祖なる龍の祝福を 作:今作ヒロインの欠点は胸がないこと
遙か昔。
今のこどもたちからしたら、想像もつかないほど、過去の話だ。
私も、あの頃は目の前で起きたことが夢かと疑った覚えさえある。
天使、悪魔、堕天使の三つ巴の戦は、二天龍のケンカに巻き込まれ、我々は一度だけ手を取り合った。事件が起きたのは、このときだった。
空が割れ、そこから突如として現れた龍が二天龍をねじ伏せ、神から権能を簒奪し、多くの上級悪魔を騙し、堕天使の総督と酒を酌み交わしていたのだ。
たった一匹。彼の存在が、すべてを歪めてしまった。
あの、すべての龍の祖――親と呼ばれているあれは、不用意に近づけばすべてを消し飛ばす。
彼は危険だ。しかし、同時に彼こそが希望だ。
この先、悪魔が幅を効かせるには彼ほどの手本はいないだろう。いまの悪魔には、彼のような絶対的強者が必要不可欠だ。どうか、あの最強種を悪魔側へと引き込んで欲しい。
あの、超越者すら可愛く見える、絶対者を。
古い家から見つかった書物を漁っていると、興味深い史書を発見した。
そこには、天使、悪魔、堕天使の戦争の記録が残っていたのだが、読み進めていくと、最後のページにはそんなことが書かれていた。
さて、そのような存在、私の知る限りではいないのだが……。
これは、少し調査してみる必要がありそうだな。
だが、仮に発見できたとしても、時期を間違えれば危険かもしれない。そのときが来たら、私が出張るしかなさそうだ。とはいえ、超越者すら可愛く見える存在か。これは私でも手に負えない可能性が高いな。
超越者が二人いれば、なんとかなるだろうか?
いや、ひとまずは特定が先だ。
通信用の魔法陣を展開し、女王に用件を伝える。
「すまない、少し調べてもらいたいことができた。ああ、例の書物の件でね。書かれていたことに確かめなければならないことがいくつかあったんだが、まずは絶対者についてを、かな」
さて、忙しくなりそうだな。
なにせ、存在の知らない者を探さなくてはならないのだから。
魔王の仕事ではない、と言われればそれまでだが、私個人としては、一度会って見たいものだ。
いまの悪魔に必要な存在だというのなら、私自らが会わなければ始まらないのだから。
こうして私は、彼の絶対者を探し始めた。
退屈だ。
河原で寝そべっていようと、その気持ちは変わらない。
いや、やるべきことはあるんだが、いかんせん優先度というものがある。俺にとって最優先は仲間の安全を守ること。そして平穏な日常を過ごしてもらうことだ。
「そのための障害は潰してきたつもりだったんだがなぁ……」
なにやらまた、面倒事の気配を感じる。
堕天使だろうか? そう強くはなさそうだ。
だが、矛先はこちらに向いていないように思う。であるならば、やはり優先度は低い。やらなくていいことをやるのは素人の証だ。俺はやるべきことだけをこなす。それだけでいい。
「高校もそろそろ終わる時間か。あいつはまだ自覚したばかりで日が浅い。今日のところは迎えに行ってやるとするか」
体を起こし、歩き始める。
ふむ……せっかくだし、たい焼きでも買って行ってやるか。
屋台のおっちゃんからたい焼きの入った袋を受け取り、先に進む。
「お、たこ焼き発見。すいません、1パックもらえま――やっぱり3パックで」
「はいよ。兄ちゃん、よく食いそうだもんな」
「あはは、食うのは俺だけじゃないですけどね。どうもありがとう」
「ああ、また寄ってくれよ!」
気の良さそうな主人からこれまた袋を受け取り、やはり先に進む。
目指すは駒王学園。
「兄ちゃん今日も買ってるね! ほら、これも持ってきなよ!」
「悪いねおっちゃん。じゃあ、遠慮なく!」
よく寄っていくコロッケ屋のおっちゃんがコロッケを放ってくる。それをありがたく受け取り一口かじる。
「今日も美味しいよ!」
「そりゃよかった。また嬢ちゃんと寄ってくれ!」
「はいよー」
やっぱりこの町はいいな。あいつらが育つ環境としては最高だ。人は優しいし、面倒見がいい奴らばかり。毎日毎日人のお節介や優しさに触れ合ってれば、必然、そういった影響を受ける。
それは俺自身にもないものだ。より正しく言うのなら、ある一方向にしか向けられない感情でもある。俺が本当の意味で感情を向けれる種族ってのは決まっちまってるからなぁ……。
「はてさて、困ったものだ。とはいえ、やはり人も悪くはない」
第一、あの問題児どもには人を介さないと会えないしな。ま、宿主も普通に大事なんだが。
でなきゃこうして気にかけたりもしない。
「あっ、祖龍さま!」
などと思っていると、前方から駆けてくる少女が一人。
肩をくすぐるほどの赤い髪に、どんぐりのように丸っこい目がこちらに向けられている。
彼女の顔には笑顔が浮かんでおり、人懐っこそう――もとい、人懐っこさがよく伝わってくる。
「外で祖龍さまはやめろって何度言ったら覚えるんだ」
「いったぁ……出会い頭にそれはないよ! ここはおかえりって笑顔で出迎えてくれるところでしょ!?」
「知るかよ。おまえの妄想に付き合ってたら身がもたん」
しかし、同時に言っていることそのものは正しいように思う。
「まあ、でもあれだ。おかえり、ルリ」
従って、こうすることが間違いではないのだろうと確信している。そうだ、彼女――氷野目瑠璃を迎えに来たのだから、おかしいことなんてひとつもない。
「うん、ただいま、祖龍さま!」
「笑顔は100点。頭は0点。残念な子だな、おまえ」
「ひどい!?」
文句を言われる筋合いはない。外でその名を呼ばれると色々と不都合なのだ。
だのに、こいつは何度言っても覚えてくれない……嘆かわしい!
「いたい! いたいいたいいたい、いたいってば祖龍さま!?」
ヘッドロックを決めてやろうとしたら、ここでも呼び方に改善は見られなかった。どうしてこう育ってしまったのか。
『すまんな、どうにも相棒の頭は、その……バカにバカを重ねたようなバカでな』
「ドライグまで!?」
様子をルリの中から見ていたのか、彼女に宿っている赤龍帝ドライグが話しかけてきた。
そうか、おまえも苦労してるのな。
仕方ないよなー、今代のおまえの相棒相当アホの子だもん。苦労しまくってくれ、ドライグよ。
「ってか、おまえも気軽に外では出てくんなよ。他の勢力に発見されると面倒だから」
『そうだったな。迷惑になるわけにもいかないから引っ込んでいよう』
「悪いな」
ただでさえ、外での行動は危険を伴う。いまは悪魔側がバカをやったせいで、はぐれなる悪魔が急増している。ただの人でさえ被害に遭うのだ。これで神器。それも神滅具を有しているなんて情報が漏れたらルリに各勢力が群がるに決まっている。
もちろん、そうなればうちの奴ら総出で守るわけだが。
最近は堕天使の動きもキナ臭いしな。もっとも、アザゼルが関与しているとは思えないが……駒王町もそろそろ危険かね?
魔王の妹の管理地にあるって聞いて、仮の住居まで組んだってのに。
堕天使の侵入は簡単に許すしときたま協会関係者も情報探りに来てるし……管理はどうしたよ管理は。
「ねえ、祖龍さま」
「どうした、アホ娘」
「むぅ……その袋、中身なに?」
目ざといな。まあ、こいつのために買ってきたようなものだからいいんだが。
「こっちがたい焼き。で、こっちがたこ焼き。あとコロッケ」
「おお!」
「どれ食いたい?」
「たこ焼き!」
「へいよ」
ひとパック渡してやるよ、爪楊枝をたこ焼きの差し込み始めた。
しかし、失敗したな。甘いものがいいかと思ってたい焼きを買っておいたのだが、今日の気分ではなかったらしい。
これは他の奴らに渡すか。
「なあ、ルリ。最近高校で変わったことは起きてないか?」
「ん〜おひふぇないほ」
「そっか」
こいつが何もないと言うのなら何もないのだろう。ルリも正体がバレなきゃ平和に過ごせるし、ああ、もう一人の方はどうだろうな。あっちはあっちで問題がありそうだ。
現状連絡の取れるのは堕天使のみ。あいつ経由なら悪魔もいけるな。天使は……天使は無理だな。無理無理無理。俺が話に行ったら鬼の形相で迫ってくるに決まってる。
「アザゼルだけが頼みの綱とは。俺ももうちょいうまく立ち回るんだったな」
「なんの話?」
ルリが知るはずもないわな。あの大戦が起きたのは遥か昔。
俺が人なんぞどうでもいいと思っていた頃だし。
神の野郎が余計なことさえしなければ、こうして人間であるルリや、他の奴らの面倒まで見ることはなかっただろう。
「ここ最近の話だよ。天使、悪魔、堕天使の動向が気になって仕方がない。ルリも気をつけろよ。さっき、この町に堕天使が潜り込んだみたいだからな」
「うん、了解!」
ルリなら中級堕天使程度なら退けられるだろうが、いまのこいつに上級堕天使の相手はできるのかね? 試させたことなかったからなぁ。無理に突っ込ませても危険だし、いまは様子見だな。
介入する必要が出来たときのみ干渉するか。
「よし、帰るか」
「はーい! あ、ねえ祖龍さま」
「なんだ?」
「えっと……祖龍さまは、いつも私たちと一緒にいるよね?」
なにを今更。
「どうして、いてくれるの?」
「おまえたちが、俺の大事な家族だからだよ。祖龍って言われるだけあって、俺はすべての龍の祖なんだ。だからかな? たとえ人間だろうと、龍に関係のある奴を放っておけないと、愛おしく思うのは」
ルリを拾ったのは、とあるはぐれ悪魔が暴れていたときだ。
こいつの両親と兄は、はぐれに殺されていた。偶然にも通りかかった際に保護したわけだが、あの場でドライグを宿していると看破できなかったら見捨てていたかもな。
もちろん、たらればの話に意味はないのだが。
「じゃあ、白いのも?」
「ああ、あいつも大事だよ。おまえたちだけじゃない。俺の手が届く範囲にいる奴ら全員大事だ」
「祖龍さまは、変なドラゴンですね」
「そりゃ悪かったな」
「でも、優しいドラゴンです」
「…………とっととたこ焼き食っちまえよ」
「はーい!」
隣からの言葉を聞き流しつつ公園を横切っていると、不意に、背後から声をかけられた。
「おい、貴様」
「すっこんでろ雑魚が」
ハット帽を被った男が近寄ってきてたので、とりあえず蹴り込んでおいた。だいじょうぶ、背後から近づいてくるような不審者にならなにしてもだいじょうぶ。
「最近は物騒になったもんだ。行くぞ、ルリ」
彼女の中にいるドライグから戦意が伝わってくるが、この場は控えてもらおう。
さて、今度こそ本当に、家まで帰れるといいんだが。