無責任野郎! 武蔵丸 清治   作:アバッキーノ

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A03 防衛中は立ちション禁止な件

 防衛任務に入る前にトイレで用を足し、まだ少し時間があるのでロビーでぶらぶらしている清治に声をかけてきたのは堤だった。

「清治くん。あの後は大丈夫だった?」

「ああつつみん。なんか気が付いたら隣ににのみ~と三輪っちがおったょ」

 堤の言う『あの後』とは、言うまでもなく先日の『加古チャーハンに悶える会』のことだ。

 すべての皿がハズレだったという壊滅的な状況から二宮と堤を救った清治だったが、本人は2皿目を食べ始めたあたりからの記憶が全くなかった。

 そのため、その後どのような経緯でいつもの休憩室に自分がいるのか、また前後に自分がどのような行動・言動をしたのかも覚えていない。

 ただ、ボーダー内でも気難しい人物として名の知れている二宮が、こちらが恐縮してしまうほどに礼を言っていたのと、任務のためにその場にいなかった堤が詫びていたということ、そして何故か三輪にまで礼を言われたことだけが記憶にあった。

「あの時は本当に申し訳なかった。でも、おかげで防衛任務に穴をあけずにすんだよ」

「それだけは避けんとねぇ。まさか始末書にのぞみんチャーハンを食って卒倒したなんて書けんぢゃろ」

 そう言って二人は笑った。

「ぢゃ、わしはぼちぼち」

「そうか。今度この埋め合わせは必ずするよ」

「マジで? そんならわしフーゾクがえぇのぅ」

「いや、さすがにそれはちょっと」

「なら、おねえちゃんがおる店で呑みたい」

「それならいい… かな?」

 二人はそんな約束を交わすとそれぞれにロビーを後にした。

「お。にのみ~」

 出がけに二宮を見かけた清治が声をかけると、二宮が複雑な顔をした。それも無理からぬことだろう。

 二宮も堤と同様、過日の加古チャーハンの件について清治に感謝している。だが、そのあとの『屁ぇ浴びせられた事件』については少々思うところがないわけでもない。

 それは確かに意識のなかった時のことではある。本人に責任はない。理屈ではそうわかってはいるが、実際にあのような目に遭った当事者としては腹も立つやら情けないやらである。

 それでも二宮は恩義というものを忘れない義理堅い人間である。

「おい。予定が合う時に声をかけろ。焼肉おごってやる」

「ほほぅ。そりゃありがたいね。つつみんからはキャバクラに連れてってもらう約束があるが…」

「ならその前だな」

「そりゃまた豪勢ぢゃね。何か申し訳ないよ」

「気にするな…」

 そう言うと、ふいと二宮は立ち去った。

 

『でですねぇ。私が入ってついに海老名隊結成! なんですよぉ!』

「そうか。そりゃめでてぇな。ぢゃ、お祝いに今度飯おごったげよう。隊のみんなにも声かけとくとえぇ」

『いいんですか? やったー!!』

 今回『ごくつぶしのキヨ』こと清治のぼっち防衛任務をオペレートしているのは、晴れてB級の隊に入隊することが決まった武富 桜子である。

 ボーダーに入隊した時期のことを考えると、新しく隊に入るまでに随分と期間が空いている。それには相応の訳があった。

 武富は現在のランク戦実況システムの構築に一役買っていた。いや、むしろ彼女が主導していたと言っても良いくらいだった。

 入隊して暫く経ったある日、B級ランク戦を観戦した彼女は感動し、周囲に対して実況および解説を置くことを必死に働きかけたのだ。

 当初はほとんど話は進まなかった。それは当然のことで、入隊したての名も無きに等しい彼女の言葉に耳を傾けるのは、同輩の中で彼女と比較的親しいごく少数の人間だけだった。

 有力者を味方に入れなければならない。しかし、イキナリ上層部に働きかけるのも難しい。そこで彼女は、A級およびB級の隊員の中で比較的話しやすい、賛同してくれそうな人物を説得することにした。

 目を付けたのは、当時B級中位グループの隊を率いていた東だった。元はA級首位の隊を率いていたこともあり、戦術に対する造詣も深い彼に実況の有用性を説いて支持を求めたのだ。

 彼女自身が呆気に取られるほど簡単に東は了承した。後に彼は

「若いやつが何かやろうともがいている時に、手を貸してやったり背中を押してやったりするのが大人の務めだ」

と言ったという。

 すぐに彼は、A級上位部隊の隊長である太刀川、冬島、風間に話を持ち掛け、やがてその話、動きはボーダー本部長の忍田 真史の耳にも入ったのである。そしてそれは、武富の努力が報われた瞬間でもあったのだ。

 清治はその動きには参加しなかった。だが、上層部として実況と解説を実施することが決定すると、彼が主導してシステムの開発を行った。

 清治はどちらかと言えば、トリオン関係の開発をするよりもインフラの構築などに対する技術が高い。そんな彼が主体となって実況が必要な機材などを選定し、武富の依頼で音声を記録するようになったのだ。

 もっとも、録音された音声は武富の個人的な楽しみのために使用されているのではあるが。まあそれぐらいのわがままは許されても良いだろうと清治は思う。

 彼女の功績は彼からすれば、自分よりもはるかにボーダーに貢献していると思うからだ。

 そんなこともあって、清治は比較的武富と親しい。彼女がまだ中学生であるため『セクハラの双璧』たる彼の毒牙にかかっていないこともあるのだろう。武富が清治の任務のオペレーターになるのは3度目だった。

「しかし、そうなるとさ~くらちゃんにオペしてもらうんはコレが最後になるんか。おいさん少々寂しいわいね」

『大丈夫です! ウチの隊はまだまだ経験が浅いんで、ムサさんと共同任務ができるように色々お願いして回ります!」

「そりゃ重ね重ねありがとう。ところで、ちょっとすまんね。寒さで近くなった」

 そう言って清治は通信を切ると、徐にそのあたりでゴソゴソとしはじめた。大変道徳的によろしくないし、警官に見つかれば軽犯罪法違反でしょっぴかれてしまう行為である。そして、だいたいこうしたタイミングで悪いことは起こるものなのだ。

『座標誤差0.63! ゲート開きます!』

そう言う武富の耳に、清治の行為による効果音が小さく聞こえる。

「ちょま! まだ途中なんぢゃけど!?」

『何とか止めてください!』

「いやいやムリムリ! そんなんしたらおいさん痛過ぎて死んでまう!!」

『止めないと今死んじゃいますよ!!』

 危機的状況であるにも関わらず何と情けないやり取りなのだろう。そうしている間にも清治の後方でゲートは大きくなっていく。

 そして、中から見慣れた化物が姿を現した。自動車ほどの大きさで、ブレードになっている10本の足を持つ敵。モールモッドだ。それも2体も。

「ひいいぃぃ!」

 到底ボーダーの実戦要員とは思えない情けない声を清治が挙げる。

『ムサさん早く!』

「だから無理だって! ここの痛みはさ~くらちゃんには分からんのよ! こんな時に限ってまだ出るし!!」

 当然ながら敵は待ってくれない。モールモッドは清治の姿を確認すると、何の躊躇もなく襲い掛かって来た。 …もし敵がモールモッドではなく人型で女性だったら多少はためらったかもしれない。

「どわっ! どわっ! どわあああぁぁぁぁ~~~~~~~!?」

 情けない声を挙げながら、その態勢のまま必死で敵の攻撃をかわす清治。両手が塞がっているため攻撃も防御もできないのだ。

「ひぃ! ズボンにかかる!!」

『ズボンと命とどっちが大切なんですか!?』

「そりゃそうぢゃけども!!」

 この状況下でよく敵の攻撃をかわすものだと感心しつつも、武富は焦燥に駆られていた。

 彼女は、清治が任務に着く際のオペレートを複数回経験している。そのため、彼が周囲に思われているほど役に立たない人間ではないことを知っている数少ない人物なのだ。

 いや、彼女から言わせれば、普通に彼と戦って勝利を収めることができる者など、ボーダーの中に何人いるのだろうか。それほどまでに武富にとって清治は『強い』戦闘員だ。

 しかし、どこかやる気のない態度の彼に対して忸怩たる思いもあったし心配していた。その矢先にこれである。手に汗を握らざるを得ない状況だった。

 瞬間、清治の視界のすみに小さな黒い影が勇躍した。その刹那、後方でモールモッドが切り裂かれて倒れこむ音がする。

「あんた何やってんのよ」

 声をかけてきたのは、B級9位の部隊、香取隊を率いる隊長にしてエース、香取 葉子だった。

 

 実は清治と香取は顔見知りだった。4年半前の大規模侵攻以前、香取の家は香取隊のオペレーター、染井 華の隣だったのだが清治の家はその正面にあったのだ。

 だが、3人が幼馴染かと言えばそういうわけでもなかった。清治は3歳になると県外にある祖父の家に預けられることになったのだ。そして、大規模侵攻の半年ほど前にその祖父の体調が思わしくなくなったため、娘夫婦のいる三門市へ戻ってきたのである。

 年が離れていた上にお互いに多感な時期だ。性別の違いもあるので会えば尋常に挨拶を交わすこと以外に特に接点はない。

 むしろ、香取と染井にとっては彼よりも彼の母親の方が印象が強い。同じような年頃の子どもということで特に気にかけてくれていたのだ。

 清治の母親は良く2人に

「ウチにも2人よりちょっと年上の男の子が居てね」

と話していた。その彼女も大規模侵攻の時に帰らぬ人となったのである。

 その大規模侵攻の時、崩れた家から香取を助け出したのは染井と清治だった。心底自分を心配していた清治の顔を香取は今も良く覚えている。

 その後、安全な場所に移動する二人を清治は見送った。3人が再び顔を合わせるのは、その後香取と染井がボーダーに入隊してかなり時間が経ってのことだった。

「いやいや。お葉ちゃん助かったよ」

「ぎゃあぁっ!? 変なモン見せんな!!」

 清治がそのまま言うものだから、見られてはまずいモノがばっちりと露出している。香取は見たくもないものをしっかりと見てしまうハメになった。

「あらやだ。こりゃぁとんだご無礼を… おいさんもうお婿に行けないわ」

 言いつつ清治がいそいそとズボンを引き上げる。正面からもインカムからも『やれやれ』という言葉が聞こえて来た。

「だいたいあんた。防衛隊員としての自覚あんの?」

『そうですよ。香取せんぱいもっと言ってやってください』

 二人の年下の女子に攻めたれられ、ムサさんたじたじである。

「そうは言うても、生理現象ぢゃけぇねぇ…」

「そんなら出てくる前に済ませときなさいよ」

「いや、したんぢゃが外が寒くてな」

「年寄くさい…」

 正直、隊の隊員とは少々ギクシャクしている香取にとって、幼馴染であるオペレーターの染井を除けばここまで軽口を叩くことができる相手と言えば清治くらいだった。

 だからと言って、彼女が彼を好んでいるかと言えばそういうわけでもない。一応顔見知りではあるし、大規模侵攻の時に助けられもしたという程度の関係だ。

「なかなかに手厳しいね。でも、ホンマにありがと」

 そう言って清治が頭を下げる。

「ふん… さっさと手ぇ洗いなさいよね」

 香取がそう言った瞬間だった。

『座標誤差0.78! ゲート開きます!』

 今度は染井の声だった。香取隊の本来の持ち場にゲートが開いたのである。

「!!」

 二人がそちらに目を向けると、ポッカリと開いたゲートからバムスターが3体ほど現れた。

「チッ… 遠い…」

 オールラウンダーの香取は、先ほど清治を救った際に使用したスコーピオンの他に銃型のトリガーも使用する。しかし、それで攻撃するにしてもここからでは少々遠すぎた。

 いくら仲が微妙とはいえ、自分の隊のメンバーのいる場所である。気にならないわけがなかった。

「お華ちゃん。敵さんの目の位置だけ座標で教えてくんない。3体ともね。それからさ~くらちゃん。わしのトリガー使用の事後承認申請を頼む」

『わかりました』

 染井と武富が同時に応えると、清治は自らの黒トリガー『煉』を出す。外見は先端に銃剣のついた旧式の歩兵銃のように見えるが、見かけでは判断できないのが黒トリガーの黒トリガーたるゆえんである。

 細かい性能はまた別の機会に譲るとして、煉は近接戦闘、中距離戦闘、狙撃のすべてをこなすことができるという代物だ。

『申請完了しました』

『座標確認。送信します』

 清治は染井から送られてきた座標をもとに、昔のプロカメラマンが(今もかもしれないが)アングルを図るように両手の人差し指と親指を使って長方形を作り、その中をのぞきこんでいる。

 狙撃アングルが決まったらしく、煉を構える。大きく息を吸い込み、それを細くゆっくりと吐き出しながら、一瞬息を止める。

 その瞬間に香取は、清治のいる方角から2発分の銃弾の発射音を聞いた。だが、実際に発射されたのは3発。そして、そのすべてがバムスターの後頭部に命中した。

 バムスターは戦闘力は低いが装甲は固い。香取が知る限り、狙撃用トリガーとしてスタンダードなイーグレットでも後ろから1発で仕留めることは難しい。

 そうするためにはやはり正面から、敵の弱点である『目』を撃ち抜く必要がある。だが、その目も口の中にあり、口が開いた一瞬を狙って撃ち抜くか、近距離または中距離で攻撃を仕掛けて装甲を削るのが普通だ。

 装甲の厚い敵の、装甲のより厚い部分である頭部を後ろから狙撃しても、普通のトリガーでは傷をつけることはできても破壊することは不可能だ。

 だが、煉の狙撃は別だった。弾丸の威力はイーグレットよりやや高く、弾速はライトニングより上なのだが、アイビスほどの威力はない。

 煉がこれらのトリガーと圧倒的に違うのは貫通性だった。ボーダー本部の狙撃手用訓練室でそれを発射すれば、大きくはないが確実に壁を風穴を穿つ。

 そんな弾丸が着弾したのだ。3体のバムスターは同時にゆっくりとその場に倒れた。近くにいるはずの香取隊のメンバー、三浦 雄太と若村 麓郎は今頃面食らっていることだろう。

「黒トリガー… 何か思ったより地味ね。おまけにダサいし」

「こりゃまた手厳しい… もっとも、その通りぢゃけぇ反論もできん」

 苦笑しつつそう言う清治。だが、実は煉は中距離戦闘がもっとも派手であるということは香取は知るよしもない。

「とにかく。もっとちゃんと防衛任務やんなさいよね。それから…」

 そこまで言うと、香取は小さく舌打ちをして去って行った。ニヤニヤしている清治が癪に障ったのだろう。

『ごめんなさい武蔵丸さん。あの娘、ああいう性格だから…』

 染井がフォローする。清治も武富も良いコンビだなと思った。

「えぇよえぇよ。わしゃ気にせん」

『そうですよ。それに、ムサさんはもっとまじめに防衛任務しなきゃダメです』

「ありゃま怒られた」

『当たり前です! だいたい任務中に立ち…』

 そこまで言って武富は口ごもった。顔が見えるわけではないが、今頃は顔が真っ赤になっているであろうことは清治にも簡単に想像できた。

「それは女の子が言うちゃアカン奴ぢゃね。どうせなら座り…」

『武蔵丸さん』

 咎めるような声で染井が制する。

「またまた怒られちった。ま、これ以上怒られんように真面目にやるかね。真面目に」

 結局、清治が任務に着いている間はそれ以上ネイバーが出現することはなかった。




単行本5巻の巻末の4コマは面白かった。まさに三者三様な反応ですな。
特にラストの風間さんは秀逸でした。
もち川隊員やうちのムサさんだと、普通に箸で食ってそうですね。
思いっきりラーメンみたくすすったあと、
た:「あ?」
む:「おぉ?」
お:「いえ、なんでもありません…」
みたいな(^^

ズングリさん評価ありがとうございます!
評価・感想いつでもお待ちしています。乾燥はお肌の大敵ですが(^^)b

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