BanG Dream! 〜I Should Have Known Better〜   作:チバ

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ムスタング/ASIAN KUNG-FU GENERATION



ムスタング

 

何かが追ってくる。

早く、早く逃げなきゃ。

何から逃げているかもわからない。ここはどこ?真っ暗だ。

必死に走る。息も切れてきた。けどまだだ。出口はどこ?

 

「……っ!」

 

声が出ない。叫びたくても叫べない。

誰か助けて!道を教えて!

そんな声すらも出せない。

 

次第に追ってくるモノとの距離も縮まってきた。

 

嫌だ–––––!

 

嫌だ嫌だ嫌だイヤダイヤダイヤダイヤダ––––––––!

 

 

何かが私を包み込んだ。

視界が真っ暗になる。見回しても何も見えない。

 

なに、これ…?

 

声ならぬ声でみんなを呼ぶ。しかし返事はない。

動悸が激しくなる。鼓動もドラムのように早くなる。

 

怖い。

その感情だけが今の私を支配していた。

昔、怖い映画を見た後に、1人で寝る時に抱く不安感。それにどことなく似ていた。

 

ふと、顔を上げると、そこにはポピパのメンバーがいた。右から順にりみちゃん、たえちゃん、有咲ちゃん、沙綾ちゃん。

 

「…っ…ぁっ…!」

 

みんな!

そう叫ぼうとするも声が出ない。

いや、それどころか体すら動かせない。

 

みんなはずっと私を見ている。けど、その視線はいつもと違う。

まるで壊れたおもちゃを見るかのような目だ。

 

その視線に、不安感と、恐怖感を覚えた。

 

そして、4人はそっと後ろを振り向き歩き出した。私を置いて、見向きもせずに。

 

「っ…ぁ……ぅ…!」

 

いくら叫ぼうとしても声が出ない。体も動かない。

 

待ってよ、行かないでよ。

どうして置いていくの?

一緒に行こうよ!

私たち、Poppin' Partyでしょ––––?

 

涙がボロボロと零れる。

すると、カッ––––と靴の音が鳴る。

顔を上げると、そこには私の想い人––––後藤敦司くんが。

 

「ぁ…」

 

助けて、そう願いを乞うように手を伸ばす。

敦司くんは歩き出す。

 

やった、伝わってくれた–––––!

 

その喜びもつかの間、だった。

 

彼の身体と、私の手は触れずに透き通ってしまった。

 

あ、れ–––––。

 

後ろを向く。

敦司くんは振り向こうともせず、先ほどの4人と同様、ずっと歩いている。

 

「……っ…ぁっ……!」

 

待ってよ。置いてかないで!

私、また1人になるのは嫌なの!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ––––––––ッ!

 

 

「いやぁぁぁぁぁっ!」

 

次の瞬間には、声を出せていた。喉に腫瘍が出来ているのに叫んだからか、少し痛い。

 

今のは、夢…?

 

喉に手を当て、自分の心を落ち着かせる。

 

息が苦しい。

汗で服がビショビショだ。

 

月夜に照らされた窓ガラスに映る自分の顔を見る。

その顔は、酷くやつれていて、昔の自分にそっくりだった。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

その日もまた、いつものように香澄の病室に向かった。

扉を開け、彼女の顔を見る。しかし、顔つきがやや疲れているように見えた。

 

「大丈夫か?」

「ぁ…う、うん」

 

俺に声をかけられたことに驚いたのか、少し反応が遅れている。

おかしい。昨日とは何かがおかしい。

 

「大丈夫…うん、大丈夫…だから」

 

そこで、俺は気づいた。今日、香澄と会ってから彼女は俺と目を合わせてない。

普段は相手と目を合わせて話しているのだが、今日は全く目を合わそうとしない。

 

「おい」

「…っ!」

 

少し手荒だが、彼女の肩を掴み強引に目を合わそうとする。しかし、肩に手が触れた瞬間、香澄は怯えたような様子で手を振り払った。

 

「…悪い」

「……」

 

俺ではどうにかできそうにない。異性というのもあり、踏み込める域も限られてしまう。

 

「席、外すぞ」

「……」

 

顔だけをこちらに向ける。

この様子の変化を4人に伝えようと、扉を開けた。

 

 

「香澄ちゃんの様子がおかしい?」

「ああ。明らかにおかしい」

 

眩しい陽の光が当たる広場で、俺とポピパの4人のメンバーは話し合っていた。

 

「おかしいって…一体どんなふうに?」

「昔…バンド組む前の頃に近い、かな」

「つまりクラベン系ということか」

 

りみが呟く。バンドを組む前の香澄を思い出す。しかし、どうものその時とは雰囲気が違った。

 

「いや、どことなく違う。なんというかな…目を合わせようとしなかった」

「怯えてるってことすか?」

「…に近い感じだ」

「怯えてるって…」

 

と、有咲の発言により4人からの視線が冷たい疑惑の目線へと変わる。

 

「敦司…何かしたの?」

「いやいや、何もしてねぇよ!?」

「何を言うかパン屋の姫君よ。委員長は10年以上チャンスがあったのにも関わらず、最近になるまで碌に手を出さなかったヘタレなんだ。何かできるほどの勇気があるのかどうか…」

「あー…確かにそれは理にかなってるっすね」

「お前ら…」

 

好き放題言いやがって。…事実だから否定も何もできないのだが。

 

「ま、冗談はその辺にして。私たちに行って来いと?」

「ああ。それで頼む。たぶん、何かあったんだろう」

「りょーかいっ」

 

そして、今は香澄の病室。

有咲と沙綾が先頭に、たえとりみが後ろで見守っている。この配置にした理由は、たえとりみだと絶対に香澄に負担をかけるから、だとのこと。

 

「かすみん、大丈夫?」

「……っ」

 

有咲が香澄の顔を覗き込んで聞くと、香澄は怯えたような声を出す。

 

「あー…確かになんだか調子悪そう…」

「香澄ちゃん、敦司に何かされた?」

 

沙綾が優しい声で(俺にとっては不愉快極まりない質問を)聞く。

 

「…肩、触られた」

「うわー、これは…」

「りみりん、確保」

「御意に」

「おい待…いってぇぇぇぇ!」

 

有咲の指示により、りみが一瞬で俺の背後に立ち、手首をひねる。

あまりの痛さに情けなく声をあげてしまう。

 

「安心しろ、峰打ちだ」

「そういうのは気絶した相手に…ってぇぇぇぇ!わかったから離せ!」

「やー!」

「さりげなく俺を蹴るな、たえ!」

 

どさくさに紛れてたえが俺の脛を蹴ってくる。手首の痛さに比べれば大したことはないが、痛いには痛い。

 

「あなた達、病院では静かにしなさい!」

 

怒られました。

 

数分後。

なんとか落ち着いた。

 

「いっつ…折れてないよな、これ」

「折っちゃえばよかったのに」

「サラッと恐ろしいこと言うな」

 

有咲は怖い。

 

「ちなみに聞くけど、さっきのかすみんの発言は事実なの?」

「…一応、な」

「まあまあ。敦司のことだから、きっと心配してとっさの行動に出ちゃったんでしょ?」

「沙綾…」

「本当に手を出したら…どーなるかわからないかなー?」

 

沙綾がドス黒いオーラを出す。確実にこの2人には勝てないな、うん。

 

「…大丈夫」

「ん?」

「かすみん?」

 

香澄が小さな声でつぶやく。

 

「大丈夫、だから」

 

さっきとは変わって笑顔で言う。しかし、俺…いや、この場にいる4人は気づいていた。

彼女の笑顔が、ぎごちなかったことに。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「……」

 

ダメだ。みんなの目を見れない。

あの夢がずっと私を蝕んでいる。みんな、あんなことをする人たちなんかじゃない。

 

なのに、なんで私はみんなと顔を合わせて話せない?

 

それはつまり、私はみんなを信じていないから––––?

 

嘘だ。そんなのは嘘に決まっている。私の気持ちは本物だ。みんなとバンドを続けたいという気持ちと、敦司くんへの想いは、本物–––––––。

 

の、はず。

 

「…っ!」

 

不意に出てきたその言葉に、私は頭を抑えた。

この想いは本物のはず?

なんだその不確定な言葉は。本物だ。確定している。この気持ちに嘘偽りなど–––––––。

 

「香澄?」

「……!」

 

不意に呼ばれて気づく。

横に顔を向けると、心配そうな顔で私を見る敦司くん。

 

「大丈夫か?顔色が悪いが…」

「……大丈夫、だから」

 

一瞬、回答が遅れた。

しかし、その間を聞き逃さなかった敦司くんは、椅子に座って私の手を握り締めた。

 

「俺には、今お前が思い悩んでいることがよくわかんないけどさ」

 

午前の時とは対照的に、落ち着いた声だ。

 

「俺は、いや俺たちは、お前と一緒にその悩みに悩むよ。だから、さ」

 

そして笑顔で。

 

「教えてくれ。なんで俺たちの顔を見てくれないんだ」

「……」

 

その顔、声、温もり。

全てが私の心を落ち着かせてくれた。

 

「…夢を、見たの」

「夢?」

「うん。何かに追いかけられてて、そして捕まっちゃって…それでしばらくしたら、有咲ちゃん達が来て、けど私から離れていって…」

 

思い出し、心臓が締め付けられそうになる。

 

「そして…」

「……」

 

震える私の声に反応して、敦司くんは優しく手を握ってくれる。

 

「…そして、敦司くんも…いなくなっちゃう……」

「……」

 

しばらくの間。

けれど彼は握っている手を緩めなかった。

そして静かに言う。

 

「俺はいなくならないよ」

「––––––」

「いや、俺たちは、かな。まあとにかく、簡単にいなくなりはしない。約束するよ」

 

その言葉で、瞳の奥底に溜まっていた涙が、一気に流れた。

 

「本当に…?」

「ああ。命をかけて約束する」

 

そうして、私は決めた。

 

彼のまっすぐな瞳を見る。

やっぱりだ。私は、彼に恋している。そりゃあどうしようもないくらいに。

 

心の奥底に閉じ込めたままっていうのもできるのかもしれない。多分、昔の私だったら言わずに、彼と関わることなく、そこから止まったままだっただろう。

 

けど、今は違う。

私は伝える。この想いを、あの日言えなかった、この言葉を––––!

 

そっと手を握り返し、少しだけ顔を近づける。

 

「好き」

 

静かに。何事もないように。

あれだけ緊張していた事が、こうも呆気なく言い終えた。

 

「…な」

 

ポカン、とした顔をする彼に、私は微笑んだ。

 

「ずっと前から…好きだった」

 

そう、ずっと前から。

 

「本当…にか?」

「うん。ずっと言いたかったけど、言えなかった」

 

ずっと言いたかった。

 

「でも、お前って好きな奴が…」

「それは君だよ、敦司くん」

「……え」

 

相変わらず呆けた顔をしている彼の事がなんだかおかしくて、クスッ、と笑ってしまう。

 

「本当に…本当に…」

「うん。うん」

 

震えた声の彼。

対して落ち着いている私。

 

さっきとは全く逆だ。

本当に可笑しい。

 

––––––瞬間だった。

 

■■■■■■■■■■■■■

 

ノイズが走る。

 

「え…?」

 

敦司くんの言葉が、ノイズによって消されている。

 

なに、なにを会っているの?聞こえないよ。

 

「–––––––■■■■■■」

 

いくら彼が口を開けても、なにも聞こえない。不快な雑音のみ。

 

––––––––ねぇ。

 

そして、聞こえてくるのは女の子の声。

敦司くんの後ろには、黒い影が立っていた。ニヤつき、綺麗に並んだ歯がはっきりと見える。

 

–––––––その気持ち、本物?

 

何を言っている。本物に決まっている。

 

–––––––そうなの?本当なの?

 

本当だ。何度も言わせるな。嘘偽りなんて––––––。

 

–––––––じゃあさ。()()()()()()()()()()()

 

「……っ!」

 

そして徐々に近づく影。

嫌だ。来ないで。怖い!怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い–––––––!

 

「いや…いやぁぁぁぁ!」

 

逃げるように布団の中にうずくまり、枕を頭に押し当てる。

 

耳を塞いだことにより、何も聞こえない。

彼の、声も。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「おい!おい香澄!」

「どうしたんすか!?」

 

たえが勢いよく扉を開ける。

 

「わからん、香澄が急に…」

「とりあえず、先生を呼んでくるっす!」

「頼む!」

 

たえが走っていく。

やっと香澄が元に戻ったかと思った。しかし、彼女は何かから逃げるように布団の中に潜り込んでしまった。

 

「……なんなんだよ…っ!」

 

なあ神様。どうして彼女をそんな傷つける?

もう十分頑張っただろう。これ以上、傷を増やさないでくれよ。頼むから。

 

行き場のない感情を爆発させようにも出来ない。俺は拳を握り締めることしかできなかった。

 





星4モカちゃんがキタ!やったやったー!(あとがき)

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