BanG Dream! 〜I Should Have Known Better〜 作:チバ
あの後、香澄は目を覚ました。
容態に変化はなし…だったのだが、様子がいつもと違った。
何かを恐れるように、常に子鹿のように震えているのだ。
何が起きたのか、そう聞くと、震えた声で「違うの…」と言うだけだった。
医師によれば、精神的な問題らしい。これは、俺たちが介入すべきなのか…?
そう思いを抱きながら、俺たちは香澄の回復を待っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
病院からの帰り。
「どうすればいいんだろ……」
有咲がつぶやく。その言葉もっともだ。俺たちが変に介入をすれば、事態が悪化するかもしれない。
「こういうの、個人の回復に任せるしかない、って先生は言ってたっすけど…」
「何も出来ないのは、やっぱり辛いよね」
たえの発言に沙綾が返す。
「今の私たちにできることは、見舞いに行くことぐらいだ。今できることを、こなしていこう」
「……うん、そうだね…」
りみの言葉に有咲も頷く。
そうするしかない。
悔しいが、今の俺たちは本当に無力なのだ。何も出来ない。この事実だけが、今の俺たちに大きな影を落としてた。
「お、いたいた」
と、不意に声をかけられた。
「どーも、後藤くん」
「…今井さん?」
なぜ、彼女がここに。
「あれ、確かRoseliaの…」
「ベースの今井リサ。よろしくっ」
明るく4人に自己紹介をする。
「なんで今井さんが」
「いやー、実は君たちにお知らせがあって」
「お知らせ?」
「ライブ、出ない?」
「ライブって…」
言葉に詰まる。
今、この状態をわかって言っているのか、この人は。
「日程は明々後日の午後5時から。インストゥルメンタルバンドも結構出るから、香澄ちゃんが居なくても大丈夫だよ」
今井さんのその言葉に、有咲は異議を唱えた。
「誘いは嬉しいですけど…生憎、香澄のいないポピパは意味がないので。今回は断念させてもらいます」
3人も頷き、同意の合図を行う。
今井さんはその姿を見て、少しだけ笑いつつも、目は真面目になる。
「…だよね〜。一応わかってはいたけど、念のためにね」
それだけ言い、紙を取り出し、俺に渡す。
「これ、私のアドレス。多分これから共演することもあるだろうしさ、何かあったら電話してね。それじゃ」
今井さんは風邪のように去っていった。
共演、か。
香澄は本当に回復するのか。もう一度歌えるのか。
それすらも、何もわからなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
どうしてだろう。
なんでみんなの顔を見れないの。
あの時、確かに私はあの影に一瞬だけ勝った。けれど、すぐにまた飲み込まれてしまった。
敦司君に想いを伝えた。
やっと言えた。
そう思い上がった途端にこれだ。
結局、私は6年前から進めれてなかったのだろうか。
6年前のあの事件から、歩き始めて、みんなと一緒にい進めれていた、という幻覚を見ていただけなのか。
––––––ああ、私はなんて無力なんだろう。
そう思って外のビルを見ていると、声が聞こえて来た。
「あー、大変だった…」
声の主は、私の隣のベッドの上原ひまりさん。つい昨日、左腕の骨折で新たに入院した人だ。
「大丈夫ー?」
「まったく、ひまりはすぐ無茶すんだから…」
「うぅ…巴〜、モカ〜、痛かったよ〜」
「おーよしよし」
背の高い赤髪の女性と、白い髪をした女の子が。友達なのだろう。
と、扉が開かれる。
現れたのは、黒髪をボブカットにし、赤いメッシュを入れた女の子だ。
「ひまり…」
「らぁ〜ん〜!」
「動くと痛めるよ」
「ぅぅ〜、蘭が冷たい…」
「いつもの感じでしょ〜」
仲が良さそうだ。幼馴染なのだろうか。
「つぐみからの伝言。無茶しないでよ!とのこと」
「つぐみの方が無理してる気がしないでもないけど…」
「つぐみぃ…」
微笑ましいやりとりを見ていると、黒髪の子と目が合う。
「…!まさか…戸山香澄さん…?」
「え…」
どうして私の名前を。
と、そこで思い出した。
あのライブにいた子だ。
「どした蘭。知り合いか?」
「知り合いというか…」
「蘭にもついに友達が…モカお母さんは嬉しいよ〜」
「えっと……あのライブの時の…?」
「はい…美竹蘭って言います」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
美竹さんの紹介を聞いた私は、彼女と一緒に屋上に来ていた。
美竹さんは缶コーヒーを片手に、落下防止用フェンス越しに街並みを眺めている。
「戸山さんは…」
「あ…香澄でいいよ。敬語もいらないよ。同い年なんだし…」
「…香澄は、どうして病院に?」
「……うん、ちょっと喉が…ね」
美竹さんはそのパンクな服装とは裏腹に、背筋はピンとしていて、顔もキリッとしていて崩れていない。
その凛々しさは、さながら和風美人だ。
「…何か、悩んでいるの?」
「え…?」
言われて、ドキッとなる。
そんなオーラを出してしまっているのか。
「なんで…」
「わかるんだ。私も昔、そうやって余裕のない目をしていたから」
「余裕…」
「そう。何かに悩んでいると、他のことがどうでもよくなっちゃって、だんだん周りへの当たり方も強くなる…私はそんな感じだった」
思い返す。
私もそうだ。当たりは強くないが、それと似たようなことをしてしまっている。
「香澄が何について悩んでいるのか、私にはわからないし、詮索する気もない」
間を置き、缶コーヒーを一口飲む。
「けどさ、応援はするよ。その悩み事が解決するように」
「どうして…」
その言葉が、私にはどうも引っかかった。
「どうして、私なんかにそんなに言ってくれるの?」
「どうして…か」
何かを考えるように、視線やを街並みから空に変える。
「わからないな…私と同じ境遇で同情した、っていうのもあるし、ただ単に私の性分なのかもしれないし…」
「ああ、でも」、と付け足す。
「多分、香澄にはまた元気になって、ライブで歌ってほしいっていう気持ちがあるから、だと思う」
「私に…歌ってほしい…?」
「うん…照れくさい話だけど、私、あの時のライブに感動したんだ」
照れ隠しをするように缶コーヒーを一口。
飲み終わった彼女の頬は、少しだけ赤かった。
「私と……あのさっきいた3人。あの3人ともう1人は幼馴染なんだ。ずっと同じクラスで、何をするにも一緒。…けれど、中学2年の時に、私だけ別のクラスになった…」
今まで一緒にいた人たちと、初めて、唐突に訪れた出来事。
確かにそれは辛いだろう。
「その時に、4人が私に気を使って、バンドを組んでくれた。それか、私たち……Afterglowの始まり」
「アフター…グロウ…」
その意味は夕焼け。残照。
光の終わりの始まり。
輝いている瞬間ではなく、その終焉の始まり。
「とは言っても、ポピパに比べたらあまり大きい活動はしてなくて、ただの趣味バンドって感じになってるけど…」
確かに、中学2年生の時に組んだ割には、名を聞かない。
「…けど、その趣味バンドも、あの時……ライブで終わりにする子にした」
「終わり…?」
「そう、終わり。あの心の奥底から、文字通り死ぬ気で歌って、聴く人の魂を揺さぶる香澄たちポピパの姿」
その時の、私たちを見ていた彼女の姿を思い出す。
「あの姿を見て、私は決意した。私の思いを、色んな人に伝えたい。世間にぶつけたい。そう思って、本格的にバンド活動を始た……まあ、そう思った矢先にひまりの怪我だけど」
最後は少しだけ笑って言った。
と、そこで扉が開かれた。
「蘭ー、そろそろ行くよー」
先ほどの白い髪の子だ。相変わらずのマイペースそうな声だ。
「……時間だ。…つまり、私は香澄と対バンしたいだけ。だから、早く回復してほしい。…香澄は、もっと自分に自信を持って。私みたいに、香澄の姿を見て救われた人もいるんだから」
置いてあるゴミ捨てに飲み終えた缶コーヒーを入れる。
去り際に振り向き、微笑んで言う。
「それじゃまた。辛いだろうけど、香澄なら乗り越えられる。その時になったら、一緒に歌おう」
そう言って美竹さん…蘭ちゃんは去っていった。
––––––自信を持って。
その言葉が、ずっと頭の中で響く。
ねえ、神様。私、もっと歌いたいよ。
もっと蘭ちゃんや、湊さんみたいな人たちと出会って、一緒に歌いたいよ。
そう心の中でつぶやくと、不意に何かが見えた。
––––––なら、超えなよ。
誰の声かわからない。
けれど、その言葉は確かに私の心に突き刺さった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌日も、俺たちは病院へ訪れた。
すると、いつもよりも香澄の顔色は良くなっていた。
「あれ、かすみん顔色良くなってない?」
「本当だ。何かあったの?」
「ま、まあ…色々」
もごもごと濁らせて言う。
「そういえば昨日、あのRoseliaの今井さんから、ライブに誘われた…」
有咲が愚痴のように零す。
が、その一言に、香澄は食いついた。
「ライブ…?出るの…?」
「え、いや、かすみんの調子もあるし、出るわけないじゃん!」
「そんな……私、歌いたい」
「え…?」
その昨日とは全く違う様子に、俺を含め、メンバー全員が驚く。
「もっと歌いたい……もっと…」
と、言いかけたところで咳が出る。
「ちょっとちょっと、無理しないでよ」
「うん…ごめん……」
「…でもよかったっす。かすみん先輩、なんだか元気になって」
「そうだね…早く歌いたいね……」
「師匠、そのためには安静にしないと」
もっと歌いたい。
その言葉を聞いた俺は、心の中で歯車が重なり合う音がした。
「…なあ、香澄」
「…?なに…?」
「その願い、俺が叶えるよ」
全員から怪訝そうな目を向けられる。
そりゃそうだ。何を言っているのか、俺でもわからない。
けど
「おまえの分まで、俺が…俺たちが歌うよ」
「ちょ…」
と、有咲から肩を掴まれ、病室から出される。それに続く形で3人も出る。
「何言ってんの。どういう意味?」
「遂にバカになったか…」
「この病院なので、脳の中見てもらいます?」
「敦司、日本語できる?」
散々な言われようだが。
「…おまえ達だって、このままじゃダメだと思ってるだろ?」
「…それは……」
「香澄は立ち上がりかけてる、手を差し出してる。だったら、俺たちは手をひっぱる。だろ、沙綾」
それは、かつて沙綾が言った言葉。
「……それを言われたら、もう何も言い返せないじゃん。いいよ、乗った」
「沙綾先輩っ!?」
「んー…確かにこのままずっとかすみんを眺めてるのもなー…仕方がないか」
「久しぶりにベース弾きたい」
「ちょ、2人とも!?」
「おたえはどーする?」
「うっ……」
歯を食いしばりながらも、思っていたことは同じなのか、降参のポーズをとる。
「よし、決まりだな。なら早速今井さんに…」
「かすみんに説明してくるわ」
「…ねぇ敦司、さっきの話、他にも意図があったんじゃないの?」
疑いの目を俺に向ける沙綾。
「ああ、それはな……告白の返事をしない男が、この世にいてもいいと思うか?」
誰に向けて言ったのか、俺ですらわからなかった。
お前が歌うのかよ!
というツッコミを書いてる時に、自分自身に叫びました。
あと、日間ランキングで最高12位に入ってました。
嬉しかったです。多分この小説初めてのランク入り。去年の12月の私に言っても、信じてもらえないでしょう。