祖なる龍の祝福を 作:今作ヒロインの欠点は胸がないこと
うちの朝は基本的に騒々しい。
別に数日間は寝なくてもいい連中がこぞって睡眠をとり、日が昇る頃に律儀に起きてくるのだ。
多少の例外はいるものの、もちろん人間であるルリと木綿季はこの時間に一階へと降りてきた。まだ眠いのか、目をこすっているが、昨日の今日で起きれるなら問題ないだろう。
木綿季は思いの外、精神は強いらしい。あとは無理させなければ自然に心の傷も治っていくはずだ。
「ってことは、やっぱり邪魔しそうなのはあいつらか」
前から目をつけていたみたいだし、本格的に狙われたことを口実に近寄ってくるのは想像に難くない。こっちのことはお構いなしに話をされたら下手に傷を抉られるかもしれん……それはルリにも言えたことだが、二人揃って勧誘されたらなぁ。
アザゼルに根回し……はさすがに悪魔が仕切っている土地では危険か。
俺たちが好き勝手に暮らしている時点でどうってことはないんだが、三大勢力でとなるとバレたときの話が変わってくるしな。
ひとまずは、お誘いを受けてから考えればいいか。
「ほれ、おまえらもさっさと顔洗ってこい」
「ふぁ〜い……」
寝ぼけたまま、ふらふらした足取りで廊下へと消えていく二人。果たして本当に大丈夫なのだろうか?
見に行った方がいい気もするが、残念ながらそれはできそうにない。
ドラゴンという存在を束ねている以上、俺に安眠はないし、世間一般でいう平日だろうと休日だろうと、等しく妨げられるものである。
「おはよう、祖龍」
ルリと木綿季の二人と入れ替わるように入ってきたのは、満面の笑みを浮かべたヴァーリ。
純粋で、汚れることのないその笑みは、ごく一般的な男子高校生であれば一発で落ちること確定であろう。しかし、俺はこいつの笑みの意味をよく知っている。
「よし、珍しく眠くなってきたから寝ることにする。おやすみ、ヴァーリ。あと二時間は起きないから」
「ちょ、それは酷いと思うよ祖龍!」
ソファに横になると、間髪入れず人の上に飛び乗ってくる。
誰だ、こいつにこういった行動を教えた奴……。
ここで体を起こしたが最後、俺に馬乗りになるようにして顔を覗き込んできている悪魔に何を付き合わされるかわかったものじゃない。
そう。ヴァーリが笑っているときは、ほとんどが自分が楽しむための行為をする前兆なのだ。
だから俺は流れに乗りたくないし、平穏が欲しい。
「ねえ、祖龍。ちょっと朝食を食べに行きたいだけなんだけど……ダメ?」
少し寂しそうにつぶやく声が耳に届くが無視だ。長期戦に持ち込めば、いずれ飽きて退室するはずだから!
「ねえ、祖龍ぅ。行こうよー、朝ラー行こうってばー。他のみんなはいま外せない用事ばっかり抱えてて、なんにもすることない暇人なんて祖龍しかいないんだってば。ルリは朝からラーメンなんて無理って言うしさぁーねえー!」
ねえ、これ誘われてるの? バカにされてるの? それとも怒らせたいの?
ヴァーリが俺を選んだ理由に納得いかないんですけど……だが、最近ヴァーリに構ってやってなかったのも事実。幸い強敵の相手をしたいとかの要望じゃなかったわけだし、仕方ないか。
結果的には、
「ラーメン食いに行くだけって約束できるか?」
誘いに乗るしかない自分がいる。
「うん、するよー。じゃあ玄関で待ってるから、早く着替えてきてね」
部屋から出て行き、階段を下っていく音が廊下から響く。
流されている自覚はあるし、甘いとも思う。だが、俺はもうひとつ知っていることがある。
「うちのメンバーは、付き合った方が早く済むこともある、か……」
一度自室に戻り手早く着替えを済ませる。
階段を下った先で、伸びた銀髪を弄りながら待つ彼女に近づきながらも、こうして見るとやはり女なのだと思わされる。
「やっぱ、ルリと同じように姫にさせとけばよかったか? ああ、でもヴァーリ自身が皇を目指すって聞かなかったし……好きにさせるのが一番か」
ルリとヴァーリは互いに影響しあっているものの、なにもかも同じであって欲しいとは思わない。
やっぱ、人間を育てるのは難しい。
混血だろうとなんだろうと、人の血が混ざった子らの面倒を見るのは龍には難しいのだ。人間が子育てを大変だとか、迷ってばかりと言うのも頷ける。
「それで見捨てたりはしないけどな」
彼女たちは完全な龍ではないけれど。それでも、変わらない愛情は向けているつもりだ。
「待たせたな」
「ううん。じゃあ、行こっか」
こちらに差し伸ばされる、小さな手。
「はいはい。付き合いますとも、お姫様」
「よろしい」
どうか、この手をずっと掴んでいられるように。そんなことを考えられるくらいには、俺も彼女たちを気に入っている。
小さな口で、何度も何度も麺を啜るヴァーリ。
「はえー……というか早すぎて味わかってんの?」
「ん、もちろんわかるよ」
おい、なんでいま、『こいつ何言ってるの?』って目で俺を見たのかな?
その後も変わらない吸引力を見せるヴァーリを尻目に自分のペースで麺を啜っていると、不意に、彼女が口を開いた。
「最近さ、ちょっと変なこととかってあった?」
「変なことねぇ……」
思い出してみるも、特に思いつくことはない。
ああ、でもひとつあったな。
「魔王の妹に動きがあったぞ」
「どっちの?」
「グレモリー家。眷属が一人増えたはずだ」
黒歌の情報通りなら、有り触れた感じの強い眷属なのだろうが。
「ふーん。どんなの? 強そう?」
「いや、特筆すべきところはなさそうかな。いまはただの下級悪魔だってよ」
「なんだ、つまんない。弱いならいい。情報だけ覚えとくね」
興味なくすの早いな。でもしょうがないか。黒歌の証言に、俺の感じた力。あれはどう見ても弱い。頑張り抜いても中級堕天使にも届かないだろう。
「戦力増強にしては拙い」
他の眷属たちは明らかに選ばれている。突出した部分があり、伸び代も高い。だが、あいつは何故?
明らかな事故としか思えないんだけどなぁ……リアス・グレモリーのうっかりならどうでもいいが、企みがあるのなら注意しよう。
「ヴァーリ、たぶん今日の放課後、ルリと木綿季に悪魔から接触がある」
「あー、はいはい。昨日の雑魚ね?」
「そうだ」
「あたしにルリと木綿季を見守ってて欲しい、と?」
「できるなら頼みたい。サボりがちだけど、駒王学園の生徒なんだし、都合いいだろ?」
尋ねると、ちょっと考える素振りを見せつつも、
「いいよ。ルリはあたしにとっても妹みたいなものだし、木綿季も昨日から家族だからね。任せておいて」
笑顔で承諾してくれた。
「なら、安心して任せられるな。念のため近くに黒歌も配置しとくから、なにかあったらあいつを頼ってもいいからな。最悪の場合は、家や施設で寝そべってるバカどもの誰かを転移で持っていってもいいし、俺を呼んでもいい。リアス・グレモリーが強硬手段を取ろうとした段階で介入してくれ」
「了解。大丈夫、あの子たちはちゃーんと守ってみせるからさ」
朝早くのラーメン屋で語り合い、ヴァーリと共に帰路につく。
1日はまだ始まったばかり。
けれど、今日は久々に面倒なことになりそうだ。
誰一人として、うちの奴らは他にはやらない。もし、傷つけようものなら――そのときは、龍の恐怖を教えてやろう。
「動ける奴らにはあらかじめ、ルリたちを遠くから監視してもらってるし、悪魔の動きも把握している。あとはその場次第。あまりうちの単細胞を怒らせてくれるなよ……リアス・グレモリー」
そんでもって、どうか俺も――いや、違うか。
俺をこそ、怒らせてくれるなよ。