《 side hachiman 》
大河が初球をライト前に運び、ノーアウト一塁となった。真ん中とはいえ、簡単に打ちやがったな。彼、本当に中学生なんですかねぇ?
何はともあれ、先制のチャンスが生まれた。次の戸塚は初球を見た。ちなみにサインは基本的に俺が出している。
初球は外れて、ワンボール。明らかにピッチャーが力んでる。いいとこ、中学生の大河に打たれて怒り心頭ってとこだな。蔵座君、苦労してそう。
2球目はノーサインだったが、また見てボール。うーん、大河を走らせてもいいんだけど、どうせなら······。
そして3球目。ピッチャーが投げると同時に、大河が走り出した。当然のようにセカンド、ショートが二塁に入ろうとベースに向かって走り出す。
しかし、ボールは蔵座のミットに収まることも、二遊のどちらのグローブにも収まることなく、綺麗に一二塁間を転がっていった。
そう、俺が出したのは盗塁ではなく、いわゆるヒットエンドランってやつだ。
それにしてもまた綺麗に成功したな。さすが戸塚くんは素晴らしい(意味深)
ライトが内野に返球する間に大河は三塁まで到達した。
そして3番のわたくし比企谷八幡に打順が回る。
おーおー、目に見えて困惑してるね。向こうのピッチャー。なんつーか実力のない茂野みてーだな。
んで、普通に打ってもつまらないので、待球してフォアボールで出塁しました。簡単でしたよ、ええ。だって彼、ストレートに自信があるのか知りませんが、力で押そうとするもの。確かに1年で128も出れば良い方かもしれんが、そんくらいじゃ私は抑えられませんよ。
ノーアウト満塁。そしてバッターは四番。これ以上ない場面だよね。
性格が悪い?うるせえ、戦略だよ、戦略。
蔵座もなんとかしようとしていたのだろうが、ピッチャーがあれじゃどうしようも出来んよな。
そして茂野は甘く入った変化球を捕らえ、レフトフェンスを簡単に越え、先制の満塁ホームランとなったとさ。無慈悲なり。めでたし、めでたし。
――― ――― ―――
試合はその後も進み今は八回の裏、おそらくは最後の攻撃となるだろう。なぜならただ今の点差が12対3。ちなみに向こうの3点は蔵座君のホームランです。あいつも充分バケモンなんだけどなぁ。
あと向こうのピッチャーは先発は3回6失点、次が2回4失点、でも今投げてるピッチャーは3回2失点ではあるが多分、一番内容は良い。球が特別速いわけでもないが、コントロールがめちゃくちゃ良い。蔵座のミットがほとんど動いてない。それにチェンジアップもいい。ストレートと同じフォームで投げられるからたまったもんじゃない。茂野も三振したし。なかなか無様な三振だった。上手いこと蔵座に出し抜かれたな。しばらくアレでいじってやろう。このまま行けばあいつがエースになるだろうな。なんだっけな、世界?とか言ったかな、ピッチャーの名前。グローブは野手用だったけど。あとバッティングも良かったな。
俺?俺はチェンジアップを待ってホームランですけど何か?
やっぱり性格悪い?今更だろ。何言ってんだ。
そしてなにより最終回は茂野に本気で投げて良いって言っちゃったからなぁ······。無双ゲーが始まるんだろうなぁ。期待は4番の蔵座と5番の世界とかっていうピッチャーのやつだけだな。3番からだから回ってくるし。
結局最後の俺たちの攻撃は3人に抑えられてしまった。
吾郎「じゃあ比企谷、この回は本気で投げていいんだな?」
八幡「······まあ、そう言っちまったしな。ただしぶつけんなよ?マジで洒落になんねーから」
吾郎「わかってるよー、じゃあいってきやーす♪」
そう言うと茂野はスキップしながらマウンドに向かった。すげえシュールな絵面だ。······ストレス溜まってたんだろうな。いったい誰のせいなのか。えっ、私?そんなの知りません。
そっからの茂野はそりゃあもう凄かった。結果だけ言えば3人とも3球三振。バットにかすることさえ無かった。
そしてその無双っぷりは向こうのベンチだけでなく、こちらも茂野以外は嬉しさを言葉に出来ないくらい、ドン引きするほどだ。俺たちはそのまま静かに整列し、試合を終えるコールがされた。
つまり我ら総武高校野球部は初試合、初勝利となったのであった······。
――― ――― ―――
試合後、野球部員の方なら分かると思うが、恒例の行事、レイキをかけた奪い合いが行われた。その姿はさながら領土を奪い合った戦国時代の合戦のように。しかも味方も裏切りの可能性があるとこまで再現される。
当然、お邪魔させていただいた俺たちもその合戦に参加する。ただ、戸塚の回りに代わろうとする帝仁の1年生が集まったときにはもうちょっとボコれば良かったかなと割と本気で思いました。
俺は持ち前の目の腐りのおかげで誰も代わろうとはしなかった。あとデストロイヤーノゴローも。あいつに関しては俺たちも今は一緒に居たくない。しかし、あいつは本気で投げられたことに満足したのか、その事実に気づいてないのだが。
しかし、そんな俺に近づく奴がいた。それも2人も。
蔵座「比企谷先輩、かんぱいでした」
八幡「おう、お疲れさん」
蔵座「結局そっちのピッチャーが本気で投げたのは最終回だけでしたよね」
八幡「まあな。済まなかったな、手を抜くようなことをして」
蔵座「いえ、それこそ試合になってなかったでしょうし、だけど次やるときは最初から本気で投げさせてみせますよ」
八幡「おう、楽しみにしてるよ。てか、多分最後の奴が先発してればもう少し競った試合になったと思うんだがな」
俺はそう言って蔵座の隣にいる奴に目を向ける。
世界「あ、ありがとうございます!蔵座君の先輩なんですよね。やっぱり凄かったです。ホームランも打たれちゃったし······」
八幡「そうだな、あとはもう少し球が速くなって、もう一種類くらい使える変化球があればいい所までいけると思うけど」
蔵座「比企谷先輩もそう思いますか。しかもこいつは高校から野球を初めたのでまだまだ伸びしろはありますよ」
まじでか。こりゃほんとに化けるかもな。
八幡「お互い大会で当たれるようまた頑張って行こーぜ、今日はありがとな」
そう言って、俺は蔵座と世界と別れた。
その後、俺たちはグラウンドと帝仁の選手に挨拶をして今日は解散となった。
――― ――― ―――
八幡「ただいま」
小町「おかえり、お兄ちゃん♪」
家に帰ると、愛しの妹が出迎えてくれた。これがあったかハイムってやつか。
小町「お兄ちゃん!今日はどうだったの?」
小町が楽しそうに今日の試合のことについて聞いてくる。
八幡「その前に風呂に入っていいですか?」
小町「ええーっ、小町は早くききたいのにー。あっ、そうだ!お兄ちゃん、小町が背中流してあげようか。あっ、今の小町的にポイント高い!」
八幡「おい、やめろ。確かにその提案は非常に魅力的ではあるが、それをしてしまうと色んな所から怒られるし、なにより俺が社会的に死ぬ」
小町「だいじょーぶ、ごみぃちゃんの社会的地位なんて元からあって無いようなもんだし」
最近、小町の言葉が異様に鋭くなっている。これは確実に奉仕部部長兼野球部マネージャーの影響ですね。
小町「まあいいや、じゃあ小町勉強するからお風呂上がったら一緒に買い物行こう?」
八幡「お兄ちゃん、久々の試合で疲れてるんですけど······」
小町「小町、お兄ちゃんが野球部に入ってないときもランニングとかしてたの知ってるからね」
それは暗に「お前、運動してたんだからそんなに体力落ってねーだろ」ってことですか。そうですか。
八幡「······まあそんくらいなら······」
小町「ありがと、おにーちゃん!じゃあ夕飯のときに試合のこと教えてね♪」
あいよ、と簡単にだけ答え俺は風呂場に向かう。バタバタバタッと階段を元気に登る音がした。
そして俺は1日の疲れを取るべく、この後も肉体労働がある事に嫌気をさしながら、いっときの安らぎを得るべく俺は、入浴をするのであった。
次回の投稿は1月16日(月)00:00の予定です。
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