祖なる龍の祝福を 作:今作ヒロインの欠点は胸がないこと
よくわからん相手を蹴り飛ばしてしまったが、あまりに弱すぎた。
とりあえず放置してしまったが、問題あるまい。なんか砂場に上半身がめり込んでいたし、近くにいたこどもたちにバカにされ、いたずらされていたがどうでもいいだろう。
雑魚は雑魚。それ相応の扱いってものがあるのだ。
「ねえ、祖龍さま」
「今度はどうした?」
「あのね、駒王学園にいるグレモリー先輩ってどんな人?」
こいつもそっち方面の話が気になる頃か。保護したときから繰り返し超常のモノには関わるなと教えてきたが、ここらが限界か。知識はあるぶん、余計気になるんだろうな。
暇人どもが小さかったルリを大層可愛がったせいもあり、幼くして、ルリはそういった存在と常識に慣れてしまった。悪いかと訊かれれば無論いいのだが、おかげでこいつの中では超常の存在は当たり前になっている。
「どの道、俺たちが側にいる時点で同じことか」
ったく、なに考えてんだか。
「祖龍さま?」
しばらく放置していたためか、ルリが袖を引っ張ってきた。
そういえば、話の途中だったな。
「悪い、悪い。グレモリーってのは比較的温和で、話のわかる悪魔だって話だ。直接会ったことはないから、人伝ての話になっちまうけどな」
「いい人?」
「んー……どうだろうな? いい奴かなんて判断する材料がないし。ああ、現時点での評価だけど、かなりの間抜けと見てる。雑魚堕天使の行動ひとつ縛れないとなると、実力的にもちょっと怪しいところだな」
「ふ〜ん。祖龍さまがそう言うんなら、そうなんだろうね」
こいつ、疑うことを知らない顔しやがって。
いや、ドラゴンに甘いだけか? ったく、妙なところで仲間意識を発揮してくるな。誰に似たんだか……ちょっとルリの教育係呼出せよ。
あ、幼い頃からずっと隣にいたの俺だわ。
「……仲間に優しいってのは、大事なことだよなぁ。特に、俺たちみたいな少数で生きてる奴らには」
個々の力こそあれど、数は決して多くない我が陣営。
一人でも欠ければ、誰かしらの心にぽっかり穴が空くのは確定だろう。だからこそ、俺たちは互いが互いを想い合う。昔のように、誰が一番だとかではないのだ。たまには手を取り合う時代があってもいいだろう。
ドラゴンは孤高ではない。
最強を決めるための決闘もあってはならない。喧嘩ならいい。殺し合いは無意味だ。同時に、決闘であろうとも、殺し合いに成りさがれば止める。
「なあ、ルリ。グレモリーについて聞きたがったってことは、なにかあったのか?」
「どうなんだろ?」
「おい、まさか自分でわからないとか言うんじゃないだろうな?」
「アハハ……ごめんなさいわかりません」
ダメすぎる。
もはやため息も出ないレベルでダメだこいつ。
好奇心旺盛なら説明もつくのだが、毎日見ている限りそうでもない。こいつは気にかかるものにしか興味を示さない。くっ、わかってはいたがドラゴンは各々自分勝手だな!
「興味があるのは結構だ。不用意には近づくなよ? いいな?」
「うん、わかってます!」
手を上げて答えるルリ。わかっているのかいまいち心配である。
「とりあえずはおまえの言葉を信じるよ。でも本当に気をつけてくれよ? おまえが近づかなくても、いつ向こうから接触してくるかは知れないからな」
「悪魔側からってことはあるんですか?」
「あるな。おまえの力がバレてたりすると必ずあるだろう」
だからこそ、極力外での使用は抑えさせているのだが。好き勝手させてやれないのは、かわいそうかもしれないが……もしかしたら、窮屈に思うこともあったかもしれない。
「ごめんな、ルリ」
「ん? どうしたの、祖龍さま?」
「…………いや、なんでもない。あっ、そうだ! ルリ、なんか買って帰るか」
「ホント!? ならクレープがいい、クレープ!」
お、おう。おっかしいなぁ……食いもんを買おうとは思ってなかったんだが。これが成長期か。確かに、ルリは発育いいけどさ。
最近、アザゼルに紹介しようかどうか迷うくらいには美人になった。もちろん、迷っているのはあんな変態にこの子を紹介してもいいものかということだ。
これが男の子なら平気で紹介して、一発くらいアザゼルを殴らせるものだが。
「祖龍さま、クレープ買いにいこうよー!」
「はいはい、行きますよ!」
空気を読んでか読まないでか。ルリは基本マイペースだ。こっちの考えなどまるで気にしていないかのように。
クレープ屋の屋台に向かう途中、またも背後から気配を感じた。
「おい、貴様! さっきはよくもこの私に楯突いてくれたものだな! 先ほどはたまたま! そう、たまたま奇襲が成功しただけだ! この私が本気になれ――ばあぁぁぁぁっっ!?」
案の定、先刻蹴り飛ばした相手だったので、今度はしっかりとコンクリに頭から突き刺してやった。
ふう、人通りのない道でよかった。近所の方々に迷惑かけるわけにはいかないからな! 彼らなくして俺たちの生活はない。家族に人を抱えている以上、生きて行くには彼女たちと同じ種である人も大事なのだ。
というわけで、俺たちの平穏を明らかに邪魔しそうな相手は排除するに限るのであって、とりあえず雑魚は黙っていてくれるとありがたい。
「関わってこなきゃ、なにもしないってのに。どうしておまえらは自分たちで被害を増やしにかかるのか……愚かだねぇ」
頭は完全にコンクリの中だから聞こえてないだろうけど。
「待たせたな」
「いえ、全然。それより、クレープ買いに急ぎましょう、祖龍さま」
「頭ん中クレープ一色かよ。わかったから、腕引っ張んな! ついでに体を押し付けてくるな!」
「えー、いいじゃないですか! たまには仲良く歩きましょう? ね?」
ね? ではない! だが、俺はよく知っている。
前にも同じようなことがあり、無理やりルリを引き剥がしにかかったとき。あのときは酷かった。ルリは涙目で俺の腰に引っ付くし、一日離れなかったもんな。
なにがあればああなるのかさっぱりだ。
他の機会のときは、人の体をよじ登ってきて肩車をさせられた。
要するに、彼女の要求を力づくで断るべきではない。
俺は学習する男。いつまでも失敗してはいられないのさ。
「ったく、クレープ屋までだからな」
「はーい!」
遠回りに遠回りを重ねたルリの迎えも終わり、やっとのことで我が家に帰ってきた頃には、6時を回っていた。
「おいおい、遊びすぎたか?」
「祖龍さまがはしゃぐから〜」
「あ?」
即座にルリの頭を両側から挟み込む。
「だ・れ・の・せ・い・だ」
ゲーセン寄って俺にぬいぐるみを取らせた挙句、ケーキ屋まで遠征したのはどこのどいつか!
「いった! いたたたたたたたた! 祖龍さま、死んじゃう! 私死ぬぅっ!」
ギリギリと締め付けていくと、手足をばたつかせながら暴れ出すルリ。フハハハハ、その程度で逃れる程加減はしてやらんぞ!
「み、見つけたぞ貴様ら……一度ならず二度までも奇襲を成功させるとは、その方面だけは相当の腕のようだな! だが、次はそう簡単は――」
「うざい」
「――みきゃっ!?」
無造作に振るった右腕が、なにかを弾き飛ばした。接触した瞬間に破砕音が響いたので、なにかが粉々にでもなったのだろう。どうせ骨かなんかだろ。
視界の端でハット帽らしき物が飛んで行ったが知らん。
「なあ、ルリ。どう思う?」
「……とりあえず、もう許してください」
涙目で訴えてくるルリ。
「はあ……仕方ない。さっさと家入ろうぜ。やっぱ家の前の騒ぐのはダメだな。変なのが釣れちまった」
彼女の頭から手を離し、代わりに彼女の手を引いてやる。
どこかに行ってしまわないように。周りにいるドラゴンが、しっかり俺の元に帰ってこられるように。
「ただいま」
「帰りました〜。祖龍さまとお土産買ってきたよ!」
リビングに入るなり、ルリが手に持っていた箱や袋をテーブルに並べていく。
「ん、帰ってきたか」
声に気づいて顔を出したのは、腰まで伸びた青髪をひとつにまとめた女性。
「ティアさんやっほー! ティアさんはどれ食べたい? ケーキに、クレープに、たこ焼きにたい焼き、あとコロッケ!」
「多すぎだ……どれだけ買ってくれば気が済むんだ、おまえは。これだからアホは。ドライグや祖龍さまが付いていながら情けない」
「ティアさんも!? みんな私の扱いひどい!」
「「『真っ当な扱いだが?』」」
俺、ティア、ドライグの声が重なる。
「んもおーみんなして!!」
ルリが頰を膨らませるのを楽しげに眺めていると、ティアがクレープを手に取る。
「ふむ、アホだが気持ちは嬉しい。ひとつ貰っていくぞ」
ルリの頭をひとつ撫で、ティアはリビングから去っていく。
「むう……」
当のルリは、嬉しそうな、怒っているような表情でそれを見送っていた。
「祖龍、帰った?」
「おう、ただいま」
次に出てきたのは、腰を超える程に長く伸びた艶やかな黒髪。向けられた双眸は暗く、何者の闇よりなお黒い少女。
もっとも、俺はそれに逆に安心させられるのだが。
「ルリも、帰った」
「うん、ただいま」
黒い少女が現れるや、ルリの機嫌も元に戻る。
「祖龍、それ、貰っていっていい? 我、お腹すいた」
「好きに持ってけ。というかさ、おまえら俺の呼び名祖龍で固定してんじゃねえよ。いいか、俺にはちゃんと名前があるんだから、次からは――」
「祖龍、たこ焼き貰っていく。夕飯には戻る」
『祖龍よ、俺は白いのと少々話し込む。ああ、それと白いのの宿主が今日は帰るの遅れると言っていたそうだ」
「――…………」
うん、よく理解した。
「おまえら祖龍でしか呼ぶ気ないのな。けっ、わかりましたよ」
「もしかして、名前で呼んで欲しいの、祖龍さまは」
ルリだけが反応を示したが、まあ、なんだ。
「強制しようとは思ってない。呼んでもらいたいと、思わないわけではないだな」
「そっか……それじゃあ――」
ルリは俺へと向き、口を静かに開いた。
「私もお風呂入ってくね、祖龍さま!」
満面の笑顔で、やはり彼女はそう呼んできた。
そのまま浴場へと向かってしまい、あとには、俺一人だけが寂しく残されたのであった。
ああ、どうやら今日も平和らしい……。
うむ、いったいなにをする話なんだろう。
とりあえずわかるのは、主人公の名前が一度も出てこないことくらいですかね? 彼の本名が出るのはいつになるのやら。早く誰か呼んであげて!
と言いつつ誰も呼ばないのである。
では、また次回。