無責任野郎! 武蔵丸 清治   作:アバッキーノ

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めり~くるしみます(つД’)
色々考えましたが今年のうちにこれを投稿することに決めました。
今年のイヴのディナーは焼肉っぽいやつをごはんに乗っけた丼です。
クリスマスプレゼントは木工用の10mmの電動ドリルの刃。
だんだん自分が何する人なんか分からんくなってきた(^^;


A04 鈴鳴第一と無責任男の件

 防衛任務の最中に、同じく防衛任務についていた香取隊の香取に清治が逸物を見せつけている頃、ボーダー鈴鳴支部では導入された機器を利用して訓練を実施していた。

 これは鈴鳴支部に所属する戦闘員兼エンジニアの清治が、後天的に得たサイドエフェクト『強化感知』を他の人間でも会得することができる『かもしれない』訓練だ。

 仮想空間に斜面を作り、そこに適当な障害物を配置する。訓練を受ける者はその斜面を目隠しをして駆け下りるというものだ。

 最初から目隠しをするのはハードルが高いので、まずは適度に立ち止まるのが難しい程度の斜度を持った斜面に、飛び越えようと思ったら飛び越えられなくもない程度の高さを持った障害物を配置した。

 小手調べとばかりにこれを目隠しなしで突破する。ここまでは案外難しくはなかった。だが、斜面の角度をさらに上げると急激に難しくなった。

 まずはスピードだ。踏ん張りが利かない斜面なので、どうしても進む速度が速くなる。それだけならば良いのだが、その速度で障害物を避けると大変なのだ。

 横に躱すのが難しい場合が多いため、ほとんどの場合ジャンプで躱そうとする。そうなると、着地する先にある障害物に手もなく激突するハメになるのだ。

 今置いている障害物は、高さ2m弱のハードルのようなもので、すべての形状が一定している。そのため避けやすいはずなのだが、思ったようにそれを躱すのには意外に骨が折れた。

 それでも鈴鳴第一の隊長の来馬 辰也と隊員の村上 鋼、別役 太一は必至で訓練を受け、一応曲がりなりにもこの斜面を駆け下りることに成功した。次は目隠しをしてか…

「これはキツいよ。あの人、本当にこんなことを3歳のころからやってたのかな?」

 来馬が思わず口にした。

「やってはいたのかもしれませんけど、できてたかどうかは別問題なのかもしれませんね。何せ本人からは『できてた』なんて言葉を聞いた記憶がありませんから」

 息をきらせながら村上が答える。彼は彼で特殊なサイドエフェクトの持ち主であり、経験したことを短時間の睡眠で自らの経験として完全に固着させることができる。

 そんな村上でさえ、この訓練が始まった5日ほどたつにも拘わらずうまく駆け下りることができずにいるのだ。

「無茶苦茶ですよこんなの。今の状況でもこんななのに、ムサさんが言っていた条件でやったらトリオン体でも死んじゃいますって」

 別役の言葉に他の二人も同意する。だが、オペレーターの今だけは違った。

「最初の導入テストの時、最大斜度70%で障害物に木やブッシュを設定しましたけど、ムサさんは本当に目隠しをして駆け下りちゃいましたよ」

 彼女だけがこの4人の中で、清治の実地テストに付き合ったのだ。そして、その様を目の当たりにしたため

 ――― 案外簡単にできるようになるのかもしれないわ

 と勝手に思ったのだ。しかし、隊員たちが清治が行った時よりもはるかに簡単な設定で目隠しもしていないにも拘わらずこのザマだ。憚りながら、B級中位グループの中でも今後の飛躍が期待されている鈴鳴第一の面々がである。

 飛び抜けている… 今は初めて清治に対してそう思った。そして、確かにこの訓練をクリアできれば、サイドエフェクトとはいかないまでもそれに近い能力を身に着けることができるのではないかと考えるようになったのだ。

 現在のところ、一番感じよく駆け下りているのは村上ではなく来馬だった。村上の学習能力を持ってしてもなかなか克服できない今回の訓練だが、来馬はそのセンスで比較的華麗に障害物を躱している。

「もう一本行こう!」

 そう促して他の二人と共に斜面の頂上に向かいながら、来馬は支部が発足する前の清治との出会いのことを思い出していた。

 

「おいっす。君が来馬さんとこの息子さんかね」

 B級に上がった当初、個人ランク戦の合間にラウンジで休んでいた来馬に声をかけて来たのが清治だった。最初はちょっと警戒していた。

 というのも、来馬もまた彼の様々な噂を多く耳にしていた。中には確実に尾ひれのついたものもあっただろうが、すべてがすべて嘘であるとも思えなかったのだ。

 だが、それでも一応話を聞くだけは聞いてみようと思った。来馬自身が人当たりが柔らかいというのもあるが、そうは言っても清治はボーダーの人間だ。そうそう人間性に大きな欠陥があるわけでもないだろうと思ったからである。

 清治はどういうルートからか、今回来馬が入隊するにあたり来馬の父親がボーダーに支部として建物を譲り、建物がある地域が鈴鳴地区であるため鈴鳴支部として運用されることが決まっているという情報をキャッチしたらしい。

「それでね。上は支部で君を隊長とした隊を作ることを考えちょるらしい。で、人がいるぢゃろうから売り込みに来た」

 ということらしい。

 だが、来馬は清治がS級であるという話を聞いている。そうした人物である彼はB級である来馬の下に入ることはできないはずだ。

「その点については問題ないよ。まず1つにわしは戦闘員兼務のエンジニアなんぢゃ。なんで、君が隊を作れば実質支部は2部隊になるちゅ~ことになる」

「もう1つは、本当に売り込みしたいのはわしよりももう1人の人材なんよ」

 そう言うと、清治は立ち上がって誰かを呼び寄せるように手招きする。ほどなくして現れたのは、今時珍しいタイプの女性だった。

 一言で言えば日本美人だ。美しい黒髪を肩口のところで切りそろえ、その挙作、立ち居振る舞いはまさに大和撫子だ。一目でしっかり者だるということがわかる。

「初めまして。今 結花と言います。オペレーターです」

 そう言って頭を下げる。

「ああいや。どうも。こちらこそ」

 来馬も立ち上がって頭を下げた。

「えぇ娘ぢゃろ。県外からスカウトで入って来た娘ぢゃけど、今いるフリーのオペ娘ちゃんたちの中ではピカイチよ。彼女の能力だけで言えばA級クラスぢゃ。おっぱい以外欠点が無い… ぶべっ!!」

 清治の右頬に今の左フックがヒットする。全く淀みの無い軌道で清治の顔面を捉えたそのパンチをボクシング関係者が見れば、きっと女子ボクシングの未来を見ることができたに違いない。

「褒め過ぎだし一言余計です!」

「ハハハ…」

 おとなしめに見えたが、案外気の強い子だなと来馬は思った。

 とにかくこれで鈴鳴支部のスターティングメンバ―がそろったのである。だが、来馬は当初自分が隊長になることに難色を示した。

「僕なんて、まだB級に上がったばかりのひよっこですよ。もっと経験のある人を誘って、その人にお願いした方が良いんじゃ…」

 しかし、清治はそれをすぐさま否定した。

「隊長ってのは経験があれば誰でもできるってモンでもねぇのだよタイチョー。まあ確かに実力や実績は必要かもしれんが、それは今から積んでいけば良い。タイチョーはね。そういった分かりやすい要素ではない隊長としての資質を既に持っとるんよ。まだ気づいてないんぢゃろうけどね」

 そう言うと清治は今とうなずき合う。

「人が人を集めて率いるってのは、理屈ぢゃなぁ部分がたくさんある。そういう理屈ではなぁ部分を、タイチョーはごく自然に持っちょるんぢゃ。まあ心配しんさんな。きっとタイチョーの下に自然に人が集まって部隊になる。内部を引き締めるのは他の人にやってもらえばえぇんぢゃけぇね」

 結成以降、清治は何くれとなく来馬隊のために世話を焼いた。今と同じく県外からのスカウト組で、配属希望欄に『どこでも良い』と記入した村上 鋼を隊に引き入れ、既に弧月の使い手として周囲から認められていた荒船 哲次にあずけたり、来馬と二人でスカウトに出かけ、別役 太一を連れて来たりしたのである。

 

 今にとって、清治はある意味『幼馴染』と言えるのかもしれない。

 祖父の剣術道場を継ぐために預けられた清治は、幼稚園や小中学校には通わずに特殊な状況で育てられた。

 午前中は祖父に雇われた家庭教師に徹底的に学ばされた。内容は尋常な初等教育や教養科目だった。

 教養科目の中に書道があり、今の母親がその教師だった。今は時々、母親について清治のいる道場へとやって来ていたのだ。

 今の目から見て、清治は生徒としては真面目だった。母親の開いている書道教室に通っている子どもたちは、書道などそっちのけで遊び回る。

 丸めた半紙を投げ合ったり、相手の顔に墨でいたずら書きをしたりだ。そんな連中と違い、清治は真面目に母の手ほどきを受け、さほど手筋は良くはないが良くやっていた。

 休憩時間の清治は、稽古を受けている時とは全く真逆だった。いつも今をからかっては、しばしば泣かせたり手痛い報復を受けたりしていたのだ。

 午後に行われている剣術の稽古を見学することもあった。その稽古内容は『苛烈』の一言に尽きる。

 特に防具のようなものはなく、道着に篭手とそれをかばう手袋、なめし皮でできた鉢巻きだけだ。

 その恰好で、師範である祖父と弟子である孫が竹刀で撃ち合う。痛くないわけがなかった。道場で泣くことは許されていなかったのだろう。稽古の後、道場の裏の誰もいないところで泣いている姿を何度か見たことがある。

 色々あったが年が近いこともあって、二人は稽古の合間の時間にいっしょに遊んだりしていた。だが、今が小学校に進学したことでその頻度は低くなる。

 中学に進学すると学業が忙しくなるとそういうことは全く無くなっていった。

 その後清治の祖父の体調が悪くなり、彼の母親で祖父の娘にあたる人物のいる県外のどこかへ転居したという話を母親から聞いたのだった。

「はいはいちゅうも~く。皆さん入隊おめでと~。オペレーターの国近 柚宇で~す。これでもA級部隊なんだよ~」

 入隊後のオリエンテーリングが終わり、オペレーター志望の今は他のオペレーター志望の新入隊者たちとともに説明を受けていた。

「…というわけで簡単な説明は以上ね。機器の使い方については、今から『非常勤エンジニア』として有名なエンジニアさんに説明してもらいま~す。ムサさ~ん」

「はいはい。アホの子オペレーターからご紹介にあずかりました『非常勤エンジニア』こと武蔵丸 清治と言いま~す」

 とても防衛機関の入隊説明とは思えないユルい感じのオペレーターの説明の後は、これまた同じくらいユルい感じのエンジニアの登場だ。入隊直後でカチコチだった周囲の子たちが緊張を解いていく中で今は不思議な感覚にとらわれていた。

 ――― あの人、どこかで見たような…

 説明会が終了して講堂を出た今は、先ほどのユルユルな説明をしていた2人が立ち話をしている場に行き当たった。目礼をして通り過ぎようとすると

「ゆかりんぢゃないんね」

 と清治が声をかけてきた。

「おやおや~。ムサさんもう目ぇ付けたんだ。気を付けてね~。この人、隙あらば胸触ってくるから」

 からかうように国近が言う。

「いや、わしの記憶が確かなら昔お世話になってた書道の先生の娘さんなんよ」

 ということは、今の記憶の中にあるあの真面目だけどちょっと意地悪な男の子が、今目の前にいる『非常勤エンジニア』と言われた人物に成長したということなのだろうか。

 こうして古馴染みと再会した今は、彼を介して来馬に紹介されて鈴鳴第一に入隊することになる。

 この後、清治に対する評価が周囲の雑音とそれ程変わらないものになるということ、その清治がスカウトしてきた別役に手を焼いたり、学力が残念な他の隊員の面倒を見たりするハメになるとは、この時は知る由もない。

 

 隊が結成されてからは、それぞれの役割はすぐに決まった。村上がエースとして活躍して来馬と別役はそれを最大限サポートする。

 チームをまとめるのは、全体を俯瞰で見ることができるオペレーターの今だ。これは他の隊でもほとんどがそうなので珍しいことではない。

 訓練設備が無い鈴鳴支部では訓練ができないため、本部か玉狛支部に出向いて訓練を行うことになる。特に地理的に近い場所にある玉狛支部とは防衛任務を共同で行うこともある。連携は必須だった。

 おそらく玉狛支部を除けば、各支部の部隊運営は似たようなものなのだろう。

 本部の訓練室を借りて少しずつ訓練を行う日々。支部所属の隊員は本部とは違い、基本的にはボーダーとしての活動よりも学業などを優先させる。そのため、継続的な部隊の運営が難しい面があるのもまた事実だった。

 それでも役割が定着し、多くは無い訓練の機会を掴んで村上だけでなく別役もB級に上がった頃、村上は不思議に思うようになった。清治である。

 とりあえず役に立っているようには思えないのだ。エンジニアという仕事の特性上、支部にいるよりも本部にいる方が多いという話を来馬から聞いてはいる。

 だが、その本部で聞いた話だと残業もせずに、しばしば訓練にいそしんでいるという。

 戦闘員も兼務しているということもあり、しかも黒トリガーを所持するS級隊員ということで、村上たちとは別に単独で防衛任務に当たることもあるというが、実際どれほどの手腕なのかはさっぱりわからない。

 さらに、支部にいても特にやることが無いのだろう。応接スペースのソファでゴロゴロしながらお菓子を食べたり、今がやっている書類の作成や整理を手伝ったり、その今の胸を触ってパンチを喰らったりしている。

 来馬からは、支部と部隊の立ち上げの際に色々と骨を折ってくれたと聞いているし、別役も清治のことを一応は尊敬しているようだ。ちょっと怖がっているような節もあるにしても。

 荒船がアタッカーからスナイパーに転向した時のちょっとした行き違いがひと段落した頃、とつぜん清治が村上に声をかけてきた。

「最近随分良くなったらしいぢゃん。そんなら、わしの訓練にもちょいと付き合ってくれんかね」

 良い機会だと思った。周囲からは『まぐれS級』と呼ばれているこの人物の実力がどの程度のものなのかを、村上は純粋に知りたいと思っていたからだ。

 来馬と別役がオペレートを行って実施された訓練は村上のサイドエフェクトに配慮したものだった。5本先取の模擬戦を6回行い、5本終了ごとに15分のインターバルを入れるというものだ。

 驚かされたのは最初の5本勝負だった。なんと5-0で完敗したのである。荒船から教わったものをすべてモノにし、以降ランク戦で戦った強者たちと斬り結んだ経験は村上を強くした。それもあって、アタッカー個人ランキング4位につけている。

 そんな自分を完敗させるほどの実力が清治にあるとは、村上は全く思っていなかったのだ。もちろん1本も取らせないというほど自惚れてはいなかったが、まさか逆に1本も取れないとは思ってもみないことだった。

 ――― だが、次はこうはいかない

 取り決めの通り最初の5本勝負が終了した後、村上はラーニングのためのインターバルを取った。訓練室の壁にもたれかかって睡眠を取る。そして、目覚めた時に今日二度目の驚きに遭遇することになる。

「どわあああぁぁぁぁ~~~~~~~!?」

 目覚めるなり、村上はそれまでの生涯で出したことのないような声をあげた。

 村上が目を開けた時、彼の目の前に清治が立っていた。しかも、村上の頭上で口にたっぷりとつばをためていたのである。

「ああ。起きちまったか。もうちょいぢゃったのに」

 さあ、続きしょっか。と清治は言うと、くるりと背を向けた。どうもつかみどころがない人だと村上は思った。

 その後も驚かされっぱなしだった。結局その後の模擬戦も全て4-1で負け越したのだ。インターバル後の最初の1本は村上が取るのだが、以降の対戦ではそれまでとは全く異なる、全然予想のつかない動きで村上を翻弄する。

 インターバルでその動きを学習しても、次の対戦の時にはまたさらに違う動きをするのだ。トータル戦績は26-4。完敗だった。

「やっぱコウはすげぇな。ちょっと休むとすぐに強うなる」

 訓練の後、清治がそう村上に声をかける。

「コウの成長は隊の成長に直結するし、ボーダーのネイバーに対する戦力の向上にもつながる。おいさん嬉しいよ」

 嬉々としてそう語る清治の後ろで、村上はがっくりと肩を落としていた。圧倒的な力量の差を感じざるを得なかったのだ。

「タイチョーが言うたぢゃろ? 『コウはコウのやり方で強くなれば良い』」

 ハッとして顔を上げた村上に、清治が笑顔でうなずいた。

 以降、しばしば村上は清治とこうした訓練を行った。行ううちに差は少しずつではあるが詰まるのだが、それでも今に至るも勝ち越すことはできずにいる。

 

 別役は地元では目立たない少年だった。いじめられていたというわけではないが、グループの中での相対順位は低い。

 彼は他の同世代の少年たちと比較するとおっちょこちょいで、しばしばそのせいで周囲に迷惑をかけることがあった。

 そんな彼を、他の子どもたちが下に見るのは無理からぬことだっただろう。

 それでも彼にはいくつかの長所があった。美点と言っても良いかもしれない。

 集中力が高いこと。親切であること。真面目で謙虚であること。明るく元気であること。

 そういうこともあってか、彼を下に見る子たちも彼をいじめたり邪険に扱ったりするようなことはなかった。

 彼には特技があった。射的だ。そのため、縁日などの時は彼が周囲からもてはやされる数少ない機会だった。

「たいち~。こっちこっち」

 いつも一緒に遊んでいるグループの少年たちが別役を呼んでいる。今日の縁日も彼らといっしょに行くことになっているのだ。

 5人の男子と3人の女子。その中に、別役が思いを寄せる少女がいた。吉原(よしはら) 芽衣子(めいこ)である。

 彼女にほのかな思いを寄せているのは、もちろん彼だけではない。このグループ内でもそうだが彼女は同学年だけでなく先輩・後輩にも思いの多寡はあれど慕われているのだ。

 年齢的にも少女から大人へとさしかかる時期だ。少女の清廉さと大人の魅力が微かに漂うそれは、彼らにとっては憧れてやまないものだった。

「太一。3組の奴らが言ってたイカサマっぽい射的屋って知ってっか?」

 その噂は別役も聞いていた。2日間開催される縁日の夜店の中で、なかなか賞品が取れない射的の店があるというのだ。

 まずほとんど弾がまっすぐ飛ばない。また、威力がとても弱いので景品に当たってもなかなか倒れないという。

 射的としてはクレームの嵐だが、残念賞にとても良いお菓子が配られているため、そのお菓子目当てでその店を訪れる人も少なくはないそうだ。

「大丈夫よ。太一くんならきっと何か取れるよね」

 そう言って自分に笑顔を向ける吉原。別役は顔を赤くしながらうなずく。

「太一の奴、照れてやがるぞ~!」

 からかう友人に反論しながら、みんなの足は件の射的屋の方へと向かっていった。

 今まさに挑んでいる連中がいた。別役と同じ学校の生徒で、校内でも有名な乱暴者たちだ。先生もほとほと手を焼いている。どうやら彼らはいちゃもんをつけているらしい。

「全然まっすぐ飛ばねぇじゃんか! こんなもんインチキだ!!」

「それによ! さっきあの隅っちょのちっせぇ人形に弾が当たったってのに、全然動きもしねぇし! どうせ両面テープかなんかで張ってやがんだろうが!!」

 不必要な大声でそう言いたてているこの連中に射的屋のお兄さんはタジタジだ。まだ随分若そうだ。

「たいした言いがかりじゃのぉ。兄ちゃんら…」

 景品が並んでいる棚の辺りでやる気もなさそうに缶ビールを飲んでいたもう一人の店の男がゆっくりと立ち上がりながら声をかけてきた。長身で体格も良く、黒い帽子に黒いサングラスのその男は、立ち上がるだけで妙な威圧感を周囲に与える。

「まあまあムサさん」

 先ほどまで乱暴者たちにたじろいでいた若い男がなだめるようにそう言うが、サングラスの男は構わず進む。

「見てみいや」

 言いつつグラサン男は、棚にならんだ景品のいくつかを指でつついた。固定されていないのでそれらが指に押されて揺れている。

 一言も発することなくその様子を見ている周囲に構わず、男は店から出てくると乱暴者の手にある射的の銃を取り上げると弾をつめた。

「ほいでこれぢゃ」

 彼が撃つと、それまでの客が撃った時のことが嘘のように、力強い弾がまっすぐに的に飛んでいく。2、3回それを繰り返す。すべての弾が景品に当たり、当たった景品はすべて倒れた。

「見ての通りぢゃ。これにゃ少々コツがいる」

「何だよそのコツって」

「アホか。それ言うたらこっちの商売上がったりぢゃ。ほれ。ハズレ景品多めにやるけぇ、さっさとどっか行け」

 男にそう言われ、分が悪いと感じたのか乱暴者たちは多めに渡されたお菓子を持ってぶつくさ言いながらその場を去った。

 連中はいなくなったが、そのやり取りに恐れをなしたのかそこそこいた客が随分といなくなっている。

「営業妨害ぢゃなぁか… 仕切りのおっちゃんに文句言うとかんといかんの。で、坊ちゃんらはやってくかい?」

 機を逸してしまったがために逃げることができなかった太一たちに向かって男が言う。

「おい太一…」

「太一くん…」

 仲間に促されて、それでも少し戸惑っている別役に

「まあ無理強いはせんがね。ここはイカサマぢゃなぁが、できるやつとできんやつがハッキリ分かれる店ぢゃけぇの」

 言いながら男は元の場所に戻ると、再び缶ビールをあおり始めた。よく見ると足元にかなりの数の缶が転がっている。

「…やります」

 別役は射的が好きだというのもあるが、自分はそれが上手いという自負もあった。他の人にはできなくても自分にはできる。そう思えるものは射的くらいしかなかった。

 気弱そうな方の男性が別役に銃と弾を渡す。三百円を払って銃に弾を込め狙いを定めて撃つ。だが、初弾はハズレだった。

 だったにも関わらず、グラサン男も含めてその場にいたものが驚いて別役を見る。放たれた弾は、先ほどグラサン男が撃った時に近い強く勢いがあったからだ。

「やるのぉ坊ちゃん。坊ちゃんくらい撃てるなら、アレを撃っても当たりゃぁ倒れるかもしれんで」

 グラサン男が指さしたのは、並んでいる景品の中でもひと際大きく重そうなものだった。中央に『一等賞』と書いてある。

「あれ倒したら、ここにある商品から好きなもん持ってってえぇで」

 男が指さした一等賞の商品は、どれもこれくらいの年齢の少年少女が欲しそうなものが並んでいた。

 その中の大きなクマのぬいぐるみを吉原が見つめていることに気が付いた別役は、何がなんでも景品を倒してやろうと狙いを定めた。

 弾が命中して景品が倒れる。驚きと歓声の中で、若い男性とグラサン男はうなずきあった。

 帰り道に吉原にぬいぐるみを渡し、意気揚々と帰宅した別役の家に、ボーダー関係者と名乗る二人の男が訪ねて来たのはその翌日のことだった。

 そして、『我々は誘拐犯だ』と名乗るその二人に、いかにもなクルマに乗せられて大騒ぎをしながら三門市へと向かったのは、縁日の出来事があってから一週間後のことであった。




今後は月に2回以下といったペースになるかもしれません。
あと、次回から原作の時間軸にぬるっと入っていく予定です。

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