裏京都滞在2日目。
シドーとリリス(シドーの背中にいる)、鈴、琴の4人は裏京都を見て回っていた。
「活気があるな」
「だね」
シドーはしっかりとした町を見たことはないが、そんな感想を抱いていた。リリスは吸血鬼の町などを見たことがあるので正直に頷いた。
「ここは表通りです。この時間帯が一番人通りが多いですからね」
「私もよく買い物に来るのじゃ」
琴と鈴はそう言いながらシドーとリリスを連れて通りを進んでいき、買い物を始めた。まず二人が来たのは肉屋だ。
「よっ!お二人さん!今日は何を買いに?豚かい?牛かい?肉なら何でもあるよ!」
若干話を盛りながらそう言う店主に、二人は特に気にせず相談し始めた。
「そうですね、鈴は何が良いかしら?」
「うーむ、昨日は色々食べたからの。思い付かん」
「それもそうね……」
「で、何にするんだい?」
店主が訊いてきても二人は返さずに、何を買うか決めかねていた。だが、あることに気がついた。
「ところで琴。シドー殿とリリス殿は?」
鈴はそう言いながらキョロキョロと周りを見渡すが、二人は全く見つからない。琴も続くように見渡すがやはりいない。
「あれ?あの、店主さん。私たちの後ろにいたお二人を知りませんか?」
「その二人なら、おたくらが話し合っている隙に行っちまったよ。店を出て左に行ったかな?」
二人はそれを聞いて慌てて店を飛び出した。
「鈴はそこにいてください!」
「断るっ!あの二人は私の恩人じゃ!私が見つける!」
二人がどうこう言いながら走っていたため気がついていなかったが、通りすぎたよろず屋の中にシドーとリリスはいた。
「シドー、これ何だろう?」
リリスはそう言いながら筒のような物の中を覗きこんでいた。それをくるくる回しすたびに「おー」と声を出していた。
「リリス、見せてくれ」
「はい」
シドーも手渡されたその筒を覗きこみ、くるくると回し始めた。回す度に中の模様が変わり、まるで彼が初めて見た光景を思わせるものが筒の中に広がっていた。
「おー、なかなか良いな」
シドーも気に入ったようで、その筒をずっと覗きこんでいると、突然店の扉が開け放たれた。
「よ、ようやく見つけました………」
息切れをしながら二人を見る琴。シドーは気にした様子もなく、筒を差し出しながら彼女に訊いた。
「なぁ、琴。これってなんだ?」
琴はそれを受け取るとすぐに答えた。
「これは万華鏡ですね。鏡で形を変えるちょっとした暇潰しのようなものです。何度見てもキレイですね……」
琴はそう言いながら万華鏡を覗きこみ、しばらくの間くるくると回していた。
そんな琴にシドーは再び訊いた。
「で、鈴はどうした?見当たらないが」
「………あ!?あ、あの子も迷子にぃぃぃぃっ!」
琴は慌てながら万華鏡をシドーに渡すと、そのまま店を飛び出してしまい、シドーとリリスは取り残されることになってしまった。
「お客さん、それ買うのかい?」
店主から訊かれたが、シドーは首を横に振った。
「すまないが、金がなくてね。また来る。リリス、行くぞ」
「うん」
リリスは返事をしてシドーの背中に飛び付き、シドーはゆっくりと万華鏡をもとあった場所に戻した。そして店から出て、鈴を探すために裏京都を走り回り始めた。
「うぅ…………」
鈴は1人、表通りから少し外れた路地に目に涙を貯めて不安そうな表情をしながら座り込んでいた。
琴の言うとおりにしていればこんなことにはならなかったのかもしれない。
鈴はそう考えていたが、すぐにそれを捨てるように首を横に振った。
琴は琴じゃ、自分の親ではない。じゃが、今は琴以上に自分を心配してくれるヒトもいないのも事実。こんな時
鈴は今は遠くにいる幼なじみのことを考えていたが、余計に不安になり堪えていた涙が溢れそうになっていた。
ふと、自分に近づいてくる気配を感じた鈴はそちらを見ると、
「やれやれ、やっと見つけた」
「いた」
シドーと、彼の右肩に頭を乗せて自分を見てくるリリス。
「………はぁ…………はぁ………」
息を絶え絶えにしている琴がいた。琴はゆっくりと息を整えると鈴に近づいていった。
「鈴、あそこにいなさいと言ったでしょう?どうしてこんなところに」
心から心配している声音の琴に、鈴は堪らなくなっていた。
出来れば琴には頼りたくなかった。琴に頼るのは気が引けた。琴は自分のことを大切に思っている。それこそ、仕事を投げ出して探しに来てくれるほどに。けれど、今の自分は『クリフォト』なる集団の1人を探し、倒そうとしている。だが、戦えば必ず殺される。
これ以上琴と近づき、自分が死んでしまえば琴を悲しませてしまう。それをわかっていても、その者を倒したいと思ってしまう。そうでもしないと父上に会わせる顔がない。
鈴は心中でそう考えており、琴とは少し距離をとっていた。周りから見れば違和感がない程度ではあったが。
「全く。とりあえず帰ろうぜ?今日は疲れた。買い物は後で良いだろ?」
それを知らないシドーは二人にそう訊いた。
「そうですね。鈴、帰りましょう」
「……………………」
「……鈴?」
琴は黙って俯く鈴を心配して触れようとすると、
「触らないでくだされ!」
鈴は荒っぽく琴の手を払うと、どこかに走り去ってしまった。
「鈴!」
すぐに追いかけようとする琴をシドーは手で制すると言った。
「琴、ちょっとの間リリスを頼む。俺が追いかけるから、飯の用意でもしておいてくれ」
「しかし!」
「しかしは無しだ。俺が追いかけるからリリスを頼んだ!」
シドーは言い切ると同時にリリスを琴に渡して鈴を追って走り出した。
「え!?ちょっと!?えぇ…………」
突然の事態に混乱する琴と、
「琴、帰ろ」
すぐに適応して普段通りに話すリリス。
「とりあえず、それが良いんですかね………」
琴は渋々頷くと、リリスを連れて屋敷へと戻っていった。
裏京都にある大きな川の河川敷。そこに鈴は座り、俯いていた。
「私のバカぁ……、また琴に酷いことを………」
シドーは彼女を見つけると、ゆっくりと近づき、その横に座った。
「……………………」
無言で座るシドーに鈴は訊いた。
「……何をしに来たのじゃ?」
若干不機嫌な声音に思えるのは、1人にして欲しいときに1人にしてくれなかったのだから当然だ。
「何をしにって、軽く話をしようと思ってな」
「……話?」
「ああ」
シドーは頷くと、少し間をおいてから話を続けた。
「鈴はさ、琴とはどうなりたい?もっと仲良くなりたい?それとももっと悪くなりたい?」
優しい声音で話す彼に、鈴は返した。
「出来れば、もっと仲良くはなりたい。もっと……甘えたい」
「すれば良いだろ。きっと琴は喜ぶ」
「じゃが、今の私では、心の底からそれが出来ぬ。私の心の底には、言い表せぬほどの怒りが渦巻いておる」
シドーはあえて口を開かず、鈴の言葉に耳を傾けていた。
「ここ最近出没しておる『はぐれ悪魔』。そいつは父を殺した『クリフォト』にくみしていたと聞いた。だから……」
「そいつを殺してやりたいと?」
「無理な話だとは思うがの。そやつは相当な手練れとも聞いた。倒せたとしても何十年も先のことじゃろう」
「キミの父親はそんな事望んでいないと思うぞ」
「わかっておる。わかっておるが、私の心を焼く怒りは、そう簡単にはおさまらんのじゃ」
シドーはそれを聞いて鈴の肩に手を置いた。彼女はそれに反応してシドーの顔を見ると、ちょうど2人の目があった。
シドーの銀と碧のオッドアイが鈴の黒い瞳をまっすぐと見つめていた。
「だったらその怒り、俺にくれ」
「な、何を言い出すのじゃ!?」
鈴は驚愕していると、シドーは続けた。
「キミの怒りがキミを縛っているのなら、その怒りを俺がもらう。そうすればキミも平和に暮らせるだろう?」
「つ、つまり?」
聞き返されたシドーは不敵な笑みを浮かべると、すぐに真剣な表情になった。
「キミの復讐は俺が終わらせる。キミの
面と向かってそう言われた鈴は顔を赤くしながら再び俯いた。シドーは構わずに続ける。
「ま、行動は明日からだし、終わるのがいつになるかもわからない。けど、必ず終わらせる」
シドーはそう言うと、鈴の俯く鈴の脇の下に腕を差し込んで、そのまま持ち上げた。
「な、ななななな何を!?」
「いいからいいから」
シドーはじたばた暴れる鈴を無視して、そのまま肩の上に乗せた。いわゆる肩車という態勢だ。
「よし、帰るぞ。明日からは働き通しになるかな」
「う、うむ」
こうして2人は琴の屋敷へと帰ることにしたのだった。
帰ってみると、
「すぅ………すぅ………」
「むにゃ………」
琴とリリスが床でくっつきながら眠っていた。
シドーは息を吐きながら鈴を降ろして寝室に向かい、毛布を取ってくると、
「くぅ………ふぅ………」
その1分足らずで眠りについた鈴の姿を確認した。
「やれやれ……」
シドーは眠る3人に聞こえないようにそう漏らすと、持ってきた毛布をかけると、壁に寄りかかって明日のことを考え始めた。
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