 用事ができて出て行く奴がいれば、入れ替わるように、だが自然に、こいつの隣に暇な奴が寄り添う。

 不安にさせないように、一人にしないように。

 俺たちはそうやって、寂しさを埋めていった。だから、俺一人だけがみんなの想いを踏みにじれるはずがない。

「いつでも話しかけてこい。うちでおまえを、おまえたちを無視する意地悪なのはいないから」

「うん。ありがと、祖龍さま。嬉しいから、お礼に私を抱っこする権利をあげます!」

「いらん」

「ちょっとは迷おうよ! っていうか受け入れてよ祖龍さま! そこは喜んで、とか役得! とか思いながら抱っこする流れだと私は思います!」

 なぜ俺がルリの要望通りに動かねばならんのか。

 あれか? 俺はこいつの人形なのか? ありえん。

「そーりゅーうーさーまー!」

「ええい、鬱陶しい! 腕に引っ付くな! よじ登るな! おまえは猿か! でなければコアラかこんちくしょう!」

 全然離れないんですけど!

 って、こんなことしてたらはぐれが逃げちまうじゃねえか。

 仕方なくルリを引きずって移動し、森へと入っていく。

 ああ、ルリにはまだなんの説明もできてねぇ!

 しくじったぜ、まったくもってしくじった! 具体的にはルリを迎えにいった辺りからな!

 つまり今日の俺には運がないと。なるほどなぁ、納得しちまうぜ。

 町からちょっと外れた森の奥。

 先の方からする血の匂い……何人分だ? これはかなりの……嫌な気分だな。

 廃墟らしき建物の前に着いたときには、すべてが始まっていた。

「グギ、グギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ! 来たな、キタナ、きたナ餌よ! 今宵はこれで三人目だ。ああ、アア、嗚呼! その瑞々しい肌、絶望に染まった顔、甘ったるい涙の味! 最高だ、最高の餌ダなオマエ」

 醜く変貌した生物が、一人の少女を捕らえたところだった。蛇のように長い胴体、鋭く尖った爪。俺の数倍はあるだろうその巨体。

 あれが今回のはぐれか。すでに力に呑まれてるようだが。

 大方、疑似餌にでも騙されて釣られて来てしまったのだろう。助けられない状況じゃないが、助ける義理がない。

 家族でもない人間のために割く労力は俺にはない。

 運が悪いと言ったのは、隣で震えるルリを連れてきてしまったことに対してだ。

「だめ、だめだよ、こんなこと!」

「ルリ?」

 なんの説明も聞かせてなかったルリのため、話をしようとした瞬間。

 飛び出していったルリが、化け物の顔面を正確に撃ち抜いた。

「はあ!?」

 はぐれの体は盛大に吹き飛び、破砕音と共に窓の外へと転げていった。

「おい、ルリ! どういうつもりだ!」

 夜間は悪魔の行動が活発になっている時間帯だ。そんなときに魔力を垂れ流しにした上、戦闘音なんて響かせたら――。

「だいじょうぶ、紺野さん!」

 ――チッ、そういうことか。

 ルリの発言で、だいたいのことは察した。察してしまった。であるのなら、もう俺は文句なんて言えない。

 あいつは後先も、損得も考えずに行動を起こしたのだ。

 それも、友のために。

 優しすぎる、あいつだからこそ。

「ならまあ、尊重してやらんとな。龍は割りと、優しい生き物なんだから」

 けど、問題事は避けられない、かな……。

 視界の先。

 展開された紅い魔法陣を睨む。

 あの紋様……昔見たことがあるな。確か、グレモリーの。

 俺が転移してくる悪魔を特定した直後、俺の視界の先では紅が佇んでいた。

 その視線は、ルリが救った少女に向けられていた――。

 ところで、巨体のはぐれ悪魔はどうなったのだろうか? 俺の目的は目の前にいる奴らでも、ルリが助けた人間でもなく、アホ娘にすっ飛ばされた奴なんですけど?


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