シドーとリリスが移動を開始して数十分。
彼らの前に陸地が見えてきた。それを確認したシドーは、ゆっくりと速度を落としていき、どこに着地するかを考える。
「シドー、誰もいない場所がいい」
「………?わかった」
シドーは疑問符を浮かべながら了承すると、人がいなさそうな場所を探して、もうしばらく飛行を続けることにした。
さらに飛ぶこと数分。
人がいなさそうな山の真ん中に着地したシドーは、ゆっくりと回りを見渡した。
「………………」
シドーは無言で周囲の風景に圧倒されていた。ほぼ手付かずの大自然、そして様々な自然が発する音を耳で楽しんでいた。
そんなシドーを見て、シドーの背中から飛び降りたリリスは少しだけ笑みを浮かべると、すぐに訊いた。
「シドー、これからどうする?あっち行く?そっち行く?」
そう言いながら川上と川下を交互に指をさすリリス。
「………あっち?」
シドーは首をかしげながら川下を指した。
「うん」
リリスは頷くとシドーの背後に回り、そのまま背に飛び付いた。
シドーは数十分前に約束したことでもあるので特に気にはせず、その方向に歩きだした。
歩くこと数分。
シドーとリリスはキャンプ場を遠目に確認できる崖の上に到着していた。
「…………………」
「おー」
春休み真っ只中のキャンプ場は、親子連れやカップル、仲間内での集まりなどで大盛況となっており、笑顔で溢れていた。
「……………フッ」
彼らを見て、シドーは無意識に笑みを浮かべた。その笑みはまるで『無くしたものを認識した』ような、どこか諦めの色が濃いものだった。
「シドー?」
リリスは心配そうに言うと、シドーは返した。
「……何でもない。行ってみる」
「うん」
リリスの返事を聞いて、シドーはゆっくりとキャンプ場を目指して歩きだした。
林の中からキャンプ場の様子をうかがう2人。遠目から見たときと変わらず、様々な人が楽しんでいた。
何よりも2人を刺激したのは……、
「いい匂い……」
「?」
キャンプ場から流れてくる肉を焼く匂いに、リリスは生唾を飲み込み、そのリリスを見てシドーは首をかしげていた。
シドーからしてみれば、匂いの区別がつかないどころか何なのかすらわからない。リリスが何をいいと言っているのかすらわからなかった。
だが、シドーはリリスを見ながら訊いた。
「もう少し、行ってみる?」
「うん!」
若干テンションを高くしながらリリスが答えたので、シドーは頷き、キャンプ場に潜り込むことにした。
キャンプ場に潜り込んだシドーが見たものは、
「お父さん、焼けた!」
「おう!待ってろ、すぐに取ってやるからな」
「少しは野菜も食べなさい」
談笑しながらキャンプを楽しむ家族と、
「おまえ、焦がすなよ?」
「誰に言ってるんだ。俺に任せとけ!」
「どうなることやら……」
あーだこーだ言いながらキャンプを進める男子グループなどの若者たちだ。
「……………………」
シドーは初めてみる彼ら『人間』を見て、呆然としながら立ち尽くしていた。シドーの背中に張り付いているリリスは、より近づいたいい匂いでよだれを垂らしている。そのよだれでシドーの背中が少し汚れているのだが、シドーは気にしない。
リリスはどこからか食べ物を恵んでもらうようにシドーに頼もうとしていると、彼らの耳に謎の声が聞こえた。
「シャーケッケッケッ!こんなところでのんきにキャンプとはな!この『サーモン・キング』様が来た以上は、おまえたちの平和は終わりだっ!このキャンプ場を地獄に変えてくれるわ!よし、手始めにそこのバーベキューを全て鮭にしてしまうのだっ!」
謎の声の主、手には
『ヴォルテーックスッッ!』
黒ずくめの集団が謎の叫び声とポーズを決め、キャンプ場のお客さんたちが焼いていた品を全て鮭の切り身に変えていっていた。
「うわーん!お肉が鮭だらけになっちゃったよーっ!」
ある子供がバーベキューを邪魔されたことで大泣きしはじめ、他のお客さんも抵抗むなしく鮭の切り身を押しつけられていった。
シドーはその光景を見て、
「………………………」
無言で冷たいオーラを放っていた。
「シドー?」
リリスが不思議がって訊くと、シドーは返した。
「リリス、少し降りていてくれ。すぐに戻ってくる」
動揺するわけでもなく、驚愕することもなく、ただシドーは冷静だった。彼は不思議な感覚を感じた。今まで詰まっていた言葉が自然と口から流れ、今すべきことを考える余裕もある。まるで『忘れていた何かを思い出した』ような感覚、シドーはそれを感じていた。
シドーはリリスが降りたことを確認すると、ゆっくりとその謎の集団の方へと歩み寄ると、怒気を込めながら言った。
「せっかく家族で平和を謳歌しているんだ、邪魔をするな」
「シャ?貴様、何者だ!」
「相手に名前を訊くときは自分から名乗るのが礼儀だろ」
「む?それもそうだな。俺は『
それを聞いたシドーは、
「『キング・サーモン』か」
わざと名前を間違えて返した。
「『サーモン・キング』だ!間違えるな!」
「はいはい。もう『キンサモ』でいいか?」
「略すな!それに間違えたままだぞ!えぇい!何なんだ貴様はっ!」
怒り心頭で訊かれると、シドーは不敵な笑みを浮かべて返した。
「俺にもわからん」
即答で返されたことで、キンサモ、もといサーモン・キングとその配下の戦闘員はずっこけていた。
「で、貴様らの目的は?」
シドーが言うと、キンサモが不敵に答えた。
「ふん!これは我ら『
それを聞いたシドーは首をかしげた。
「『渦』?『禍』じゃないのか?」
「それは別組織、
シドーは無視して疑問を感じていた。
何故『渦』と言われて違和感を覚えたのか。こいつらは自分となにか関係あるのか。それよりも、こいつらは何がしたいのか。世界征服を目指すのであれば、もっと世界的に大打撃を与えられる場所を狙うべきじゃないのだろうか。
そんなことを考えながら、シドーは拳を構えた。すると、先程までの怒りをにじませた表情が嘘のように、瞳は冷たい色になり、顔からは表情を感じられなくなった。
シドーが無言で構えたところで、キンサモが部下に指示を出した。
「おまえたち!そいつを血祭りにあげろ!」
『ヴォルテーックスッッ!』
シドーは駆け出し、正面から突っ込んでくる部下2人をラリアットを決め、地面に這わせると、そのまま顔面を踏み砕き、撃破。
続く3人目は、腹部に蹴りを撃ち込み、体をくの字にしたところで後頭部から頭を鷲掴みにし、大きめの岩に叩きつけて再び顔面を粉砕、撃破。
4人目は腹部に放った手刀の突きで風穴をあけ、撃破。
冷酷なまでに敵を屠っていくシドーの瞳は、両目とも銀色に変わっていた。つまり、グレンデルが表面に出始めているのだ。
シドーは今度は高く跳躍して、上空から部下に襲いかかった。
落下の勢いで1人を押し潰し、その右側にいた部下の顔面に右ストレートを撃ち込むと、その隙に背後からシドーを羽交い締めにしようとしていた部下には、右ストレートで延びきった腕を引っ込める勢いでエルボーを当て、ダウンさせた。
右ストレートを食らいながらも立ち上がった部下には手刀の突きを放って心臓を貫き、背後にいる部下は、心臓を貫いた手刀をそのまま振り抜いて首を断ち切った。
そして、残ったのはキンサモのみ。
「ぐぬぬっ!負けん!負けるわけにはいかんのだぁぁぁぁっ!」
キンサモは部下を全員惨殺されながらも、戦意だけは失っておらず、シドーに向かい駆け出した。
キンサモは手にした銛で突きを連続で放つが、シドーはそれを全て体捌きで避けていく。記憶がないとはいえ、シドーは元魔王の眷属だ。この程度ではやられない。
シドーは最後の突きを避け、その銛の柄を掴んで止めた。
「ぬおぉぉぉぉおおおおっ!」
キンサモは必死に銛を引き抜こうとするが、ピクリともしない。
「………………」
シドーは無言でキンサモを睨むと、銛を脇に抱えて両手でしっかりと持ち直した。
そのまま銛を大きく上に振り上げ、キンサモを上空に投げ出す。
「あああぁぁああ!?」
シドーは器用に銛を回して持ち直すと、キンサモに狙いを定めた。
「ま、待て!や、止め!」
キンサモの命乞いを聞くことはなく、シドーは落下してきたキンサモの心臓を銛で穿ち、一撃で絶命させた。
「…………っ!」
シドーはハッとしながら回りを見渡した。
先程までキャンプ場だった場所は血の海となり、お客さんたちもどこかへと逃げていってしまっていた。だが、ただリリスだけはマイペースに、
「うまうま」
彼らが残した鮭の切り身を食していた。
シドーは『また』やってしまったと思いながら嘆息すると、自分の腕を見る。服を含めて血まみれだ。
彼は川に近づき、軽く腕を洗いはじめるが、血の跡だけはなかなか落ちない。
これが初めての戦闘だったが、まるで体が覚えているように勝手に動いてくれた。それでも何かが違う気もしたが、倒せたんだから良しとしよう。
シドーはそう決めながらゴシゴシと腕を洗い続けていた。
後ろでは、鮭の切り身の全てを平らげリリスがシドーを待っていた。
一応血が落ちたことを確認すると、リリスに声をかけた。
「リリス、行くぞ。次はどこに行くかな?」
「シドーが行きたい場所なら、どこでもいい」
「了解」
シドーはリリスをおぶり、翼を展開した。
「また面倒はゴメンだな………」
「どこ行く?」
「とりあえず、行ってみるか」
「うん」
シドーはリリスの返事を聞いて空へ飛び立った。
彼らがここを去った数時間後、黒い狗を連れた若い男性がキャンプ場を訪れ、後処理を行った。その男性は、
「アザゼルも人使いが荒いな。まあ、俺が追っている組織でもあるんだが、」
と言うと、さらに続けた。
「早くイッセーくんたちには元気になってもらいもんだな、
「……………」
戦闘中は無我の境地に入り、容赦がないシドーであった。
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