他のワートリ系小説を色々読んでいると、多くの人がそれぞれの観点で作品を愛しているということが良く分かります。
わしも自分でできる限りの範囲で、なるだけ多くの愛を注ぎ込んで書いていく所存でございますよ。
他の方の作品同様、わしなりの原作への愛が伝わるような作品になっていったらこれほどうれしいことはありませぬ。
えぇ年こいて言うことかいな恥ずかしい(*ノωノ)
A01 まぐれではなさそうな件
「武蔵丸か。そうか、今日はこっちに来るんだったな」
狙撃手用訓練室にふらりと現れた清治に声をかけたのは、ボーダー初のスナイパーにして最高の戦術家、東 春秋だ。
現在はB級7位の東隊を率いる隊長だが、かつてはA級1位の隊だったこともある。もっとも、その頃と今とでは隊のメンバーは全く違うものではあるのだが。
城戸派の急先鋒にして城戸指令の腹心でもある三輪、現在『ある理由』で隊はB級となっているものの、個人ではシューターランク首位、個人総合ランク2位にある二宮 匡貴、女子だけで編成された隊を率いる『華麗なる戦場の徒花』加古 望は、その当時の東の部下であり弟子でもある。
また、玉狛第一の木崎 レイジや三輪隊の奈良坂 透、冬島隊の当真 勇と言った、ボーダーを代表するスナイパーたちも彼を師と仰ぐ人物たちだ。補足になるが、木崎に至ってはアタッカー、ガンナー、スナイパーのすべてをこなす、ボーダーでも二人しかいないパーフェクトオールラウンダーである。
さらには、戦術面での弟子も数多い。最も有名なのは三輪隊のオペレーター、月見 蓮だ。東の正当後継者としても名高い彼女には、幼馴染でA級1部隊の隊長である太刀川 慶をはじめ数人の弟子が存在するのだ。
そんな、戦力面においても人材面においてもボーダーに多大な貢献を果たしている東は、清治が『残業をしない』理由を知っている数少ない人間の一人だ。
「どーもトンさん」
清治が東をそう呼ぶのは麻雀仲間であるからだろう。東も清治も、諏訪 洸太郎率いる諏訪隊の隊室で開催される麻雀大会の常連である。
麻雀の牌の中に『東』と書かれた文字牌があり、それを『トン』と読む。もちろん東をそんな呼び方で呼ぶのは清治しかいない。
「わざわざこっちに来なくても、鈴鳴にも訓練設備が配備されたんだろ?」
「そこはそれ。支部の仲間には分からんとこで密かに牙を研ぐっちゅ~のがかっちょえぇぢゃないですか」
おどけてそう言う清治だが、その真意がそこには無いことを東は知っていた。
そのまま少し立ち話をした後、東は訓練室を出ていく。清治は訓練用のイーグレットを取り出すと的に向かって射撃を開始した。
清治が訓練室を後にして、入れ違いで訓練にやってきたA級5位の嵐山隊のスナイパー佐鳥 賢は、中央に1つしか穴の開いていない的と、その隣にう○こを象るように撃ち抜かれた的を見ることになる。
それはそれはみごとな練りう○こで、B級2位の影浦隊に所属する絵馬 ユズルが訓練の時に的に描くそれ(間違ってもう○こではない)よりも遥かに精度が高い。高いゆえに始末が悪いのではあるが。
しかも、ご丁寧にその下に見事な楷書体で『う○ちくん』と撃ち抜かれている。射撃の精度が恐ろしい程に高いため、一瞬本当に筆で書かれているのではないかと見紛うほどだ。心底くだらないが。
誰がこんなことを…? 彼には心当たりが全くなかった。
訓練の後の心地よい疲れ(実際にはくだらないことをやった後の無駄な達成感)を楽しみながら例の休憩スペースで一休みした清治は、ヒマつぶしがてら個人ランク戦のブースへとやって来た。彼がここに来るのは珍しい。
所有する黒トリガーの特性上、成り行きでパーフェクトオールラウンダーになってしまった清治は、周囲の多くの人間には分からないように密かに、しかし堅実にスナイパー、ガンナーとして研鑽してきた。
ランク戦をやるようなことは無いが(名目上エンジニアなりS級なりなのでやらなくてもそう不自然ではない)訓練には案外熱心に参加している。実はエンジニアとしての勤務時間以外のほとんどを訓練に費やしているのだ。
ここでもまた、清治にはいくつかの渾名がつくことになった。『訓練エース』『中途半端な模倣者』『勤務逃れ訓練マン』と言ったものがそれだ。そして、清治本人もそう言われていることは良く知っている。
だが、ランク戦ブースに来ないのは別にそうした雑音を気にしているからではなかった。単に用が無いからだ。だいたい、そうしたことを気にするような人間ならとっくにボーダーを辞めていたことだろう。
神経が太いのは、彼自身が誇る数少ない取柄の1つだ。ただし、それを取柄と考えているのは本人以外ほとんどいないのではあるが。
では、今日は何をしにここへ来たのかと言えば、三輪隊所属のアタッカー、米屋 陽介の様子を見るために来たのである。
米屋は現在A級7位の三輪隊に所属している。A級である以上彼が一線級の戦闘員であることは間違いないのだが、彼は十分才能に恵まれているというわけではなかった。
槍型の弧月を携え、三輪隊では最前線を張る彼ではあるが、戦闘技術は極めて高いものの肝心のトリオン量は戦闘員としてはやや低い部類に入る。
そのため本来射程が限定される弧月を、オプショントリガーである『旋空』を使ってトリオンを消費して刃を瞬間的に変形・拡張させるて使うにはどうしても制限があった。
この弱点を彼は、持ち前の戦闘センスと型に捉われない発想で克服した。それが『槍型の弧月 + 幻踊』なのである。
『幻踊』は、『旋空』のように弧月の射程を伸ばすようなことはできないが、刃の形状を変形させることができる。また、『旋空』よりも使用するトリオンの量はずいぶん少ないのだ。
弧月はその性質上、柄の部分よりも刃の部分の方が必要なトリオン量が多い。その特性を逆手に取り、柄の部分が長く刃の短い槍の形状にすることによって、消費トリオン量を抑えた上で十分な射程を確保するというのが米屋が自らの創意工夫で導き出した戦法なのである。
さてその米屋だが、先日開発室にあるオーダーを出したのだ。
「状況に応じて柄の部分の長さを、ある程度自由に変更できるようにして欲しい」
という要望を挙げてきたのである。
何でもその日、いつもの通り友人でもあり後輩であるA級アタッカー緑川 駿とランク戦を行った際、狭い空間ではどうしても槍の取り回しが難しく、そのせいで負け越してしまったと言う。
ランク戦はあくまでも訓練の一環だが、実際の戦闘で同じような状況にならないとは言えない。そこで、その点を改善することが目的なのだそうだ。
対応したのは清治だった。新しいトリガーの開発には向かない彼だが、既存のものを改造あるいは改善させる手腕には一応の評価がある。もっとも、最初清治が対応すると聞いた時の米屋の浮かべた表情は言わずもがなであった。
だが、1時間もせずに改良を済ませたその手腕には、さすがの米屋も驚いていた。
「マジですか!? なんでそんなにデキるのにあんな風に言われてるんすか!!」
「さて。そりゃやっぱりわしのすんばらしぃ能力に周りが嫉妬しちょるんぢゃろうて」
そう言って笑う清治に礼を言って、嬉しそうに立ち去ったのが昨日のことだった。
で、さっそく今日試しているらしいという話を聞いて、ヒマつぶしに(ヒマだと思っているのは本人だけだが)やって来たというわけだ。
「あ! ムサシさんだ! ヤッホー!」
ブース付近を、まるでお上りさんのようにあちこち見ながらフラフラ歩いている清治に声をかけたのは、B級12位の那須隊に所属するスナイパー、日浦 茜だ。彼女は清治に対して悪い感情は持っていない。
それもそのはずで、清治は自分を『ロリコンでもある』と嘯いてはいるが、実際には中学生以下の少女に手を出したことが無い。そのため、日浦くらいの年齢の少女たちには他の女性隊員たちほどには邪険にされていないのだ。
「おお茜ちん。それにクマちゃんも」
対照的に日浦の隣にいる同じく那須隊に所属するアタッカー、熊谷 友子は少しだけ警戒している。ボーダー内でも屈指のダイナマイトボディの持ち主である彼女は、清治のセクハラ被害者の常連である。
ところで、そんな彼女が警戒しているとはいえ清治と同じ空間にいるのには、今であれば大丈夫だという確信があるからだ。
先の通り清治は中学生以下の少女には手を出さないのだが、その他にも男女を問わず中学生以下の人間が近くにいる時は、たとえ隙だらけの女性がいても決して手を出さないのだ。
『セクハラエンジニア』と呼ばれ、迅とある意味同類とされる彼ではあるが、どうやら青少年に対する最低限度の良心というものはあるらしい。であれば、手を出さなければよいのだが、本人はそうはいかないのだと言う。
「それは、そこにおっぱいがあるからぢゃ」
という返事が返ってくるだけである。いやはや。
「二人は模擬戦きゃ?」
「ついさっきまで、那須隊のミーティングだったんです」
先輩の熊谷が何も言わないので日浦が清治の問いかけに答える。そんな二人の後ろに、先ほどから清治が探している人物が少々浮かない顔をして歩いているのが見えた。
「米やん。えらい渋いツラしちょるやんけ」
「ああ。ムサさん。昨日はどうも」
一応笑顔を浮かべてそういう米屋。
「どったの? う○こ出んの?」
女子が近くにいるにも関わらずそう言い放つ清治に苦笑しつつ、米屋は先ほどまでの模擬戦の話をした。
緑川と、さらにA級6位の加古隊に所属するアタッカー、黒江 双葉とそれぞれ30本勝負を行い、一応は勝ち越したらしい。だが
「思ってたほど優位性無かったんだよね~。そりゃま、昨日の今日であれだけどさ。せっかく改良したんだからなんかこう、劇的な変化があると思うじゃん?」
話を聞きながら、それらの模擬戦のログをすべてチェックした清治は
「そんなら、わしが練習台になっちゃろう。ちょいと訓練室に行ってみようか。クマちゃん茜ちゃん。悪いんぢゃけどオペ頼んでえぇかね?」
そう言うと、日浦も含めた4人で訓練室の方へ向かう。
「お。ムサか。珍しいなこんなところで」
声をかけてきたのは、ボーダー最強との呼び声も名高いナンバーワンアタッカー、太刀川 慶だ。A級1位に君臨する太刀川隊の隊長でもある。
「おおたっち~。あんたこそ遠征前の準備がアホほど忙しいこの時期に、総隊長がこんなところでぶらぶらしとっちゃいかんぢゃろ」
「まあ、その辺はA級1位の余裕ってやつだ」
そう嘯く太刀川だが、実際には準備の役に立つどころか邪魔になるので隊室から追い出されたであろうことは想像に難くない。何というか、戦闘以外では残念なところがあまりに多い人物である。
「ところでお前ら、これから訓練でもすんのか?」
「そうなんすよ太刀川さん。こちらの『まぐれS級隊員』さんが、俺の練習台を買って出てくれたんで」
「ほう…?」
返事をする太刀川の目が一瞬、まるで戦闘中でもあるかのように鋭くなったので、その場にいた清治以外の人間は思わず身をすくめた。
「そいつはいいな。しっかり相手してもらうことだ。得るものは案外多いかもしれんからな」
そう言うと、太刀川はランク戦ブースの方へと去っていった。周囲からランク戦ジャンキーと目されている彼は、予想通りランク戦へと興じるつもりでいるのだろう。
―――得るものが多い?
米屋にしても熊谷にしても日浦にしても、三者三様に太刀川の言葉に疑問を持った。
米屋は清治がどういう経緯でS級になったかを知っていた。本部が入手した黒トリガーを起動できたのが、どういうわけか彼だけだったからだ。
先ほど彼が口にした『まぐれS級隊員』というのもそのあたりのことを揶揄してのことだ。もっとも、米屋の場合は清治を貶めるということではなく、単なるいつもの彼らしい軽口に過ぎないのだが。
熊谷と日浦に至っては、清治は戦闘員ではなくエンジニアだと思っている。今回米屋の訓練相手を買って出たのも、さっきの話で聞いたトリガーの改造の結果が思わしくないから、その解決のために言い出したことだと思っていた。
そんな3人にとって、太刀川の言葉は意外だし意味が分からない。一体どういうことなのだろう…?
3人してそんなことを考えながら太刀川の後ろ姿を目で追っていると、清治が姿勢を低くして太刀川に近づいていくのが視界に入った。足音を殺し、体が触れるのではないかと思うほどに太刀川に近づくと、両の手を硬く握り、両方の手の人さし指立てて太刀川の臀部に向けて思い切り振りあげる。
「▲◇×○☆彡▽×◎★~~~~~~っっっっ!!!」
何とも言えない叫びとも悲鳴ともつかない声を上げると、太刀川は臀部を右手で押さえながらその場で倒れ伏した。
「今ぢゃ! 逃げるでっ!!」
そう言って清治が訓練室に向かって走り出す。3人は慌ててその後を追った。
「ま、待て… お前ら…」
立ち上がることができず、それでも走り去って行く連中を追おうと手を伸ばして、太刀川は力尽きた。
「何してんすかムサさん!」
「いや、なんかたっち~の癖にカッコいいようなセリフ言いやがったのが腹立って。たっち~の癖に」
「それにしても、なんであんなこと…」
「もちもちたっち~の癖にカッコよさげなセリフ言いやがって。もちもちたっち~の癖に」
「なんでわたしたちまで逃げるんですか~?」
「もっち~の癖にカッコいいようなセリフ言いやがったけぇぢゃ。もっち~の癖に」
そんなことを言いながら、4人はそれぞれに楽しそうに訓練室の方へと走り去って行った。
オペレーションルームにいる熊谷と日浦の二人には、今訓練室の中で起こっていることを信じることができないでいた。
「ゼェゼェ…」
息を荒らげているのは訓練を実施している隊員の一人、米屋だ。そして、彼の視線の先にいるのは様々な渾名と悪評を集めている男であった。
悪評男の指示に従って、熊谷は訓練室に狭い通路を展開した。幅としては、二人の人間がすれ違うためには、少なくともどちらか片方の人間が壁際に避ける必要がある程度の空間だ。
ちなみに高さは約2.3m程度。立っている人間を飛び越すこともできなくもないが、それをやるには天井が低いと言えるであろうたじゃさである。
そんな中で、熊谷と日浦が専任のエンジニアだと思っていた人物が、A級でもトップクラスのアタッカーである米屋を一方的に叩きのめしているのだ。驚いているのは叩きのめされている米屋にしても同じことだった。
米屋が手にしているのは、先日柄の長さをある程度調整できるようにしてもらった槍型の弧月である。
対して相手である清治が手にしているのは、トリオンで作られた八角形の棒である。本人はこれを『おしおきくんれん棒』と呼んでいる。長さは、標準時の米屋の槍よりも少し長めだった。
「そういや、米やんはわしのサイドエフェクトのことをよぅ知らんのぢゃったな。そりゃ悪かった。訓練とはいえフェアぢゃなぁの」
「…?」
清治のサイドエフェクト、これはテストモデルとして例の無茶苦茶な訓練が運用されているアレではなく、彼が先天的に持っているものだ。『強化視覚』である。
端的に言えば『死ぬほど目がいい』というものだ。例えば、彼の言葉で語れば
「30km先のおねぇちゃんのパンチラがハッキリと見える」
のだそうだ。
だが、これはサイドエフェクトでなくともそうした人は存在する。例えば途上国などで、人も建物もあまり見当たらない、言ってみれば見渡す限りの大平原で生活している人の中にはこうした人はいるという。もっとも、その人はきっとパンチラを見るために目をこらしたりはしないとは思うが。
清治のそれが単に『目が良い』ではなく『サイドエフェクト』として認定されているのは、これに加えて『トリオン体限定の透視能力』と『先読み』があるからである。
『トリオン体限定の透視能力』とは、対象がトリオン体である場合であれば、遮蔽物の向こう側に居てもその姿を見ることができるというものだ。
もっとも、例えば人型トリオン兵の姿がくっきり見えるというものではない。ただ、そこにトリオン体が存在することが『見える』のだ。このため、遮蔽物に潜んで奇襲をかけるという戦法は清治には通用しにくかった。
『できない』ではなく『しにくい』のだ。それは当然の道理で、視界の外から現れる奇襲まで見えるわけではないからだ。
もう一つの『先読み』とは、半径7m以内の範囲であれば、2秒後に起こる出来事を『見る』ことができる。今回のケースだと、米屋がどのような攻撃を繰り出すかというのを『先読み』で予測して対処することができる。
一見便利そうに思える能力だが、どちらの能力も使用者である清治に対する負担がとてつもなく大きい。無意識に行っている『見る』という行為でさえ、脳にかなり大きな負荷がかかるのだ。
そんな『見る』という能力を、集中することによって飛躍的に高める。つまり脳にかかる負荷も飛躍的に上昇することになるわけなのである。
加えて、清治は後天的な理由で脳に多少の障害がある。彼がしばしば起こす記憶の混濁はそのせいで起こるものだった。
そんな状況であるから、『トリオン体限定の透視能力』と『先読み』のいずれか、あるいは両方を行うのには清治には耐えることが難しいのだ。
清治は、普段から自ら訓練することによって、集中とそれ以外の状態自らの意思で行うことができるようになった。常に透視するのではなく瞬間的に集中力を高める。同じようにして『先読み』も運用するのだ。
選択と集中。それは開発におけるプロセスの1つでもある。曲がりなりにも技術者の清治にとっては当然の『作業』だった。発動させるケースの選択、どちらか、あるいは両方を発動させるケースの選択。そして、発動させた場合の集中運用と発動を解除するタイミングの選択、そのための集中。
文章においてはほんの一文に過ぎないが、それを実行するために、この男は普段周囲が受ける印象とは真逆のことを懸命に行ってきたのである。
―――なるほど。攻撃が完璧にブロックされてるのはそのせいか。でも、注目すべきはその点じゃねぇみたいだな。
米屋の考えた通り、今時点で注目すべき点はそこではない。清治の『おしおきくんれん棒』の使い方である。
柄の長さを変化させることができる米屋の弧月とは違い、『おしおきくんれん棒』は長さの調整はできない。そして、その長さは米屋の槍の標準状態よりも少し長いのだ。
にも拘わらずだ。清治は一度も壁に『おしおきくんれん棒』を当てるどころか掠らせることもなく、驚くべき速さと正確性で米屋を打ち付けた。
米屋が槍を狭小なスペースでも取り廻しが利くように短くすれば、射程の関係でほとんど清治には届かない。かといって、標準の長さに戻せば途端に取り回しができなくなる。
―――こりゃあ完全にウデの差だな… さすがにこんだけ差を見せられちゃ、今後は『まぐれS級隊員』なんてジョークでも言えねぇわ。
米屋が槍を扱いかねているのをよそに、清治は的確な体裁きと巧妙な持ち手の変更で、淀むことなく米屋を攻撃してきた。これではさすがに認めないわけにはいかないだろう。
―――ムサさんはたまたま黒トリガーを起動したからS級なのではなく、能力も高いってことをな。
「槍の使い方っちゅ~よりは体の使い方ぢゃね。もっと絞れば足の動かし方ぢゃ。その点が未熟ぢゃから、せっかく取り回しが便利になった新しい槍のメリットが発揮できてない。ま、そ~ゆ~こっちゃ」
座り込んでいる米屋をよそに、先ほどまでのログを端末でチェックしながら清治が言う。
「特にここぢゃね」
清治が再生している動画を米屋に見せる。それは先ほどの立ち合いのシーンだった。
槍を構える米屋に、清治が素早く迫る。その時のことを米屋は思い出した。まるでせり出し来るかのように清治の体が大きくなったかと思うと、次の瞬間には風を捲くようにして迫って来たのだ。腹を襲ってきたその突きは、まるでミサイルのように荒々しく、それとは対照的に鋭いものだった。
米屋は間一髪でその突きを躱しつつ、小さく左足を前に出した。右足を踏み込みつつ、カウンターを狙って清治の顔面を突いた。
米屋の気合の乗ったその一撃は、しかしむなしく空を切るのみだった。そして、外したと思った瞬間にすさまじい横薙ぎの一撃を脇腹に喰らったのである。
「こん時、左足を前に出したのは間違いではないよ。ぢゃが、漫然と間をつめても相手はつかまらん。こういう場合は相手の体の流れに合わせてなきゃならんのぢゃ。そうすりゃ、このすさまじい一撃をわしが躱すなんてことは絶対になかったろうて。それほど突きの鋭さはすさまじいもんぢゃった」
攻撃の鋭さを褒められたのは単純にうれしかったが、それで喜ぶ気には米屋はなれなかった。
「当たらなきゃ意味ねぇっすよ」
自嘲気味にそう吐き捨てると、清治はそれまで米屋が見たこともないような真剣な表情で見返してきた。
「励むことぢゃ。おめぇさんはボーダーが誇る一振りの槍ぢゃ。おめぇさんが強くなるということは、つまりボーダー自体が強くなるということよ」
驚いて自分を見返す米屋に、清治は一つうなずいて見せると言葉を続けた。
「励んでおるとな。おめぇさんくらいの年齢の時にゃ突然自分の才能に出会って強くなることがある。まさに鬼神のごとき勢いでな。正直そう年など違わんとも思うんぢゃが、それでもおめぇさんらの年の連中の勢いには驚かされっぱなしぢゃて」
口調から、清治がやけに年寄じみたことを口にしていると思って米屋は苦笑した。しかし、気分は悪くはなかった。
「米やん。おめぇさんはもう、自分の真の才能に出会っておるはずじゃ。で、そんな自分でもどうやっても埋めることができん部分があるのも承知しとるじゃろう。ぢゃが、今がおめぇさんのピークでないことだけは確かじゃ」
米屋は立ち上がった。
「ムサさん! もう一度お願いします!!」
しかし、その米屋の頼みに対する清治の返事は驚くようなものだった。
「あ~ムリムリ。わしゃ1日5分以上真面目になると死んじゃう病なんぢゃ。もうタイムオーバー」
「へ…?」
呆然とする米屋に
「ま、ログ見てしっかりやりゃぁえぇ。体を動かすだけでなくイメージするのも鍛錬の1つじゃからの。んぢゃの。バイビ~」
そう言うと颯爽と訓練室を後にする清治。
むなしい風が吹き抜けたのは訓練室内だけではない。オペレータールームも同じことであったという。
各隊や各個人の実力や順位などはBBFに準拠しています。
ので、おそらく原作のランク戦スタート時とは違うのではないかと思います。
特に触れていませんが、未だ今作では原作の内容に突入していないので、まだ前のシーズンのランク戦が終了していないので、まだ前シーズン最終戦が終わってないとでも思っていただければ(^^;