無責任野郎! 武蔵丸 清治   作:アバッキーノ

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連載再開を祝して!って言うには少々遅いでつが(^^;


F09 間に合うらしいけど

 ここへ来て、ついにボーダー最強の部隊が戦線に参加した。多くのボーダー参加者と違う学校に通っている小南 桐絵をピックアップするために到着が遅れていたのである。

 だが、結果的にはこれが奏功した。これで迅の予知はより良い方向に向かったし、城戸や清治からすればまさに絶妙のタイミングに一番来て欲しい地点に彼らが参入したのだ。もっとも、只今アレな最中の清治は、この時点ではその事を知るよしもない。

 同じ頃、敵遠征艇の中ではちょっとしたざわつきが生まれた。先程の雨取の『砲撃』が小さくはない波紋を呼んだのである。

「なんだ…!? 今のトリオン反応は…」

 隊長であるハイレインは驚きを隠せない。彼も本国では相応の地位の持ち主で、軍事国家でもあるアフトクラトルにおいては実戦経験もそれによる功績も少なくはない人物だ。

 さらに言えば、単に戦略や戦術だけでなく謀略についても高い能力を有している。ある意味では清治に似ていると言えた。違いがあるとすれば、彼は冗談とセクハラはあまり好きそうではなかった。ご存知の通り清治は、冗談が服を着てセクハラのことだけを考えながら歩いているような生き物である。最低である。

「反応は通常のトリガー… のはず、です」

 黒トリガーなのではないかというハイレインの問いかけに、ミラが彼女にしては珍しく歯切れ悪く返答する。彼女にしてもこれまでの知見ではありえない出来事だった。

 これは、彼らアフトクラトル遠征隊にとっては思わぬ収穫だった。彼らとしては『彼らの事情』で、どうにかして強力なトリオン能力を持った者を自分たちの手で捕獲なり懐柔なりしたいところだったのである。

 状況的に懐柔はありえなかった。であればやるべきことは当然ながら前者である。そして、そんな能力を持った相手と対峙するには、出し惜しみをするわけにはいかない。

「ランバイネン。エネドラ。お前たちは予定通り(ゲート)で送り込む。玄界(ミデン)の兵を蹴散らしてラービットの仕事を援護しろ」

「ヴィザ。ヒュース。お前たちは『金の雛鳥』を追え… もしかすればここで、新しい()を拾えるかもしれない」

 彼らは予定を変更し、単にC級隊員を攫うだけでなく雨取を最優先ターゲットとした。戦場における応変の妙ではあったが、これは迅が敢えてねらった、そして清治が能動的に意図した形になっているということを彼らは知る由もなかった。

 

――― 思った通りの形になってはいるけど、正直状況的にツライなー。

 敢えて雨取に敵の注意を集中させる。迅がこの『未来』を視た時に考えたことだった。

 兆候はあった。清治が唐沢と出発する直前に城戸と会い、会話の中で城戸が見たこともないような厭な顔をしていた。おそらく清治は、城戸ほどの人物であっても割り切ってそれを実行することが困難な、効果的でそれでいて非人道的な、しかし実効性を認めざるを得ない提案をしたに違いなかった。

 詳細までは分からなかった。いつものことだが、迅は未来が『視える』のであって、『聴こえる』わけではない。何を言っているかは、いわゆる『読唇術』のようなもので読み取るくらいしかできず、それも正しい方法のレクチャーを受けているわけでもなかった。

 結局のところ、会話の内容はあくまでも推測や憶測の域を出ない。それも含め、いくつかの断片的な視覚情報から彼なりに分析し、状況を推測するのだ。

 自身の能力に初めて気づいた頃からずっと行って来たことで、今は亡き師である最上からのアドバイスもあってかなりの確度で未来を『予見』して来たのである。

 城戸と清治の会話の直後に見えた最悪の未来。それは回避できそうだった。どうやら清治の参戦がギリギリ間に合いそうなのだ。

 清治が間に合わなかった場合にのみ起こり得た最低最悪な未来が避けられそうな今、その次に悪い未来を避けなければならなかった。

 雨取が拉致されてしまう未来は無かった。迅が見たのは、彼女がこちらで生存している未来と清治に殺害される未来だ。

 後者は清治がやむを得ず例の超長距離射撃で狙撃することになるのだが、彼が間に合うことによってその線は消えた。未だ戻ってきていないが、間に合うのは確定だった。

 だが、複数の未来の多くのパターンの中に現時点での最悪な未来である『三雲の死』があった。

 清治が間に合い、市街に殆ど被害が出ず、人型近界民《ネイバー》を悉く打ち破ってでさえその可能性が完全に消えることはなかった。

 問題は三雲の会敵状況だった。彼がどんな場面でどんな敵と遭遇するかによって未来は異なる。だが、その殆どの場合において彼の死は確定的だった。

 ポイントとなるのは雨取だった。おそらく清治がそう企図し、迅も敢えてそれに乗ることにした、彼女に敵を集めて周辺の状況の好転を図るという狙いが、この場合には悪い方に流れてしまうのだ。

 新型トリオン兵も含め、敵が雨取を『運ぶ』三雲に集中する。もちろん多くのボーダー隊員が彼の仕事をサポートする。だが、手ごわすぎる敵が集中する中で戦闘能力の劣る彼が命を落とす。要約すればそんな未来だった。

 これを防ぐためには、敵の戦力が上手く分散している現時点で可能な限り敵主力である人型を各個撃破することだった。それができなくても、できるだけ多くのトリオンを消費させる。

 トリオンが枯渇してしまえば戦闘の継続が不可能になる。そうなれば敵も撤退以外の選択肢は無いのである。

 言うのは簡単だが実行は難しい。何せ出てくるのは6人らしいが、その過半数は黒トリガーだ。しかも、そのうち2人はトリガー使いとしての力量は自分たちよりも上の者である。まともに戦って敵うとは到底思えなかった。

 だから、勝てる可能性の高い敵を相手取る必要があった。単純な力量比べであればこちらが不利だということは動かしようもない事実だが、相性というものがある。

 それに、何も1対1で戦う必要はない。これは戦闘であって決闘ではないのだ。

 状況を整理すれば、二宮隊が予想外に敵の流れを長時間に渡って食い止めてくれていたのは良かった。

 この状況であれば、天羽に自身の担当区域を任せる必要は無さそうだった。彼の能力は確かだが、被害も相当なものになる。敵に対する抑止力としては有効ではあるが、市街地での局所戦闘には向かない。

 とにかく後は、本部に出向いて許可をもらうだけだ。

 

「失礼します」

 太刀川らと一戦交えた後、会議室へ現れたあの夜と同じように、迅はぶらりと本部司令室へとやって来た。

「迅!? お前は基地の西側を担当しとったはずだろう!」

 鬼怒田が声を荒らげるのも無理はなかった。戦闘に疎い彼をしても現在の戦況は宜しくはないことはハッキリと分かるし、そうした状況におて戦闘力の高い迅が現場ではなくここに来ているというのは看過できないことだった。

 迅はその能力と手腕を買われて単独で基地の西側のエリアの防衛を担当していた。その彼がここに来ているということは、今現在そのエリアの防衛能力は0ということだ。鬼怒田でなくても由々しき事態だと考えるだろう。

「まあまあ。鬼怒田さん。二宮さんたちが予想外に粘ってくれたから、俺も直接城戸さんにお願いに来れたんだ」

 いつもの通り飄けた感じで言いつつ、迅はチラリと城戸の方に視線をやった。

「城戸さん。俺と遊真をメガネくんのサポートに向かわせて欲しいんだ」

 迅のこの発言に本部作戦司令室の中はザワついた。

「本気か!? 迅!」

「どういうことかね? 彼1人のために西エリアを放棄するとでも言うのかい!?」

 そんなことはさすがに許されない。鬼怒田と根付の言葉には言外にその意が含まれていることは明らかだった。

「メガネくんを助けるのは、単にメガネくんだけを助けるためじゃない。千佳ちゃんもそうだし、他の皆だってそうだ。メガネくんがいなくなると、城戸さんの『真の目的』の達成が難しくなる。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」

 付け加えれば、迅の見た最悪の未来の先には、さらなる最悪の事態が待っていた。迅が見た未来の最後は、川へと入った清治が、そこでトリガーをオフする光景だったのだ。

 三雲を亡くし、清治が消える未来。ボーダーのためだとかどうとかだけではない。それは迅にとっては耐え難いことだった。

 先の通り、迅は今の状況を『知って』いた。もちろん、そうならないように手を回すこともできたが、敢えてそうしなかった。それは、清治がこの状況を作り出すために自らの命を賭しているという確信が迅にはあったからだ。

「ムサさんが城戸さんに、なんて言ったかは俺は知らない。けど、メガネくんが死んだらムサさんがどうするかは知ってる。城戸さんもわかってるはずだよ」

 流石にこの場で、城戸と清治が共謀して雨取をデコイに利用したとは言わない。実際、確信はあっても確実なことではないからだ。

 ただ、先に『視た』城戸と清治のやりとりの状況や現状の戦局を考えれば、確度はかなり高いだろう。そして、清治の人となりからして、目的が果たされなかった時の身の処し方は城戸でなくても分かる。

 結局のところ、清治は『剣客』なのだ。その剣客が『破れた』時の末期は、彼にとっては昔から何も変わっていないのである。

 いずれにしても、三雲が死ねば、ボーダーは清治も失うことになる。おそらく彼以外誰も起動することのできない貴重な黒トリガーも失うことになるのだ。

「それで、具体的にはどうするつもりだ?」

 僅かな時間沈思したあと、城戸が迅に問いかける。

「遊真を連れて、メガネくんたちを迎えに行く。C級も連れてきてるだろうから一石二鳥だよ」

「確かに武蔵丸くんの予想の通りなら、C級を大勢連れている三雲くんたちの援護に向かうのは理にかなっている」

 迅の意見に忍田は同意したが、城戸は異なる意見を口にした。

「だが、彼らはまだ警戒区域の外側にいる。空閑の今の姿では区域外へ出ることは許可できない」

 先程城戸は、黒トリガーを許可無く使用した空閑を咎めなかった。だが、同時に現場での混乱を避けるために警戒区域外への立ち入りを禁じている。さっきの今で命令を変更するのは朝令暮改も甚だしい。

「大丈夫。俺が遊真を連れて駆けつける頃には、メガネくんたちも警戒区域に入ってるはずだ。区域内なら問題ないよね?」

 城戸は考え込まざるを得なかった。空閑に警戒区域の外に行くことを禁じたのは、彼に嫌がらせをしたかったわけでも何でもない。単に現場の混乱と、避難している一般市民への悪影響を避けたかったがためだ。

 彼が警戒区域のギリギリまで行ってしまうと、場合によっては彼の姿を一般市民が目撃してしまうかもしれない。そうなると、明らかにボーダーの制服とは異なる格好の空閑を見て、人形近界民《ネイバー》がやって来たと思うことだろう。

 こうした場合、敵よりも混乱した非戦闘員の方が厄介で、現状敵の対応に手一杯な中で混乱した市民を誘導して避難するのは至難の業だ。

「城戸司令。その区域の市民の避難は終了している。遊真くんが彼らに目撃される可能性は無いに等しいだろう」

 忍田のこの言葉に城戸は決心した。迅が言う以上、三雲を失うのは自分にとって、ひいてはボーダーに、いや大きく言ってしまえば近界《ネイバーフッド》も含めた世界にとっても良いことではないはずだ。

「よろしい… 空閑 遊真と共にC級の救援に行くことを許可する。ただし、少なくとも空閑隊員が警戒区域の外に出ることは固く禁ずる」

「サンキュー城戸さん。それじゃ!」

 希望が通って、満足げに去っていく迅は、しかし密かに見えた『空閑がうっかり警戒区域にちょっとだけ出てしまう』未来については黙っておくことにした。




また主人公出番ねぇんでやんの(^^;

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