BanG Dream! 〜I Should Have Known Better〜   作:チバ

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I Should Have Known Better/The Beatles


I Should Have Known Better

突然のことに、今井さんは驚いた様子だった。しかし、何かを察したのか、すぐに乗り気になり出来ることなら何でも協力すると言ってくれた。

 

そして俺は、あの日の香澄からの告白のことをメンバーに話した。

彼女は死ぬ気で俺に想いを伝えたことを。

そして俺は、まだそれに対して返事ができていなかったことを。

 

聞いたメンバーは、すぐに承諾。

そしてバンド練習を始めた。

ライブまであと数日。それまでに出来るところまで。

 

セットリストを決め、その曲の演奏の練習。アレンジ。休みなどはしなかった。するべきだったのだろうが、そんなことはどうでもよかった。

 

俺は数年ぶりのバンド演奏に、少しだけ心が踊っていた。沙綾のドラミングも、ポピパとしての音よりも過去に俺と組んでいたバンドの頃に近かった。

 

そして、ライブ当日。

あっという間に練習の時間は過ぎた。あとは全てを出し切り、俺の想いを香澄に届かせる。

 

俺たちは、ただそれだけを思って、ステージに上がった。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

それは、とてもビックリした。

有咲ちゃんから、ライブをするから見に来て欲しい、と言われた。

突然のことに、頭が回らなかった。有咲ちゃんは練習があるから、たすぐに帰ってしまった。

 

何が何だったのか、よくわからなかった。

そして、当日に渡されたのは、ライブ会場の場所が記された紙。

 

来てくれ、ということらしい。

 

けれど、生憎と私は入院中。

無断で出るわけにはいかない。許可を取れなかったのを見る辺り、そんな余裕すらなかったのか。

 

行くべき、なのか。

 

––––––いや、行くべきなのだろう。

 

敦司くん、有咲ちゃんたちが何をしたいのか、この目で確認する必要がある。

 

そして、私はベッドから降りて、上着をはおり、場所が記された地図がわりの紙を手に持って病室から出る。

 

職員さんにバレないように、と慎重に歩く。

しかし、思っていたほどに人はいなかった。

 

外へ出ると、辺りは暗くなり始めていた。

 

––––––もう、こんなに。

 

雲によって月は隠れてしまっている。まるで、今の私の心模様だ。

 

電車で行くか、タクシーで行くか。そう迷っていると、不意に声をかけられた。

 

「…戸山さん」

「…!」

 

振り向くと、そこには私の新たなライバル––––––湊友希那さんが。

 

「湊、さん…?なんで…」

「移動手段、ないんでしょう」

 

湊さんの視線の先には、一台のタクシーが。

 

「乗って行って。…私からも、話があるから」

 

一瞬迷ったけど、乗ることにした。

もう一度、しっかりと対面して彼女と話したかった。

 

乗り込み、2人で後部座席へ。

静かにタクシーは発車する。

 

「……」

「……」

 

エンジン音が響く。

街灯が湊さんの顔を照らす。その顔には、少し不安さも残っていた。たぶん、普段一緒にいる今井さんがいないからだろう。

 

「……あなたは、歌いたいの?」

「え…」

 

反応が少し遅れる。

 

「さっきのあなたの目を見て、なんとなくそう思った…ただそれだけ」

「ぁ…っ…」

 

何も、言い返せない。

蘭ちゃんからの励ましの言葉を受け取って、歌いたいという感情が湧かなかったといえば嘘になる。

けれど、それでもだ。

私は、また転ぶのではないか。

つまずいて、転んで、メンバーの足を引っ張る。

ポピパの足かせになってしまうのではないか……その不安が、どうしても拭いきれなかった。

 

「…どう、なのかはわかりません」

「わからないって?」

「自分の気持ちが、本物なのか、です」

 

あの影は…たぶん私だ。胸の奥底にいた、かつての私。

引っ込み思案で根暗で恥ずかしがり屋の……どうしようもない私だ。

 

「私がバンドを始めたきっかけは、自分を変えるためだったんです。…昔、歌ってる姿を馬鹿にされて、そのショックで歌うことに拒否感を覚えたんです。それ以来から、私はどんどん落ちていって…」

「……」

「でも、ある日、有咲ちゃん…キーボードの子と出会ったんです。赤いランダムスターを私にくれて、一緒に歌おうって言ってくれた。そしてドンドンメンバーが増えて、私は変わった気がした」

 

しかし、そう思ったら、こうして躓いてしまった。

 

「…私は、結局なんの目的でギターを持って歌っているのか、わからなくなっちゃったんです。本当に自分を変えるためなのか、自分自身に言われて、よく…わからなく……」

「…私も、そういう時があった」

「ぇ…」

 

何かを思い出すような、感慨深い顔をする。

 

「私が歌を歌い始めたきっかけは…すごく、個人的で、どうしようもない理由からよ」

 

どうしようもない理由。

あんなに歌が上手くて、真摯に向き合っている湊さんの言葉とは思えなかった。

 

「そのどうしようもない理由で私は歌い始めた。…最初は、1人で」

「1人……」

「なんで1人で歌っていたのかは…よかわからない。もしかしたら、本当はみんなと一緒に音楽をやることを望んでいたのかもしれない、けれど、心の奥底で意地を張って、それを拒んでいた…のかもしれないわ、今思えば」

 

自嘲気味に笑いながら言う。

 

「そんな面倒くさい私のことを、周りの人たちは何を勘違いしたのか、″孤高の歌姫″、なんて呼び始めた」

「孤高の」

「ええ。本当のところは、孤独といえばいいのだろうけど。…それも違う気がするわ。とにかく、私はその名のことを、あまり良く思っていないの」

 

けれど、と付け足す。

 

「私と一緒に楽器を弾いてくれる人が現れた。その時の私は、まだ自分の目的を叶える道具程度に思っていたのだろうけど…」

「……」

「その後、トントン拍子でメンバーが揃った。最初はそれぞれ、目的も違くて、衝突することが多かった。けれど、不思議なものね。気がついたら、全員が全員同じ目標に向かって、今は走っている」

 

その時の湊さんの表情は、普段の何倍も綺麗に見えた。まるで自分の宝物を見るような目で、そのことを話していた。

 

「私の、そのどうしようもない理由も、いつからか私の心から消えていたわ。今は、このメンバーで歌いたい。このメンバーで、音楽の頂点を目指したい…そう思うようになっていた」

「…私には、あまりわからない…です」

「別にいいわ。あなたとは環境も何も違うのだもの」

「でも、湊さんが今、楽しそうなのは伝わりました」

「……」

 

私の言葉に、呆気にとられたように黙っていると、クスッ、と笑った。

 

「楽しそう、ね…昔の私じゃ、絶対に抱かない感情だったわ。…ええ、そうね」

 

と、姿勢を改めて、私の目を見る。

 

「私は、Roseliaで歌いたいわ。歌って、音楽の頂点を獲る。…それが、今のところの私の歌う理由ね。そしてーー」

 

間を置いて言う。

 

「歌う理由なんて、どうでもいいと思う。あなたの話を聞いて、いまそう思った。音を楽しむ…音楽って、そういうものだってことに、気がついた」

「……私、は」

 

湊さんの話を聞いて、少し頭が楽になった。

音を楽しむ。

そうだ。楽しめ。

自分を変えるため?メンバーのため?

それがどうした。

 

自分が…自分たちが楽しめれば、それでいいんじゃないか。

そうだ、私はそのことを忘れていた。

笑顔で歌って、ギターを弾いて、ライブ会場を見渡す。

楽しむ感情を、私は忘れていた。

 

「私は…音を、楽しみたいです。歌うこと、ギターを弾くこと、有咲ちゃん達と音を合わせること、ライブをすること…全てを、楽しみたいです…!」

「…そう。それが、あなたの答えなのね」

 

と、そこで車がキキッ、と音を立てて急停止する。

 

「すいません、渋滞です」

「こんな時に…」

「あの…!」

 

と、そこで私は無意識に声が大きくなっていることに気がついた。

 

「降ろして、ください。走って向かいます…!」

「……戸山さん…」

 

運転手さんは、ビックリした顔をしていたが、すぐに道沿いに車を止まらせた。

扉を開けて、外に出る。

と、そこで思い出す。

 

お金、どうしよう。

 

「お金…」

「いいわ。ここは私が持つ」

「ええっ、そんな…」

「その代わり。絶対に、喉を直して、もう一度私たちと歌うこと。それが、見返りよ」

「……湊さん…」

 

涙が出そうになるのを、なんとか堪える。

 

「行きなさい。あまり時間がないわ」

「…っ…はいっ!」

 

湊さんに言われ、私は走り出した。

久々のはしりなので、転びそうになる。

 

––––––と、そこで背後から。

 

「頑張れーっ、戸山香澄ーっ!」

「––––––」

 

聞いたことのない、湊さんの声。

歌とは違う、私への励ましの声。

 

立ち止まって振り返って、もう一度礼を言いたかった。けれどその時間もない。

だから、私は走り続けた。

涙が出そうになったけど、走った。

転びそうな体をなんとか持ち堪えさせて、走り続けた。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

ボーカルとかやったことないし、技術力なんかは、香澄の足元にも及ばないのだろう。

しかし、それでも伝えなきゃいけないことがあるのだ。たった一人の女性に、俺の想いを伝えるのだ。

そして、香澄の手を引っ張って、立ち上がらせるために。

 

沙綾が合図をとる。

さあ時間だ。

 

ギターをかき鳴らす。

 

曲名は″ASIAN KUNG-FU GENERATION″の″新しい世界″だ。

 

″大声で叫べばロックンロールなんだろう?″

 

毒々しく、真理をついた歌詞を歌い上げる。

この曲を選んだ理由は、よくわからない。ただなんとなく、この歌詞がよかったのだ。

 

毒々しい歌詞に触発されてか、会場は予想以上に盛り上がる。

歌の方ははっきり言って下手くそだろう。けれど、演奏技術はかなりのものだ。

 

香澄はいるか。

目だけで会場を見渡すが、それらしき姿はなかった。

やはり来れないか。

もともと入院中の患者を連れ出すという、荒唐無稽にもほどがある計画だ。来なくて当然だろう。

 

MCも何もなしに、2曲目に突入する。

2曲目は、″The Who″の″My Generation″。ハードロックの始祖的存在である曲だ。

激しくギターをかき鳴らし、沙綾によるキース・ムーンを彷彿とさせる激しいドラミングも響く。

 

再び目だけで会場を見渡すも、香澄の姿はどこにもない。

困った。あと1曲だけなのに。

練習時間が限られていたため、演奏できる曲は3曲のみ。

 

焦りながらも、なんとか2曲目を終わらせた。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「はぁっ…っ…!」

 

息を切らせながらも、なんとライブハウスに辿り着く。

久々の運動ということもあり、かなり体に響いている。

 

扉を開けて、会場内に入る。

すると、スタッフの人が「戸山香澄さん?」と聞いてきた。

はい、と答えると「じゃあ、どうぞ」と会場への扉へと促された。

多分、敦司くん達が話をしていたのだろう。

 

そっと、扉を開けると。熱気が一気に体にぶつかる。

 

『ラストです』

 

と、そこで聞こえたのは、聞き慣れた私な想い人の声ーー後藤敦司だ。

ステージに立って、ギターを首にかけてている。その後ろにはたえちゃん、りみちゃん、有咲ちゃん、沙綾ちゃん達の姿も。

 

『この曲は…とある人物への、返事です。なんのことへの返事かは、ご想像にお任せします」

 

そうして、MCを終えて、沙綾ちゃんがドラムを叩く。

ギターが鳴り、同時にベースも影を潜めながらも響く。

 

その曲名はーー

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

曲名は、″The Beatles″の″I Should Have Known Better"。放題は、″恋する2人″。

この曲を選んだ理由は、2つある。

まず、演奏が簡単であるということ。

そして、そんな中で曲名と、歌詞の内容がいい、と全員が判断したからだ。

 

原曲よりも半音あげたギターの音色が心地よく耳に入る。

 

メンバー達とアイコンタクトを取り、会場へと目を向ける。

 

––––––俺は驚いた。

 

そこには、戸山香澄がいた。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

そこで、2人は今日、初めて目があった。

まるで初めて出会ったかのように、一瞬、時が止まった。

 

香澄は理由もなく涙を流し、敦司はスイッチが入ったかのように笑い始めた。

 

そして、敦司は歌った。

 

心の底から、魂を込めて、自分の想いを込めて。

香澄も歌った。敦司の歌に答えるように。

 

それは、まさしく2人の–––––いや、Poppin' Partyのハーモニーだった。

 

歌詞の意味はよくわからない。

けれど、彼が何を伝えようとしているのかはわかる。

 

今、6人の心は一つだ。

誰にも邪魔されない、たった一つの空間で歌っている。

 

 

––––––You love me too.(君も僕のことを) You love me too.(愛している)

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

ライブ終わり。

それぞれの楽器を肩にかけ、ライブハウスから出てくる面々。

 

その目の前に、香澄がいた。

 

「…みんな……」

「あー…かすみん、ゴメンね?無理させちゃって…」

「ううん、いいの。1曲だけだったけど、凄く良かった」

「……そっか…」

「うん…」

 

会話が弾まない。

そのことを察した有咲と沙綾は、たえとりみの手を引っ張る。

 

「さーてと、私たちは先に行きますかー」

「そーそー、先に行くかー」

「ちょっ、先輩?」

「委員長にパスパレコラボアイス奢ってもらうのー!」

「また後でねー」

 

と、4人は嵐のように過ぎ去って行った。

残された2人は、気まずそうに俯く。

 

「……その…来いって行っておいてなんだけど…大丈夫か?」

「う、うん…あの、湊さんのこと…」

「あ、ああ。後で今井さんにも礼を言っておかないとな…」

 

会話は続かない。

続くはずもない。なにせ今、この2人は人生の瀬戸際に立たされているようなものなのだ。

 

「……あー…遅れちまった上に遠回しだったからさ、今、改めて言うよ」

 

意を決したように敦司は言う。

 

「俺は、戸山香澄が好きだ。もう10年ぐらい前から、ずっと。だから、俺と付き合ってください」

 

それはとてもありきたりで、シンプルで、陳腐な告白だった。

しかし、この2人には、それで十分だった。

変に着飾るよりも、こうして想いをストレートに伝えた方が、この2人には良いのだ。

 

「うん…こちらこそ、よろしくお願いします」

 

まるで初顔合わせのように、初々しい恋人がここに誕生した。

 

と、そこで香澄は力なく敦司の胸に倒れこむ。

驚いて敦司が支えると、香澄は「ごめん」、とだけ言う。

 

「ちょっと、久しぶりに走ったから…疲れちゃって……」

「……ごめん」

「敦司くんが謝らなくて大丈夫だよ…ただ、足に力が、入らないかも…」

「……仕方ないか」

 

ふぅ、と息をこぼし、敦司はしゃがみこむ。

 

「ほら、おぶるよ」

「えっ…」

「どうやって病院まで帰るんだ。とりあえず、タクシー乗り場あたりまではおぶっていくよ」

「……」

 

顔を赤くしながらも、香澄はそれに応じて敦司に体重を預けた。

それから進み続けると、先ほどの4人が現れた。

 

「おっ、早速そういうやつ〜?」

「けしからんねー」

「だったらお前らも手伝えよ」

「いやいや、手伝ってるっすよ」

 

そう言って、道路の片隅に止まっていたタクシーを指差す。

 

「香澄ちゃん、一緒に帰ろう」

「沙綾ちゃん…!」

 

そう言って、6人で横並びに歩く。

 

「っていうか6人も入るの?」

「詰めればギリギリ大丈夫でしょ」

「でも6人はキツイだろ」

「じゃあ、委員長がトランクに入れば良い」

「あっ、それいいっすね!」

「オイ」

 

その何気に会話、瞬間が。

6人は、何よりも愛おしく思った。




どうも、チバです。
ついに物語は完結です。投稿開始から約半年。いいタイミングで終わらせることができて良かったと思います。
それと、BanG Dream!の原作カテゴリー追加おめでとうございます。ここまでバンドリ作品が増えてくれて、本当に嬉しいです。
では、あと1話ほど続きます。

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