あれから、グッスリ眠らしてもらって俺はグレモリー城に来ていた。
先ほどリアスから
『今回の件の説明のため、バアル家から使者が来るそうです』
と連絡を受け、来たわけだ。とりあえず、あの剣士の正体ぐらいは知っておきたいからな。
グレモリー城の転移室で待つこと数分、転移型魔方陣が輝きだし、光が弾けた。
「来たな。待ってたぜ」
俺が右手を軽く上げてあいさつすると、ロスヴァイセが前に来て俺の両肩をつかみ、詰め寄ってきた。
「シドウさんっ!心配したんですよっ!」
「も、申し訳ない」
あまりの気迫に押される俺だが、ロスヴァイセに離してもらい、一度咳払いをしてリアスたちに訊く。
「それで、おまえらもあの男に接触したらしいな?」
『はい』
「なら話は早い……とりあえず移動するか」
俺の一言で、使者がいるという応接室に移動するのだった。
その道中にもリアスたちから話を聞き、いくつかわかったことがある。
まずは、イリナの父親……紫藤トウジ。
次に、あの剣士……元
そして、駒王町管理の、つまりリアスの前任者の悪魔……クレーリア・べリアル。
どうやら八重垣とクレーリアの出会いが今回の事件の発端らしい。
それを確認すると同時に応接室に到着、俺が扉を開き、一礼してから入る。
「よく来てくれた」
父さんが立ち上がり、迎え入れてくれた。
そして、バアル家からの使者と思われる初老の男性……紫色の瞳に黒い髪、優しさを感じる瞳だが、そこから力強さも感じ取れる。
その男性は口元を少しだけ笑ませる。
「ごきげんよう、シドウ殿、リアス姫」
えっと、誰だっけ?
俺とリアスが疑問符を浮かべていると、父さんが言う。
「二人とも、ごあいさつなさい。このお方はバアル家……初代当主様であらせられる」
『……ッ!?』
父さんの一言で俺たちは一様に驚いた!だって初代当主だぞ!このお方が"バアル"と称される悪魔の始まりのヒトだぞ!
初代様は俺とリアスに改めて言う。
「はじめまして、シドウく殿、リアス姫。私の名はゼクラム・バアル。まぁ、私のことは聖書や関連書籍を見ていただければ十分だろう」
「はじめまして、お話だけは、俺も、リアスも書物で知っています」
リアスはガチガチになってしまっているので、俺が言う。
だってこれは、完全なる不意討ちだ。使者って言うぐらいだから、執事とか眷属が来るもんだと思っていた。
つまり、面食らったのも無理はないっ!
「グリモリー眷属の皆々。活躍は私の耳にも届いている。我が家のサイラオーグともよくしてくれているそうで……礼を述べよう」
ゼクラム様はそう言うと、すぐに本題に入った。
「訊きに来たこととは、あの町にいた……貴殿の前任者について、でよいな?」
リアスが息を整えて肯定する。
「はい。敵の……クリフォトに手を貸す者の一人が『天界に、そしてバアル家に復讐する』……と」
ゼクラム様はそれを聞き、目を細めた。
「ふむ、どこから話したら良いものか……」
イリナが一歩前に出てゼクラム様に言う。
「お願いします。聞かせてください。私のパパ……父も関与していたと聞きました。いま、その父はテロリストに命を狙われております。あの町で起こったことをお聞かせください!」
ゼクラム様はイリナが天使だと気づいたようだ。
「……貴殿は天使か。関与というと、当時の教会から派遣されたエージェント。もしや、紫藤という人間の?」
「はい、私は紫藤イリナ。紫藤トウジは私の父です」
それを聞いたゼクラム様は大きく息を吐いた。
「……これも縁か。まったく、サイラオーグの世代になってから、いろいろなことが噴出してばかりだ。……前もって訊こう。あの土地と我らの関係についてはご存じかな?」
リアスが頷いた。
「はい、今はグレモリーの統括ですが、以前……古くはバアル家とグレモリー家の共同地域と聞いております」
俺はその頃から任務にいそしんでおりました。
「貴殿たちが利用しているものの大半も古くから我らが関わっていたのだ。主にグレモリーが工面していたのだがね。駒王学園もしかり。だが、一時だけあの地を貴族の子息、子女の経験のために短期間貸し与えたこともあったのだ。そのなかにあの娘がいた」
つまり、あの娘ってのが、クレーリア・べリアルってことか。しかもその娘は、ディハウザー・べリアルさんの従姉妹だという。
ゼクラム様は続ける。
「クレーリアの運営は順調であった。どこにでもある上級悪魔が取り仕切る町の様相を見せていたのだ。ところが、偶然が重なり、クレーリアは人間の男と通じてしまった、いや、それ自体は咎めることではない。悪魔が人間と関係を持つこなど、古来、そう珍しいことでもないからだ」
所詮、我々よりも短命の存在。永生なる悪魔にとって、一時の戯れとして付き合うには十分な素材だ。とゼクラム様は付け加えた。
すると、ゼクラム様の目元が険しくなる。
「ただし、相手が教会側の人間ならば、話は別となる」
ゼクラム様はイリナに目を向ける。
「いまでこそ、この場に天使が同席するということが許されているが、当時では考えられぬことだ。聖職者を堕とすならいいだろう。だが真剣に愛し合うなど、禁忌とも言えた。まったく、今年に入ってから価値観が覆るようなことばかり起こるものだな」
ゼクラム様は苦笑いをしているが、イリナが問う。
「……べリアルの女性と、教会の戦士は……」
「あってはならぬことだ。我々はそれぞれの立場から説得を試みた。……が、彼らの間柄はすでに深いところにまで行っていた。このままでは、特例を許してしまうことになる。強引に引き離すことが決定したのだよ。皮肉にも、教会側も同様の決定を下したようだった。彼らも業の深い存在だとは思わないかね」
俺の任務中にそんな事が……いや、待てよ……。
俺がある仮説を建てたところでリアスが訊く。
「二人は……亡くなった。……粛清したのですね?」
ゼクラム様は淡々と語る。
「結果的にそうなってしまったのだよ。我らは最後まで説得を試みた。……が、業を煮やした教会側が……いや、我らのほうが先に手を出したのかもしれないが、お互いがお互いの不備を正した」
「結果的にあの町を管轄する悪魔がいなくなり、俺が…旧魔王派が潜り込む隙ができてしまったと……知らなかった」
「おそらく、どの勢力のトップにも伝わっていなかったのだろう」
俺の言葉にゼクラム様が返してくれる。
何とも言えないな。それがあったから俺は駒王町に入り込めて、コカビエルを倒してリアスたちを助けられたわけだ。
父さんがあごに手をやって静かにうなった。
「初めてうかがうお話ですな。まさか、リアスの縄張りにそのような事案があったとは……。リアスの代になるまであの地をバアル側にお任せしていた面もありましたが、我らも肩書きの上では共に治めていた身です。一言いただきたいところでしたな」
父さんは不満そうな声音になっているが、。ゼクラム様は気にせずに続ける。
「過去を捏造し、あの地をリアス姫に紹介したことは謝罪しよう。しかし、そのようなことが起こった地だ、早めに後任者を決めねばいらぬ邪推が飛び交うことになる」
「その後任者には有望な若手が適任だった。………ということですな。確かにリアスなら、バアルの血を宿す、魔王ルシファーの妹。不名誉なことが起きた地を上書きするには、十分な逸材と踏まれたと?」
父さんの言葉にゼクラム様は薄く笑む。
「たとえ、今回のように明るみになろうとも、有望な若手であるならば、その前に実績を積んで十分に清算できるだろう。……と思ったのだが、有望すぎて、あの地は三大勢力の和平の場所となってしまった。上書きとしても、過分すぎるほどであろう」
確かに、ゼクラム様の言う通りだ。リアスはあの町で現在進行形で実績を残していっている。今、この話が出てきても"今さら"で片付けられてしまうだろう。
リアスは首を横に振り、できるだけ怒りを抑えるように言う。
「当時の政治が絡んだのでしょうから、それについて私は特に何もありませんわ。けれど、どうして……」
「どうして捏造したのか?グレモリー卿を騙してまで……と、そういうことだろうか?」
「……………」
言いたいことを先に言われ、リアスは不満げに口を閉じた。
ゼクラム様は続ける。
「サーゼクス殿には話した。伝わっていなかったとしたら、それは彼の愛情だ。それは否定できることではあるまい。いらぬ情報、気苦労を妹にも、弟にもかけたくはなかった。そうは思えないかね?」
確かにあの任務のタイミングで話されてたら、確実に動揺なりしてバレることもあったかもしれない。
知らないところで兄さんも戦っていたんだな。
「ですが、それが今回の被害をもたらしてしまった。そうは考えられます。前もって知らされていれば、一人や二人なら助けられたかもしれません」
俺は若干の怒気を込めて言ったが、ゼクラム様は笑うだけだった。
「シドウくん。キミはまだまだ若い。私のところのサイラオーグといい、リゼヴィムの坊っちゃんといい、まるで人間のようだ。話は聞いている。キミも悪魔は悪であるべきと思っているのだろう?」
「俺は……善悪両方あって当然と思うだけですよ。ただ……俺自身は悪よりですが……」
俺の言葉を聞いてリアスたちは何とも言えない表情になっていたが、ゼクラム様だけは鋭い眼光を放ち、そして言った。
「貴殿たちもよく心しておいてもらいたい。真の悪魔とは、古くから伝わる上級悪魔の血縁者を指す。それ以外は眷属……下僕であり、本当の悪魔ではない。邪悪であるにしろないにしろ、この貴族社会を未来永劫存続させることが、悪魔のすべきことだ」
これがこのヒトなりの悪魔の意味か……。邪悪であるにしろないにしろってのは俺の意見と同じだが、それ以外のところは何とも言えないな。
ゼクラム様は息を吐き、立ち上がった。
「ふむ、年甲斐もなく話し込んでしまった。私もまだ若いのかもしれんな」
ゼクラム様は苦笑いすると、こう述べた。
「今回はキミたち、D×Dに任せよう。バアル側の動きをうかがっている者がいそうなのでね。下手に動くのは悪手と判断した」
警戒してるんだな。まぁゼクラム様もクリフォトのターゲットになっているかもしれないしな。
ゼクラム様は言う。
「あの町のことを黙っていて、申し訳なかった。……では、私はおいとまさせていただこうか」
「ゼクラム様、お送り致しましょう」
父さんが手をやって差し出すが、ゼクラム様は「かまわんよ」と断っていた。
ゼクラム様は部屋を出る直前に何かを思い出したように言った。
「アグレアスは何としても奪取したほうがいい。赤龍帝殿が上級悪魔を目指しているのなら、なおさらだ」
ゼクラム様はそう言うと部屋を出ていった。
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初代バアルの話を聞いた俺、兵藤一誠は、室内を包み込む何とも言えない空気を感じ取り何も言えなくなってしまった。それはリアスたちも同様のようだ。
ガタンっ!
『……っ!?』
突然の物音に俺たちが反応すると、シドウさんが倒れていた!?
「シドウ、どうした!」
「お、お兄様!?」
リアスのお父さんとリアスがすぐに駆け寄り声をかけているが、シドウさんは呼吸が荒くなっている。
もしかして、邪龍の毒が今になって!
『グレモリー卿。冥界で解呪が専門の病院か何かはないのか』
ドライグが全員に聞こえる声で訊くが、リアスのお父さんは首を横に振った。
「簡単な解呪ならどこでもできるはず。しかし邪龍の呪いともなると、セラフォルー記念病院が一番だったのだが、そこでもダメとなると……」
さすがに冥界でも邪龍の呪いはキツいのか!
『ならば行き先は一つだな』
一つって、まさか!
『その通りだよ、相棒。紫藤トウジがいる場所、天界だ』
俺たちは再び天界に行くことになったのだった。
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