転移魔方陣の光が止むと、そこは人間界の森の真ん中だった。シドーとリリスは周りをキョロキョロと見回して確認する。敵はいなさそうだが、場所がわからない。だが、綺麗な満月が空に浮かんでいた。
シドーは無計画に転移することを自重しようと考え始めていた。先程はとりあえず逃げるために使ったが、下手をしたら敵の拠点の真ん中に転移なんてこともあるだろう。
シドーは次はどこに行こうかも考えると、近くから悪魔たちの気配を察知した。数は多いが、そこまで強力な気配は感じない。あの程度なら今の状態でも問題ない。だが、妙に慌ただしく動いているような気もする。
シドーはリリスに言った。
「リリス、ちょっと様子を見てくる。今までの奴らよりも慌てているみたいだからな。俺を出迎える気なら、俺から出向いてやるさ」
「シドー、大丈夫?さっきから戦ってばっかり」
心配するリリスにシドーは優しく言った。
「気配から察するにあんまり強くなさそうだからな。今のうちに行っておきたい。それにもう忘れたか?」
「シドーは、『不死身』?」
リリスが首を傾げながらそう言うと、シドーは頷いてリリスの頭を撫でた。
「ああ。俺は死なない。いや、まだ死ねないか」
シドーが言うとリリスは頷いた。
「わかった。ここら辺に隠れてる」
「良い子だ。すぐに戻ってくるから待っててくれ」
シドーはそう言ってリリスから離れるとドラゴンの翼を展開して、その悪魔たちが潜む場所を目指して飛び立った。
シドーが到着したのは廃ビルの一つだった。彼が立つビルの隣の廃ビルから悪魔たちの気配を感じ取れる。
シドーは目を凝らして中の見る。ちらりちらりと見える悪魔たちは『クリフォト』がよく着ている黒いローブを身に纏っている。つまり、奴らはクリフォトだ。
シドーはそう判断すると日本刀を一度鞘から抜いて刀身を確認した。
歪み、ヒビ、共になし。今までかなり酷使してきたが、こいつはそれに耐えて戦ってくれた。
シドーは日本刀に対して少しではあるが感謝の念を持っていた。拳だけでは辛かった場面もあったほどだ。
物にも魂が宿ると琴が言っていたから、もしかしたらこいつにも魂が………。
シドーはそんな事を考えると、一度首を横に振り思考をクリーンにした。
これから戦闘になるのだから集中しなければ、万が一ということもある。
シドーはそう自分に言い聞かせると日本刀を鞘に納めた。すると、彼はふと空を見上げた。先程と変わらず綺麗な満月が廃ビルを照らしている。彼の旅の中で、満月の日には何か重大なことが起こっている。自分が目覚めた日でもあり、鈴と琴との出会った日。その時も満月だった。
シドーは再び視線を廃ビルに戻した。その瞳は冷たいものを感じるものに変わり、思考を戦闘のためだけに使うようにする。彼は「ふー」とゆっくり息を吐くと、ドラゴンの翼を展開、上空に飛んだ。
一方、シドーが狙う廃ビルの悪魔たちは警戒していた。
先程、謎の人型ドラゴンを取り逃がしたと情報があったのだ。最近では『D×D』の襲撃も増えてきているため油断ならないというのに、さらに謎の人型ドラゴンだ。ここもいつ見つかってもおかしくない。警戒を強めて当然だ。
慌ただしく移動の準備をしていると、一人の悪魔が何かを見つけた。
「おい、あれなんだ?」
満月をバックに滞空する何か、それは少しずつこちらに近づいてきている。
「何だ?鳥か何かか?」
「だが、どんどんこっちに……」
呑気に話している悪魔たちの表情が少しずつ青くなっていった。少しずつ近づいてくる何かは日本刀を左手に持ち、銀色の眼光を放つドラゴンの翼を生やした人間の形をしている。つまり、
「ま、まさか!?」
「ここがバレたのか!?奴は冥界にいたはずじゃ!?」
「何でも良い!すぐに逃げ……!」
ここのリーダー格の悪魔が指示を出そうとした瞬間、シドーが急に上昇して彼らの視界から消えた。すると、天井をぶち抜きながら彼のいた場所に高速でその何かが突っ込んできた!
バアァァアアアンッ!
激しい衝突音が廃ビルに響き渡り、悪魔たちは戦慄した。リーダー格だった悪魔は床に叩きつけられ、体がグチャグチャになっていた。そして、突っ込んできた張本人、シドーは平然と立ち上がり、悪魔たちを銀色の瞳で睨み付けた。
「クリフォトの拠点ってのは案外多いんだな。潰して回るのも結構面倒になってきた」
シドーはダルそうにそう言うと日本刀に右手をかけた。やることは変わらない、殺られる前に殺るっ!
シドーは飛び出し、彼の登場に驚愕していた悪魔の体を脳天から両断し、ドラゴンの両翼を展開、それぞれの翼で悪魔の顔面を掴むと、勢いよく壁に叩きつけた。
廃ビルにいた悪魔たちはある不幸に見舞われていた。それは脱出用の魔方陣がシドーのいる部屋にあることだ。逃げるためにはシドーを倒すか、別の場所に誘導して振りきるしかない。
そんな事を知るよしもないシドーは、日本刀を納刀すると廃ビルの中にいる悪魔を一掃するために歩きだした。
転移室を出ると、そこには廊下を埋め尽くす量の悪魔たちが部屋に入ろうとしているところだった。
シドーが転移室から出てきたのを見て、悪魔たちの表情は驚愕と戦慄の色に染まった。それを見たシドーは息を吐いた。
「やれやれ、ここの奴らはやる気なしか。まぁ、良い、皆殺しなことには変わりない!」
シドーはそう告げると、日本刀に手をかけ、悪魔たちの間を縫うように一気に走り抜けた。そしてシドーが悪魔たちの横を通った瞬間、肉を斬る音と共に悪魔たちの体に無数の線が入っていった。
『ッ!?』
悪魔をたちは突然シドーが消えたこと、体に線が入ったことに驚愕して周りを見渡すと、シドーはなぜか悪魔たちの最後尾に当たる廊下の端に立っていた。
シドーが日本刀を振り、刃についた血を飛ばすとゆっくりと納刀した。その瞬間、
グチャ………!
「ギァァァァァァァッ!?」
グシャ………!
「グギャッ!?」
悪魔の体が線を沿うように少しずつ形を崩し、断末魔と共にビルの床を赤く染めていった。血に染まった床を月明かりが照らし、不気味な赤い光を反射させていた。
シドーは悪魔たちの間を通り抜けながら、彼らの体を滅多斬りにしていたのだ。悪魔たちは斬られたことさえも認識できず哀れに散っていった。だが、散ったのは全員ではない。
「ひ、ヒィィイイイイイッ!?」
一人、不運にもシドーの刃が届かなかった悪魔が情けない声を出しながら転移室に逃げ込んでいった。
シドーがそれを見逃すわけがなく、その悪魔を追いかけて転移室に入り込んだ。
最初に殺害した悪魔たちの死骸につまずいて倒れこんでいる悪魔にシドーは近づき、その胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「おまえ、紙持っているか?魔方陣とかいうやつが描かれているやつだ。あるか?」
シドーに訊かれた悪魔はガクガクと震えながら頷いた。
「ああ、持ってる!だからと命だけは……!」
「そうか、持ってるのか」
シドーはそう確認すると悪魔を解放した。悪魔はむせながらシドーに懇願した。
「その紙ならいくらでもやる!だから殺さないでくれ!」
悪魔はそう命乞いをするが、それは嘘だ。そんなものを持っていればとっくの前に使っている。そもそも、魔方陣の描かれた紙を持っている悪魔は稀だ。だが、シドーは驚異の幸運でそれをすぐに見つけているのだ。
それはともかくとして、シドーはゆっくりと日本刀を抜刀すると、情けない涙と鼻水で顔をグシャグシャにしている悪魔に言った。
「その紙はいらない。だから…………死ね」
シドーは静かにそう告げながら日本刀を振り降ろしてその悪魔を殺害した。それと同時に複数の悪魔が部屋に入ってきた。
シドーは特に気にすることもなく、日本刀を振って刃についた血を飛ばし、左袖で飛ばしきれなかった血を拭うとゆっくりと鞘に納めた。そして入ってきた悪魔たちの方に視線を向けた。同時にシドーは一人一人を凝視した。赤い籠手をつけた少年、紅髪の女性、そして銀髪の女性。その三人を特に凝視した。端から見れば睨んでいるようにも見えてしまうだろう。
すると紅髪の女性がシドーに言ってきた。
「あなたは何者なの!何が目的なの!」
シドーはその質問に答えられなかった。いや、答えることができなかった。彼は自分が何者なのかを知るために旅をしているのだから。
シドーは答えずにドラゴンの翼を展開、飛び立とうとすると紅髪の女性が右手を突きだした。
「待ちなさいっ!」
紅髪の女性が言うと同時に手からオーラを放つが、シドーは右手をドラゴン化させてそれを正面から受けた。手のひらが若干焦げたが大きなダメージはない。
シドーはそれを確認すると、最初に天井に開けた穴から廃ビルから脱出して、リリスが待つ森を目指した。
数分後。リリスと別れた場所にシドーは戻ってきた。
シドーはゆっくりと着地すると、森を歩きだした。その背中にリリスが飛び付く。
「ケガ、してない?」
「ああ、大丈夫だよ。リリス」
シドーはそう言うと微笑み、一旦リリスを降ろすと彼女の頭を撫でた。リリスが嬉しそうな表情になると被り続けていたフードを取る。
涼しい夜風が戦闘で火照ったシドーの体を冷やしてくれた。
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