タンニーンは悩んでいた。その悩みの種は彼の目の前にいる二人だ。
「シドー、どう?」
「う~ん、美味しい」
「よかった」
先日連れてきた二人、シドーとリリスは食事をしている。食事と言ってもリリスが(勝手に)採ってきたドラゴンアップルを食べているだけなのだが、リリスはドヤ顔でシドーを見ていた。シドーもシドーで、それを食べてリリスを褒めていた。
タンニーンは嘆息しながら言う。
「貴様ら、のんびりしすぎではないか」
シドーは頬を掻きながら言う。
「そう言うなよ、タンニーン。今までこんなにのんびり出来たことないんだ」
二人を生活出来そうなスペースに案内してから毎日、食っては寝て、食っては寝て、たまにフラッと出かける。彼らは毎日そんな感じだった。
タンニーンも息を吐いて諦めているほどだ。
タンニーンは、ブラックがここにいるとサーゼクスたちに連絡することを躊躇っていた。シドーが『彼』であることは間違いない。だが、シドーには記憶がない。今の彼をサーゼクスやセラフォルーに会わせてもショックを受けるだけ、そう思えてしまったからだ。
タンニーンがシドーが彼であることを確信したのは数日前にシドーにある質問をしたからだ。
「しかし、シドー。貴様はなぜ旅をしているのだ」
シドーは苦笑しながら答えた。
「俺が誰なのか、これは何なのか、知りたいから……かな?」
シドーはそう言いながら、タンニーンにチェスの駒とお守りを見せた。
タンニーンはその時に確信したのだ。チェスの駒は
タンニーンは質問を続ける。
「記憶がないのに愛着でもあるのか」
シドーはあごに手をやり、しばらく考えると、口を開いた。
「すごい大切な物ってのはわかるんだが、誰に貰ったのか、何で持っているのか、何もわからん」
タンニーンはそれを聞いて連絡を躊躇ったのだ。シドーは彼だ。兵藤一誠たちと共に戦ったあの男だ。だが、シドーは彼だが彼ではない。生きていると知らされて喜ぶ者がほとんどなのだろうが、今の彼を見ては素直に喜べないだろう。
ならば、自分が少しでも記憶を取り戻してやれれば。
タンニーンはそう考えたのだが………。
「シドー、今日はどこいく?」
「そうだな~。あっち雪山とか行ってみるか」
「ゆき!」
「決まりだな。タンニーン、ちょっと行ってくる」
シドーはそう言うとリリスをおぶり、飛び出していった。
彼が自由なことは知っていた。だが、記憶を失ったことでそれに拍車がかかってしまっている。正直、手に負えない。
タンニーンはそう思い始めていた。
シドーはのんびり空を飛び、リリスは背中に座り、雪を捕まえようと手を伸ばしていた。シドーはゆっくりと着地し、雪独特の踏み心地を感じていた。
シドーは雪を知ってはいたが、踏むのは初めてだった。
「ゆーきー!」
リリスはシドーの背中から飛び降り、走って行ってしまった。シドーはすぐさま彼女を追いかける。端から見ると、はしゃぐ子供を追いかける父親のようにも見えた。
その後、二人は遊び始めた。シドーが何となくやろうと思った遊びをしていたのだ。雪だるま(超特大サイズ)を作ったり、雪合戦(雪玉で岩を砕く個数を競う)などをしていたのだが、その後到着したタンニーンに止められていた。
「貴様ら!何をしている!彼らの家を壊す気か!」
タンニーンは二人の遊びに巻き込まれたドラゴンたちを指差しながら言った。
シドーは真顔で返す。
「どれが家かわかると思うか!」
キレ気味に言ったシドーの言葉もその通りである。シドーは記憶がない。ドラゴンの巣となっている岩と、そうでない岩を見分けることも出来ない。
タンニーンがどう言い返してやろうかと考えていると、リリスが口を開いた。
「シドー、あれなに?」
「ん?どれだ?」
「あれあれ」
リリスは必死に指差して伝えようとする。タンニーンはそれを追い、リリスが何を言っているのかわかった。
「あれは温泉だ。それがどうかしたか」
リリスはシドーのローブの袖を引っ張る。シドーは彼女が何を言いたいのかわかったようだ。
「タンニーン。リリスが入ってみたいようだ。いいか?」
こいつら、説教されている自覚あるのか?
タンニーンはそう思った。だがあの温泉は、ある理由でリアス・グレモリーらが使ったものだ。その時に彼も別行動ではあったがいたはず。
もしかしたら、記憶を戻す糸口になるかもしれない。
タンニーンはそう思えてならなかった。
タンニーンは嘆息しながら言った。
「わかった……行ってこい。だが、入りかたはわかるのか?」
「この格好で飛び込めばいいんだろ?任せろ」
シドーはそう言うと、リリスと手を繋いで歩き出してしまった。
タンニーンはすぐさま二人の前に回り込む。
「違う!あれは服は脱いで入るものだぞ!」
「丸腰で入るのか!?」
タンニーンの指摘に、シドーは驚愕していた。
「貴様ら今までどんな状況にいたのだ!?」
「毎日、逃げては殺し、逃げては殺しで今に至る」
「はぁ……とりあえず、服は脱げ。武器は近くに置いておけば良いだろう」
タンニーンが言うと、シドーは「それもそうだな」と返して再び歩き出した。
シドーといると疲れる。
タンニーンはそんな事を考えていた。
そんなタンニーンを近くの山から見る影があることを、タンニーンは知るよしもなかった。
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「あぁ~、気持ち良い~」
「あ~い」
俺、シドーとリリスは、温泉に肩まで浸かってのんびりしていた。俺もリリスも温泉に入るのはこれが初めてだ。
俺は癒されると言っておきながらも警戒していた。どうにも見られている。そんな気がするのだ。
そんな俺をよそに、リリスは温泉を泳ぎ始めていた。
思えば、リリスに会ったのも何かの縁だったのかもしれない。目を覚ましてまず目に飛び込んできたのはあの子だった。真っ赤な大地に座り、二人で万華鏡(旅の途中で知った)のような空を見上げる。それが俺にとっての最初の記憶だった。リリスから『シドー』と呼ばれたのもその時だ。それが俺の名前なのかと思ったが、何かが違う気もした。だからこうして旅をしているのだ。リリスから渡された二つの何か、タンニーンは『チェスの駒』と『お守り』と言っていたが、これの元の持ち主に会えば何かがわかるのかもしれない。
俺は左手を上げる。ひじ辺りに大きな傷跡があるが、左手はしっかりあるし、感覚もある。だが、それさえも何かが違う気がした。
リリスはこちらに戻ってきて、俺の膝に座る。
「シドー、どうかした?」
リリスが振り向きながら訊いてきた。俺は笑みを浮かべて答える。
「そろそろ出発するか。タンニーンにも世話になったけど、いい加減、旅に戻らないと」
「うん」
リリスは頷いた。俺はリリスの頭を撫でる。
「また忙しくなるかもしれないけど、安心しろ。俺は負けないさ」
「うん」
リリスが返事をしたのを確認して、リリスを抱っこするように持ち上げる。
「そうと決まれば即実行。タンニーンの所に戻るぞ。今日はしっかり休んで明日出発だ」
「うん!」
リリスが元気に返事をしてくれると同時に、俺たちの服が置いてある場所に移動する。雪山なのに体は暖かいな。
俺とリリスが服を着て、タンニーンの元に戻ろうとした時だ。俺たちの前に巨大な影が落下してきた。
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