無責任野郎! 武蔵丸 清治   作:アバッキーノ

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今回の話は飲み食いしながらでは読まん方が良いです。そんな人おらんじゃろうけど(*´ω`*)


F08 ブリリアントではない

 当たり前のことではあるが、何でもかんでも清治の意図の通りに物事が進むわけがなかった。なんと木虎が倒されてしまったのである。

 1体目こそ自らの成長を示す見事な戦いぶりで討ち取った木虎だったが、さらに3体の新型が現れたのである。

「追加オーダー3点で入りま〜す」

 清治なり迅なりであれば、内心や実際の状況はともかくそう本部に通信したに違いないが、木虎は彼らほど愉快な生き物ではない。すぐさま臨戦態勢に入りつつ、とにかく三雲らに退避を命じた。

 まさにその瞬間だった。敵の1体が自らの体の一部を液状にし、木虎の足元から斬りつけてきたのである。これではさしもの木虎もひとたまりもなかった。

 あるいは木虎に菊地原のような聴覚があれば、少なくとも初撃は凌げたかもしれなかった。だが、いずれにしろ初戦で片足を失ってしまっていた彼女では、3体のラービット相手ではそう長く戦線は支えられなかったかもしれない。

「三雲くん!あなたは本部に連絡を…」

 両腕を切り落とされ、敵に掴まれたままであっても、気丈にそう言い放つ木虎だが、既にラービットは彼女を捕獲しつつあった。

 まさに木虎がキューブ化されようとしていたその時だった。どこからともなく飛来した弾丸が正確に木虎の頭部と、彼女を捉えていたラービットの眼を撃ち抜いたのだ。

 結果として木虎は捉えられることを免れたが、その場にはまだラービットが2体残った。

 木虎とラービットを狙撃したのは、言うまでもなく清治だ。大型バイクの走行時の直進安定性は知らない人には想像もつかないもので、清治はなんと両手をハンドルから離した状態で煉での狙撃を敢行したのだ。

 そして彼は、この行動によって『ガラぢゃない』責任とやらをちょっぴり取ることになった。近づいているとはいえまだまだ通常射程の遥か外である。

 そこへもってサイドエフェクトを使用し、さらに煉の速射性を利用した同時狙撃を行ったがために、脳と体に相当な負担をかけてしまった。端的に言えばリバースしているのである。

「おえっ… おげろヴぇろヴぇろヴぇろヴぇろヴぇろヴぇろヴぇろ…」

 この状態がしばらく続くのであった。

 それはそれとして、2体の新品のラービットがC級を攫うべく襲いかかって来た。1体は先程木虎が倒したものと同じタイプであり、飛翔しながらやや遠目にいるC級に迫る。

 もう1体は後にプレーン体と呼ばれていることが判明する個体で、嵐山隊とつい先程風間隊に始末されたタイプである。こちらは行きがかりの駄賃と言わんばかりに三雲に右腕で凄まじい打撃をしかけて来た。

「くっ!」

 三雲は体の軸を僅かに後方にずらしつつ、シールドモードのレイガストの下側の先端をラービットの方に向けると、角度の低い斜面で打撃を受けるかのように攻撃を受け流した。受けつつ自らの体を後方やや下方向にずらす。

 それで全ての衝撃を受け流すことができたわけではないが、見事に敵の攻撃をそらした。そして、難しい体勢からではあるものの丸のままのアステロイドを敵にぶちこむ。

 ラービットもさしものもので、左の腕でとっさにガードをして致命的なダメージとなるのを防いだ。だが、体の内側に近いあたりで受けたためか、左腕にわずかながら亀裂が入った。

 もしこれを木虎が見れば、さらに三雲に対する評価を改めることになったろうし、清治が見ていたらむせび泣いて涙の海に沈むかもしれない。

 というのも、今三雲が見せた動きこそが、清治が3晩かけて三雲に教え込んだ『秘伝の剣』の体捌きなのである。

 伝書には『柳ノ枝ノゴトク風ヲ受ケ、柳ノ幹ノゴトク動カザル也』とある。三雲の動きは、レイガストを柳の枝、自らの体を柳の幹と例えて動かす秘伝の剣の基本中の基本の型を、未熟ながらやって見せたのである。

 レイガストの角度も重要だった。傍目には水平にみえる程に角度を持たせて打撃を当てさせ、自ら体を沈み込ませると同時にわずかに押し出すことによって強力なラービットの打撃を受け流したのである。

 盾をあえて大きく寝かせるこの方法は、実は現代の戦車の装甲で同じような理論が用いられている。

 現在地上で最強とされるM1エイブラムスという戦車がある。正面の装甲を見ると、下側は履帯に沿うように下側に大きく流れているが、砲塔側の装甲は限りなく水平に近いゆるい傾斜となっている。

 これによって、強度で敵の攻撃を弾くだけでなく、強度と推進力と角度によって相手の攻撃を逸らすように設計されているのだ。

 三雲のこうした防御の動きは、清治の助言を受けた烏丸が徹底して彼に叩き込んだものである。清治と烏丸は、三雲にはとにかく戦線を維持するための力を持たせるべきだと判断したのだ。

 それは三雲が攻撃にあまり向いたタイプではないということもあるが、近い将来空閑や雨取と隊を組んだ際は彼が隊長となる。隊長はともかくできるだけ長く戦場で生存しておくべきだというのが清治と烏丸の一致した考えだった。

 残念ながら清治は、それを見て涙の海に沈むどころかゲ○の海に沈むハメになってはいるが、彼の成長ぶりには本当に見るべきものがある。これが、トリオン能力およびトリガーを扱う能力が低く、向上する見込みも無いとしてボーダー入隊試験に落ちてしまった少年と同じ人物なのだろうか。

 しかしながら、三雲はラービットを倒したわけではないし、もう1体、先程木虎と戦ったものと同じタイプのものがまだピンピンしている。こちらは飛翔して一気にC級隊員たちとの距離をつめてしまった。

「う、うわああああ!」

 彼らは、先程ラービットが木虎を倒したのを目撃している。と同時に、その前にプレーン体を倒した時の彼女の凄まじい戦いも目にしている。

 そんな木虎が倒されてしまった以上、自分たちにラービットに対抗することなどできはしないと考えるのは当然のことだった。

 蜘蛛の子を散らすかのように逃げていくC級隊員の中で、ただ1人動かない人物がいた。雨取である。逃げないのではない。逃げられないのだ。彼女は近づいてくるラービットを見て、すっかり固まってしまっている。

「何やってる千佳!! 早く行け!!」

 しかし三雲の言葉を受けても雨取は動かない。

「う… ぐ…」

 彼女の脳裏には、先程倒されてあわや捕獲されそうになった木虎、自分のことを信じたが故に(そうであるかは分からないが)行方不明となってしまった親友、自分を置いて近界(ネイバーフッド)に行ってしまった兄の姿が次々と浮かんできた。

「はあ、はあ、はあ、はあ…」

 呼吸を荒らげ、心拍も相当高くなっていると思われる彼女に、自ら動くことなどできるはずもない。

「まずい!」

 このままでは、何の抵抗も示すことなく雨取が捉えられてしまう。三雲は危険を承知で正面の敵に構わず雨取のフォローに向かおうとした。その時だった。

 どこからともなく飛来した弾丸が雨取に迫っていたラービットの右側頭部へ直撃した。雨取と親しいC級隊員の夏目 出穂が放ったアイビスである。

「チカ子に手ぇ出してんじゃねーぞこんにゃろー!!」

 なかなかの一撃ではあったが、彼女のトリオン能力、しかも訓練用のトリガーではアイビスを持ってしてもラービットの堅い頭部を破壊するには至らなかった。すぐさま第二撃を放つ夏目だったが、攻撃の出処が分かっているため、ラービットは難なく腕でガードしてしまった。

 そのままラービットは夏目をつかむと、先程と同じく捕獲にかかる。

「わっ ちょっ タンマ!! キモいキモいキモい!!」

 このままでは夏目の捕獲は確定的だ。

「出穂ちゃ…」

「チカ子逃げろ!! 走れ!!」

 絶望的な状況であるにも拘らず、夏目は雨取に逃げろと言う。ご丁寧に一緒に逃げて来た猫もなんとか退避させようとしていた。

「逃げろ、千佳!!」

 プレーン体の猛攻をなんとか凌ぎながら三雲も雨取に逃げるように促す。

「う… ううう…!!」

 逃げ出したい自分と、自分だけが逃げる申し訳なさと、怖さと悲しさと、情けなさと怒りで、雨取は完全にパニック状態になっていた。ほんの一瞬の時の間が、まるで数時間のように感じられた。

 聴力が衰え、周囲の音が遠ざかっていく。視界も狭まり、かすんでいく。目の前のことがすべてうすぼんやりとしたずっと遠くのことのようだ。

 これまでにあった出来事が、まるで幻燈のように明滅して眼前に浮かんでは消えていく。微かな物音や話し声も聞こえるが、そんなものはほとんど耳には残らない。

 そんな中で、唐突にハッキリと自分に向けられた言葉が聞こえた。

――― そりゃもちろん戦闘員でしょ。

 空閑の声だった。ボーダーへ入隊することを決めて、どのポジションになるかという話し合いをした時の空閑の言葉は、自分も戦えるようになりたいと願う彼女の思いと一致していたのである。

――― おチカちゃんの希望を叶えるためにゃ、ユーマの言う通りオペ娘よりも戦闘員の方が良かろうて。

 現在絶賛ゲロリアント中の無責任男の声も聞こえた。彼は当初、雨取の入隊に否定的ではあったが、入隊以降は訓練に付き合ってくれたり、何くれと世話をしてくれていた。

 気づけば雨取は、夏目が取り落としたアイビスを手にしていた。視界はまだかすんでいるが、撃つべきものの位置は把握している。そちらに銃口を向けて引き金を引くだけであった。

――― 今度こそ、友達はわたしが助ける!!

 強い思いとともに引き金を引いた雨取は、直後の衝撃で思い切り尻もちをついてしまった。臨時で接続された他人の訓練用のトリガーとは思えないほどの凄まじい一撃は、あの堅い堅いと多くのボーダー隊員に言われているラービットの右半身のほとんどを、ただの一撃で吹き飛ばしてしまったのである。

「どわあ!」

 間一髪で助かった夏目だったが、あと少し遅ければ、そしてあと少し雨取の射線がずれていたら危ないところだった。

「こらチカ子! アタシも吹っ飛ばす気か!!」

「ご、ごめん…」

 絶体絶命の危機からようやく脱した直後とは思えないゆるいやりとりをしているが、まだラービットを仕留めたわけではない。

「スラスターオン!」

 間髪入れず三雲が、スラスターを使ってブレードモードのレイガストをラービットの急所に叩き込む。

「!」

「うおっ! まだ生きてた!?」

 この場に残るのはあと1体である。




こちらのメガネくんは、原作より少々お強いです(^^

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