三雲と木虎、そしてレプリカが雨取たちのもとにたどり着いた時、現場は相当な混乱をきたしていた。
1つには、避難が完全に完了していないにもかかわらず、ついにトリオン兵がなだれ込んで来たことにある。ここ最近平和な日常が続いていたとはいえ、三門市民にとってはトリオン兵は多大なトラウマを抱えた存在であることは間違い無かった。
現れたのは捕獲用のバムスターではあったが、交戦が禁止されているC級隊員は基本市民を誘導しつつ逃げるしかない。
しかし、どういうわけかバムスターは現れたその場で立ち止まった。そして、まるで周りの様子を伺うようにあちこちを見ている。
おかげで市民の退避の助けになりはしたが、その奇妙な動きは逆にC級隊員の目を引くものになった。
間髪入れずに別個体のバムスターが現れたが、こちらも妙な動きをしている。どうも、どうにかしてあの巨体で隠れる場所を探しているかのように見えた。
隠れようとしている後から来た個体を、先に現れてキョロキョロしていたバムスターが見つけて追いかけ始める。追いかけられた方は驚いたように見えなくもないリアクションを取ると、1も2もなく逃げ出した。
さらにモールモッドが現れたが、そのモールモッドも瓦礫の影から顔(?)を出して、まごつくような仕草をしながらバムスターの追いかけっこを見ている。
さらにさらに新たにモールモッドが出現したが、追いかけっこを繰り広げるバムスターを止めようとするような動きを見せる。そして、その場をぐるぐると走り回るバムスターの目の前に立ちはだかるが、構わず疾走するバムスターに吹き飛ばされてしまった。
まるで1昔以上前のコメディ・アニメの1場面のようだが、サイズがサイズなだけに迷惑なことこの上ない。
「なんなのコレ…」
「さあ…」
この場合、おそらく誰もが漏らす感想を木虎と三雲が口にする。だが、レプリカは得心していた。
『どうやら、ムサシマルが言っていた「イタズラ」とやらが発動したようだ』
以前ボーダー本部が空閑の黒トリガーの奪取を試みた時、迅をはじめとした有志がそれを阻止するという出来事があったことを、この2人は知らない。
そして、その時の副次的な出来事として清治が相手側のトリオン体にハッキングをかけるという出来事があった。
基地本部の作戦コンピュータにも入り込まれるという事態に、開発室を上げて対策に乗り出したわけだが、その際担当エンジニアの1人であった水戸 裕子がふと洩らした一言がきっかけだった。
「トリオン体に入り込めるなら、トリオン兵にも入れるんじゃないかしら?」
これを受けて、清治が抜けた後の対策チームはトリオン兵を無力化させる研究プロジェクトへと移行したのである。
セットされた行動パターンを、こちらの用意したものに書き換える。行動内容は寺島が用意したそれだ。映画好きな彼らしい、60年代のコメディ映画のワンシーンから選んだものだった。
やがて怒ったモールモッドが追いかけっこに加わり、影で見ていた別のモールモッドがそれを止めようとしてこれらを攻撃する。
モールモッドのブレードの硬度は既にご存知の通りだ。ちょっとした攻撃でバムスターは簡単に倒され、モールモッド同士は相打ちになって機能を停止した。実にアホな結末だった。
ところで、全てのトリオン兵に対してこの手が通じたわけではない。各個体すべてに違うパターンのロックがかかっているというほど高セキュリティではないが、別パターンのプログラムがされたトリオン兵には効果は無いようだ。
新手のバムスターはそうだった。
「
戦闘を禁止されているはずだが、C級隊員の甲田 照輝、早乙女 文史、丙 秀英がバムスターに攻撃を仕掛け、見事に仕留めた。
バムスターとはいえ訓練用トリガーで普通のC級隊員が倒すのはなかなかだ。彼らはしばしばランク戦などで空閑のカモにされてはいるが、全体的に見れば優秀な戦闘力を有した有望株であった。
後で叱責されるのは免れ得ぬところではあるが、この戦闘はそれで終わるようなものではなかった。バムスターの中から、彼らでは到底手に負えない敵が新たに登場したのである。
現れた敵は、挨拶とばかりに周囲に対して砲撃を加えた。ラービットではあるが、どうやらこれまで登場した者とはタイプの異なる相手のようだ。
この一撃は、退避途中の市民の心胆を寒からしめるには十二分であった。
「ててて撤退! 戦略的撤退ーーーー!!」
清治でなくてもどういう戦略に則っての撤退なのかと聞きたくなるような形で、甲田たちが逃げ出して行く。撤退なら撤退で、他の隊員などとも連携して敵の注意を引いたり、可能であれば逆撃を加えつつ統率の取れた動きで整然と行うものである。
ラービットが威嚇砲撃から実際の攻撃に移ろうとした時、木虎と三雲が一撃を加えた。かっこ良い登場の仕方であるが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
「この新型、さっきのと色が違うわね」
「形もちょっと変わってるような…」
『気ぃつけんちゃいよ。そいつぁ多分さっきまでのとは違う』
清治からの通信が入ったかのようなタイミングで、横合いから新手が乱入してきた。
「カバーに行って…」
と木虎が三雲に声をかけようとしたその時だった。
「スラスターオン!」
レイガストのオプショントリガーであるスラスターを使って、三雲が真正面からモールモッドに突入したのである。
単純な動きだ。当然ながらモールモッドが、ブレードで一閃しようとした。その時、三雲はスラスターを一瞬逆噴射した。
予想していた攻撃点まで三雲が来ないため、モールモッドの攻撃は盛大な空振りになった。弱点の『眼』ががら空きである。そこに三雲は、アステロイドを丸のままぶつけた。
「…!!」
さすがの木虎も瞠目した。見事な手並みだった。
三雲が研鑽を続けているのは知っていた。玉狛で烏丸からも薫陶を受けている。だから、木虎もモールモッド1体なら今の三雲になら任せられるだろうとは思っていた。
だが、ここまで鮮やかに倒してしまうとは思っていなかった。
さて。いつまでも感心しているわけにはいかない。確かに三雲の成長には驚いたが、それでも新型と戦えるほどの力があるとは思えなかった。この新型は自分が始末しなければならない。
「本部。こちら木虎。新型と交戦します」
ここからがA級部隊の隊員にして嵐山隊のエース、木虎 藍の真骨頂だった。
新型は木虎に任せて、三雲は雨取たちC級を率いて、未だ避難が遅れている一般人の誘導を開始した。
その頃清治は、本部と敵戦力の投入が予想されるポイントについてやり取りをしていた。
本部は清治が敵の目的がC級隊員の捕獲であると予想したことを受けて、現在木虎と三雲が戦っているポイントに人型も含めた戦力の集中運用に出るのではないかと考えている。だが、清治はその考えに異を唱えたのである。
『戦線が拡大した今、敵が戦力を集中運用するのは最終局面でしょう。それよりは、回収を効率良く行うために目障りなこちらの駒を各個撃破に出る可能性の方が高い』
敵の人型の数がどれだけかは予想がつかないが、出てくるとすれば今現在こちらの戦力が高い場所、B級部隊が集結している地点、風間隊のいる地点、嵐山隊の地点、太刀川のいる地点、そして本部も予想した三雲たちのいる地点だった。
「これ以上敵が戦力を分散されるのか?」
『元々連中は、戦力の集中運用なんて考えとらんかもしれません。こちらの人数をある程度把握している以上、それが出払って広がるのを待っとったんでしょう。現に今そうなっちょります』
清治の指摘はもっともなふしがあった。
『既にC級が集まっとる場所は割り出されとります。敵はそこと、それ以外でC級の回収の邪魔になるこちらの戦力を削ぐ、とまでは行かんでも足止めするための手を打ってくるでしょう。とはいえ、もう残弾も少ないはずです。一定以上の戦闘力ただしサシでは自分らに分がある場所に人型を投下する可能性が高い』
「なるほど…それであれば、人型を仕留めた実績のある戦力は避けるかもしれん」
『その可能性が高いですが、どっかに黒トリガーをぶつけてくる可能性も低くぅはなぁでしょう。そうですねぇ… わしが敵ならたっちー、風間隊、嵐山隊のいずれかに黒トリガーをぶつけます。B級部隊には火力が高く短期決戦が得意そうなやつを投げます。こいつが黒かノーマルかはわかりませんが』
「わかった。太刀川と風間、嵐山両隊、それにB級部隊に警戒するように伝えよう」
『それとは別に、玉駒がまだ動いてないならC級のフォローに当たらせてください。あっこにゃ連中の後輩もおりますし』
「伝えよう」
通信を終了すると、清治は1つ大きく息を吐いた。玉狛の面々がC級のフォローに遅れるようなことがなければ、雨取を敵に奪われるという事態は避けうるはずだ。それに、何か本当にマズい事態に陥りそうになった時は、迅が動くはずである。
迅はひょっとしたら気づいているかもしれない。いや、仮に気づいていないとしても、雨取がもうすぐ敵の注意を引きつけることになるであろう未来を見ているはずだ。
さすがにそれを清治が密かに画策したとまでは思わないかもしれないが、その状況をどう考えるかは清治にも分からなくはない。
「じゃが…」
その面において迅が責任を感じる必要は無いのである。なぜなら、そうした状況を作ったのは他でもない清治だからだ。そして、清治はもし敵に雨取が奪われるような状況になり得るのであれば『始末する』事さえ考えている。
城戸にその話をした時にはさすがに厭な顔をされはしたが、やめろとは言われなかった。思うところはあったにしても、戦力的に劣るこちらとしては、そうした策が有効であることを指揮官として認めざるを得なかったのである。
なんと度し難い生き物であろうか。参謀と指揮官とは、時に部下を物扱いして消費することを前提に物事を考えなければならないのである。
清治は心底それを嫌っていた。そして、そういう判断を下し、実行する自分をもっと嫌っていたのである。
それでいて、清治の思考は常に最も合理的な決断を行う方向に進むように幼い頃から教育されてきた。それはいわば、呪いのようなものだった。
ところで、おそらく本部とのこうしたやり取りは最後になるだろうと清治は考えていた。今度通信する時は、自分も戦禍の中にいるはずだ。いや、いなければならなかった。
清治は自分を有能とも無能とも思ってはいないが、とにかく手にした『じいさん』はボーダーにとって有用なはずだ。
じりじりと近づいてくる最終局面において、自分がどのような役割を演じるのかは現時点ではわからないが、少なくとも良く知る人物を潜在的な『囮』に利用した責任だけは取らなければならない。
おそらく真実を知れば、誰も彼を赦しはしないだろう。実際城戸も、あの城戸が厭な顔をしたくらいの卑劣な作戦だった。
それでも。誰の赦しがなくとも責任は取らなければならない。あるいは、背負って行かなければならない。
――― ガラぢゃなぁの…
思いつつ清治は、目的地に向かって速度を上げて疾走すべく、アクセルを開けるのであった。