三大勢力の運動会は今のところ問題なく進行していた。
俺、シドウは競技の順番が近いのでストレッチを始める。アキレス腱を伸ばして、手首足首を回してっと、よし完了。
「ふれー、ふれー、あ・く・ま☆」
応援席よりも前のスペースでは、セラが女性悪魔を率いて応援をしていた。
にしても、乱闘とかが『今のところ』なくて安心だ。この間まで敵対していた勢力同士が運動会ってのもどうかと思ったが、代理戦争としてはいいかもな。
運動会の最中でもそんなことを考えてしまう自分にため息を吐いていると。
『パン食い競争に参加の選手は指定の場所に集合してください』
ちょうどアナウンスが聞こえてきた。さぁて、いっちょやりますか!
「シドウー!頑張ってね☆」
セラが振り向いて俺に声援を送ってくれた。俺はそれに軽く右手を挙げて答えると、集合場所に移動を開始した。
てなわけで集合場所に到着。パン食い競争ってことで足が速そうなやつとか、何かよく食べそうなやつとか、色々な選手が集まっていた。
キョロキョロと他の選手の様子を探っていると、俺に声をかけてくる黒いジャージ姿の男が一人。
「よっ、リッパー!おまえもこれか?」
「アザゼル、おまえもかよ……」
「俺たちが考えたんだから、俺たちが楽しまないとな。命懸けではないにしろ、勝負は勝負だ。負けねぇぞ?」
「当たり前だ」
俺とアザゼルが睨んでいると係員のヒトが選手の整列をし始めた。
指示にしたがって並んでわかったんだが、俺は先頭か……嫌だな。横を見るとアザゼルも並んでいた。つまり、俺とアザゼルは第一レースってことだ。
何てことを思っているうちに入場が始まり、
「シドウー!頑張ってねー!」
「シドウお兄様!頑張って下さい!」
「シドウさん!ファイトです!」
「シドウ、絶対に勝てよ!」
セラ、リアス、イッセー、兄さんからの応援が俺の耳に届いた。
「マイマスター!頑張って下さい!」
「アザゼル様!我々に勝利を!」
「アザゼル!負けるなよ!」
グリゴリからの声援も聞こえてきた。なにこれ、俺とアザゼルの一騎打ちみたいな感じになってるんだけど……。少しの不安を感じながら俺たちはスタート位置まで移動を完了、その場で待機となった。
『パン食い競争スタートの前に、簡単なルールを説明させていただきます』
移動が完了した俺たちの耳に審判役の男性悪魔の放送が届いた。どうやら、何かあるようだ。
『まず第一に、パンを一度くわえたら落としてはならないこと。落とした場合はそのレースの最下位になってしまいます』
なるほど、食らいついたら離すなってことか。
『第二に、妨害はなしです。暴力はなしでいきましょう』
妨害する前提で決められたルールとか怖すぎるわ!
『第三に……』
突然審判の声が途切れた。何だ、変更事項でも見つかったのか?
パン食い競争に参加する俺たちが首を傾げていると、審判が続けた。
『第三に、吐かないでくださいね?……以上です!』
審判はそう言うとマイクの電源を切った!
ちょっと待て!『吐かないでくださいね?』って何だ!パン食っていきなり走ったら吐くかも的なやつなのか!?
『それではパン食い競争を始めます。第一レースのランナーはポジションについてください』
俺の疑問は解消されることはなく、競技が始まろうとしていた。こうなりゃやけくそだ!やってやんよ!
心の中でそう決めて俺はクラウチングスタートの態勢に入る。アザゼルを含めた他の選手もそんな感じだ。
『位置について、よーい………ドン!』
掛け声と同時に俺たちは走り出した!スタートダッシュは割りと成功!だが、アザゼルが食らいついて来てやがる!
スタートで抜き出した俺とアザゼルは一位を争いながらパンの元まで走っていく!前方に紐で吊られたパンを発見、ダッシュの勢いを極力殺さず、かつパンをくわえられるようにスピードを調節してパンに飛び付く!
俺とアザゼルはほぼ同時にパンをくわえて着地した。普通だっあら一番苦戦しそうなところをあっさりクリアする。それが俺たちクオリティだ!
俺とアザゼルは再び走り出そうとしたが、同時に片ひざをついた。
な…なにこれ……まず、くさっ!
食ってから若干の時間差で俺を襲ったのは強烈なまでの臭みだった!本当になんなんだこれは!?や、やばい、足がガクガクしてきたし涙も出てきた……。ふと見るとアザゼルも同様のようだ。
俺とアザゼルか悶えていると他の選手もパンに食い付き、そして崩れ落ちていった。
『あーっと、ついに第一レースの選手全員がパンの餌食となったぁぁぁぁっ!』
なぜかテンション高めの実況が悶え苦しむ俺たちの頭に響いた。やばい、大音量なだけなのにダメージが……。
実況は耳を塞ぎ始めた俺たちに構わずに続ける。
『そのパンはパンの部分こそ普通ですが、中に詰まっている材料は、人間界一臭いと言われる「シュールストレミング」、あとは人間界の韓国と呼ばれる国の料理、強烈なアンモニア臭が特徴の「ホンオフェ」。それらを中心にブレンドした特殊なクリームを使ったクリームパンです!』
これがクリームパンなわけあるか!そう言い返したいが、口から落としたら最下位になっちまう……!くそっ!行くしかないのか……。
俺は這うようにしてゴールを目指し始めた。ただパンをくわえたらだけなのに入院間違いなしのダメージを受けてるんだが、もうどうしようもない。
アザゼルも負けじと這いながらゴールを目指す。
他の選手は失神したのか微動だにしない。俺もああなれば楽になれる気がする……。
そんな考えが脳裏をよぎったが、歯を食い縛って意識を保とうとするが、食い縛ったせいで再びさっきの臭みに襲われて悶え苦しんだ!
その間にアザゼルが俺を抜いて一位になってしまっていた。くそ!逃がすかぁぁぁぁっ!俺は再び歯を食い縛り立ち上がる!再び強烈な臭みに襲われるが、耐えるしかない!
『おおっ!シドウ選手が立ち上がったぁぁぁぁぁぁっ!必死に歯を食い縛り、涙をためながら立ち上がりましたぁぁぁぁぁぁっ!』
俺はふらつく足を懸命に踏ん張って一歩ずつ前に踏み出していく。少しずつだがアザゼルに追い付き、少しだけ前に出れた。もうちょい、もうちょいでゴールだ!
そう思うと同時に背後から何かが迫ってきていた。目だけで横を見るとアザゼルだった!あいつも目に涙をためながら立ち上がり、俺との距離を詰めてきていたのだ!
『アザゼル選手がシドウ選手に追いついたぁぁぁぁっ!これはどちらが勝つのかわからないぞぉぉぉぉっ!』
実況が俺たちを煽ってくるが、マジでそれどころじゃない……。視界がぼやけてきた……。
「シドウ!負けないでぇぇぇぇ!」
「シドウお兄様!もう少しです!」
「シドウさん!頑張れぇぇぇ!」
みんなが俺に声援を送ってくれていた。それさえも聞き取りずらいんだが、頑張るしかない……!
俺は一歩、また一歩とゴールに迫っていく。同時にアザゼルも前に踏み出し、ラストスパートに入っていった!
あと十五歩もあればゴールだっ!
そう思った矢先、俺は崩れ落ちた。あ、足が動かなくなってきた。このパン、もはや兵器の類いだぞ……。
アザゼルは俺よりも三歩程前に出てから崩れ落ちた。あっちも限界か……。
俺は腕の力だけで前に進み、アザゼルを追う。アザゼルは動かなかったが、俺が追い付くと同時に再び前進をし始めた。
数分後、二人の男の意地の張り合いが、俺たちの意識が落ちると同時に幕を閉じた。
「……ドウ!シドウ!大丈夫?」
聞き覚えのある声を聞いて俺の意識が戻った。
「セラ?あれ、勝負は?」
後頭部に感じる独特の柔らかさを堪能しながら訊くと、セラは笑顔で俺の頭を撫でてきた。
「あなたの勝ちよ。あなたよりも先にアザゼルが意識を失ってパンを落としたの。全員失格ってことで最後まで残ったあなたの勝ちになったの」
「それは、良かった……」
俺は安心したところでセラに訊く。
「で、何で俺は膝枕されてんの?」
「ふふ、勝ったご褒美よ♪」
「そっか、もうちょっと休ませてくれ……」
「ええ、借り物競争の集合が始まったら声をかけるわ」
「……頼む」
俺はそう言って再び意識を暗闇に落とした。
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