シドーとリリスは、
「それで、頼みってのは?」
シドーは鈴に単刀直入に訊いた。
「実は、先程のような者がここ最近頻繁に出てきていてな。それらの討伐を頼みたいのじゃ」
鈴はまっすぐとシドーを見ながら言った。シドーはしばし考えると、再び訊いた。
「それは良いとして、あいつ何者だ?なんか見覚えがあるような気がしたんだが、思い出せん」
「お、お主、『はぐれ』を知らぬというのか!?」
鈴は仰天しながらシドーに訊くと、シドーは一つ頷き、リリスもそれに続いて頷いた。
「本当に知らぬのか……。これはどうしたものか……」
鈴は首をひねってうなり始めてしまった。
シドーはそんな彼女を見て少し焦り始めた。なぜかわからないが、彼女を困らせてしまったからだ。
シドーがどうするか考えていると、彼らの前に「ドロン!」と音をたてながら何かが現れた。
何となく鈴と似た雰囲気の優しそうな目をした腰までの長さをした金髪とピンと立った狐耳が特徴の女性だ。
シドーとリリスはその女性の登場に一瞬唖然とし、鈴は体を強張らせたが、すぐに持ち直したシドーがその女性に訊いた。
「いきなり現れたが、どうやったんだ?それにあんたは?」
女性は深々と礼をしながら、シドーに言った。
「私は鈴の母、
いきなり襲いかかって来ないところを見ると、自分たちの会話は聞かれていたようだ。
シドーはそう判断すると立ち上がり、琴に礼を返した。
「俺はただの通りすがりだ。なんか困ってたから助けたが、良かったか?」
「はい!この子を助けていただいて、ありがとうございます!」
突然テンションが高くなった琴にシドーは驚いていると、鈴が語気を強めて言った。
「琴!私は探すなと申したはずじゃ!なぜ来たのじゃ!」
「あなたを心配してはいけませんか!?これは家族として当然のことです!あなたを探すために
「お主、仕事を投げ出して来たのか!?何を考えているのじゃ!」
シドーとリリスを放っておいて親子喧嘩を始める2人。
シドーは息を吐きながらベンチに座り直し、リリスはシドーの膝の上に乗って首をかしげながらその親子を見ていた。
数分後。
「とにかく!今日は帰りますよ!」
「見つかってしまった時点でこうなることはわかっておったわ……」
まだまだ元気そうな琴と、少し疲弊した様子の鈴。口喧嘩は母親の勝利となったようだ。
「……で、いいか?」
ある程度話が終わったと判断したシドーは琴に話しかけた。
「何でしょうか?」
「出来ればでいいんだが、今日の宿を見つけたいんだ。ここら辺に何かないか?」
最低限の言葉を思い出しているシドーはそう訊いた。
宿がある場所は即ち町の中心、もしくはその外れである。彼は遠回しに町の場所を訊いたのだが、
「でしたら、鈴を助けてくださったお礼を込めて、私たちの家にお泊まりしますか?お金は取りませんし、ここよりは安全です」
琴はそう返した。
それはいくらなんでも迷惑ではないか。
シドーはそう考えて誘いを断ろうとしたが、
グゥ~………。
シドーの膝に座るリリスの腹の虫が鳴いた。
「シドー、お腹空いた」
「……あの時、結構食べてたよな?」
「あんまり量なかった」
「あ、はい」
あの時というのは北海道でのことなのだが、リリスは1人で数十人分の鮭の切り身を平らげた。が、数時間で空腹が限界に達しようとしているのだ。
「では、参りましょう。大丈夫ですよ、危険はありません」
琴はそう言うと鈴の腕を引いてシドーたちを手招きした。
シドーは息を吐くと一旦リリスを退けて立ち上がり、改めてリリスのおんぶした。
グゥ~………。
「シドー、早く」
「わかったよ。琴、頼む」
「はい、こちらです」
こうして、4人(1人はシドーの背中)はある場所を目指して歩き始めた。
「「………………………」」
ある場所に到着したシドーとリリスは唖然としていた。彼らの目に飛び込んでいるのは、今まで見たことがないような町並みだった。
江戸時代頃の日本家屋が建ち並び、その窓や扉から妖怪たちがシドーとリリスを観察していた。
人気のない場所にあった鳥居を潜ったらこのような場所に出て、そして様々な視線を向けられる。シドーとリリスに取っては全てが初めてのことだった。
点々と続く灯火だけが、シドーとリリスの視界を確保してくれていた。
「では、行きましょう。私たちの家はこちらです」
「こっちじゃ」
琴と鈴の先導で歩き出すシドー。リリスは向けられる視線から隠れるようにシドーの背中に隠れた。
すると、
「うきゃきゃきゃ」
「…………」ギロリ
「すんません」
シドーは驚かしてきた提灯お化けを睨んで黙らせると、足を進めた。
「おまえさん、懲りないねぇ」
「何だろう、前にもあんな感じの男に同じ事をされた気がするんだが……」
「そうかい?確かに、何となくだけど見覚えがあるような………」
シドーは妖怪たちがこんなことを話していたことを知るよしもなく、琴の家に向かった。
歩くこと数分。
ようやく琴の家と思われる場所に到着した。
「まさか、これが?」
「はい。私たちの家でございます」
「………すごい」
彼らの前に現れたのは2人で住むには十分すぎるほどのお屋敷だった。
「どうぞ、お入りください」
「それじゃ、お邪魔します」
「お邪魔します」
「うむ。お二人とも礼儀正しいのじゃな」
こうして2人は琴のお屋敷に入ったのだった。
1時間半後。
夕食を食べながら『裏京都』についての話を済ませ、シドーと琴は、居間で情報を共有していた。鈴とリリスは庭で夜風に当たりながらはしゃいでいる。
「では、シドー様は記憶が……」
「『シドー』が本名なのかはわからないが、とりあえず、これの正体が知りたくてね」
シドーはそう言うと、チェスの駒とボロボロのお守りを琴に見せた。
琴はそれらを眺めながらシドーに言った。
「このチェスの駒はよくわかりませんが、こちらはわかります」
琴がボロボロのお守りを指さしながらそう言ったのをシドーは見逃さず、そのまま質問した。
「本当か!これ、何なんだ!?」
若干興奮しているシドーに、琴はお茶を差し出しながら答えた。
「これはお守りです。形こそ日本のものですが、込められているのはまた違ったものですね」
琴はそう言うと、お守りをひっくり返して裏を見た。途端に優しい笑みを浮かべるとシドーに言った。
「これを作った人は、あなたの事を大切に思っていたようですね」
「それはどういう?」
少し落ち着いたシドーが訊くと、琴はお守りの裏を見せた。そこには、少し焦げてしまっているが『ハートマーク』が刺繍されていた。
「そのマークは?」
シドーが続けて訊くと、琴は笑みを浮かべたまま返した。
「このマークの意味は、これを作った本人に訊いた方が確実です。私では何とも……」
「そうか、ありがとうな。少しだが進んだ気がする」
シドーはお礼を言いながら2つをポケットにしまった。
「それと、訊きたいことがいくつかあるんだが、鈴はなんであんなところに?」
シドーが初めから抱いていた疑問だ。あの場所は女の子が1人で行くには危険すぎる。時間も遅すぎる。それに、母親にも内緒で行っていたのだ。赤の他人がプライベートなことに首を突っ込むのはどうかと思うが、疑問は解消しておきたかった。
「あの子は、父親の仇をとりたいのです。つい先日、『クリフォト』に殺されてしまった父親の………」
先程とはうってかわって少し弱い声音になった琴だが、話を続けた。
「ここ最近、『はぐれ悪魔』が京の都の周辺に出現しているのは聞きましたね?それはただの『はぐれ悪魔』ではなく、『クリフォト』との関わりが明らかにされ、冥界から逃げ出した者のようなのです。悪魔陣営から連絡がきていました」
「なぁ、『はぐれ悪魔』ってなんだ?」
話の鼻を折るようにシドーが訊くと、琴は少し笑った。
「そうでしたね。『はぐれ悪魔』とは、力に溺れ主を殺す、もしくは裏切って逃げ出した眷属悪魔のことです。簡単に、悪魔という種の裏切り者と思ってください」
「なるほどな。それがここ周辺に」
「ここ周辺、というよりかは『表の』京の都の周辺ですけどね」
琴のツッコミを気にせずにシドーは続けた。
「で、その『はぐれ悪魔』ってを倒したくて鈴はあそこに」
「はい。けれど、あの『はぐれ悪魔』はとても強いのです。見つけたとしても相当な手練れでなければ勝てません」
「で、『クリフォト』ってのは?」
シドーが続けて訊くと、琴は耳をしおらせながら答えた。
「『クリフォト』はテロリストです。様々な勢力を相手にテロを行い、先日の『邪龍戦役』で多大な犠牲を払って全滅させました」
「その中にあの子の父親、あんたの夫が?」
シドーはしまったと思った。出来立ての傷を抉るようなことを言ってしまったのだ。だが、琴の次の言葉でそれは驚愕に変わった。
「いえ、夫ではありません。あの子が生まれた頃に母親が亡くなってしまい、父親も亡くなってしまった。なので、私があの子を引き取ったのです。あの子は私の姪っ子でしたから」
「………………」
シドーはこの親子の事情を知って黙っていたが、あることを考えていた。このヒトは自分達に様々なことをしてくれた。その恩を返さないのは、嫌な感じを残すことになりそうだ。
シドーはそう判断して、琴に言った。
「だったらその『はぐれ悪魔』退治、手伝ってやるよ」
それを聞いた琴は慌てながらシドーに言った。
「いけません!あなたは旅の途中なのですよね?しばらくすれば悪魔側から討伐隊が送られてくるはずです!私がそれまで鈴を抑えておけばいいだけです!」
シドーはそれを聞いても怯まずに続けた。
「その討伐隊ってのが来るのはいつだ?明日か?明後日か?そんなの待ってられねぇよ。今の鈴は過去に縛られてる。このままだとあの子のためにもならない。あいつはまだまだ子供なんだから早く楽にしてやらないとダメだ。助けられる奴は何がなんでも助ける。記憶はないが、俺はずっとそうしてきたように思う」
シドーはそう言うと、庭でリリスと戯れている鈴を見た。琴は同じく鈴を見たあとに、ふとシドーの横顔を見て少し頬を赤くしていた。
「とりあえず、明日から動くかね。どこで寝れば?」
そう言いながら突然向き直ったシドーと目が合い、琴は慌てながら言った。
「ひゃい!えと、寝室がありますのでそこで!私と鈴は別の寝室で寝ますので!」
「わかった。何から何まで申し訳ない」
シドーは礼をしてから立ち上がるが、再び琴に訊いた。
「寝室って、どこだ?」
「はい!こちらです!」
こうしてシドーの旅の1日目は終了したのだった。
余談だが、寝室には敷き布団2枚あったが、シドーが入ってすぐにリリスが彼の敷き布団に潜りこんで来たため、1枚は5分足らずでお役ごめんとなってしまったのだった。
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