正直自分が楽しいだけの作品になりつつあるので、それでも我慢して読んでくださっている人がいることが意外でもあり、それだけにとてもうれしいです。
年内にはあと1回ないし2回は更新できたらと思います。
三人の男が、ボーダーA級6位・加古隊の隊室にいる。ガールズ部隊として有名な加古隊だが、この隊室にはある理由から一部の男性隊員が『強制的に』やって来る。
招集の言葉は色々ある。だが、その意図するところは常に一致していた。『チャーハンを作るから食べに来るように』である。
ボーダー内において加古隊隊長の加古 望が、才能があるイニシャルが『K』の人物を隊にスカウトすることは有名だ。そして、それに並び立つのがチャーハン作りを趣味としていることだった。
だが、もっと有名なのがおよそ2割にあたる『ハズレチャーハン』だ。
加古の作るチャーハンはすべて彼女が独自のレシピで作る創作である。その意欲は大変に高く、前衛的で実験的なレシピを作り出し、それを試すことに余念がない。
はたかれ聞けばとても良いことであるように聞こえるが、先の通り彼女の作るチャーハンの2割は失敗作だ。しかも、その失敗ぶりが半端ない。
『不味い』という言葉では到底追いつかない。『ゲテモノ食』と言っては本家本元のゲテモノ食に対して申し訳が立たない。端的に言えばそういうレベルだった。
しかし、それを試食した人物たちは、ハズレチャーハンが既に食物ではないということを本人に伝えることはできなかった。
理由はわからない。いや、上げようと思えばいくつかの理由は上げられるかもしれない。
例えば彼女の容姿だ。一般家庭に生まれたということが信じられないほどに彼女の立ち居振る舞いにはセレブオーラがあふれている。そのオーラに当てられて本当の味の感想が述べられないというもの。
これに付随して怒らせるのが怖いというものがある。彼女は機嫌が悪くなると目がスッと細くなる。その時の眼光は恐ろしいもので、個人総合ランキング1位に君臨する太刀川も逆らうことができないのである。
まあ、諸々のことはさておき、とにかく招集がかかってしまった以上実際に呼び出された人物は、大袈裟ではなく生き死にのかかった賭けにしてはやや分が悪い2割のハズレが、自分にやってこないことを神に祈るしかないのだった。
今日呼び出されたメンツは、二宮 匡貴、堤 大地、そしてセクハラエンジニアである。
二宮は個人総合ランキングは太刀川に次ぐ2位、シューターランキングは堂々の1位につける強者だ。どこか抜けているところがあって何となく愛嬌のある太刀川とは違い、多くのボーダー隊員に尊敬されつつも恐れられ、敬遠されている人物である。
そんな彼ですら、加古の招集には応じざるを得ない。それは、単に加古とかつてのチームメイトであり、東の元で薫陶を受けた仲間だからというだけではなかった。
堤 大地はB級10位の諏訪隊に所属するガンナーだ。近年火力差による相対的な地位が下降しているガンナーにあって、彼もまたその煽りを喰らっている人物だ。もっとも、糸目のどこか優し気な風貌に似合わず、彼の戦法は隊長の諏訪 洸太郎と同じく散弾銃型トリガーを使用するダイナミックなもので、普段の落ち着いた物腰からは想像もつかない良く言えば豪快、悪く言えば力押し一辺倒な戦法と言える。
「おい。いつもの作戦通りで良いんだな?」
キッチンで鼻歌まじりにご機嫌でチャーハンを作っている加古に聞こえぬように、小声で二宮が清治に確認する。
「おお。それがここから全員が生きて帰る最良の策ぢゃろうけぇな」
珍しく神妙な面持ちで清治が答えた。仕事以外で彼がこのような顔をするのは、この状況以外にはありえないことだろう。いや、一部の隊員やエンジニアの中には、仕事中ですら清治のこうした表情を見たことのない人間の方が圧倒的に多いことだろう。
「でも、毎回それじゃ清治くんに悪いよ」
同じく小声でそう言う堤。戦闘においては苛烈な戦い方をする彼だが、普段の彼は誰よりも周囲に気を遣うことができる人物なのだ。
「いや、つつみん。双葉ちゃんがおらん今、アレに耐性があるのはわしだけぢゃ。ご存知の通りわしはそう役に立っとらん人間ぢゃ。役に立つ人間をここで倒れさせるわけにはいかん」
『双葉ちゃん』とは加古隊のアタッカーであり、若干13歳にしてA級隊員という天才少女の呼び声も高い黒江 双葉だ。彼女はまた、加古の作るハズレチャーハンに耐性を持つ稀有な人物でもある。
黒江がいない以上、彼女と同等かそれ以上に耐性を持つ清治がこの難局にあって他の2人の盾となるのは、彼からすれば当然のことであった。
それにしても、やはり2人はあまり気が進まなかった。清治の悪い評判は確かに高いし、二宮にしても堤にしてもこれらの情報なり噂なりをいくつも耳にしている。
だからといって彼を『弾除け』に利用するには良心の呵責というものがあった。
実際の戦闘ではそうした甘さは自分、引いては仲間の危機にもつながるのだが、ここはまがりなりにもボーダー本部の中だ。もっとも、悲壮感が実際の戦場よりも強いのではあるが。
そうこうしている間にも加古のチャーハン、二宮の言う『黒トリガーチャーハン』は完成へと近づきつつある。
いつもの作戦とは、まずは3人がそれぞれのチャーハンを一口食べる。その味でアタリ判定を行うのだ。全てがアタリならば問題は無い。ただただおいしくいただくだけである。
うち1つがハズレだった場合、そのハズレを清治が食べ、他の2人はアタリを食べる。子供の頃の『ある習慣』のおかげで、清治はこうした『かわいそうな食材』に一定以上の耐性があるのだ。
ハズレが2つだった場合は、そのうち1つを清治が食べる。残りの2つを二宮と堤が半分ずつ食べる。2人にはある程度ダメージが残るが完食するよりはマシだし、ハズレを食い切ったあとで食べるアタリには極上のスパイすとなる。半分とはいえその『ハズレ』を完食できればの話ではあるが。
だが。
「さあできたわ。食べて食べて」
加古がやり切った満足げな笑顔で3人に成果物を提出する。そして、スプーンの半分ほどの分量ををそれぞれが掬って一口食べる。その瞬間3人は固まって白目になった。
――― ま… まさかの全部ハズレ… だと…?
もちろんその可能性を全く除外できるわけではないことは3人とも分かっていた。だが、可能性は極めて低い。あったとしてもハズレが出てくるのは全体の2割で、その2割がすべての皿に当たるとは普通は考えられない。
これまでこの『スリーマンセル』で全てがハズレだったことは1度もない。だが、可能性が低いとはいえ全くないわけではなかった。そして現実に今、目の前に極めて可能性が低いそれが現れてしまったのである。
ようやくのことで正気に戻った3人は、スプーンを加えたままお互いに目で会話する。どうする、これどうすんだ、一体どうすりゃいいんだ… と。
「どうかしら? 今回はちょっと工夫してみたんだけど」
加古が言うには、以前評判の良かった味のレシピにさらなる変化を加えてみたとのことだった。評判が良かったレシピ… それが本当においしいものだったのかどうかすらも分からないし、今目の前にある危機のことを考えれば、3人にとってはどうでも良いことだった。
「これはなかなかイケる…」
瞳孔が開いたまま、そう言って二口目をスプーンに掬ったのは清治だった。他の二人はさすがにすぐにそうした行動には出れなかったが、とにかく感想だけは口にしなければならない。
「なかなか斬新な味だな…」
「味わい深いね…」
なんとか言葉を絞り出す。
「そう。良かったわ。今飲み物を持ってくるから少し待っててね」
実際はちっとも良くはないのだが、加古は満足げな笑顔を浮かべるとキッチンへと姿を消した。
――― こんなもの、この後どうしろと言うんだ…
二宮と堤が考えていると、清治が何を狂ったのか猛然と自分の皿を平らげはじめた。
驚く他の二人をよそに、自分の皿が空になった清治は、二宮の目の前に置いてある皿へと手を伸ばした。
「おいよせ! いくら何でも無茶だ!」
小声で、しかし強い語調でそういう二宮の言葉を無視して、清治はすさまじい勢いでその皿に盛られていた『お気の毒なチャーハンらしきもの』を平らげた。
料理を自らの口の中に流し込むさまは、擬音で言えば普通は『バクバク』あるいは『ガブガブ』といったものだろう。しかし、今の清治の食べ方は、『ドルルルル』あるいは『ガババババ』と言う方が正しく表現できる擬音であったろう。
もし事情を知らない人間が今の清治を見たら、今回の加古のチャーハンはアタリだったのだろうと思うに違いない。それほどまでにすさまじい食いっぷりだ。
二宮の皿を空にした清治は、さらに堤の皿にも手を伸ばす。
「もうやめるんだ清治くん… 君ももう限界のはずだ!」
やはり小声の強い語調で堤が言うが、ここでも清治は驚くほどの速さで『チャーハンだったかもしれないもの』を平らげる。そして、皿を堤の前に置くと、それまで見せたことのない表情を浮かべた。
その顔は完全に絵文字だった。つまり
(゜▽゜)
だ。
「おいムサ…」
「清治くん? しっかり…」
しかし、清治は二人の問いかけにこたえることなくその表情のまま動かなくなってしまった。
マズイ…
チャーハンの味ではなく、今のこの状況について2人は思った。二宮と堤は、自分たちに被害を出させないがために清治が壊れてしまったのだと感じた。そして、それは間違えようのない事実だ。
このシチュエーションとそうしてしまったことへの呵責が2人を困惑させ、苛んでいる間に、トレイに3人分のお茶の入った大き目のコップを乗せて加古が戻って来たのだった。
「あら。3人とももう全部食べちゃったのね。うれしいわ」
言いつつ加古が、銘々の前にコップを置いていく。
「で、どうだったかしら?」
もちろん彼女は味のことについて質問しているのだが、二宮と堤は即答ができない。
先ほどの清治の行動に驚いたのもあるし、なにより2人は最初の半口しかチャーハンを口にしていない。そのため、一瞬どう言ったら良いものかと悩んでしまったのだ。
(゜▽゜)「オイシカッタデスヨ~」
普段よりも少し上ずった、しかも日本語がたどたどしい外国人のような口調で清治が言うのを聞いて、二宮と堤はギョッとした。二人が見返ると、彼は先ほどの表情のまま言葉を続ける。
(゜▽゜)「コンブノアジガほドヨクきいテてオイしカッタでスヨ~。たダイッパンウケハシナイカモ~」
二人の僚友が呆然と見つめる中、清治はまるで壊れたテープレコーダーのようにそう言った。
「そうなの。じゃあ、一般受けするにはどういった工夫が必要かしら?」
清治のおかしな様子が気にならないのか、加古が真面目な顔で質問する。
(゜▽゜)「こンぶをチョクセツつかウンジャナクテ、ちょっとダけツカッテダシヲトッテ、ソレヲゼンタイニカケテイタメルトイイかモ~」
トリガーチャーハンを食べてぶっ壊れてしまったとは思えないような的確なアドバイスをする清治。その言葉に加古は神妙な顔をしてうなずいている。
「なるほど。それは良いわね。こんどやってみるわ。ありがとう」
(゜▽゜)「ドウイタシマシテ~」
『地獄の食事会』が散開し、3人は並んで加古隊の隊室を後にした。清治は立つことはできたものの、フラフラと動いていたので二宮と堤が二人で両側から支えて連れて出た。
「おい。大丈夫かムサ」
「清治くんしっかり」
隊室から少し離れた所までやってきたので、2人が普段の音量で清治に問いかける。
(゜▽゜)「ダイジョブでスよ~」
絶対に大丈夫ではない様子でそう言う清治。
「いや、大丈夫じゃないだろ… どっか痛いところはないか?」
普段の彼からは想像もできない言葉を清治にかける二宮。彼からすれば、清治は自らを命がけで救ってくれた戦友である。そしてそれは、堤にとっても同じことだった。
いや、むしろ堤にとっての方がその思いは強かったかもしれない。何せ加古のチャーハンで最もダメージを受けているのは堤なのだ。
そのダメージが軽減させられているのは、誰が何と言おうと清治のおかげである。しかも、清治は最初は加古に招集されたわけではない。
麻雀仲間の堤が加古の招集を受け、そのたびに瀕死の状態で戻って来るのを見かねて付き合ってくれているのだ。
しかも、麻雀仲間としての清治はあまりにも筋が悪すぎた。諏訪曰く『ドンジャラでも小学校低学年に負けるレベル』なのだ。
そんな清治は、他の麻雀仲間の好餌であったことは想像するまでも無いことだろう。例にもれず、堤も清治からたっぷり搾り取ったクチだった。
にもかかわらず清治は、仲間の危機は放置できぬとついて来てくれているのである。そして、今回のことだ。
「おい。しっかりしろ」
(゜▽゜)「ダイジョブでスよ~」
「清治くん。気を確かに持つんだ」
(゜▽゜)「ダイジョブでスよ~」
「気分が悪いなら医務室へ連れていくぞ」
(゜▽゜)「ダイジョブでスよ~」
「どこか痛いところとかないかい?」
(゜▽゜)「ダイジョブでスよ~」
もはや同じ答えを返すだけのおもちゃと化してしまった清治をかかえ、二宮と堤は途方にくれるのだった。
隊の訓練が終わり、いつも自分が休んでいる休憩コーナーに向かう三輪の視界に、あまり好ましく思っていない人物の姿があった。
ただ、その様子は普段見かけるそれとはまったく異なっている。まず、ソファの背もたれにむかってうつ伏せにおおいかかるように寝そべっている。他人事ながら寝づらそうだ。
その様はまるで、脱いだ服をだらしなくソファに引っかけているようにも見える。
そしてまた、そんな彼の横に座っている人物は三輪にとっては意外な人物だった。
「二宮さん…」
かつての東隊のチームメイトであり、先輩である人物がそこにいるとは思わなかった三輪は、二の句を告げることができなかった。
「三輪か。休憩か?」
言いながら二宮は、同じチームに所属していた頃から三輪が、しばしば一人の時間を作るためにどこかに行っていたことを思い出した。おそらくあの時も、そして今もきっとここでそうしていたのだろう。
「邪魔をしてすまんな。こいつがここへ運べと言うから連れて来たんだが…」
そう言う視線の先にいる人物は、先ほどからずっと三輪に尻を向けている。こんなに近くにやって来ても何の反応も示さないということは、このマヌケな態勢のまま気を失っているのかもしれない。
「それより珍しいですね。二宮先輩がこんなのと…」
言いつつ三輪は、あまり好まない人物に好ましからざるといった視線を向ける。だが、意外なことに二宮は、そんな後輩を窘めた。
「そう言うな。こいつのおかげで俺と堤はアレの猛威にさらされなかったんだからな。もっとも、そのせいでこのザマなわけだが…」
『俺と堤』と『アレの猛威』。この2つのワードで三輪は、二宮が何を指しているのかを一瞬で理解した。加古のチャーハンだ。
三輪と二宮、そして加古は東隊の元メンバーだった。かなり個性の強い集まりだが、彼らを見事に統率し、また戦術とはどういうものかを叩きこんだ東に対し、三輪にしても二宮にしても、もちろん加古にしても未だに強い敬意を持っている。
で、その同じ隊にいた関係で、東にしても三輪にしても加古の作るチャーハンに毎度倒されていたのである。
今はそれぞれに隊を持ち、そうそう一時に全員が集まることはないのだが、二宮が今でも加古に招集されているということは三輪も知っていたし、尊敬する先輩には申し訳ないが自分に招集がかからないことを少し喜んでいたのである。
「こいつは、加古の完全ハズレのチャーハンを完食したんだ。自分のだけじゃない。俺と堤の分も、な…」
二宮は周囲の人間に恐れられてはいるが、冷徹ではあっても酷薄ではないことは直接付き合いのある人間なら誰でも知っていることだった。おそらく二宮は、盾となってくれた清治に対して恩義を感じているのだろう。
堤もここに残ろうとしたが、防衛任務が入っていたためやむを得ず席を外しているらしい。親切で義理堅い彼にとっては、今回の防衛任務は二重の意味で辛いものになることだろう。
三輪からしても、尊敬する先輩を黒トリガーの『魔の手』から守ってくれたことには感謝の念を持った。もっとも、だからといってこの人物を好きになるのは難しそうだったが。
二人の会話を聞いたのか、清治が動き出した。しかし、その動きは少々不気味に過ぎた。
なんと清治は、その態勢のままゆっくりと顔『だけを』三輪の方に向けてきた。体を正面(ソファの背もたれ)にむけたまま、首だけをゆっくりと三輪の方に向けるさまは、まるで映画『エクソシスト』に登場する、悪魔『パズズ』に取りつかれた少女・リーガンのようだった。
ただし、表情は彼が加古隊の隊室から運び出された時と同じだ。むしろその方が怖いようにも思えるが。
(゜▽゜)「三輪っち…」
不自然な恰好(と顔)のまま、清治が三輪に問いかける。
「な… 何ですか…?」
普段とはあまりにもかけ離れた様子に、さすがの三輪もたじろぎながら問い返した。
(゜▽゜)「…シュワッチ」
清治はそう言うと、再びがっくりと倒れ伏した。
驚く二宮と三輪の耳に『プ~』という音が聞こえた。その音が何であるかは、経験則などなくても誰にでも分かることだった。しかし、その後に起こったことは二人の予想あるいは予測を遥かに超えていた。
「ぐぁっ! こ…これはっ!!」
「くっ…」
二人ともそれ以上の言葉を口にすることはできなかった。とにかく急いで休憩コーナーを後にすると換気システムを作動させる。
「一体何ですか!?」
「ああ。この世のものとは思えん臭さだった…」
換気が完了した休憩室に戻ってきた二人は、先ほどと寸分違わぬ態勢でソファにかかっている男を見つめた。
悪気があったわけでもなければワザとでもないことでもあるが、三輪におっては災難以外の何物でもない。
――― やはり俺はこの人を好きにはなれん…
三輪がそう思うのも無理からぬことだった。
なんか統計を見ていると三輪隊員の出ている話が一番カウンターが回ってます。みんな彼が好きなんですねぇ。
もっとも、今回彼が登場しているのはそれを狙ったわけではありませんよ念のため。
P.S.
やっと単行本買いました。5巻までぢゃけど。どういう意図で買ったか見え見えですな(^^;